第1章 51話 「イレギュラー」
31日
戦争開始まで残り9:00:00
カールは自室で本を開いていた
城の中は既に殆どの兵が移動を終えており
静寂が包んでいる
勿論、カールも戦場に移動する必要はあるのだが彼は人間では無い
妖魔特有の「影の道」を通れば30分と掛からず到着出来るのだ
カールは折角の機会なので、と読書に耽ろうと考えていた
前々から読みたかったのだが、多忙故に読めなかった本を3冊程机に乗せている
しかし、10ページ読み進めた所で天を仰いだ
意識が本に集中出来なかったのだ
……そして、その原因はカールも理解している
5ヶ月程前、この国の大臣に喚び出された時はお安い御用だと戦争の手助けを引き受け契約した
人間同士の争いに妖魔が関与する事は本来あまり良くはないのだが
話を聞いてみると戦争相手はあの聖教国の一角との事
妖魔を敵視する邪教相手ならば私が手を出しても許されるだろう
何より個人的にいつか人間を間近で見て、観察したいと思っていた
この面白い生き物の近くにいれば退屈しないのでは無いかと、いつも密かに人間の世界を夢見ていたのだ
戦争はその目的の口実の一つでしかなかった
普通の人間はまず私に触れる事すら出来ない
私をどうにか封じたいと真剣に考えるなら、聖教国は聖遺物とやらを引っ張り出して使用する必要がある
聖遺物は聖教国の、いや全人類の切り札
支城一つの援護の為に使用する事はまずありえ無いだろう
つまり、私が参戦した時点で勝敗は決した様な物だったのだ
少なくとも私は当初そう思っていた
私は人間を触れたら砕けてしまうガラス細工の様なモノだと考えていて、愚かにも人間の全てを知っていたつもりで愛でていたが……
その時の私は知っているつもりで知らなかったのだ
人間という生物の本質を
実際にこの国へ来て想像を絶する2人の人間と出会った
1人は私の教え子の1人でもある
可愛らしく小さい長峰君だ
彼は可愛らしく小さいが間違い無く雷属性を保有している
雷属性の保有はそれそのものが古代の三英雄の勇者の血統である事を示す
何故、異界から招かれた彼が血統を継承しているのか
この世界はいずれ彼を中心に大きなうねりをつくる事だろう
その渦中で不安定な彼がどう変化していくのか、……とても興味深い
そしてもう1人
聖教国の枢機卿、ルガー
人の身でありながらB〜Aランクの強さを持つ怪物
B〜Aランクとは相対した私が憶測で付けたモノだがそれ程間違ってはいない筈だ
BランクにしろAランクにしろ
そもそも人間が到達出来る領域では無い
この国の指南役のブレア、彼もまた人の領域を踏み越える才覚を持つ人間ではある
見た所B-といった所だろう
100年に1人の天才レベル、そんなある意味特異な力を持つ彼でさえB-なのだ
しかし、ルガーという男は天才や才覚という言葉では説明出来ない程の強さを備えている
……言うなれば人間の突然変異種
あの身のこなし
私の魔法を受け無傷でいられる耐久力
そしておぞましい光の剣
Aランクの可能性さえある
もし、もしあの男がAランクに到達しているならば、
………私でさえ負ける可能性があるという事
背もたれに体重を任せて、一息つく
興味本位で首を突っ込むべきでは無かっただろうか?
……いや、もう遅いか
私は大臣からあの男の殺害を命じられている
大臣も老いてはいるが底の知れない人間だ
もしかしたら、この事態を予期していたのかも知れない
予期した上で私を召喚したのかも知れない
人間は確かに愛らしく面白い
がしかし、同時に恐ろしい生き物でもある
その恐ろしさを私はこの国で学んだ気がした
時計を見ると、いつの間にか20時を指している
おや、もうこんな時間ですか
どうやら想いに耽り、時間を疎かにしてしまった様だ
「せいぜい愉しませて頂くとしましょうか。
ルガー卿」
カールはエルムサルトに来てから初めて妖魔らしい笑いを浮かべ、眼鏡の位置を直すと
深淵の影に消えた




