第1章 55話 「静止した時の中で」
31日
戦争開始まで残り1:20:00
長峰は夜の森を疾っていた
森の中で足場を巧みに使いまるで豹の様に
しなやかに木々の間をすり抜ける
なんだ!? 今の光は?
木々をすり抜ける様に現れ俺に向かって高速で飛んできた
驚きの余り身体が硬直したが、なんとかギリギリで回避出来た
だが信じられない事にあの光はその後
綺麗な方向変換を決めて再び俺を追って来たのだ
……司教の法術だ
多分、こいつを狙って命中するまで止まらないという悪夢の様な法術なのだろう
胸で光を放つ印をチラリと覗く
前に似た様な技を使う悪役を漫画で見た事がある
その時、主人公は敵自身をその技の餌食にして解決した
俺にはその方法を取る事ができない
近接距離では勝ち目は薄い
先程放った気配を完全に消して背後を取ってからの渾身の突き
それすら剣で弾かれた
更に弾かれた途中の強引なサンドワインダー
あの混成で得られた成果が左肩を浅く切りつけたのみ
地力、経験値共に違い過ぎる
少なくとも飛翔する光の槍を背に抱えたまま
相手に出来る敵ではない
……司教を倒す為に策を講じたのが裏目に出た
最初の一歩目で予想が裏切られるとは
背後から高音が近づいて来る
光の槍だ、避けないと
……障害物にぶつければエネルギーを失うかも知れない 試してみるか
大木に向かってジャンプし、幹を蹴って身体を急激に移動させる
三角飛びだ、初めてやったが上手くいった
間を置かず、俺がジャンプした大木に向かって光の槍が飛んだ
いいぞ!ぶつかって消えろ!
しかし光の槍はグニャリと形を歪ませ大木をすり抜けて行ってしまった
っ!!
俺は着地に失敗して木の根に背を強く打った
くそっ!!……っはぁ、はぁ
拳で地面を叩く
幾ら森に慣れてると言っても夜の森を駆るのは体力も神経もすり減っていく
俺は司教と戦わなくてはならないのだ
これ以上消耗する訳にはいかない
あの光の槍、俺が走っている時は軌道が
不規則で読み辛いが
狙いは間違い無く胸の印だ
正面から正対すれば直線軌道で突っ込んでくる筈
パンサーを握る手が震える
……軌道を読み切ってパンサーで突く
もうそれしかない
蹴った大木に身体を向けてパンサーを構える
逃げている時、あの光の槍が細い木を楽々貫通したのを目にした
胸に受ければ即死する
集中しろ、耳を澄ませ……
高音が聞こえてくる
森の闇を睨む
遠くで小さな光が見えた
軌道を読んだとしても、
俺が光の槍を貫けるかはまだ分からない
あの光の槍は時速100km、いや150kmを超える速度で迫ってくる
小学生の時バッテイングセンターで
150kmの球は一度もバットに掠らなかった
しかも今は、その速度を線ではなく点で捉えなければならないのだ
普通の状態なら成功率なんて0.1%以下だろう
……「普通の状態」なら
光が大きくなり高音が耳をつんざく
まだか、早く来てくれ
光の槍はもうそこまで来ている
早く来い!もう限界だぞ!
光の槍が眼前5mまで迫った
……まさか、……来ないのか?
死を覚悟したその瞬間
キイイイイイィィィィィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ……
高音が止まった
急激に光の槍が速度を落とし
目の前をノロノロと俺に向かっている
やっと来た、「時間圧縮」
光の槍は問答無用で即死級の法術だ
俺が命の危機に瀕したら、この防御機構が必ず働くと信じていた
信じてはいたが ……流石に焦った
しかし、賭けには勝った
後はパンサーで貫くだけ
パンサーが光の槍と力比べして勝てるかは未知数だが、こいつでダメならもう手は無い
パンサーを光の槍の先端に向かって突き出した
……え?
パンサーがピクリとも動かない
何かが手に引っかかってるのかと右手を見ようとしたが眼球までもが動かない
静寂な世界の中、目の前の光の槍だけがゆっくりと動いていた
俺はその状態になって初めて「時間圧縮」の効果を正しく理解した
「時間圧縮」は俺の知覚、つまり五感のみを死に際に強化するモノらしい
つまり俺のみが死に際に高速で動けるのではなく
単純に言葉通り「時間」を「圧縮」するだけ
……現実の速度を圧縮して反映するだけならもうとてもパンサーは間に合わない
パンサーだけじゃない
回避すら間に合わない
俺は死んだ。
変えようの無い未来が圧縮された世界で
目の前にただ広がっている
死に際に至ると人は走馬灯の様に過去を思い出すという
俺は何の過去を見るのだろうか?
目の前の光の槍は速度はゆっくりと進んではいたが
それでも確実に近づいて来ている
後10秒程度で胸に到達するだろう
いや、10秒程度という表現は相応しくない
現実では0.01秒位しか経っていないのだから
……なんだ、何も見ないじゃないか
走馬灯の話は嘘だな
そこで光の槍は胸に接した
圧縮世界は突然、現実の時間に気付いた様に消え去っていき
強い衝撃を胸に感じた
光の槍は刹那、俺の胸で耳が拾えない程の高音に変わり
光を撒き散らして身体に吸い込まれてきえた
俺は衝撃を受けて背後に倒れていく
倒れている最中、目の端に右手がパンサーを突き出しているのが見える
今更、遅いよ……
俺は胸を貫かれたと言うのに何だかそれが可笑しくて笑ってしまう
そのまま地面に仰向けになった




