第1章 58話 「再生の光は柔らかく」
31日
戦争開始まで残り1:00:00
俺と木村は治癒部隊に合流する為、戦場となる平原を回避し森を東に向かって進む事にした
野間の状態は素人目で見ても相当危険に見える
時間に猶予なんて1秒たりとも無いのだが
戦場にはもう敵兵がウヨウヨしていて
怪我人を背負いながら通れる場所じゃ無い
やはり、下手に平原を進むより森を通る方が危険性が少ない分、結果的に早くなる筈だ
当然だが、野間がこの状態では奇襲なんて出来る訳が無い
野間だけじゃなく俺も木村もボロボロだ
木村は最初、野間は俺が背負って行くと言って聞かなかった
以前、木村は森から城下町まで戻る時に野間の背中を借りている
借りを返したいのだろう
しかし、木村の左腕はパンパンに腫れている
腕を盾がわりに交差させて跳んだ際に法術を貰ったのだ
正直、法術をまともに受けてその程度で済んだなら御の字だとも思う
エルクのライトアローだったら腕から先が吹き飛んでもおかしく無かった
兎に角、木村の腕にこれ以上負担はかけられない
今回は俺が半ば強引に野間を引き受けた
今は言い争っている時間さえ惜しい
森の中を平原を横目にして東に進んでいくと
味方の兵の小隊が見えてきた
出来れば野間を治癒部隊に運ぶのを手伝って欲しい
……協力してくれるだろうか
彼等は彼等で指令を受けている
おまけに今は戦争開始直前だ
勝手に持ち場を離れる事は許されないのかも知れない
……ただこちらも人命が懸かっているんだ
聞くだけ聞いてみよう
「木村、何とかエルムサルト軍の兵士に野間を運ぶのを手伝ってもらえないか」
「そうだな、分かった
……先に行って頼んでくる。」
木村は快諾して、すぐさま小隊を目指して走り出した
俺は背中の野間に目をやる
野間は今や身体全体から脂汗を流している
背負っている俺にはそれが良くわかる
おまけに何度か呼びかけても意識が無い
気を失ってしまっている
……大丈夫だ、治癒部隊に治して貰えば
きっと野間は回復する
悲観的に考える必要なんて無い
頭を振って悲観的な思考を払おうとしたが
不安感は募るばかりだった
「まだ戦争は始まってさえいないのに……」
木村が頼んだエルムサルト兵の人達は
快く野間を運ぶのを手伝ってくれた
その人達が移動中に言った
「修練場の決闘を見た奴は全員
君達を同志だと思っているよ
見捨てる奴なんている筈が無い」
という言葉が、今も耳に残っている
兵士達のおかげもあって、治癒部隊の仮設陣営には30分程度で着く事が出来
今は野間と木村を治癒法術の部隊に渡し
1人で休憩を取っていた
「あ、いた! おーい長峰くーん…だよね?」
飯島が手を振ってる
3班は治癒部隊所属だ
見知った顔を見て少し緊張がほぐれる
でもなんで語尾に?マークが付いているんだろう
俺も手を上げて応えると飯島は走ってきた
「あ、やっぱり長峰君だった!
ねぇ長峰君も治癒法術受けなよ
何だか激しい戦闘があったみたいだし
……無理してもいい事ないよ?」
「え?あ、ああ
まぁ別に俺は大丈夫なんだけど、
……それより野間はどうなったか聞いてる?」
飯島はため息を吐いて続けた
「野間君は血が少なくなっちゃってて
ちょっと危なかったみたい
だけど、暫く安静にしてれば治るって
ウィナさんが言ってた」
それを聞くと肩から力が自然と抜けた
「そっか、良かった……本当に」
「ちなみに木村君の腕はもうほぼ完治したよ
私も少し覚えたんだけど治癒法術って凄いよね」
俺は深く頷いて返した
俺達2班はリーゼさんの指導を受ける時間をカットされてしまった為
治癒法術については知識がほぼ無い
カールさんが木村と溝尾の脚を一瞬で回復させたのは見ていた為
ある程度、信頼はしてはいたのだが
野間の状態が回復するか疑問だった
「だからさ、ほら
長峰君も治癒受けないと、ね?」
「分かったよ、でも俺どこも怪我してないんだけど……」
「そんな訳無いでしょ
……長峰君、一度鏡見てきた方がいいかも」
なんで鏡?と思ったが
飯島に急かされた為、重い体を引きずって
トイレに入って鏡を覗く
!!?
鏡の中に化け物がいた
「うわぁ!!、怖い!」
……情けない声を出してしまった
怖いと思って怖い!と叫んだのは俺位だろう
顔が血と土でベトベトになっていて
その黒いベトベトの中で白い目がギョロリと2つ光っている
水で勢い良く洗うと化け物は姿を消したが
所々に痛々しい痣が現れた
「はい、タオル」
トイレを出ると飯島が待っていてくれた
……声が聴こえてない事を祈る
「ありがと、凄い怖い化け物が居たから
飯島もトイレには気を付けた方がいい」
「大丈夫 さっきまで目の前に居たから
もう慣れたよ」
軽口を交わして笑った後で
飯島に椅子に座る様に促された
「私のケアじゃ体力は回復出来ないけど
痣くらいなら治せるから」
飯島が治療してくれるらしい
断る理由も無いので言う通りにした
痣を覆い隠す様に飯島が手をかざす
目を瞑って集中している様だ
仄かに飯島の手から水色の光が見えると
何やら呪文の様な言葉を唱え始めた
「儚き再生の光よ
慈しむ心より湧き出す生命の水よ
どうかこの者を回復させたまえ」
”ケア”
そう言うと水色の光が顔に吸い込まれる
「はい!治った!」
同時にパンと手が叩かれた
確かめる様に顔を触ってみる
なるほど、痣があった部分を押しても痛く無くなっていた
「何で治るんだろう?
凄いね治癒法術って…」
火や水や風や電気
そういったものは元の世界でも機器を使えば人工的に発生させる事が可能だ
しかし、人間の身体をこれ程早く治す事は
機器や薬ではまだまだ不可能
科学は元の世界の方が進んでいるが
医学ではバルハラッドが優れている様だ
「んふふ! 凄いでしょ〜!
あ、治癒法術で傷が治る仕組みは
リーゼ先生に教えてもらったよ
確か……」
飯島は人差し指を振りながら
機嫌良くそこまで言ったが
突然ピタリと言葉を止めた
?
何で止めたんだろう、
……言い難い事なのか?
「…………覚えていないけど
とにかく魔力で治るんだよ!」
おいおい…
「飯島って木村みたいな事言うんだな」
「あ!それは私と木村君の両方への悪口だね?
言って置くけど私、ここでは結構優等生なんだから
リーゼ先生にも才能あるって褒められましたし?」
俺を横目で見たままフフンと鼻を鳴らした
「本当に?何だか信じれないな」
ああ、何だかひどく懐かしいやり取りだ
そういえば良くこうやって、木村をからかっていたな
「その顔は信じてないな!
あ、てゆーか信じて無いって言ったし!
ハッキリ言っちゃってるし!」
その言葉を聞いて俺が笑うと
釣られて飯島も笑った
まるで教室の休み時間に話してるみたいだな
そう思った所で俺の頭が突然グラリと揺れた
壁に身体がもたれかかる
「え!ちょっと大丈夫?長峰君?」
……しまった
気を緩めたせいで眠気が出て来てしまった
考えてみれば眠いのは当たり前だ
昼間、長距離を歩いてからのさっきの戦闘
体を限界まで酷使している
しかも今は真夜中
眠気が起きない方がおかしいのだ
……しかし、ダメだ
眠ってはいけない、今から開戦するのだ
少しでも軍曹の助けに行かなければ
壁に肘をついて身体を無理矢理起こす
「長峰君 ……眠いんだよね?
だったら寝なきゃダメだよ」
飯島の心配そうな声が聞こえてくる
「飯島、俺…… 行かなきゃ…
軍曹の手助けしないと……」
寝かせておいたパンサーを拾い
杖代わりにしてなんとか立つ
大丈夫、俺はまだ大丈夫だ
「そんな状態で行かせる訳無いでしょ!
絶対に行かせないから!」
飯島の声が聞こえて視界が揺れた
……何故だろう、目の前に飯島の顔が見える
何故だろう、泣きそうな顔をしている
そこまで見た所で瞼が落ちてしまった




