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リンキングハンズ  作者: 自鳴琴
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一話 出発

1.エンカウント


 僕はその日、学校をサボって街中をブラブラしていた。

 高2になって一年の頃のような新鮮さもなく、何事もなく通う学校がつまらないと感じていた。しかし、学校に行かなければ心配事が増えるだけだ。そういう義務感に押されるように、毎朝重い足を学校へ向けていた。

 学校をサボったのは、今日が初めてだ。特にきっかけがあった訳ではない。少しずつずれていた気持ちが、とうとう外れてしまったという感じだ。

 自分の足が学校から遠ざかっているのに気づいたときは、罪悪感に襲われた。引き返した方がいいのではないかと焦りもした。それでもこの足は一向に足を止めず、とうとう街中までやってきてしまったのだ。


 街中にはせわしなく人々が行きかっている。真っ昼間に高校生が一人歩いていても、誰も気には留めない。

 僕はごく普通の少年だ。外見に目立つところもない。すれ違う人たちは、僕なんか見ていないか、見てもちらっとだけで、関心を寄せるようなことはない。

 そういうものだ。僕だって、通行人の顔なんていちいち見ていない。そういうものだのだ。


 そういうものの、はずなのに……。


 僕の視界に、向かい側からやって来たひとりの人間が映り込んだ。

 サラサラの黒髪を肩甲骨あたりまで伸ばした、同年代の少年。僕はその少年から、目を逸らすことができなかった。

 そして、僕の脳裏に直感が走った。

 少年ではない、少女だ。

 根拠などはない。距離は10メートルはあったので、入念な観察の上の結論でもない。本当に、ただの直感。

 だけどその直感が、僕の心をつかんで離さない。

 この子は、ただ者じゃない。

 同年代の子が、学校にも行かずにうろついているから――自分もそうなのだが――確かに怪しいといえば怪しいのだが、そういう意味で気になるのではない。

 そこには、非日常があった。

 退屈な日常から抜け出して、非日常へと飛び込める鍵が、その子にあるように感じていた。

 僕は初めて歩みを止めた。後ろを歩いていた人が、迷惑そうに僕を通り過ぎて行く。小さく「すみません」と謝りながらも、すぐに視線をあの少女に戻す。

 すると、少女と目が合った。


 そのときにはもう、見えない糸が僕らの間に存在していた。


 少女は僕を見て一瞬足を止めると、ちらりと歩道の端に視線を向けた。僕らはそれを合図にするように、歩道の端へと寄って行った。二人の距離がどんどん縮まっていく。

 その少女を目の前にしても、やはり面立ちは少年にしか見えなかった。背は僕と同じくらい。上に羽織っているワイシャツを肘のあたりまで腕まくりし、下は地味な色の半ズボンをはいている。そこからのぞく手足は筋肉質で、ちょうど僕たちの年頃の男子と同じような体型をしている。

 彼女――彼といってしまいそうになる――は何も言わず、観察するように僕をじっと見ている。

 僕はためらいなく、沈黙を破った。


「君は一体、何者だ?」


 少女は何かを考えるように、一度ゆっくり瞬きをすると、僕を真っ直ぐ見て言った。

「ちょっと、来てくれないか」

 僕は迷わず、頷いた。


 彼女の後ろを歩きながら、自分がずいぶん危険なことをしていることに気が付いた。

 見ず知らずの人間について来いと言われ、それにのこのこついて行っているのだ。もしかしたら何かの犯罪に巻き込まれるかもしれない。いや、それはさすがにドラマの見過ぎというやつかもしれないが、人気のないところでカツアゲされる可能性は十分にある。

 それでも、内心で冷や汗をかかないのも、今からでも逃げ出そうと思わないのも、彼女はそんなことしないと、どこかで確信しているからだ。


 少女は来た道を戻る形で、ビルの立ち並ぶオフィス街から遠ざかっていき、閑静な住宅街へ出た。

 街からさほど距離はないのに、建っている家はやけに少ない。そして、その一軒一軒が、とても大きい。高い塀に囲まれており、塀の上から緑が覗いている。きっと家も庭も広いに違いない。

 つまりここは、高級住宅街。

 目の前のラフな格好をした少女と、この住宅街とは不釣り合いな印象を受ける。それでも僕は直感的に、ああ、彼女はここに住んでるんだろうなと、察していた。


 少女は一軒の家――の大きな門の前で立ち止まった。

 鉄格子の門の向こうに、豪邸と呼ぶにふさわしい家が建っているのが見える。

 もはや、ああ、大きい家だなあという小学生並みの感想しか出てこない。ただ者ではないと感じていたが、大富豪の子だというのはわからなかったので、完全に度肝を抜かれていた。

 少女が門の横についているインターホンを押すと、スピーカーから女性の声が聞こえてきた。

――おかえりなさいませ。すぐに門をお開けします。

 スピーカーの横にカメラが付いており、訪問者の顔が向こうにも見えるようになっているのだろう。

 それにしても、おかえりなさいませと言われていたのだから、やはりこの少女はこの家の住人ということになる。

 鉄製の洋風な門が自動で開き、人が二人通れるほどの隙間をつくる。少女に目配せをされ、僕は少し緊張しながら、彼女の後を追うように門をくぐった。




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