第5話 歴史と勉強
アルフォンスはまず歴史の勉強から始める。
アルケリア王国の歴史を勉強するには避けて通れない出来事がある。
古代大戦……
記録に残っている最古の戦争であり、最大の戦争だ。古代大戦は100年とも1000年とも続いた戦争と言われているが、戦争が終わる10年ほど前からしかまともな記録は残っていない。
古代大戦について説明するには、まずこの世界の成り立ちから説明しなければならない。
この世界は創造主である人神、獣神、魔神の三柱とその眷属たちによって創られた。この神々が“天空、大地、水、火、生命”を創造した。人神を奉る“人族”、獣神を奉る“獣人族”、魔神を奉る“魔人族”、多くの動物や植物。これらの“生命”を生み出した後、三柱は世界を眷属たちに任せて世界から隠れ、この世界が始まったとされている。
その後、この世界は人々によって営まれ、繁栄と衰退または平和と戦争を繰り返した。
ところが、あるとき邪神カーディアスと魔物が世界に現れた。
この邪神カーディアスは創造主を憎み、創造主の創りだした世界を破壊していった。空を燒き、大地を腐らせ、水を汚し、火を廃れさせ、生命を滅ぼそうとした。
人々は邪神カーディアスと魔物に戦いを挑んだが、まったく相手にならなかった。カーディアスの配下である魔物は魔法と同等の技能を持っていた。当時、人々は魔法をほとんど使えず、魔物とろくに戦えなかった。したがって、魔物がこの世界を支配するのにそう時間はかからなかった。
それから人々にとっては地獄が始まった。魔物に怯え、少ない食料、土地、水を奪い合う凄惨な世界が数百年は続いたとされている。
余談だが、そもそも数百年に渡って魔物が人々を滅ぼされなかったことが奇妙に思える。そこで後世の歴史家たちは結構頑張って調査したらしいが、この頃における文明と呼ばれるものは尽く破壊されており、調査はお手上げだった。しかし、魔物の力と魔法を使えなかった人々の力量差は明白であり、邪神カーディアスが何らかの理由で人々を滅ぼさなかった可能性があると歴史家たちは主張している。
さて、話を戻そう。
絶望の中にいた人々のもとに突如英雄たちが現れた。英雄たちは5人の人族、2人の獣人族、2人の魔人族の集団であり、現在のバースという都市に現れて魔物を駆逐した。
英雄たちは創造主の眷属の使いとして、眷属から力を授かった。その一つが魔法である。この力によって英雄たちは魔物たちと互角以上に戦えるようになった。
人々にとっては英雄たちの力は常軌を逸したものであり、多くの人々が英雄たちの姿に希望を見出した。そして人々は進んで英雄たちに協力し、魔物と一緒に戦った。その後、15年ほどかけて魔物たちを駆逐し、邪神カーディアスを滅ぼした。
邪神カーディアスが滅ぼされるまでの戦いを“古代大戦”と呼び、英雄たちは“古代大戦の英雄”と呼ばれるようになった。
そして、“古代大戦の英雄”の一人がアルケリア王国の初代国王バルパネス・アルケリアである。
さて、少し話を脱線させる。
この世界は4つの大陸といくつかの島々と海で出来ている。カルディア大陸、グルーデ大陸、魔人大陸、獣人大陸。古代大戦後、カルディア大陸とグルーデ大陸には人族が、魔人大陸には魔人族が、獣人大陸には獣人族が集まった。無論、各種族が完全に住み分けることはなかったが、ある程度の住み分けがなされた。
バルパネスはカルディア大陸にアルケリア王国を興す。最初はカルディア大陸に10%程度を領土としたが、周りの街や国家から次々にアルケリア王国への編入を希望されていき、領土はカルディア大陸の全土に拡大した。バルパネスは覇権主義を掲げているわけではなかったが、バルパネスの治世は理知的であり、創造力の富んだものであり、彼に対する人々の期待は絶大であった。一部の人々はパルパネスこそが人神の生まれ変わりと信じていたほどだ。
バルパネスは6年でカルディア大陸の全土を治め、以降長い繁栄の時代が続いた。しかし、アルケリア暦25年になると統治方針が変わった。このときバルパネスの年齢は56歳となり、肉体的・精神的な衰えが見え始めた。そこでバルパネスは密かに準備を進めていた計画を実行に移した。
それがアルケリア王国の分割であった。
バルパネスは膨張したアルケリア王国を一人の王が統治することが、困難であると前々から考えていた。そこで大陸全土を統治するようになってから徐々に布石を打っていた。中央集権体制から信頼する王族や臣下に大きな権限を与えて地方を治めていく体制への移行。
この統治手法の大転換は混乱も生じたが、概ね順調に進んだ。これはバルパネスに対する国民の信頼と地方を治める執政官への教育の賜物であった。特に執政官の教育はバルパネスが自ら行い、膨大な時間が割かれたらしい。このことはモルトア公国の初代大公が残した自叙伝にバルパネスのスパルタぶりが記述されていた。
バルパネスはアルケリア暦33年、64歳で王位を息子に譲ったが、このときアルケリア王国を9つ国に分割した。
現在はアルケリア暦765年であり、9つの国のいくつか滅び、新しい国も建国された。これがアルケリア王国建国のざっくりとした中身だ。
アルフォンスはアルケリア暦1年から15年ごろの歴史を色々と話してくれる。この辺りの出来事はバルパネスの統治に対する姿勢や未だに残っている施策が多いので領主として必須の知識であるが、俺はほとんど知っている内容なので右から左へと聞き流している。もちろん、そんな態度をアルフォンスに気付かれないように俺は演技している。
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勉強は歴史の他にも色々と多岐に渡る。文字の書き取り、算術、我が領の農業や地理、地方領の治めるために必要な法律や制度などをアルフォンスが説明してくれる。
まぁ、5歳児にどう考えても高度な内容だが、アルフォンスは複雑なものを単純化してざっくりと教えてくれる。特に身近な例えを多用して子供の分かるような配慮が窺える。
勉強の内容がこんなに高度になってしまったのは俺の自業自得だ。屋敷の書庫にある本を勝手に読んでいたのだが、これがアルフォンスにばれた。俺は一般的な本について読み飽きるほど読んでいたので、旅行記や昆虫記などの嗜好本を読んでいた。書庫を利用するのはボリスと執事たちくらいしかいないが、あるとき妙な本が読まれていることにアルフォンスが気づいた。
あと魔法書を読むだけで、魔法を使えるようになった子供は普通いない。魔法書は大人が読んでも難解であり、魔法書を理解している魔法師が教師にならない限り、魔法を使えるようになることはまずない。これら幾つかの事実から、俺の教育は前倒しかつ本格的なものになった。
まぁ、仕方ないか。そしてアルフォンスは俺を成人扱いしている節がある。色々厄介な面もあるが、俺が子供らしくない振る舞いをしても許容してくれる利点もある。
そして、今日の勉強は珍しいことを教えてくれるようだ。
「それでは、最後に我が国の貴族方について勉強を行います。」
「貴族について?」
「はい。朝食で少し話題になりましたが、クルス様が王都に行かれた際には他の貴族の子弟と交流をもつことになります。その際の予備知識をお教えしましょう。」
なるほど、子供とはいえ貴族間の上下関係を知っておくのは大切だ。アルフォンスも真剣な顔つきをしている。子供のポカで家を取り潰される事態になることはないが、貴族社会でやり難くなるのは容易に想像される。ここは俺も真剣に拝聴しよう。
「お願いします。」
「まず、有名な方々として3大公爵がいらっしゃいます。覚えていらっしゃいますか?」
「ラックス公爵、ロズワルド公爵、エルシャボーン公爵だね。」
「はい、その通りでございます。我が国の初代国王バルパネス陛下の6大功臣と呼ばれた方々であり、現在でも国の要職を担っていらっしゃいます。」
6大功臣とは古代大戦時やアルケリア王国建国時において多大な功績を挙げた6人で、3人が公爵位を貰い、残りの3人は別の国を建国した。この3公爵は700年以上たった今でも権勢を維持している傑物たちだ。良い意味でも、悪い意味でも。俺もこの公爵の先祖とは色々あった。
「この御三方のうちロズワルド公爵様と当家にはご縁もあり、仲良くして頂いております。そしてラックス公爵様は東部治めているため、これまで特段のご縁がありません。」
「ロズワルド公爵家とは何があったの?」
「ロズワルド公爵様のご領都は“音楽の都オースター”でございます。そのため我が領の特産品である楽器の得意先ということになります。」
なるほどね。ヴァンフォール領にはナニーニャの森というところがあり、ここで採れる木材が楽器には非常に適しているため、我が領では楽器製作が非常に盛んだ。したがって、ロズワルド公爵家と仲が良いのも肯ける。ボリスもあんなごつい顔のくせにバイオリンが非常に上手い。
「特に、今のロズワルド公爵様の妹君であるコラーデ伯爵夫人は我が国では有数の演奏者であり、我が領の楽器の愛好者でもあります。」
「なるほど。それで仲がいいだね。」
「はい。そして問題となるのがエルシャボーン公爵様です。」
「……ひょっとして仲が悪いの?」
「正直申しまして、良くないと思われます。というのも公爵様のご嫡男がサラ奥様に求婚したことがございました。」
「……断っちゃたんだよね?」
「はい。あまり噂になっておりませんが、割と手酷く振ったようです。」
なんってことしてくれちゃったんですがお母様。俺は素でガックリとしてしまった。アルフォンスもなかなか困り顔だ。
「なかなか公爵家のご嫡男の求婚を断るご令嬢はおりませんが、残念ながらこの手の逸話はサラ奥様に多ございます」
「それでエルシャボーン公爵家と仲が悪いと?」
「これまでのところ表立って何か害があったわけではございませんが、公爵様にとっては面白くないことでしょう。」
「なるべく近づかないほうがいい?」
「そのほうが無難と思われます。」
「……分かった。」
正直、勘弁してほしい。しかもサラに求婚した貴族ってかなりの数がいたはずだ。なに、それを全部把握しておくの?止めてくれ、アルフォンーーース。
だが、俺の嫌な予感は裏切られてアルフォンスは他の重要貴族たちの説明を始めた。
「次に重要な貴族方として他の公爵、侯爵方を説明致します。まずはタルバンド伯爵様ですが、重要なのは伯爵様のご夫人であるマリアーゼ公爵夫人です。」
「どうして?」
「マリアーゼ公爵夫人は国王陛下のご息女に当たります。そして恐らく今回の王都行きでクルス様たちはお会いになると予想されます。」
「どうしてそんなことになるの?」
「サラ奥様は近衛騎士のときにマリアーゼ公爵夫人の身辺警護をなさっていたご縁があります。今でもお二人は手紙のやり取りがあるほどの仲ですので、クルス様たちがお会いする機会があると思われます。」
「なるほど」
サラは女性王族に気に入られていた話は聞いてことがあるから、サラの子供である俺とアリスに興味を持つってことか。しかし元王族か…。大丈夫だと思うけど俺は王族との相性がいつも悪いだよな。あんまり相手したくないが、この際仕方ない。
「それでは次に……」
とアルフォンスの勉強はまだまだ続く。
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そしてようやく、昼食の鐘がなるが……
「それでは続きをまた明日に。」
「アルフォンス、まだ続くの?」
「はい。まだまだ続きます。さすがに全貴族のお名前を憶えて頂くのは無理でしょうが、王都に行かれる前にできる限り覚えて頂きます。」
「……分かった。」
「特に我が領と同じ西部貴族方に関しては全部覚えて頂きます。王都では西部貴族との交流が持たれる筈ですので、しっかりとご挨拶ください。」
しばらくの間は面倒な勉強が続くのね……。
はぁー