第1章 46話 「御守り」
31日
戦争開始まで残り16:00:00
「長峰………」
「長峰君………」
「長峰君」
……?
「おはよう、長峰君 そろそろ準備しないと」
溝尾の顔が目に入る
そうか、夢……か
軽く頭を振って欠伸をしてから
ふと、部屋の窓を見ると太陽が見えた
「もうそろそろ準備する時間だと思って起こしたんだけど……」
「ん……ああ……」
返事にならない返事を返してボーッと宙空に視線を泳がせて思い出す
そうか、今日は戦争するんだったな
そんな間抜けな事を考えている内に
徐々に頭がクリアになっていった
溝尾に礼を言って洗面台に向かうと
鏡に映った酷い顔が映る
目の下にクマができており、顔は浮腫んでいる
それを掻き消す用にバシャバシャと勢い良く顔を洗った
何か夢を見ていた気がする
懐かしい感じのする夢を
しかし、どんな内容だったかが思い出せない
まぁ普通、夢とはそんなものだ
そんなものなのだが、同時に何か大事な事を忘れてる様な気もした
部屋を見渡すと野間と溝尾が既に荷物をまとめ終えていて、2つの麻袋が用意してあるのが見えたが、木村はまだ寝ているらしい
そう言えば木村も夜起きてたな
「起きたんならさっさと荷作りしろ
オレ等はここの兵士より早く出る予定なんだ
飯食ってたら10時なんて直ぐに来るぞ」
野間から声を掛けられ、俺は荷作りを始めた
壁に掛けられた時計を見て今が8時過ぎだと知る
荷作りは簡単だ
必要最低限のモノ(着替えと森のお宝)を、麻袋に適当に入れれば終わる
戦争がどの程度長引くのか分からないが
あまりに長期戦になる様ならこの部屋に戻る機会もあるだろう
そんなに沢山の荷物は必要ない
木村は俺が荷作りを終えた頃になってもまだ寝ていた為
自業自得と、3人で食堂に遅めの朝飯を取りに行った
「今日は先生いるかな?」
「いないと困るな
エースの料理を食べたら戦争に影響が出るよ」
「あいつを敵の厨房に送り込んじまえばいい
一月で兵士が半分になるぜ」
「フフッ、まさに死の料理人だね」
軽口を立てながら食堂に入り、厨房を注視する
キタ!当たりだ!
カール先生が慣れた手付きでフライパンを転がしている
3人共満面の笑みで厨房に進んだ
「あ、おはよ〜!」
テーブルから声を掛けられる
声の方を見ると飯島がこちらに手を挙げ振っているのが見えた
そこまで仲良い訳じゃないのだが、気さくな子だ
テーブルには飯島、花川、矢島、水無瀬が着いていたが、何故か水無瀬は下を向いている
飯島に手招きされた俺達は何事かと女子のテーブルに進路変更した
「ねぇねぇ、長峰君達って何班?」
「俺達は2班だけど?」
「あ!やっぱり!
……そっか、そうなんだね」
何故だろう、少し悲しそうな表情を見せた
「で? 何の用だよ。オレ等腹減ってんだよ」
ぶっきらぼうに野間が言う
久しぶりに会ったクラスメイトだというのにまるで興味がないらしい
「あ、うん!あのね、
えーっと………、あ、あった!」
飯島はゴソゴソと鞄に手を突っ込んで探すと何か取り出した
「コレ、ちょっと形は悪いんだけどさ
良かったら持っていってくれないかな?」
……御守りだ、4人分ある
その内、1つを受け取った
「……どうしたの?この御守り?」
聞かなくても分かる、手作りだ
見た目から一生懸命作ったのが伺える
「えーっと、ハハ何か照れ臭いけどさ
1班と2班は戦争の前線に行っちゃうんだよね?
……同じクラスメイトだし、私達に何か出来ないかと思って」
「あ、その御守り作ったの私だけじゃないよ
花ちゃんも、やっしーも、さきちゃんも皆んなで作ったの」
「へぇ、それはそれは」
横に居た野間がニヤニヤ笑う
何か良からぬ事を考えている顔だ
「なぁ、水無瀬作った奴どれ?」
野間が飯島に聞く
飯島は水無瀬をチラリと見て
「えーっとね、さきちゃんのは
……コレだよ?」
と野間に一番歪な形の御守りを出した
野間は水無瀬製の御守りを掴むと
愉快そうに俯いてる水無瀬に近づく
「おう、水無瀬
らしくねーな御守り作りかよ?」
「ちょ、ちょっと!」
「の、野間君!その言い方は…」
飯島と溝尾の言葉を野間が手を開いて制止する
水無瀬は俯いたままだ
「随分可愛らしくなったじゃねーか
木刀のサキちゃんも丸くなったな?あ?」
……木刀のサキ?
……深く考えない様にしよう
水無瀬が顔を上げてキッと野間を睨む
水無瀬の顔は真っ赤になっている
「う、うるせーな!
何だよ!私が作っちゃいけねーのかよ!
イラネーなら返せよ!」
野間は水無瀬に背を向けると、御守りの紐を人差し指に付けてクルクル回す
「……んな事言ってねーだろ、もらっといてやるよ」
野間はそのまま振り返らず厨房に向かった
少しの間呆気にとられついたが成る程。
照れ隠しか、野間の奴、まだまだ子供だな
フッと笑いが漏れた
しかし、笑い声が野間の耳に入ったのか、厨房に向かってた野間がピタリと止まる
あ、ヤバッ
「な、なんでもない!なんでもないから!」
慌てて野間に弁解を行った
野間はこーゆーのでマジギレする奴だ
その声が届くと野間は再び厨房に向かって歩き出した
「ありがとう皆んな、凄いこーゆーの嬉しいよ。
木村は今ちょっと寝てるんだけど後で渡しておくから」
改めて礼を言わせてもらう、正直な気持ちだ
「あ、アハハ、そんな大したものじゃ無いんだけどさ」
大した物だよ、心配してくれる人間が居る事がそもそも貴重で有難い
恐らく飯島達は戦場に出ない事を心苦しく思った故の行動なんだろう
そう考えた所でふと一つの疑問が湧いた
「ねぇ、そう言えば飯島達って何班なの?」
「私達は3班だよ」
3班?…… 戦場での配置は確か……
「……という事は後方の治癒法術部隊?」
「フフン! なんとそうなのです!
私達はね、リーゼ先生と一緒に負傷した兵隊さんを法術で治療するのが役目」
治癒法術部隊、後方といえど普通に戦場配置だ。さっきの戦場に出ないの下りは訂正しなければ
「だから長峰君も溝尾君も他のみんなも怪我しちゃったら、直ぐに治癒部隊の場所まで戻ってね。
傷が出来てから時間が経っちゃうと治癒法術の効き目が薄くなっちゃうから」
「分かった覚えておくよ。その時はよろしくね」
飯島は頷いてからニヒヒと太陽の様な笑顔を見せた
カール先生から美味しそうな野菜炒めを受け取り俺達は席についた
野間は俺達を待たずに食事を始めており
既にメインの野菜炒めの半分が消えていた
「やっぱうめぇよなあの先生の料理
溝尾おまえちょっと教えてもらって来いよ」
野間がテキトーな事を溝尾に言っている
「野間君は僕を本当に料理番としてしか見てないんだね」
溝尾がはぁ、と溜息をついた
実は森で軍曹が城に帰ってからの約20日
料理と言える程のモノかどうかは分からないが、それでも皆の分の食事を作っていたのは俺と溝尾だった
溝尾は俺と違い安定志向で料理を作るタイプ
俺は味がどうなるのか調べたくて毒味を終えた野草や謎の生き物等をバンバン使っていくタイプ
遺憾ながらみんなに人気があったのは溝尾だ
とこの前遅ながら気づいた
そう言えば、一度だけ野間にエースレベルの不味さと批評された時があったな
アレは流石にヘコんだ
しかしまぁ、マッドドッグの肉が臭くて食えたもんじゃ無いとそこで学んだのである意味収穫はあったんだが
因みに今食べている野菜炒めの青菜は俺達が森の中でもたまに食べてた奴だ
テキトーに鍋にぶち込むと繊維たっぷりのセロリみたいな食感だったのだが
この野菜炒めに入ってる青菜はかなり柔らかく独特の旨味がある
調理法か、下準備か、方法さえ知ってれば俺も森でこの味を出せたのに、知識の無さが悔やまれる
野菜炒めの肉の方は相変わらず何の肉か
分からないのだけれども
俺達は食事を終えて席を立った
「ご馳走様でしたー」
厨房に向かっていつもの声をかけると……
「しっかりね」
いつもと違うニュアンスの言葉が先生から返ってきた
俺は強く頷いて先生に応えた
3班は既にテーブルにはいない
俺達ががっついてる内に食堂を出ていた
3班が座っていたテーブルの4脚の椅子が、使う前と同じく整頓されて置かれている
4脚……
前にも疑問に思った事だったが、あと一人はどうしたんだろう
3班は俺達の逆で女子で固められている
後一人も女子だと思うが……
同じく、自分達の2班も一人抜けている
自然と黒原が連想させられた
黒原の事はふとした瞬間に思い出す事がある
もしあの部屋に留まっていたら今頃、一緒に飯を食べて軽口を叩いていたのだろうか、と
部屋に戻ると木村が欠伸をしながらベッドに座っていた
どうやら今さっき起きたらしい
夜に何やってたんだか。
「木村君、起きなかったから
先ご飯食べちゃったよ?」
溝尾が声を掛ける
「う……ん、昨日、ちょっと張り切りすぎちゃったかなぁ」
欠伸をしながら木村が答えた
それから少し間が空いて野間が口を開く
「張り切った?
……おい木村、お前まさか
……昨日の夜どこ行ってやがったんだ?」
「? ん、外だけど?」
「外……外で張り切った??
わざわざ外いって……な、何してたんだよ」
野間が妙に食いついている
俺は木村はどうせ外で特訓でもしてたのだろうと思っていたが、違うのだろうか?
「何って、いやぁそれはちょっとここでは言えないなぁ……ムププ」
「て、テメー!1人だけ抜け駆けしやがったのか!このヤロー!!」
野間が木村に飛びかかっていった
勿論だが、この話の特訓は剣と法術の特訓とオチが付いた
「女って言えば女だけどな、
ただし銀のとびきり冷たい女神様だ」
先日買ってもらった銀の直剣を掲げ、木村はうっとりと目を細めている
「紛らわしいんだよ、厨二病」
野間が鬱陶しそうに吐き捨てたが、木村は聞いていない様だ
「さっき言ってた新必殺技ってもう完成したの?」
「お!やっぱ気になる溝尾?
んー、どーしよっかなー、とっておきだからなー」
うわぁ、めんどくさい!
「み、見たいなー、木村君の新必殺技」
溝尾は優しいな、本当はめんどくさいだろうに
溝尾の気遣いを全く理解してそうな声で木村がそうか、そうかとたっぷり頷く
そうかと思ったらキッと目を開き立ち上がった
「ならば見せてやるぜ!
俺の新必殺技、名付けてヘルヴィーナス!」
木村はヘル大好きだな、意味分かっているんだろうか?
……名前は置いとくとして
新技か、どんな感じなんだろう。
悔しいが俺も興味が無いわけじゃない
木村がおもむろに左手に剣を持ち替え、
右手を剣の鍔の部分に添えた
右手に魔力が集中していく、ヘルファイアの時とは少し魔力集中の仕方が違う様に見える
木村の表情は強張っている
かなり神経を使う技なんだろう
魔力が右手に集まりきった頃
そのまま刃を包む様にゆっくり右手をスライドさせる
右手が隠した刃が再び姿を現すと、赤い光を帯びていた
そのまま、右手は切っ先にまで到達する
今は剣身全てが赤く発光している
「ふぅ、ふぅ………」
木村は肩で息をしていた
正直、思ってたよりすごい技を完成させている
剣身は熱を帯びているのか、周囲の空気が歪んで見える
春馬の法術からヒントを得たのだろうか?
突然、木村がガクリと肩を落とす。
それに呼応して、剣から赤い光が霧散し通常時の銀色に戻った
「どうよ、すげーだろ」
言葉とは裏腹に顔色が悪い
そこまで負担の掛かる法術なのか
「かなりびっくりしたよ木村、凄いと思う。
けど大分疲れるみたいだな、大丈夫?」
「本当にすごいと思う!魔法剣だね!!
いつからこんな技使える様になったの!?」
俺と溝尾は素直に木村の新必殺技を褒めた
野間は何と無く面白くなさそうな顔をしている
「昨日出来たばかりのホヤホヤだぜ
前から頭でイメトレしてはいたんだけどな
……疲れんのは多分まだ慣れてないせいかも
その内ササッと使える様になってみせるぜ」
法術と剣の合わせ技か、今俺が練習しているのも突きと払いの複合攻撃だ
木村の様に完成に至るといいんだが……
木村はしたり顔で俺と溝尾に「ヘルヴィーナス」の完成までの経緯を説明してくる
相当、自信作な様だ
しかし、木村のしたり顔は長く続かなかった
「ところでお前、そんな疲れて平気か?
これから10km位歩くんだぞ」
野間は時計を見ている
釣られて時計を見ると針は10時50分を指している
確かにもう出発の予定時間だ
木村は少し考えた後
「のまっち、悪いんだけどまたおぶ…」
「ふざけんな」
野間に一蹴されてしまった




