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終末への旅  作者: パウエル
第1章
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第4話 団欒

 使用人も全員着席して、食事の前にお祈りを済ませて、ヴァンフォール家の朝食が開始される。他の貴族の家ではあり得ないことだが、我が家では使用人も同じ食卓を囲む。これは5代前の先祖が決めたルールであり、ボリスも変える気はないようだ。


「アリス、クルス、今日の稽古はどうだったの?」

「今日はクルスに4本取られました。」

「あら、そう……上達しているようね。」


 ここ最近の朝食時、朝稽古の話が肴にされることが多い。サラはアリスの返事に満足気な様子を見せる。……あれはヤバい。正直話題を変えたいが、許してくれないよな。


「特に最後の一撃が良かったです、お母様。」

「どう良かったの?」

「鍔迫り合いになった時に力を逸らされて、体勢を崩されました。たぶん左手の握りをわずかに緩めていました。」

「ふーん、その隙に畳み掛けられたのね。」

「はい、クルスは硬柔あるいは緩急の使い分けが上手だと思います。」

「確かに……誰に似たのかしらね~。」


 なんだが含みのある眼でサラが見つめてくので俺は笑うしかない。サラとアリスはバリバリの剛剣の使い手だ。つまり“誰に習ってるんだ”となるはずだが、俺は自己流で通している。子供の創意工夫の範疇を超えていると思われても無理はない。最初から見せなければ良かったのだが、その選択はしなかった。なんとなくアリスを騙しているような気分になったからだ。


「アリス姉さんも硬軟の使い分けは上手だと思うよ。」

「それはクルスが何回もやってくるから覚えただけよ。」


 俺の胡麻すりは藪蛇になった。明日は恒例のサラとの稽古の日。……憂鬱だ。


 明日はシボラレル……。


「それにしても、アリスもクルスもサラの才能が受け継がれていて良かったよ。」


 ボリスが助け舟を出してくれる。良し話題よ、変われ。


「確かにこのまま修業を積めば、アリスは私を超える可能性は十分にあるわ。クルスも体が大きくなればどうなるか分からないわね。」

「つまり、我が家の将来は安泰だということだ。良かった良かった。」

「将来って、あなた。」

「子供たちが勉強も剣術も熱心に取り組んでくれる。親としては言うことないよ。」

「まあ、そうね。」


 サラは5歳の子供に“何を期待しているの、まだ早いわ”という心境だと思うが、ボリスの満面の笑みに何も言う気をなくしたみたいだ。俺はボリスがアリスを気づかったのかと思った。サラはアリスに対して厳しく、俺と比較してもアリスのことをなかなか褒めない。だがこの考えは俺の買い被りかもしれない、ボリスは単純に子供の成長が嬉しいだけかもしれない。


「確かにアリス様もクルス様も大変勉強熱心でいらっしゃいます。」

「そうだろ。自分の子供の頃を振り返っても、二人はとっても優秀だと思う。」


 執事のアルフォンスがボリスに加勢している。なかなか珍しい流れだ。アルフォンスは祖父の代から仕えている執事で、領主であるボリスの側近を務める。使用人の中では最年長であり、他6人の使用人をまとめる家令の役目も担っている。また、ボリスやサラの“操縦”が上手い。稀にしか起こらないが両親の喧嘩や領都でのもめ事を立ち所に治めてしまう。まさに、我が家の宝刀だ。


「そうでございますね。」


 しばらくの間、ボリスの子供の頃の思い出話を中心にして和やかな朝食が進んでいった。ところが中盤でボリスが唐突に話題を変えてきた。


「そういえば、父から手紙がきたよ。」

「お養父様から?」

「ああ、内容は王都への新年の挨拶にアリスとクルスを連れくようにと。今年は長期休みを取れなかったから、孫の顔を見たくて仕方ないみたいだよ。」

「大丈夫かしら?」

「冬の旅が子供には辛いだろうが、年が明ければアリスたちも6歳になるのだから僕は問題ないと思うよ。」

「それもそうね。確かにそろそろ王都を見せておく年頃かしらね。」


 これはなんだか面白い話の流れだ。毎年、王都では新年の祝賀会が開催されている。この祝賀会は基本的に貴族の参加が強制される。王国中の貴族が集まるため1ヶ月ほどは王都がお祭り騒ぎになる。そしてそれを当てにして商人たちが珍しい物を集めたりして王都の経済が良く回る。


 毎年、年始の王都挨拶はボリスとサラたちが行き、俺とアリスはお留守番だった。だが、今回は違うらしい。横のアリスの表情を見ると、ちょっと嬉しそうだ。俺も久しぶりの外出と考えると悪くないなと思う。それに王都なら色々細工もできると不穏当なことを考えているとアリスが会話に参加してきた。


「お父様、今年は屋敷うちでお留守番じゃないのですか?」

「ああ、出発まで10日ほどしかないから準備しておきなさい。」


 アリスの口元がほこんだ。ボリスの返事を聞いて、アリスはよっぽど嬉しいらしい。


「もう少し早く決めていたら二人の服を新調できたのに、ちょっと残念ね。」

「おいおい、いくらなんでも社交界にでるのは早いだろう。」

「もちろん、夜のパーティは無理よ。だけどそれとは別に子供たちがメインの会はあるのよ。」

「そんなものあったか?」


 サラが額を手で押さえている。アルフォンスも冷めた目をボリスに向けている。おいボリス、しっかりしてくれ。朝から稲妻を落とすのは勘弁してくれ。ところがサラはため息を一つ吐いて、会話を続ける。


「あるのよ、色々と。一般的なものとして親同伴で子供同士を引き合わせて、婚約者探しをするのよ。あなたも幼少時にそういうパーティに出たはずよ。」

「言われてみれば確かにあったのかな?」

「ボリス様はその手の会があまり好きでなかったので、覚えておられないのでしょう。」


 ここでアルフォンスまでがボリスに追撃をかける。


「ボリス様、今回の王都行きでアリスお嬢様とクルス様の婚約者を見つけてくる必要はございませんが、他の貴族のご子息方との交流の場をもつようにさってください。」

「アルフォンス、任せて。私は分かっているから準備しておくわ。」


 ボリスはまさにぐぅの音もでない。


 そんなかんなで、和やかに朝食が進み、終わりがみえた頃にサラが話を切り出してきた。


「…そのボリス、私からも報告したいことがあるの。」

「どうしたの?」

「まだ、確かなことじゃないだけど。」

「?」

「……出来たかもしれないの。」


 一瞬の静寂の後、「本当かーー」と叫びながらボリスが勢いよく立ち上がって椅子を倒した。サラの隣に跪いてお腹を触っている。ボリスは相当興奮していようだ。


「いつ分かったんだ?」

「ここのところ調子がいまいちで、だんだん覚えのある感覚になってきているの」

「医者は?」

「実は今日来てもらう予定だったの。」

「そうか、そうか。」


 二人とも手を握り合って、目に涙を溜めたまま見つめ合っている。おめでたい出来事だが、俺には少し大げさに感じる。隣のアリスは状況が良く分かっていないようだ。


「奥様、旦那様おめでとうございます。」

「「「「「おめでとうございます。」」」」」


 アルフォンスたち使用人が一斉にお祝い言い、感極まった二人が少し落ち着く。


「ありがとう、みんな」

「ありがとう。」


 ボリスの嬉しそうな顔とは少し違うサラのほっとした顔が俺には気になった。あっ、侍女のナターシャも同じようにほっとした顔だ。…何かあるのかな?


「アリス、クルス。お前たちに新しい兄弟ができるんだよ。」

「兄弟ですか?」


 アリスはまだ状況を理解していないようだ。聡明なアリスにしては珍しい顔だ。アリスが微妙な反応をみせているので、ここは俺が無邪気な反応をみせようじゃないか。


「お父様、僕が“兄さん”になれるんですか!」

「そうだよ、クルス。」

「いつ“兄さん”になれますか!1カ月後ですか?2カ月後ですか?」

「そんなに早く赤ちゃんは生まれないわ。早くても来年の秋頃よ。それにまだ赤ちゃんができたかどうか、お医者様に見て頂かないといけないのよ。」

「そんなにかかるんですか、残念です。」


 俺の過剰な反応に、ボリスもサラも苦笑気味だ。だけど食堂の雰囲気はかなり明るくなった。ただアリスの表情が若干硬めなので、後でフォローしておこう。


「しかし、そうなると新年の挨拶は無理だな、サラ。」

「まあ、仕方ないわね。」

「あと当然だけど剣を振るのも禁止だよ。」

「うっ…、まあしょうがないわね。」


 この一言にサラは心底残念そうにしている。だが、我が子のためなら自重するだろう。そして、俺にとっては明日のシゴキがなくなった。


 ラッキー。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 朝食後の俺の午前中の予定はお勉強だ。これでも跡取り息子なので。俺の部屋にアルフォンスが入ってきた。勉強の前に気になることを聞いてみよう。


「アルフォンス、聞きたいことがあるんだけど。」

「なんでございますか?」

「お母様に赤ちゃんができた話をしたときに、お母様とナターシャがほっとした顔をしたんだ。何故だが分かる?」


 アルフォンスがちょっと意表を突かれたような顔をした。やばい、マズイこと聞いたのかな。失敗したな。俺の顔を見て、アルフォンスが少し考え込んでいるようだ。


「クルス様、よく気付かれましたね。」

「うーん、聞いてはいけないことだったかな?」

「いいえ、そんなことはありません。」


 アルフォンスが笑って答えてくれる。俺はよっぽど情けない顔しているのだろう。毎度のことながら子供の真似事も上手くいっている。なんせ、こちとら転生の達人だからね。


「少々お話しする時期としては早いですが、お話し致しましょう。クルス様、ボリス様にご兄弟がいらっしゃることはご存知ですね?」

「もちろん。アルフレッド叔父上、ダリア叔母上、オベール叔父上の三人がいるね。アルフレッド叔父上とはお会いしたことがないけど、他のお二人のことは覚えているよ。」

「はい、その通りでございます。ところで、領主であるボリス様が末子であることを疑問に思ったことはございますか?」

「あるよ。普通の貴族は長子相続だからね。」

「その通りでございます。ですが、我がヴァンフォール家ではここ6代に渡って長子相続が成されておりません。」

「6代も、連続で?」

「はい、特に6代前の相続では相当揉めたことが記録されています。」


 これは驚いた。我が家も昔は物騒だったのだろうか?そんな俺の驚いた顔を見て、アルフォンスは察したようで苦笑している。


「クルス様、揉めたと申しましたがお家騒動があったわけではありません。」

「どういうこと?」

「当初、6代前のご当主ルジャンドル様の兄君が爵位を継ぐはずでした。しかし、その兄君が家を出ていかれました。」

「喧嘩でもしたの?」

「記録によると突然爵位を継がないとおっしゃったとか。そして兄君と父君で大喧嘩の後に最後は決闘までさりました。」

「……すごいね。」


 俺は苦笑いしかできない。随分と破天荒な人だったのだろうか?だがそんな人物に爵位を継がせるのもどうなんだろう。すると、俺の顔色を読んでアルフォンスが困った顔している。


「ところが大変だったのは、この後の出来事でした。兄君は幼少時から神童の呼び声高い麒麟児ということで領都では有名でした。文武のどちらにも優れ、国王陛下からの覚えも良かったですので、当然周りからの大きな期待がありました。そして、その期待する人々の中にボンバール侯爵が含まれておりました。」

「ボンバール侯爵?」

「王国北東部に領地をもつ御方です。ボンバール侯爵のご令嬢と兄君との間には婚約のお約束がありましたが、兄君は家を出る際にこれを一方的に破棄なさいました。」


 自分のことでもないのに脂汗が出そうだ。我が家が滅びてもおかしくないだろう。


「……それは、とんでもないことだよね?」

「はい、当然侯爵はお怒りになり、ご令嬢も塞ぎ込んでしまいました。もう少しで戦になる寸前まで事態は進みましたが、弟であるルジャンドル様がなんとかこれを治めました。」

「それは…また、凄いね。」

「はい。その後、ご令嬢とルジャンドル様が結婚することで両家の関係はなんとか修復されました。」

「結婚したの!」


 もう驚きの連続だ。これで小説が一本書けそうだ。


「兄君が家を出たとき、兄君とご令嬢は確か23歳でした。ご令嬢にとっては行き遅れと呼ばれる年頃であり、かなり荒れたご様子だったそうです。」

「何故二人はその歳まで結婚しなかったの?」

「兄君がのらりくらりと避けていたようです。ただ、ご婚約後も女遊びにきょうじるでもなく、忙しく仕事に精励していたため周りもかさなかったようです。」

「なるほど。」


 俺が一人納得していると、アルフォンスが表情を引き締めて本題に入ってきた。


「さて、話が少々脱線ぎみになりましたが本題に戻ります。兄君が家を出て1年後、傷心のご令嬢とルジャンドル様は結婚されました。結婚の経緯いきさつこそ良くありませんでしたが、夫婦仲の良いご夫婦となりました。子宝に恵まれ、4人の男児がお生まれになりました。」

「良かったね。」

「そしてルジャンドル様はお生まれになった4人の男児全てに、領主としての教育を行いました。」

「4人全員に?」

「“全員に”です。普通の貴族でしたら次男までに教育を行うところでしたが、ルジャンドル様はご自身の経験からそれを良しと為さいませんでした。そもそもルジャンドル様は領主としての教育を十分に受けてこられませんでした。」

「どうして?」

「兄君があまりに優秀だったため、兄君と同じことをして比較されたくなかったそうです。実際、ルジャンドル様は少年期の数年間荒れていた時期もありました。そのような事情のため領主としての教育は不十分であり、ルジャンドル様のご両親もあえて教育を徹底させようとさりませんでした。」

「自分の経験から子供たちには全員に教育を行ったと?」

「もちろんそれもありましたが、本当のところは不安だったそうです。」

「不安?」

「ご当主は漠然とした不安を抱えていたそうですが、その不安が見事的中なさってしまいました。つまり、上3人の息子たちが領主を継がず、四男のご子息が領主を継ぐことになりました。」


 なるほどこれは根が深いな。それにちょっと気になるのがアルフォンスの迫力が段々増していっている気がする。これは俺にプレッシャーをかけているのか?うむ、話を進めよう。


「また、家を出たの?」

「いいえ。今回はそれほど揉めたわけではありません。ただ、上のご子息たちが領主に向いていなかったり、他の才能を持っていたりと色々ありました。それにご当主はこの事態を始めから警戒なさっていた為、問題はほとんど起きませんでした。」

「じゃあ、めでたしめでたし?」

「いいえ、家訓としてご領主にはひとつの義務が追加されました。」

「義務?」

「領主は三人以上の子供をもうけること。この家訓は5代前のご当主から適用されています。できない場合はめかけを取ってでも子供をもうけるようにとなっております。」

「何故そんな家訓がいるの?」

「家を守るためです。実際これまで6代に渡って長子相続が成されていない事実を前にするとルジャンドル様の不安も私には少なからず理解できてしまいます。そして、我が家の歴史を紐解くと恐ろしいまでに長子相続が為されておりませんでした。そして、子供が少なかったときに何度か相続で揉めたことが分かりました。」

「それは跡継ぎが家を継がずに、外に出たってこと?」

「ええ、どうやらヴァンフォール家の男は外に出たがる習性があるようで。もちろん、ルジャンドル様も妾を取ることを義務とすることに複雑な思いがあった筈です。我がヴァンフォール家で妾を取った領主はほとんどおらず、どちらかと言えばボリス様に代表されますように堅物がおおございました。」


 なるほど、事情はもう概ね分かった。確かに6代に渡って長子相続が成されなければ、この家訓を守る気持ちも分かる。そして、この家訓を守ろうとするのは実際に相続を目の当たりにした人たちだ。恐らく祖父母からプレッシャーが相当あったのだろう。


「つまり、お母様はこの家訓を気にしていたの?」

「おそらく。アリス様とクルス様が生まれてもうすぐ五年が経ち、サラ様はお悩みであったと思われます。」

「そっかぁ、そういう事情があったんだね。」


 しかし、この話は俺にとってマズイことにしかならない。いずれ旅に出ることは決まっているので、7代連続の記録を更新してしまう。何か考えておかないと。そんな俺の心情を見透かしたようにアルフォンスが追撃をかけてくる。


「クルス様、できましたらこの不名誉な記録を終わらせてください。」

「……うん。」

「出過ぎたこと申しました。」


 気が重い……。


「さて、お勉強は始めましょう。」


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