第6話 魔法①
午前中の勉強と昼食も終わり、これからは俺の自由時間。そこで俺は中庭に向かうとする。
中庭に着くと冬の寒さがかなり身に染みるところだが、ここで魔法の稽古をする。流石に屋内で魔法をぶっ放すのは危ない。中庭の片隅で芝生に座り込んでから初等魔法書を開く。魔法書の中身は覚えているので必要ないが、カモフラージュで持ってきておく。そして今日は二階からサラが俺の様子を覗いているので、ちょっと読んでみることにする。
魔法とは魔力を使って起こす神々の奇跡と言われている。
魔力はどこにでも存在しているが、普通の人には魔力を見ることはできない。大地、空気といった自然界に存在するものや人、動物、植物といった生物にも魔力が備わっている。その体内にある魔力を消費して、さまざまな奇跡を起こすことが魔法である
魔法は代表的なものとして火、水といったものを“生み出す”こと。もう一つは既に存在する“もの”に対して“付与”することである。一般的に知られている魔法の8割はこの範疇に入る。
そして魔法の発動することに必要な三要素が魔力操作、詠唱、遷移。
まず、魔力操作について説明しよう。魔力の性質の一つとして油のような特徴を持っている。油はベトベトする液体で、油のみをあっても何もできない。しかし、火に油を注げば火の勢いは何倍にも大きくなる。これは油が火の勢いを高めるエネルギー源であると言える。
つまり魔力は身体の中にあるだけでは利用できず、魔法のもとになる魔力エネルギーに変換する必要がある。これを“充填”と呼ぶ。このチャージを素早く、大規模に行使することが魔法師の才能の一つと言える。
そして魔力操作には他にも“解放”と呼ばれるものがある。これは魔力の移動のことであり、身体全体を覆ったり、手に集めることである。また、口から息を吐くように、手などの身体から放出することも含まれる。
次に詠唱について説明しよう。詠唱はこの世界の神々に対して火や水を生み出すための許可をとる儀式である。この詠唱文を一文字でも間違えると魔法は途中で霧散する。そして強力な魔法ほど詠唱文が長くなる。この詠唱に関しては才能が全くいらないが、口がきけなければ魔法を発動することができない。
さて、ここで大きな疑問が生じる。
既存の詠唱文は誰が考えたのか?その答えは古代大戦の英雄の一人、大魔導士ウォールロック・バルドフェルドが残したものだ。古代大戦の英雄たちは大戦のおりに、多くの神々と契約を結び、魔法の使い方を授かった。150歳で亡くなるまでの間に、ウォールロックは自分の知りうる魔法の全てを書物にまとめた。
我が家にあるこの初等魔法書もウォールロックが書いたもの複製品だ。我が国の各地方領には最低1冊はこの魔法書があるぐらい有名なものだ。また、この魔法書には魔力操作、詠唱、遷移について丁寧に説明しており、魔法の普及に大きく貢献している。
その一方で、新しい魔法というものは滅多に生まれない。それは神々と契約できるような魔法師がいないからだ。ただ、ウォールロックの魔法書はかなりの数が紛失、封印、隠匿されているため、稀に新しい魔法が世間に広まることがある。
次に遷移について説明する。魔力操作、詠唱を経て“魔力エネルギー”を”火“などに変化させることが遷移である。そしてこの遷移こそが魔法師の才能にもっとも寄与する要素と考えられている。
詠唱文の中に遷移を促す言葉があり、人は遷移の行使をほぼ無意識に行う。しかし、詠唱した人が“火”に対する遷移の才能を持っていなければ魔法は発動しない。この遷移の才能は各人の固有のものであり、得手不得手がかなりはっきりしている。例えば、街を焼き尽くす業火を呼べる魔法師がコップ一杯の水を生み出せないこともある。アリスに魔法の才能がないと言ったのは、この遷移の才能がごく限られたものだからだ。
そして“生み出した火”を標的に当てることが攻撃魔法ある。この当てるプロセスや火の大きさ、形なども魔力操作の一部であり、“制御”と呼ぶ。“解放”と“制御”はなかなか区別がつかないところがある。
これまでの説明では魔力操作、詠唱、遷移を分けて考えていたが、本質的には3つが同時進行で行わなければならない。
これが魔法の初歩的な説明だ。そしてもう一つ魔法の大切なこととして“付与”がある。
“付与”の代表的なものとして身体強化と魔法陣がある。
身体強化とは足の速さや腕力などの身体能力を、魔力を利用して強化する方法のこと。身体強化は魔力操作のみ必要で、詠唱、遷移はいらない。分かり易いイメージとしては魔力エネルギーを筋肉に“与える”ことと言われている。
その為、魔法の修業をしていない戦士でも“なんとなく使える”者たちが多い。更に一流の戦士や騎士たちは武器や防具に対しても強化を施すので、身体強化が行えないと戦いならない。身体強化が優れていれば、ただの棒切れで鉄を切断することや岩を砕くことができる。
次に魔法陣だが、魔力操作、詠唱、遷移といった魔法発動のプロセスの大部分を魔法陣で代用することができる。この魔法陣を魔力伝導体に描いたものを魔道具という。代表的なものとして魔法陣を銀の指輪に彫り込んだものがあり、これを使用すればほとんどの人が魔法を使うことができる。初心者でも指輪に“力を込める”と意識するだけで魔力操作、詠唱、遷移といったプロセスは魔法陣がアシストしてくれる。
ただし、魔道具にも欠点はある。
魔道具は誰でも使えるという汎用性がある一方で、彫り込んだ魔法陣が魔法の規模、形状などを決定するため、発動した魔法の柔軟性あるいは可変性が非常に低い。もう一つ、魔道具は非常に高価なものであり、種火程度を発動する魔道具でも平民の平均年収並の金貨が必要になる。そのため、魔道具を持っているのは貴族、裕福な商人、上級騎士などの限られた者たちだけだ。
我が家にもいくつかの魔道具がある。最も有名なものはサラが近衛騎士のときに使っていた魔剣だ。俺が生まれてからは一度も抜かれたことはなく、我が家の玄関に飾られている。
他にも精霊魔法などもあるがこの説明はそのうち……
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そして俺は魔法書を芝生に置き、瞑想を始める。
俺の主な修業方法は3つある。まずは身体の魔力や外に漂っている魔力を感じることで、俺は瞑想によってこの感覚を鍛えている。次に魔力を魔力エネルギーに変換する“充填”の高速化、大規模化。そして最後に魔力エネルギーの移動である“解放”の洗練化させること。
その中でも“充填”の修業は非常に目立つので、瞑想と“解放”がメインだ。“充填”を鍛えるときは万全の注意が必要だ。特にサラの……。
また“充填”に関しては魔法師よりも近接戦闘の行う戦士の練度が高い傾向にある。これは詠唱中に“充填”をこなせばいい魔法師よりも、一瞬の攻防が命を左右する戦士のほうが“充填”のスピードとパワーの両立が求められるからだ。俺の本気の“充填”をサラに見せたら、流石に俺の異常性にサラが気付くだろう。
そこで俺はもっぱら瞑想に取り組むことが多い。俺は1刻(2時間)だろうが2刻だろうが瞑想できるが、子供はそんな集中力を発揮できません。なので、3限(30分)程で瞑想を止めて、息を吐く。すると離れたところで剣の型稽古をしていたアリスが近づいてきた。
「もう魔法の稽古は終わったの?」
「ううん、とりあえず瞑想を止めただけだよ。」
「なんで瞑想が魔法の修業になるの?」
珍しくアリスが色々聞いてくる。どうしたの?
「瞑想することで身体や自然の魔力を感じるんだよ。」
「へぇ、そんな意味があるのね。」
アリスは感心すると同時に考え込んでいるようだ。そして、再び俺と視線を合わせると意外なことを頼んできた。
「クルス、私に魔法を教えてくれない?」
「……姉さん、どうしたの?」
「そんな変な顔しないでよ。私だって魔法使ってみたいだけよ。」
俺の返事にアリスは不満顔だ。だが俺だって驚くよ。俺が魔法を使い始めてから半年近くになるが、あまり関心がないと思っていた。俺が考え込んでいると、アリスの表情が不安そうに変わった。
「私には無理なのかな……。」
「そんなことはないよ。ただ、魔法が使えるようになるには、大体1年ぐらいかかるよ。」
「全然構わないわ。むしろ剣術ほど時間を割けないから、時間がかかってもいいわ。」
「うん、分かった。」
さて、どうやって教えようか。初等魔法書は“初等”といえど本来は子供が読んで理解できるものではない。それにアリスは魔法師になりたいわけではない。理屈を理解させるよりも感覚的に教えたほうがいいだろう。
ひとつ思いついた。
「姉さん、ちょっとここで待っていて。」
「分かったわ。」
俺は家に戻ることにする。今なら夕食の準備はまだ始まっていないから種火の魔道具を貸してもらおう。魔道具はナターシャが管理しているので、ナターシャを探す。
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ナターシャは魔道具を快く貸してくれたので、再び中庭に行く。
「姉さん、準備できたよ。」
「何から始めるの?」
まず俺は指輪の形をした魔道具をアリスに見せる。
「まず、これを使って魔法を使う感覚を体験してみよ。」
「これ、ひょっとして魔道具?」
「そうだよ。」
「魔道具って確か高価なものよね。持っていたの?」
アリスはちょっと勘違いしているようだ。
「これは台所にある屋敷の魔道具だよ。」
「そうなの?」
「ナターシャたちがいつも使っているよ。魔道具は誰にでも使えるから便利なんだよ。」
「知らなかったわ。」
「まず、見本をみせるから。」
俺には指輪がブカブカではめれないので右手で握り込み、手を胸の前に突き出して魔法名を唱える。
「炎よ」
手の前方に小さな火が生まれる。大きさも勢いも控え目な小さな炎がしばらく燃えて、やがて消えてしまう。アリスは興味深そうに見ている。
「こんな感じかな。やってみようか。」
「ええ、でもどうすればいいの?」
俺は指輪をアリスに渡すと、俺と同じように手を突き出すポーズをとる。
「まず、目を瞑って僕が使った魔法を思い浮かべてみて。魔道具をつかうときに大事なことはイメージだから。魔法の理屈は分からなくても、火が生まれることを信じるんだよ。」
「……信じる?」
「うん、信じるんだよ。あとは火が生まれて当然だと思うのもいいらしいよ。」
「……」
「いったん目を開けて。身体を楽にして。」
なんだがちょっと新鮮だ。剣術の稽古では小突かれたり、もっとシャキッとしなさいと言われたり、普段の俺はアリスに終始押され気味だ。それがアリスに魔法を教えているとものすごく素直に俺を見てくるから不思議な気持ちになる。
「それじゃ、やってみようか。まずは深呼吸をして。」
「……(すぅーはぁーすぅーはぁー)。」
「手を前に出して、手の前に火が生まれのをイメージして“炎よ”と唱えて。」
「炎よ」
俺とときの同じように、手の前方に小さな火が生まれる。
「やった、出来た。」
アリスが嬉しそうに声を上げると、火はすぐに消えてしまい、「あっ」と声を上げてしまう。ちょっと名残惜しそうだ。だが、一発でできたのは上出来だ。
「姉さん、おめでとう。」
「ありがとう。でもすぐ消えちゃった。」
「集中力が途切れたんだよ。もう一回、やってみて。」
「分かった。」
アリスはもう一度魔法を唱え、今度はすぐに消えることなく火は燃えている。
「姉さん、そのまま火が前に動くようにイメージして」
すると火が数歩分動いて止まる。アリスはしっかりと魔法をコントロールできている。やっぱり魔法の才能も悪くないな。
「今度は“火よ消えろ”と念じてみて。」
すると火が消える。アリスはやっぱり嬉しそうに顔を綻ばせる。アリスがこんなに喜んでいるのは本当に久しぶり見たな。
「できたね。」
「うん、クルスありがとう。」
「魔道具を使ったから簡単だっただけだよ。むしろこれからが本番だよ。」
「そっか……、分かった。」
なんだかアリスが凄く素直だ。こんな一面があったとは。本当に新鮮だな。
「魔法を使ったとき、どんなふうに感じた?疲れたとか、痛かったとか?」
「うーん、最初は手がムズムズしたわね。」
「他には?」
「火を移動させているときは、手が引っ張られる感じもしたかしら。」
どうやら魔力を知覚できているわけではなさそうだ。火種の魔道具は消費魔力が少量なので、潜在的に魔力量が多いアリスにはちょっとした違和感を覚える程度だったようだ。普通の子供は疲労感を覚えるので、そのときに魔力が抜けていく感覚が分かるのだがどうしよう?
「うーん、もう少し繰り返し練習しようか。」
「分かったわ。」
俺は地の魔法で土を隆起させて標的|(土柱)を作ってやり、アリスはその標的に向かって“炎よ”の魔法を唱え続けた。何度も行えば“充填”の感覚が掴めるかもしれない
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二限|(20分)ほどの間、断続的に魔法を唱えるとアリスにも疲労が見え始めたので今日の訓練は終わりにしておく。そして、アリスは額の汗を拭いながら息を整えると俺に質問してきた。
「クルス、質問してもいい?」
「なに?」
「魔道具を使った魔法と、クルスみたいに詠唱を唱える魔法の違いってなんなの?」
「特に違いはないよ。」
「ウソ、それじゃ詠唱するよりも魔道具を使ったほうが簡単じゃない。」
「そうだね、でも詠唱した魔法のほうが色々できるんだよ。」
「そうなの?」
「見てて。」
「火焔のアシャパーダ 我は請う 万物を燃やす力を 炎よ」
俺は前方に自分の背丈ほどの炎を生み出した。かなりの熱量があり、離れている俺やアリスにも熱が伝わってくる。アリスは突然現れた大きな炎にちょっと驚いている。
「この“炎よ”の魔法はさっき姉さんが魔道具で唱えた“炎よ”と同じなんだよ。」
「ウソ、だって炎の大きさも熱さも私のときと比べ物にならないわ。」
アリスから“全くもって納得いきません”という雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。俺はそれに構わずに、炎を球状に変える。更に火球を二つに割ってみたりする。
「姉さん、詠唱した魔法も魔道具の魔法も同じだよ。ただ応用が利くだけだよ。」
「応用?さっきもそんなこと言っていたわね。」
「そう、“炎よ”は炎を呼び出す魔法だけど、炎の大きさや形は魔法師が自由に変えることが出来るんだよ。」
話しながら俺は二つに分裂した炎を小さくして、先ほどの種火と同じ大きさにした。しばらくすると二つの炎が消えた。
「こんな風にね。」
「魔道具だとできないの?」
「魔道具は簡単に魔法を使えるようにする代わりに、誰が使っても同じ魔法になるようになってる。だから、その種火の魔道具はいつも小さな火しか生み出せないんだ。」
「じゃ、大きい炎を呼び出せる魔道具は小さい炎を呼び出せないってこと?」
「そうだよ。」
アリスは俺の説明に少しは納得できたようだ。
こうして第1回魔法教室は閉幕します。アリス君、復習しておくように。