第1章 33話 「第4戦」
第1修練場 最終試練
第4戦目
田沼 健介
クラスでは優等生の部類に入っていた
両親の期待を一手に受け
学校が終われば、偏差値70の難関校に向けて既に塾通いの毎日だった
正直、部活をやって汗を流している同級生が羨ましかった
なんで難関校なんかに入らないと行けないんだって思った
バルハラッドに来たと理解した時
両親と永久の別れとなった時
初めて湧いた感想が「ありがとう神様」だ
この世界の全てが新鮮で刺激的に映った
仲間も出来た、
月柳や春馬、川村さんに新川さん
皆んな凄くいい奴等だった
もし人間に生まれて来た意味があるとすれば
きっと僕はこの地で戦う為に生まれて来たのだ
目の前の扉が開いた
準備は出来ている
負ける気なんて微塵もしなかった
川村の激戦が未だに瞼の裏に張り付いている
今度は田沼の番だ
そして田沼が終われば次は自分の番だ
俺はゴクリと唾を飲み込んだ
西門と東門が開いた
田沼と囚人が姿を現わす
田沼は軽装だった
武器らしい物も何も持っていない
鎧の類も一切、装備していない
ただ腰に見慣れぬベルトを巻いていて
そのベルトをグルッと囲むように
透明な液体の入った瓶がいくつも付いていた
一方、囚人の方は武装していた
兜はつけていなかったが
武具屋や城の至る所で見かけた
「プレートメイル」を装着している
プレートメイルは機動性を確保しつつ
人体の弱点をカバーしてくれる、汎用性の高い鎧でこの国の兵士の多くもプレートメイルを常用している
武器は長い金属製の棒、の先がハンマーの様に変形している
槌と呼ばれる種類の武器だろう
囚人はおもむろに頭の上で槌を回し
ブンブンと空気を切るとドン!と地面に降す
……この囚人はかなり手強そうだ
木村が田沼の腰を指差し俺に聞いてくる
「アレ何入ってんのかな?」
……何だろうか?
田沼は武器を持ってない以上
あの瓶の中身が武器の可能性もある
もしかして……酸?の類か?
「酸?じゃない? もしかしてだけど」
俺は考えた事をそのまま口にした
「あー、なるほどなー、
俺は毒だと思ったよ」
木村が答える
毒の可能性もあるだろうけど……
毒だとしたら恐らく揮発性の物だろう
この距離だと観客席に及ぶ可能性は高い
此方にも被害の及ぶ可能性がある液体を使うだろうか?
「ガソリンじゃねーかな?アレ」
野間が口を挟んだ
ガソリン……それは考えていなかった
が、確かにその可能性の方が高い
強力な酸や毒よりよっぽど手に入りやすいだろう、と考えた所で大きな穴に気付き口に出す
「この世界、車走って無いけど……」
「あー、そういやそうだな」
「フフフフ……」
カール先生の口から笑い声が漏れた
俺達がカール先生の方を見ると
「あ、いや、失礼」
と咳払いをして教えてくれた
「……瓶の中身は水ですよ
正確に言えば蒸留水ですね」
……水
水を何に使うんだろうか?
瓶の中身は分かったが
結局新たな謎が生まれただけだった
両者が定位置に着くと ドラが響く
ドラが響くと同時に、田沼は瓶を一つ手に取り蓋を開いた
”バレット”と呟くと
瓶の水は空中に飛び出し、無数に分裂して静止する
囚人は様子を伺っている様で動かない
田沼は左手を出して掌を拡げる
すると空中に浮いていた水は勢い良く囚人に向かって飛んでいった
が、勢いはあっても所詮水は水だ
囚人に当たると飛沫をあげて霧散した
囚人は濡れはしたがダメージは0
田沼の意図が未だに分からない
囚人はこの一連の流れを挑発と取ったと見える
激怒して田沼に接近する為走り出した
だが、田沼に慌てる様子は無い
田沼は今度は右手を囚人に向け突き出すと
”プリズン”とだけ唱えた
その瞬間、囚人の濡れていた部位がパキパキと音を立てて凍り始めた
凍結を見て息を飲んだ
……なるほど、あの水は術方を楽に行使する為の布石か
……良く考えられている
水は自然と下へ流れる
そして量が多ければ氷は強固になる
あの囚人まず足が真っ先に凍結するぞ
予想通り、囚人の足が直ぐに凍結し動かせなくなった
囚人はなんとか手を使い足の氷を割ろうと叩き始める
しかし、囚人は再び水を被った
田沼は2本目の瓶を既に空にしている
氷が足元からゆっくりと確実に囚人を固めていく
もう腰まで凍結している
また水が被せられる
3本目の瓶が空になった
指が凍結を始めた
4本目の瓶が空になった
足元から登った氷は胸にまで達し
指から始まった凍結は早くも肘を越えて進んでいる
5本目の瓶が空になった
最早凍結していない部分は殆どない
氷は胸から肩に上がり首を越えて口に達した
最後の瓶が空になった所で
囚人は氷像と化した
田沼の完全勝利だ
修練場の誰もがそう思った筈だ
しかし審判は勝利宣言をしなかった
田沼は審判を見たが、審判は首を振る
どういう事だ?と思ったが
少し間を置いて理解に至る
そうか、勝利条件を満たしていないのか
勝利条件は相手の死、もしくは敗北宣言
審判は氷像の囚人を死んでないと判断した様だ
田沼も理解したらしい
顔が青褪めている
ハッキリ言って微妙な線だ
今、囚人は仮死状態といった所だろう
しかし、確かに氷が溶ければ息を吹き返す可能性もある……か…
とそこまで思考を巡らせた所で
田沼の異変に気付いた
右手を氷像に向けた状態を維持したまま左手で胸を抑えている
何故だか苦しそうに見える……
……もしかして、あの氷は法術によって維持されているのか?
田沼は氷像に右手を突き出したまま
身体を震わせていた
(……まずい、まずい!まずい!
まさか、まさかこんな事になるなんて)
(……でも、考えて見れば確かにそうだった
僕は1人で魔物を倒した事が無かった
”プリズン”で魔物を「止める」事が僕の役目であって
「とどめ」は月柳や春馬の役目だ)
(……月柳や春馬は僕が止めた後
直ぐに「とどめ」を魔物に与えた
だから僕はここまで長く”プリズン”を使う事なんて無かった)
(……”プリズン”に今送り続けている魔力を途絶えさせるとどうなるか
”プリズン”は他の誰でもない僕が、この1月間使い続けてきた法術だ
勿論仕組みは理解している
魔力を切らせば直ぐに氷は水に戻る!)
(何故、こんな事に気付け無かったのか
もう魔力の限界は近い
……後1分維持するのがやっとだろう
氷が水に変わり、もしあいつが目を覚ませば
僕にもうあいつを殺す手段は残っていない)
(僕の勝ち目は一つだけだ
あいつが目を覚まさない方に賭けるしかない
……その勝ち目を少しでも大きくする為に
今は魔力を全て使ってでも……1秒でも長く!)
既に田沼が氷像を作り出してから5分は経っている
氷漬けにされると人間がどういう状態になるのかは分からない
5分位は平気なのかも知れない
しかし、氷は口まで覆っている
窒息ならばかなり早く死は訪れる筈だ
しかし田沼ももう限界だ
観客席から見ててもフラフラなのが良く分かる
「田沼!もう法術を止めろ!!
それ以上続けたらおまえ死んじまうぞ!」
ヤナの叫び声が観客席から聞こえる
ヤナ……
直ぐに春馬がヤナを抑える
試練中の人間に声を掛けるのはルール違反だ
ヤナだって勿論知ってる筈だが
それでも声を掛けずにはいられなかったのだろう
観客席の兵士達に戸惑いと田沼を危惧する声が波及していく
魔力を貯蓄が空になるまで放出するとどうなるか俺はその時まで知らなかった
……死ぬ…のだろうか?
カール先生を見ると
いつもの笑顔はそこには無かった
カール先生は俺の視線に気付くと視線を田沼に向けたまま、私は妖魔ですからそこまで人体に詳しい訳ではありませんが、と前置きをして説明を始めた
「……魔力が完全に人体から抜ける事は通常ならばあり得ないと聞きます
魔力は実は寝ている時ですら微量の放出が行われていて常に身体を取り巻いている存在、生命活動と密接に結びつくモノ
更に法術の素養が低い方は高い方と比べ、体力の回復に時間がかかった、とある本には書いておりました
魔力回路の機構の一つに制御弁の様な物が存在しており、残魔力が一定の値を下回ると
魔力が出せない様に蓋をするそうですから
魔力が空になる事はまずないでしょう
しかし、その蓋をされる所まで魔力を使ってしまうと意識を保てず昏睡状態に陥ってしまう」
昏睡状態……
もし田沼が昏睡している最中
囚人が目を覚ます事になれば最悪だ
田沼は無抵抗で殺されるだろう
既に田沼は苦しそうに膝をついている
だがまだ右手を氷像に向けたままだ
これ以上は……
田沼は魔力の消耗から来る身体の防御反応と戦い続けていた
ああ、視界がボヤける
もう右手の先が見えない
身体を倒して楽になりたい
死ぬ事自体に恐怖は無い
でも、ここで戦士になれなければ
僕に何の価値があるというのか
……もう手を下ろしても大丈夫だろう
アレから何分凍らせ続けた?
もう30分は経っているだろう
大丈夫、囚人は…死んでいるさ
手を……下ろし……
田沼の右手が落ちた
水は氷の像を作り上げてから、今再び元の水に戻り
まるで重力に気付いたかの様に下に落ちて
囚人の姿を外気に晒した
田沼が身体を酷使して凍らせ続けた時間は
実際には7分弱だった
田沼は下を向いてうずくまったまま動いていない
昏睡状態に入ってしまったのか?
囚人もまた動いていない
目を閉じたまま、凍らせる前と同じ体勢を続けている
審判が囚人を観察している
修練場の観客席、全員が固唾を飲んで見守っていた
暫くの間、修練場は静寂に包まれたが、
何処からかざわめきが起こる
……なんだ?
ざわめきがまた新たな場所で起こる
………俺が囚人の顔を注視したその時だった
奇跡が起こった、
……俺たちにとっては最悪の形で、だが
信じられない事に囚人は目を見開き、深々と何かを確認する様に呼吸を行なったのだ
対角から悲痛な声が聞こえる
「田沼!!囚人は生きている!
目を覚ませ!!田沼!!」
ヤナの声だ
「田沼君!!起きるんだ!!
……ああ、ダメだ、田沼君が動かない!」
春馬の声
「バカヤロー!!田沼!
寝てる場合じゃねーぞ!!起きろー!!」
川村の声
1班のメンバーがルールを破り
田沼に向かって声を浴びせるが
流石に何人かの衛兵に囲まれ取り押さえられた
しかし、田沼は反応していない
囚人は暫く息を整えて体を動かさなかったが
腕を見ながら徐々にだが可動させ始めている
もうこうなれば田沼の勝ち目は無い
後は、どう負けるかだ
もし、もし田沼が昏睡状態ならば
…田沼の死で決着がつく事になる
これは試練であり決闘だ
決着が着くまで両者へ干渉は許されない
厳密に言えば声を掛ける事も許されない
しかし、ルールと人命、比べるべくも無い
何より田沼はクラスメイトだ
どんな罰でも受けてやる覚悟はあるさ
俺は田沼に声を掛けようと口を開いた、が
? 声が出ない!?
カール先生がこちらを向いていた
「……長峰君 君が今行なおうとしている行為
それは、この試練を命を賭けて闘い抜いている田沼君への侮辱に当たるんですよ
……これは田沼君の試練、控えなさい」
冷静に静かに
しかし力強さを内包した声で初めて叱られた
隣の木村が俺に声を掛ける
「……長峰さ、俺も気持ちはわかるけどさ
やっぱり相手も命を賭けてる以上
ダメなんじゃないか、手出しちゃ」
わかってるよ!!
そんな事俺だってわかってるんだよ!
声が出たなら俺は木村にそう叫んだだろう
しかし、それでも…
その中、野間が囚人に顔を向けたまま口を開いた
「オイ田沼、そろそろマジでヤバイぞ……」
俺も木村も一気に囚人に視点を合わす
囚人は腕を振り回すと槌を持ったまま手を組んだ
「奇っ怪な術を使うもんだ
危うく死にかけたわ!
だがやはり神は敬虔な信徒である私を生き返した!
聖者様!あなた様のご慈悲感謝致します!」
聖者、三英雄の1人にして聖教の始祖の名だ
「今、この小僧の肉と血をあなた様の元へ
捧げ!贄に致しましょうぞ!!」
囚人は手を解き、槌を構えると
田沼の元へ一歩ずつ進んで行く
直ぐに田沼の目の前に辿り着いた
田沼は俯いたままだ
囚人が槌を大きく振りかぶる
「やめろーーっ!!!」
衛兵に組み伏せられたまま
月柳が悲痛な声を叫ぶ
ドンッ!!!
槌は田沼の胸をとらえ身体を吹き飛ばした
「あ、ああああ、あぁ!!」
3m程転がって倒れると
田沼は血を吐き出しながら藻搔く
酷い。
槌を受けた場所から血が溢れている
「あ、あぁ、息が、息が、ああ、あ」
血を撒き散らしのたうち回る
囚人が笑みを浮かべながら近づいていた
「ま、ま、」
田沼が必死に何かを言おうとしている
「あーん? 何だって聞こえんなぁ?」
囚人は容赦無く田沼を蹴り飛ばした
その瞬間、対角から突如突風が巻き起こった
ヤナが衛兵を爆風で吹き飛ばし
囚人に一直線に向かうのが見える
修練場が一気に沸き立った
「いいぞ!あんな野郎殺しちまえ!!」
「止めるな衛兵!あいつを行かせてやれ!」
修練場全体からヤナを後押しする声が上がる
しかし
ヤナは観客席の淵に手を掛けた所で
急に止まると
淵にもたれかかる様に気を失ってしまった
ヤナの背後でブレアさんが剣の石突きを
突き出しているのが見える
囚人はうっとおしそうにヤナを見ていたが
鼻で笑って、再び田沼に視線を落とした
もう俺も限界だった
脚に力を入れる
「……ま、ま”いりま”し”た」
ヤナの行動でヒートアップしていた修練場が
静まりかえった
田沼の声だ
「ぼくの、……ぼく”の、ま”け'です”」
血が混ざって聴こえにくかったが
田沼は確かにそう言った
「勝者 囚人!!」
審判係が直ぐに決着を告げる
修練場の方々から安堵の声が漏れた
……良かった
俺も肩を落として大きく息をついた
田沼が降参してくれて本当に良かった
もし後一撃でもあの槌をもらえば田沼は
死んでいただろう
田沼は結果として負けてしまったが
生きてさえいれば次の機会もあるさ
カール先生も表情が戻り、笑顔になった
しかし
しかし
囚人は槌を大きく振りかぶっていた
まるでスローモーションの中にいる様に
ゆっくりと槌が落ちてゆく
何故?
何故まだあの囚人は……
ドンッ!
田沼の身体が再び空中を舞う
ドサリと田沼の身体が
重力を受けて地面に叩きつけられ
後を追う様に右腕が落ちた
修練場から音が消える
「囚人!!もう決着は着いたのだぞ!
速やかに東門に下がれ!」
今、声を出しているのは審判だけだ
あいつ…… 何故………
え?田沼が ……殺された?
思考を白いベールが覆っていく感覚がする
……あいつ、あの野郎
……分かってて攻撃したんだ
決着が着いたのに、敢えて追い討ちを放った
……何故そんな事を
田沼は右手が肩から先が千切れ
そこからドクドクと血が流れている
田沼!田沼……
……許せない、許さない!!
白いベールの正体は「怒り」
全身が殺意に包まれていく
修練場が一転、轟く様な怒声を出した
その怒声は囚人へ向けられる
その怒声の中
囚人はニヤニヤと笑いながら
田沼に向かって歩き始めるのが見えた
その歩みが俺の全身に怖気を疾らせる
あいつ、まさかまた……
やめろ、やめろ!
「やめろぉぉぉぉ!!!」
パンサーを掴み観客席を駆ける
俺は転がる様に観客席の最前列まで
到達して淵に手を掛けた
間に合え!!
しかし
同時にもう囚人は田沼の前に立っていた
淵を飛び越える
囚人は笑顔を崩さないままに槌を振り上げる
修練場の土に足が着く
……間に合わない
視界の中で再び槌が下ろされていく
間に合わない!!
……誰か、誰かあいつを!
キィン!
囚人が槌を田沼に向けて振り切った
が槌の半分から先は空中で回転し
弧の軌道を描き明後日の方向に落ちていく
囚人の横に誰か立っている
……ブレアさんだった
「聞こえなかったか?
貴様の勝利だ、もう決着は着いた
何処へなりと行くが良い。」
「何だ、貴様?
こちらは仲間が何人も殺されてるんだ
今更そいつを生かして返せるかよ」
とそこまで言った所で
囚人は乱入者の眉間の傷に気が付いた
こいつの顔、確か何処かで……
「そうか
ではこれ以上やるなら俺が相手になろう
妙な動きを見せれば決闘開始の合図と見なす
さぁ、どうする?囚人」
ブレアは剣を囚人に向けた
栗色の髪の間から鋭い眼光が光る
栗毛で眉間に傷……
思い出したぞ!!
こ、こいつあのブレアか
……こいつ相手にするのは流石に場所が悪い
「ふん、まぁ無罪放免になったんだ
あんたの相手はまた今度にしてやるよ」
囚人はブレアに背を向けて門に帰っていった




