7. 後輩(仮)と母
ガチャ。
「た、ただいま~」
満面の笑みで玄関から登場する母。
ピンク色のフードに黄色のズボンと非常に目がチカチカする恰好をしている。
「お母さん、どこ行ってたの?
というか、その姿で外行ってたの!?」
「え~知らないのぉ~、すっごいはやっているのに。
これ、しまごろうだよ。
今、視聴率は50%以上で子供から大人までみんなみ~んな見てるアニメなのにぃ。
はるちゃん、おくれてる~」
フードに印刷されたアニメキャラをさしながら、
小学生が覚えたての難しい言葉を使った時のようなにやっとした表情で言う四十九歳の主婦。
悔しいが、可愛い。年齢も30代前半といってもいっこうに差し支えない。
ただ、母親としては...はぁ。
「そういうことじゃなくて」
「お・く・れ・てる~~」
さすがに、イラッ☆とくる。
知ってますとも。なんなら、わりと詳しい。
同期の技術ののぶちゃんと営業の皆瀬くんも好きで、
飲み会のときはその話をはじめから最後まで聞かされるなんてこともあった。
あの時ほど時間が長く感じたことはない。
主人公はピンクと黄色のファンキーな二足歩行のシマウマの「しまごろう」で、
窮屈な会社員の生活に嫌気がさした彼は、「ミュージシャンになりたい」という子供の頃の夢を
かなえるため、仕事を辞めて、アルバイトをしながら、路上で弾き語りをし始めるという、
そのキャラに反したヒューマンドラマちっくな話だ。
ただ、正直よくありそうな話でそこまでヒットする理由がう~ん、正直わからない。
あと、なんでしまうま?
「それで、どこに行ってきたの?」
「コンビニだよぉ~。ほら、夜ご飯買ってきた。
もうおなかぺこぺこだって言ってるのに、
はるちゃんは「ちょっと待って」って言って、全然聞いてくれないし。」
「あぁ、そうだったね。ごめん。」
「ママは本当はどっか外で食べたかったのに、はるちゃんはダメだって言うしさ。」
「う~ん、まぁそれはちょっと...ねぇ。会社の先輩も近くにいるしねぇ...」
そりゃ、その派手なアニメの服装にお子様みたいな発言の数々...うーん、アウト!!
「あっ今、ママに対して失礼なこと思ったでしょ!」
意外に鋭い。母親恐るべし。
「えっ、ぜんぜんですよ。本当に本当に。
それより、何のお弁当買ってきたの?」
「あー、ごまかしてるぅ!もぅ、ぷんぷんだぞ」
しばらく、機嫌が悪かった母だが、夜ご飯を食べ終わると、機嫌はすっかり直っていた。
まさに、お子様である。
「そういえば、同期でかっこいい男の子とかいたぁ?」
「えっ、いないよそんなの。
どうしたの?、いきなり。」
「...いやぁね。
はるは、すごく頑張り屋さんでおもいやりがあっていい子だと思うの。
だけどその反面、人に頼らないでなんでも自分でどうにかしようとすることがあるから、
そこがねママ心配なの。
これからはじめての一人暮らしに仕事に大変なことが一杯あると思うとね。
ママに言ってくれればいつでも力になるけど、
やっぱり遠くにいると、どうしても支えきれないことがあるような気がして。
だから誰かそばにいて、支えてくれたり、なんでも話し合える人がいたらなって思って。
あと、大学の頃に付き合っていた中山とかいうクソな奴のせいで、
もっと人に頼るのに臆病になっていないかなとか思っちゃってね。
彼と別れる前のはるのつらそうな顔、見ていられなかったもの。
あの時は、ママに話してくれたからよかったけど」
そうか...そんな風に思ってくれていたんだ...。
「....大丈夫だよ、お母さん。」
「つらくなったら、いつでも帰ってきていいんだよ。
困ったら、電話してね。いつでも力になるから」
そういうと、母はギュッと私を抱きしめた。
母から伝わる温度は、私の少しかたまっていた気持ちをゆっくり溶かしていく。
「わかった、ありがとう」
本当にこの人はズルい人である。急に母親になるのだから。
その後、一人暮らしの部屋の準備は着々と進み、現在時計の針は夜の10時30分をさしている。
「もう、そろそろ寝よ~。続きはまた明日にしよぉ。」
「そうだね。」
「よしゃ、さぁここからは女子トークの時間だぜ!
はるちゃん、早くベッドにつくのだ。」
「えっ、寝ないのまだ!?
というか、歯みがいたの?」
「まーだー」
「虫歯になっちゃうよ。
ほら、はやく磨きにいくよ」
と母の手をとって、洗面所に向かう。
すると、母のスマホが愉快な音を鳴らし始める。
母は片手で歯を磨きながらそれを手に取ると、そのゆるんだ顔が張り詰めた真剣な顔へと変化する。
「ごめん。ちょっと今から長崎に行かなきゃいけなくなった。
おばあちゃんの体調が急変したって。」
「えっ...そうなの」
「うん。
あぁ、明日、電化製品買いにいこうと思ってたのに...ほんとごめんね。
来週また、こっちくるからその時に一緒にいこう!」
「ううん、いいよ自分で行くから。
それより、おばあちゃんのそばにいてあげて」
「そう...わかった。本当にごめんね」
そういうと、キャリーバックと車のキーを持って、玄関の扉を開き「必ず電話してね」と
言って、母は部屋を後にした。
おばあちゃん大丈夫だろうか...。
ついこの間電話で話したときは元気だった気がするのに...。
そういや、洗濯機と冷蔵庫もないんだったけ。どうしようか...。
後先を考えずに「大丈夫」と言ってしまう悪い癖が出てしまった私であった。
投稿の日にちが遅れてしまいまって、すみません。
少し体調をくずしていました。
前回がなかったせいか、少し長めの内容になってしまっております。(一分じゃだめっぽいです)
よろしくお願いいたします。