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終末への旅  作者: パウエル
第2章
33/33

第32話 終局と出会い

 王都に来てから8日目。


 俺はこの数日でかなり疲弊してしまった。“魔法狂”ヴァルトシュタインの相手は予想以上に疲れた。あの後、王立魔法教会で魔力譲渡の実演を何度かすることになり、結構な人数の魔法師たちの前で実践した。そしてその時の魔導師の反応から魔力の“質”を変化させる“ピュシス”について、王立魔法教会ではいまいち理解が進んでいないように思えた。これはなかば伝説となっている“精霊の子”の力を直接調べたことのある俺のアドバンテージなんだろうと思う。


 だが、そのおかげで何人もの魔導師からあれこれ調べられてしまった。基本的に検討違いの方法ばかりだったが、俺は黙って実験台モルモットとして時間が過ぎ去るのをただただ待つことになった。そしてヴァルトシュタインの好奇心をある程度満足させることのできた俺は取り敢えず解放されたのが、その足で領地に帰ることは出来なかった。


 何故か、本日開催の社交界に出席する羽目になってしまった。


 これは国王陛下の差し金だ。あの日、魔人に関する報告会の終了時に皇太子の娘というか王女の尊神祭ベネディクトの後に催される園遊会に出席するようにと宰相から告げられた。


 尊神祭ベネディクトとは初代国王の時代から続く神事の一つで、王族の成人の儀式と位置付けられている。


 対象者となるのは13歳の王族だが、これは従属神かみが12柱であることに関係している。この世界において幼児の死亡率は高い。幼児は本当に弱い存在だ。疫病、飢餓、天災、戦争など大人でも耐えられない不条理に対して幼児たちは無力と言えた。


 そんな幼児が成長して13歳を迎えられるということは、12柱の祝福を受け取ることができ、この世界の一員として12柱に認められたと人々は解釈している。そこで、13歳を節目の年として従属神かみに感謝を奉げる儀式として尊神祭ベネディクトが催されている。


 また、この世界では“12”という数字が非常に喜ばれている。従属神かみは12柱、1年は360日で構成されており、“12”という数字がこの世界の根幹を成していると人々は考えている。そこで1年は12カ月、1日は12刻(24時間)に分けられており、人々の生活の中に“12”に関係する事柄が色々と溢れている。


 さて、尊神祭ベネディクトを祝うのは貴族も平民も一緒だが少々異なる点もある。それが成人の扱い。この世界では一般的に15歳~18歳の間に成人と見なされる。それを考えると13歳で成人として扱う王族は少々先走った感がある。しかし、実際のところは王族も13歳で成人として扱うわけではない。成人とは本来、子供が一人前になった証であり、社会からの扱われ方が変わった証とも言える。


 したがって、尊神祭ベネディクトで成人と認められると言っているのは宗教上或いは伝統的な解釈であり、社会的な役割としての成人と同一ではない。ただ、王族の尊神祭ベネディクトにはもう一つ別の意味を持っている。


 それが婚姻に関すること。


 尊神祭ベネディクトで成人と認められた王族に対しては婚姻が認められるようになる。つまり、王族に対する貴族たちのアプローチが公に解禁されるのだ。したがって、尊神祭ベネディクトよりもその後の園遊会がある意味では本命と言える。今回は王女ということで、年頃の男性貴族が大挙して押し寄せてくることだろう。これは王都にいる貴族たちだけでなく領主貴族たちも子供たちを送り込んでくる。


 ところが我がヴァンフォール家ではこの手の話は疎く、魔人の出現云々うんぬんの前から俺たちは行く予定がなかった。流石に誰も出席しないのは外聞が悪かったが、幸いにして王都にいる祖父母が出席することになっており問題はなかった。


 なのに態々わざわざ、俺たちに出席するように国王は要請してきた。国王の腹の内は読めている。つまり尊神祭ベネディクトを口実にして魔人に関する報告会に出られなかった代わりに俺たちに会うつもりらしい。


 まったくもって面倒臭い。


 あの日、宰相からこのことを聞いたサラは国王の思惑に呆れた顔していたが、宰相の何とも言えない顔つきに諦めたように了承した。おかげで俺たちは無駄に王都滞在日数を増やしてしまった。そして今日はその園遊会、ちょうど俺たち5人はおめかしして王宮に到着したところ。


 会場となる王宮の中庭に辿り着くとなかなか居心地の悪い雰囲気を味わった。一つ目の理由はこの園遊会の出席者で俺やアリスのような子供が極端に少ないこと。まったくいないわけではないが、かなり少ない。


 そして二つ目の理由がサラの存在だ。サラの顔を見て脱兎の如く逃げ出した男性貴族は一人や二人ではなさそう。サラがこの手の催しにあまり熱心ではなかったので、まさか来るとは想定していなかったのだろう。そしてサラは結婚が遅かったせいか、ここにいる14、15歳の子供たちの親は同年代ということも無関係ではないのだろう。


 したがって、相変わらずサラは女性陣には大人気。それに俺とアリスも巻き込まれて、可愛いだの、欲しいだの、色々言われてからようやく解放された。そしてサラは引き続き群がってきた奥方たちとの旧交を温めているので、俺とアリスは少し離れた樹の傍で一休みしている。


 現在は王女が尊神祭ベネディクトの真っ最中らしく、しばらくは暇を持て余すしかない。そして俺の隣に立つアリスは肩まで届く赤髪を丁寧に結い上げ、整った顔には薄っすらと化粧を施してあり、彼女の美しさを一層高めている。ドレスは翡翠色ひすいいろのシンプルなもので、ふんわりとしたスカートには花柄の刺繍が施されており、美しさよりも可愛らしさを印象付ける。

 

「ねぇ、クルス。」

「どうしたの、姉さん?」

「王宮のあの辺りから妙な魔力を感じるんだけど、あれが何だか分かる?」


 アリスが王宮の奥の方を指差して、俺に質問をしてくる。妙な魔力か……まぁ、始めてならばその言い方も仕方ないか。


「ああ、多分精霊様の魔力だね。」

「精霊……様?」


 俺が精霊に“様”の敬称をつけたことにアリスは不思議そうな顔をしている。この辺の感覚はきっと俺に影響だなと思わず苦笑してしまう。魔法の使えない一般人は精霊を従属神かみに次ぐ神聖な存在としてあがめる傾向がある。これは人の眼で認識できない存在というものが畏怖されるのだろう。そして宗教せんでんによって精霊は俺たち“人”よりも高位の存在として流布されている。


 一方で、精霊の存在を身近に感じられる魔法師の方が精霊をうやまわない傾向にある。勿論、魔法師が精霊をないがしろにしているわけではないのだが、精霊たちをパートナして見做みなして割と気安い関係を築く魔法師が多い。それに下位精霊などは子供のように振舞う個体も珍しくないので、精霊の神秘性というものが薄れてしまうからだと思う。


 だが、そんな魔法師にとってもこの世界に50体はいないと言われている高位精霊となれば別物。


 高位精霊のほとんどが古代大戦時に英雄たちと共に戦い、この世界に平穏を取り戻した立役者であると知られている。そのため、国王ですら高位精霊に対しては畏敬の念をいだいていることだろう。だからこそ、俺も他人の耳目じもくがあるような公式の場では敬称をつける。


「姉さんが感じている魔力は高位精霊様のものだよ。多分儀式の最中なんだろうね。」

「そうなの?」


 俺はこの魔力の感じに覚えがあるし、精霊のソロやパルたちも自分より上位の存在には非常に敏感であり、2体が少々萎縮していることに俺は気づいていた。


尊神祭ベネディクトの趣旨から言っても高位精霊様に列席してもらえることは名誉なことだからね。」

「この会場に精霊が多いのもそれが理由?」

「多分ね。」


 貴族の社交界と言えば、基本的に精霊の同伴は禁止ということになっている。目に見えない精霊の存在は諜報にもってこいなのだが、精霊の道徳心は基本的に崇められる存在として相応しいものを備えているのでこっそり聞き耳を立てるようなことはしない。しかし、大昔にその精霊を悪用して諜報活動させた不届き者がいたらしく、それ以降は基本的に同伴禁止になったらしい。


 しかし従属神かみからの祝福を受け取る尊神祭ベネディクトの性格上、この日ばかりは精霊の同伴が許可されている。というよりも積極的に参加するように要請されている。


「ひょっとして高位精霊ってディアナ様のことなの?」

「アルケリア王国で有名な精霊としては教会のディアナ様とエルシャボーン公爵のアネモイ様だからね。多分そのお二方だろうね。」


 恐る恐る俺に質問してきたアリスは、俺の回答を聞くと一気に喜色がその表情に浮かんできた。


「嘘、ほんと! ディアナ様に会えるかもしれないの!」


 驚いたことにアリスはかなり興奮している。頬を薄っすらと赤らめ、両手で口を覆って今の心境をかなり大げさに表現している。俺は周りをキョロキョロと見回して、そんなアリスのなだめにかかる。


「姉さん、ちょっと落ち着いて。」

「これが落ち着けるわけがないでしょう。だってディアナ様よ、知っていたなら始めから教えておきないよ。」


 そんなこと知るか! こっちがビックリだわ!


「なんで、そんなに興奮しているの?」

「あなたねー。」


 とアリスから真面目まじな説教を喰らった。アリスは如何に精霊ディアナが素晴らしいかということを俺に語ってきた。童話や伝奇物語には精霊ディアナが登場したり、題材にしたものが数多く存在している。そしてその中のかなりの割合が実話を元にしており、アリスはそのディアナの活躍に対して憧れのようなもの懐いているようだ。


 そんなアリスの説教に俺が辟易したころ、薄暮の中庭に大きな鐘の音が響いた。すると周りの大人たちがお喋りをやめて移動を開始した。何かが始まろうとしているだろうが俺たちに分かるはずもないから黙って待っていると直ぐにサラが俺たちをこっちに来るように手を振っていた。


 それから三人で中庭の北側に向かうと、そこでは貴族たちが今か今かと主役の登場を待ちわびていた。貴族たちの視線の先には重厚な扉があり、そこに近衛騎士たちも待機している。そして、大して間を置かずに一人の文官が扉を守護する近衛騎士の前に立った。


「アレクサンドル国王陛下、並びにベアトリクス王女殿下、ご入来!」


 式文官の声高こわだかな宣言を合図に二人の近衛騎士が扉を開く。そして扉から少々不敵な笑みを浮かべた中年の国王と純真無垢な笑顔を浮かべた王女が揃って中庭に姿を見せた。アレクサンドル国王の印象は一言で言えば油断のならない男。武闘派ということだが、聞いていた粗暴なイメージよりも理知的に見える。ただの戦バカではなさそうだ。


 国王と王女に引き続いて複数人の王族が中庭に入りきると中庭の貴族たちを壇上で見回していた国王が演説を始めた。


「今日は余の孫ベアトリクスのために、皆よくぞ集まってくれた。まずは礼を言わせてもらおう。今宵は心ゆくまで楽しんで欲しい。それが成長した孫娘の新たな門出に対する祝福となるだろう。……さぁ、ベアトリクス。」


 国王に促されてベアトリクス王女が一歩前にでた。


 蝋燭に照らされたベアトリクス王女の横顔は陶磁のような白い肌が緊張のためかほんのりと朱く染められ、目鼻の整った顔立ちが彼女の高貴さを示し、ここにいる貴族たちの誰もが“可憐”と答えるような少女と言えた。淡紅色たんこうしょくで構成されたプリンセスドレスは大胆に肩や胸元を露出させていたが、まだなまめかしさよりも少女らしい可愛らしさが引き立っている。ただ、少女が女性へと変貌しつつあることを印象付けることは出来ただろう。


「本日はわたくしのためにお集まり頂き、深く感謝しております。ささやかではございますが、楽しい一時ひとときを過ごしていかれますように。」


 ベアトリクス王女は優しげではきはきとした口調であいさつを行った。俺の眼から見てもなかなか立派な振る舞いだったなと思っていると、給仕の使用人たちが王族に酒の入ったグラスを渡していく。


 周りを見渡してみると大人たちはワインやシャンパンを持っていた。しまったな……俺とアリスは手ぶらだ。そんなことを考えていると


乾杯ゼィーゲン


 と乾杯の音頭が執られた。


 国王の乾杯を合図にして、貴族たちは中庭の中央へと移動して歓談が再開された。楽団の演奏も開始されて中庭は落ちついた響きに包まれている。俺とアリスはサラに連れられて豪勢な料理に舌鼓したづつみを打つことになった。本来ならは主役である王女への挨拶に向かうところなのだが、こういう挨拶には序列があるので田舎伯爵は最後の方らしい。(余談だが主役が王族ということで、子爵以下は単独で挨拶にも行けないらしい)


 ただ、食事をしていてもサラは大人気なので直ぐに婦人たちが群がってきており、俺とアリスもその婦人たちとの談笑を楽しまなければならない。まったくもって面倒だった……。ところがしばらくすると前方から見慣れたご婦人がやってきた。


「相変わらず人気者ね、サラ。」


 そう声を掛けてきたのはマリアーゼ公爵夫人。今日の装いは洗礼された大人の魅力を十二分に引き出した赤いドレス。ボディラインに沿って体の縦ラインが非常に強調されており、その抜群のプロポーションが男性の視線を集めることだろう。しかし、人妻としては如何なんですかね? というのが俺の正直な感想。


 そんな元王女にサラは挨拶を交わすと、サラを取り囲んでいた婦人方はマリアーゼ夫人に挨拶をすると、そさくさと退散していった。これはマリアーゼ夫人を恐れた訳ではない、と思いたい。


「マリアーゼ様、ご無沙汰しております。」

「ええ、久しぶりね。――アリスちゃんとクルス君も元気にしていた?」

「はい、マリアーゼ様。」

「ご無沙汰しております、マリアーゼ様。」


 俺たちの挨拶を聞くと悪戯っぽい笑顔を浮かべながら内緒話をするように声を潜めてきた。


「今回は大活躍だったみたいね?」

「……はい。」

「何処までご存じなのですか?」


 俺は迂闊なことを言わないように無難な回答をしておいた。魔人のことは箝口令かんこうれいかれており、元王女とはいえ知っているはずはないんだがなー。そしてサラも若干困ったような顔をしてから質問を返した。


「表面的な事実はだいたい押さえているわ。」

「はー、陛下の箝口令も存外目が粗いのですね。」

「仕方ないわ、今回は秘密裡に全てを片づけることが出来なかったもの。」

「因みに情報源は?」

「兄よ、このことは既に陛下も知っているから告げ口しなくてもいいわよ。」


 と可笑しそうにマリアーゼ夫人は笑っている。その表情を見たサラは苦笑してしまった。そしてマリアーゼは一通りの挨拶が済むと本題を切り出してきた。


「陛下からあなた達を連れてくるように言われたわ。ついてきて。」


 俺たち3人はマリアーゼ夫人の案内で王宮の中に案内されていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 王宮内の一室に入ると中にはソファーに腰掛けたアレクサンドル国王と護衛と思われる近衛騎士と侍従の老人が後ろに控えていた。


「お父様、お連れしましたわ。」

「ご苦労、マリアーゼ。久しいな、サラ・ヴァンフォール、元気だったか?」

「ご無沙汰しておりました、国王陛下。」


 国王は随分と気安い挨拶をサラに向けるが、サラは無難な挨拶を国王に返す。その素っ気ない態度を見ると国王は苦笑を浮かべた。


「ふっ、相変わらずのようだな。」

「陛下もお変わりないご様子ですが、侍従長のご心労を思いはばかるなら少々慎みを覚えられては如何でしょうか?」


 これは今日の我が儘のことを当て擦っているのだろう。その言葉に国王は少々不満げにしている。


「まるで宰相のような物言いだな。」

「いいえ、これはかつて陛下がマリアーゼ様に仰った言葉を一部変えただけでございます。」


 この言葉を聞いて、護衛の近衛騎士は思わずに噴出してしまった。そして国王は幾分か気分を害されたようで、近衛騎士に見えるように右手で何かを握りつぶすような仕草で指の骨をゴキゴキ鳴らしている。


「本当に相変わらずにようだな。」

「恐れ入ります。」

「まぁ、いい。それよりも紹介してくれないか?」

「二人ともご挨拶を。」


 興味深そうに値踏みする視線が国王から俺たちに向けられるが、アリスは堂々と一歩前に出る。


「お初にお目にかかります、アレクサンドル国王陛下。わたくしはアリス・ヴァンフォールと申します。」

「同じくクルス・ヴァンフォールと申します、アレクサンドル国王陛下。」

「ほー、若いのになかなかさまになっているな。面白い……まぁ、4人とも座れ。」


 その言葉を合図に国王の対面のソファーに俺たちは腰掛ける。そして、侍従の老人が人数分の紅茶を入れる。サラは紅茶を一口飲んで、ほっとした表情をしている。俺も飲んでみたが、これは確かに美味い。


「相変わらず美味しいお茶ですね、ワーグナー侍従長。」

「光栄です、伯爵夫人。」

「そうか、茶の味など同じだろう。」

「侍従長はお父様に勿体無い方ですわね。」

「ふん、そういうがお前も…………。」

「何か仰いましたか、へいか・・・。」

「何でもない。」


 実の娘の鋭い一言に反撃しようとした国王だが、マリアーゼ夫人の剣呑なプレッシャーに負けてズゴズゴと撤退ダンマリしていった。そして「ゴホン」とわざとらしい咳払いを一つして、さっきの一幕のなかったことにして国王は話を続ける。


「さて、今日は態々(わざわざ)ここに来てもらったのはこの前の一件のことだ。宰相から報告を聞いているが、俺自身がそなた達から詳しく聞いてみたくてなー。聞かせてくれるか。」

「はい。」


 俺は再びボリスの報告書通りの内容を喋った。魔人と出会った契機について、魔人との戦闘の様子、その後のナニーニャの森での後始末などの内容を淡々と報告した。基本的に国王は厳しい視線を説明している俺に浴びせているが、特に質問をすることもなく時折頷くだけで一通りの説明を終えた。


「うむ……。」

「如何なさいましたか、お父様?」


 報告を終えても何も言わない国王を見かねて、マリアーゼ夫人が助け舟を出してくれる。


「別に報告には問題はない。だが、宰相たちから聞いていた以上に面白い小僧だな。俺を前にしても緊張しているわけでもなく、実に堂々とした話し方だった。若い文官連中に見習わせたいくらいだ。」

「ありがとうございます、国王陛下。」

「当然です、何と言ってもサラの息子ですもの。」


 と何故かマリアーゼ夫人が自慢げに振る舞っている。国王が威圧していると感じていたが、やはり俺のことを試していたみたいだ。俺は確かに国王に対して堂々した振る舞いを見せたが、それを偽装することも出来たが止めておいた。今更、国王にビビった振る舞いを見せてもサラやアリスに演技と見破られるのは確実だし、これまでの報告で重臣たちの前でも自然体で通してきた。


 まぁ、魔人と戦ってしまった以上子供の振りも限界だろうと王都に来る前から考えていたので別にそれはいい。


「しかし、俺が王位に就いて一、二を争うほどの刺激的な報告だな。」

「お父様、あまりそういう事を言わないでください。子供たちに誤解を与えます。」

「そんな頭の悪い子供でもないだろう。」


 サラから事前に国王の性格は教わっていたが、これまでの会話でそれがある程度証明された。基本的に猪武者のように振舞うが、策謀をろうする強かな一面がある。狼のような野性味と獅子のような気高さを併せ持つのがアレクサンドル・アルケリア国王、だが臣下を振り回して楽しむという迷惑な一面もあるらしい。


 確かに俺の印象は豪快さと抜け目なさのある君主と感じた。


「それにしても、アリスといったな。魔人をたった一人で迎え撃つとは女にしておくのはおしい豪胆さだ。」

「あ、ありがとうございます。」

「当然です、アリスちゃんはサラをも超えるかもしれない才能を秘めているのですか。」

「お前はやけに子供たちを褒めるな。」

「当然です、アリスちゃんとクルス君との付き合いはお父様のように一朝一夕なものではありません。」


 この言葉には俺もアリスも苦笑してしまった。確かに王都に来る際は、必ず会いに行くことにしている。以前、訪問の約束を取るのが遅れたときは“寂しいです”という気持ちを十二分に込められた手紙をもらったことがある。


「まぁ、いい。それでアリス嬢はサラと同じように近衛騎士に入る気はないのか? その実力は十分と聞いているぞ。」

「残念ながらアリスちゃんは将来、我が家に仕えてくれるのでお父様にはあげません。」

「……マリアーゼ。」

「陛下、子供たちは来年から王立学校に入学いたします。その先は卒業時に本人たちが決めることでしょうし、まだ何も決まってはいません。」


 アリスを取り合う親子に何を思ったかサラからのフォロー(?)が入る。その言葉に国王は不敵に、マリアーゼ夫人は不満げな顔をしている。


 その後も1限(10分)程の間、魔人のこととは関係なさそうな俺たちの普段の様子やマリアーゼ夫人とのエピソードを話題にして大人たちの談笑が続いた。やはり国王の目的は単なる情報収集といったところで、警戒する必要もないらしい。そして、お茶が無くなってきたころ、国王が少し真面目な顔をしてきた。


「話は変わるが、非公式ながら二人には褒賞を出そうと思っている。何か欲しいものはないか?」

「褒賞ですか?」

「そうだ。魔人を退けたことは叙勲にも値する功績だが公には出来ないのでモノにしようということだ。」


 俺とアリスは顔を見合わせる。これは少々予想外。アリスもどう答えればいいのか困った顔をしている。俺も困ったのでサラの方に視線を向けると、サラが察してくれる。


「陛下、子供たちも褒美と言われても何を望めばいいのか分からないでしょう。その件は後日夫と相談の上でお返事させて頂きます。」

「構わんが、金貨とかはつまらんモノは止めろよ。」

「承知致しました。」


 その回答に頷くと、国王は再び俺たちの方を不敵な笑みを向けてきた。


「二人とも遠慮せず、欲しいものを考えておけ。アルケリア王国の威信にかけて叶えてやろう。」


 俺とアリスは再び顔を見合わせると、お互いの考えていることが同じだと感じた。


「「ありがとうございます、国王陛下。」」


 それを聞いて国王は満足そうな笑みで顎をかいている。そしてソファーから立ち上がって部屋を出ようとする。


「それでは先に戻るとしよう。お前たちは少し時間をずらしておいてくれ。……また会うのを楽しみにしているぞ。」


 俺たち三人は直ぐに立ち上がって国王に頭を下げ、扉の閉まる音を待っている。


 ようやく、終わった。これが俺の正直な感想……。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 中庭へと戻ってきた私は面倒事を片づけられた安堵感から少し気を抜いていた。小腹が空いたので料理でも食べようかと、子供たちを料理の用意されているテーブルに連れていこうとすると……。


「よろしいでしょうか?」


 私が振り向いた先で、その御二方を視界に収めると自分の胸を締め付けられたような錯覚を引き起こした。しかし、相手はそんなサラの心情に気づくこともなくにっこりと微笑んで挨拶を交わしてきた。


「お初にお目に掛かります。聖徒教会のマリアと申します。」

「ッッ、これは失礼しました。わたくしは西部地域を治めますボリス・ヴァンフォール伯爵の妻サラ・ヴァンフォールと申します。」

「伯爵夫人、どうぞお顔を上げてください。」


 顔を上げると聖女マリアは変わることない微笑でサラを迎える。聖女マリアは愛らしく人懐っこそう顔が印象的な女性で、この国では珍しい黒髪をさらりと腰まで伸ばしている。服装はシンプルな白い法衣を纏っているが、所々に品のいい刺繍が施されているため聖女の格を高めていると言える。一方で、刺繍で使っている糸は金糸ではなく黄色に染めた糸を使っているようで、清貧を是とする教会の教えに忠実に守っているのだろう。


 そしてもう一方、高位精霊のディアナ様もいらっしゃる。ディアナ様の見た目はこの前会った上位精霊のナニーニャ様と似ている。つややかな長い黒髪に普段は少し冷たい印象を与える眼差し、そして美しすぎるお顔。彼女は白色と青色の折り重ねたようなワンピースに身を包んでおり、ナニーニャ様と違ってその容姿は完全に人と同じ見た目をしている。


 しかし、その見た目は12,3歳の少女といったところであり、身に纏った高貴な雰囲気と相俟あいまって凄まじい迫力を与えてくれる。


 正直言って、油断していた。声を掛けられるまでにディアナ様の存在に気付かなかったとは……。と少々的外れな思考に囚われていたサラの思考を引き戻したのは、申し訳なさそうなマリアの言葉だった。


「申し訳ありません、突然ご挨拶申し上げて。」

「いいえ。」

「お久しぶりですね、サラさん。」


 ディアナ様のその言葉に私は再び動揺してしまった。


「私のような者の名を覚えて頂き光栄です、ディアナ様。」

「ディアナとはご面識があるとお聞きしていたのですが?」

「何度かお目に掛かったことがあるだけです。」


 マリア様の質問に素っ気なく答えてしまってことを、私は直ぐに後悔した。自分がいつもの精神状態でないのは分かっている。しかし、動揺する心を落ち着かせることは容易ではない。先ほどのように陛下の前でもこんなに緊張することはなかった。


 ディアナ様が私に微笑みかけている。……こんなことが起きるとは。


「あら、それは私の勘違いだったようですね。そちらがお子様たちですか?」

「二人ともご挨拶なさい。」


 御二方が子供たちを気にかけたことで、私の意識は僅かに冷静さを取り戻した。おそらく、家の子供たちに興味を持たれたのだろう。


「ッッ! お、お初にお目にかかります、マリア様、ディアナ様。わたくしはアリス・ヴァンフォールと申します!」

「同じくクルス・ヴァンフォールと申します、マリア様、ディアナ様。」


 クルスはいつも通りの態度で、そしてアリスは感激したような表情を見せていた。


「初めまして、聖徒教会のマリアです。」


 と手を差し出してくる。アリスは感激しながらマリア様と握手を交わして、夢見心地な表情を浮かべている。そんなアリスの様子に気を取られている内に、クルスとマリア様の握手が済む。そして……。


「教会におります、精霊のディアナです。初めまして、小さな剣士さんと魔法師さん」


 驚くべきことに高位精霊のディアナ様までが子供たちと握手を交わしている。


 その後、私たちは御二方と二言三言会話をしてから別れた。正直話の内容を全然覚えていない。今回の事態は流石の私も一杯一杯になってしまった。一気に疲労が出てきたので、祖父母たちと合流してさっさと主賓への挨拶を済ませて帰ることにした。


 あの子たちの母親であることが少し恐ろしくなってしまった。なんだか情けないこと言っていたボリスの気持ちが分かることになるとはね……。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 三人から離れるとマリアとディアナは王宮内の一室へと向かう。二人を見た使用人たちは一様に頭を下げながら、間近で二人を見ることが出来た幸運に打ち震えていた。しかし、当人たちはその様子をお座なりな対応をしながら念話に集中していた。


『どうでしたか、ディアナ。』

『ありがとう、マリア。ただ、正直なところはよく分かりませんでした。』


 随分とモヤモヤした気持ちが伝わってきますね。


『私の眼には普通の子供のように見えましたが?』

『確かに少女の方は私たちに対して強い敬慕の念が伺えましたね。』


 アリスという名の少女の印象は、ある意味どこにでもいる少女。私たちに対して目を爛々と輝かせて、尊敬と憧れを抱いているのが一目で分かった。容姿は母親と非常によく似ており、あと五年もすれば美人になるだろう。一方で……。


『気になっているのは少年の方ですか。確かに大人びいた印象を受けましたが、その他に気になりますか。』


 弟のクルスという少年からは子供らしさをほとんど感じませんでした。私たちを前にしても落ち着いており、興奮したり萎縮したりといったところが全くありません。彼は魔人を退けるほどの魔法師……優秀な魔法師とは一部の例外を除いて非常に頭のいい人たちの集まり。しかも、彼の実力は現時点でも魔導師に届き得るとヴァルトシュタイン総監やガラハッド会長が報告するほど。それ程の実力があれば、多少大人びいていても不思議はないと私などは思いますが……。


『根拠はありませんが……彼から高位精霊のような雰囲気を感じました。』

「高位精霊!」


 ディアナのあまりの発言に思わずに声を上げてしまった。周りを見渡すが幸いにも誰にも聞かれていなかったことを確認すると安堵の吐息をもらしてしまった。


『ごめんなさい、今のは言い方が良くなかったですね。私が言いたかったことは、長い年月を掛けて成長を遂げた者のような印象を受けました。例えば、ヴァルトシュタイン総監やエルシャボーン団長のような雰囲気といったところでしょうか。』

『……円熟した人といったところですか?』

『その理解で合っています。』


 ――円熟、残念ながら私には程遠い言葉ですね。ヴァルトシュタイン総監はともかくエルシャボーン団長には確かにそう言った言葉がピッタリの印象がありますわ。


『私はそんな印象を受けなかったですが、こればかりは小娘の私には分からないことかもしれませんね。』


 そんな話をしている間に目的の場所に着いたので、私はリラックスしてソファーに腰を沈めて口での会話を続ける。


「ディアナ、それでどうします? 今後も何か行動をとりますか?」

「マリアはどうすればいいと思いますか?」

「少なくともあの二人は私たちにとってもこの国にとっても脅威ではありません。正直なところを言えば、神殿騎士になってくれれば非常に嬉しいといったところですね。」

「つまり、勧誘するのですね?」

「そんなところです。けど、今すぐする必要はありません。この後、二人は領地に帰るでしょうし、来年になれば王立学校にくることも分かっています。関係を深めていくのは来年からでいいでしょう。仲良くなればあなたの感じた違和感も少しは分かるかもしれませんし。」

「……そうですね。それでお願いします、マリア。」


 まだディアナは浮かない顔しているがこれ以上はこの話題を続けても建設的な意見はでないでしょう。その後、マリアとディアナは当たり障りのない会話を続けてから帰途に就いた。


 マリアはこの判断を後に後悔することになるが……それはまた別の話。



全然更新できなくて、すいません。どうにもならない状態からは脱しましたが、これからも投稿が不定期になると思います。二章はあと外伝一話だけのつもりなのでなるべく間隔を空けずに投稿できるように頑張ります。

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