第1章 12話 「野心」
ーアデン大教国 最上階 星見の間ー
アーデナル=サラ=ヴェスティエラ
は部下の報告を横顔で受けたまま、手鏡を見ていた
「進展が無いなら報告に来なくても構いませんよ?」
部下の肩がビクッと震える
この人物
齢僅か35にして枢機卿の地位を得た傑物
東方面教国拠点の支配者にして
アデン大教国15,000人の信者の頂点に立つ
「女帝」であった
ヴェスティエラが
この地の女帝に登りつめる事が出来た要因
その一つは彼女の出生にある
彼女の父は総本山の唯一神「教皇」
聖教信仰のある者達にとって教皇の名の持つ重みは計り知れない
当然、ヴェスティエラもその血を宿す者として多大な恩恵を受けた
だがしかし、実娘という立場だけで今の地位を手に入れた訳では無い
時には体を使い
また時には自らの手を血で汚した事もあった
教皇の子は軽く30人を超えたが
ヴェスティエラは中でも一際、頭がキレた
情勢を読むのに長け
弱点を的確に見つける事が得意だった
事実、彼女はまだ12の時から父に会う時は
いつも父が気に入りそうなドレスで着飾って
謁見した
そんな彼女を父親が重用しない筈が無かった
20歳で既に司祭の位を得て
25の若さで司教となる
28歳で大司教と認められ
34歳の若さで枢機卿に至った
勿論こんな世界の東で満足する器ではない
この女帝が目指すは一点のみ……
今では教皇と親子以上の信頼関係を築き上げている
寝室に入るのも容易い事だろう
教皇は女好きだ
実娘と言えど、この美しさの前では些細な事
そして、その時こそ………
「ンフ……」
この強大な教国が全て私のモノになると思うとどうしても笑みが溢れてしまう
いけない、いけない
例え猫を相手にして話す時さえも
心中は隠さなくては
感情を顔に出せば、それはそのまま付け入る隙になる
女帝にとって
一連のエルムサルトとの確執も
概ね予定通りといった所だった
エルムサルトを吸収すれば近くに大国は無い
大陸東部を支配下に置く大きな足掛かりになる
…はずだった
アデン大教国に次ぐ大国ではあるがエルムサルト等所詮、田舎の辺境国家
そう少し油断していたのやも知れぬ
一年前、教義の不履行から責任を追求した時
東方の果てに棲む魔族の討伐軍を結成する案をこちらが出し二択を迫った
正直、魔族等どうでも良いのだ
奴らはこちらから手を出さねば動かぬ生き物
だが、案を飲めばエルムサルトの本陣は手薄となる
その間、こちらからエルムサルト防衛を理由に信者を派遣し、後はトップの首を落とし傀儡を作れば終わり
これはスマートなやり方だ
血を流さず一国を手中に収めれば、父の評価も高いものになるだろう
……もし案を飲まなかった場合
この場合は、仕方がない
4ヶ月後に控える同盟更新をせず
同盟関係の終了と共に戦線布告
後は戦力差を以って飲み込むだけ
当時、エルムサルトは人口約5,000人
アデン大教国は約13,000人と楽々2.5倍を超える
こちらは武装も充実
聖戦を告げ、報酬にエルムサルトの土地を約束すれば信者の士気も高まるだろう
負ける要素は無い
そしてエルムサルトの答えは
我らの要求は飲めぬというものだった
……仕方ない、ならば潰すしかない
だが、その矢先
今思い返してみても、腹わたが煮え繰り返りそうになるのだが、……誤算が起きた
私に次ぐ権力を持つ4人の大司教の内が1人
リーゼリットがエルムサルトに私兵を連れ渡ったのだ
どうやら
向こうの大臣と内通していたらしい
戦力差は彼方が6,000
こちらが12,000となった
この時、少々舐めすぎていた様だと自分を戒めた
2.5が2倍の差になった程度は問題では無い
いや大いに問題だがそこより不可解な点がある
本来、内通とは一朝一夕で成立するものでは無い
ましてリーゼリットは大司教の位を授かった身、そうそうの条件では動かない
しかしコレを成立させた
つまり出したという事だ、そのそうそうの条件を
そしてこの事態、つまり我らとの戦を予期していた
そういう事であろう
リーゼリット大司教…
彼女もまた齢34にして大司教の位を授かった
聡明な信者だった
私の人を見る目は確かだと自負している
だからこそ彼女を重用し
いずれ、私の右腕とするつもりで
コレまで接してきたのだ
まさか、飼い犬に手を噛まれる結果になるとは思ってもみなかったが
彼女が担当していた部門は人事関係が主だった
一年前の編成や各司祭級、司教級、大司教級
これらの情報は筒抜けになった事だろう
大規模な再編が必要になり
4ヶ月の同盟解除の後
更に6ヶ月の停戦期間を設ける事が余儀無くされた
ここまでがエルムサルトの狸の計画だったのかも知れぬ
全くもって腹立たしい
だがしかし、彼奴らの思い通りになるのもここまでだ
日を置かずして
星見の間の戸が叩かれた
司教の声が届く
「ヴェスティエラ様
アーデナル聖教国より
ルガー枢機卿様、以下百余名がお見えになりました」
「通しなさい、くれぐれも失礼の無いように」
……やっとこの時が来た
正直、エルムサルトとの戦如きに聖教国の力を借りるのは癪に触るが
あの狸、そして裏切り者リーゼリット
油断ならない
全力を以って臨むべきだと判断した
しかし誰が来るかと思えば
やはりルガー枢機卿か
力に不満がある訳ではないが
少々頭が足りぬ傾向にある方だ
サージェンス叔父上辺りが来ていただければ
より完璧だったのだが……
いや、十分だ
十分過ぎる
そもそも聖教会の力を借りずとも2倍近い戦力差があるのだ
もはやこの戦勝ったも同然だろう
「久しいな、ヴェスティエラ卿」
「この様な田舎支城へ
ルガー卿程の御方が御足労して下さるとは
このヴェスティエラ感謝の言葉もありませんわ」
一通り挨拶を交わし
現在の状況を軽く伝えると
ルガー枢機卿はでは、と
星見の間を去った
さて、どう出ます?
リーゼリット
自分でも気付かぬ程に小さく
しかし確かに女帝は嗤った




