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終末への旅  作者: パウエル
第1章
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第7話 相談

 魔法教室を終えたので俺は自分の訓練に戻ろうと思ったが、ちょっとアリスがそわそわしている。まだ、何かあるのかな?


「クルス、あの…、もう少しだけ話したいことがあるんだけどいい?」


 アリスがやけに不安げな顔している。ひょっとして魔法の訓練は前座で、この後の話が本命なのかもしれない。


「いいよ、姉さん。」


 俺はアリスを安心させるために出来るだけ明るく返事をして芝生に腰を下ろした。その答えを聞いてアリスも俺の向かい側に座って、話し始める。


「相談したいのは今朝の朝食のことなんだけど……。」

「それって赤ちゃんのこと?」

「そう……、正直どう思った?」


 俺は今朝のアリスの表情が硬かったこと思い出した。今のアリスを見ていると自分の感情をどう表現すればいいのか分からないように見える。そこで俺は細かい理屈抜きで話を進めようと決めた。


「えっ、とっても嬉しかったよ。弟と一緒に稽古したり、遊んだりしたいし。」

「そっか……。」

「どうしたの、姉さん?」

「……その、弟とか妹が出来るってどんな感じなのかな?」

「僕も弟だよ。」

「だってクルスは最初からいたじゃない。そんなこと気にもしなかったわ。」


アリスは口を尖らせて俺を睨むが、しばらくするとしょんぼりとしてしまった。


「あのね、お母様の期待に私に答えられていない気がするの。直接そんなこと言われたわけじゃないけど、……なんとなくそう思うの。例えば、お母様との剣術の稽古は厳しくて、辛いって思うときもあるわ。でも怒られることもあんまりないの、それがまるで私に期待してないからじゃないのかと考えちゃうの。」

「きっとそれはお母様が凄い人だから仕方ないことかもしれないわ。だって、兵士のみんなは訓練のときにお母様の模擬戦を尊敬した眼差しで見ているわ。私だってすごいと思うし、剣術が綺麗って思えたのはお母様だけ。近衛騎士だった頃は、お母様と互角に戦える騎士は5人もいなかったって聞いたこともあるし。」


「でも、そんなお母様のようになれる自信がないの……。」


「もし、赤ちゃんが生まれて、私よりも赤ちゃんに才能があったら……私、いらなくなっちゃうのかな。」


 想像以上の言葉に俺は絶句してしまった。こんなに思い詰めて、泣きそうなアリスは初めてだ。どう慰めればいいか考えていると、アリスは本当に泣き出してしまった。


「うっぅぅ。」

「姉さん、落ち着いて。姉さんの剣はとっても強いじゃない。それは毎日稽古している僕が一番良く知っているよ。」

「ひっく、でも、お母様、みたいに、できない。」

「それを言ったら、僕なんかいつも姉さんにやられてるじゃない。」

「ひっく、クルスには魔法があるじゃない。ひっく、クルスが始めて魔法を使ったとき、ひっく、お母様、すっごく褒めてたわ。」

「いやぁ、まあ、それは……。」


 アリスは賢いから下手な説得は逆効果だな。いい言葉は思いつかないから取り敢えず頭を撫でておこう。これで少しは落ち着くかと思っていたらアリスが睨んでくる。俺の手を嫌そうに払った。大分拗ねている。


「撫でないで!」

「いいじゃない、姉さんもよく僕にやってくれるじゃない。」

「それは……。」


 涙が止まり、さっきまで悲しそうだった顔が羞恥に染まっている。少しは暗い雰囲気が晴れたので、俺はアリスの不安を払拭させてようと、もうちょっと撫でる。


「姉さんの努力は僕がいつも見ているよ。大丈夫、姉さんはもっともっと強くなるから。」

「そんなの分からないじゃない。」

「大丈夫だって、きっとお母様よりも強くなるって。一緒にお母様を倒す方法を考えよ。」


 俺の無責任な言葉に素直には肯けないだろう。


「そうだ、今度王都に行くときに近衛騎士に会いに行こう。」

「どうして?」

「確かお母様と仲の良かった騎士がまだいるはずだよ。その人ならお母様の弱点とか知ってるかもしれないよ。」

「それはちょっとずるくない。」

「いいじゃん、別に。」


 アリスは不満そうな顔している。正攻法で勝たなければ認めともらえないと思っているだろう。サラはそんなこと気にしないだろうし、むしろ褒めてくる気がする。


「僕たちはまだ5歳なんだから、お母様に勝てないのが普通だよ。それでも勝ちたいならそのぐらいしなきゃ。」

「そうかな?」

「そうだよ、それに姉さんもさっき言ってたけどお母様に勝てる人なんてこの国に5人もいないだよ。」

「それはそうだけど……。」

「頑張ろう、僕も頑張るから。」

「…うん。」


 アリスの不安が少しは解消されて、俺もホッとする。サラからもなんかフォローしてくれるように頼むか。だが露骨すぎるとアリスに感づかれるからアルフォンスに相談しよう。それと、もう一つ言っておかなければ。


「それに赤ちゃんが生まれたらきっと嬉しくなるよ。」

「そうかな?」

「ほら、前におじいちゃんが教えてくれたけど、俺たちの赤ちゃん頃も可愛くて可愛くて仕方なかったって言ってたよ。」

「確かに言ってたわね。」


 父方の祖父母と比較して、母方の祖父母は俺たちを猫可愛がりしてくれる。その時、ボリスやサラの子供時代の話や俺とアリスの赤ん坊のころの話をよく聞かせてくれる。


「だから、きっと大丈夫だって。」


 こういうことは理屈なんかいらない。アリスは自分の中にある不安が表面化しただけで、きっと赤ん坊を目の前にすれば家族として受け入れられるはずだ。俺が色々言ったせいか、不安を吐き出せたせいか、アリスも本来の調子を取り戻したようで俺は安心する。すると今まで気にならなかったことだが、アリスの泣き腫らした顔がちょっとかわいい。


「何よ。」

「えへ、姉さんが泣いているところ始めてみたかも。」

「わ、忘れなさい。じゃないとあんたのこと泣かすわよ。」

「やだよー。」


 怒り出す姉さんから逃げることにする。後ろ振り返ると本気でアリスが追いかけてくる。しばらく逃げたが最後には追い付かれ、拳骨を頂く。このときにはアリスの顔が大分すっきりとしたものになっていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「アルフォンスさん、どうかしましたか?」

「いいえ、何でもありません。」


 二階の窓際から中庭を覗いていたアルフォンスにナターシャが声をかけてきた。止めていた自分の仕事を再開させるとする。


 今朝のアリスお嬢様の様子がおかしかったことは気付いていた。奥様のご懐妊について何か思うところあるのだろう、だがそれもクルス様がフォローしてくれたようだ。あの方は本当に子供らしくない。ただ単に勉強ができるという認識では、あの方を見誤ることになる。


 クルス様が優秀であることは教育を担う自分が一番分かっている。だがあまりにも大人びた雰囲気が気になってしまう。旦那様の兄君であるアルフレッド様もそれは優秀な方だったが、落ち着きがなく腕白なところがあったため私は手を焼かされた。それと比べればクルス様の存在が際立つ。


 先ほどのように様子のおかしかったアリス様を励まし、二人して外を走り回っている。こんな光景は始めかもしれない。クルス様は人の心の機敏に対しても敏感であり、優しさを備えている。


 ある意味で優秀すぎるクルス様が逆に心配になってしまう。


 私に出来ることは多くないが、少しでもお助けせねば。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 この晩、サラの妊娠が正式に発表された。夕食は豪勢であり、非常に和やかに進んだ。


 そしてアリスの表情も今朝に比べれば十分嬉しそうにしていたので、俺も安堵した。


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