第31話 王都招聘
その日、ボリスは緊張しながら今か今かと焦れったい思いをしていた。
まもなくこの屋敷にはヴァンフォール家創まって以来の賓客が訪れる。そのため家族、使用人一同が緊張した面持ちで玄関に待機している。いつも冷静なアルフォンスですら緊張を隠せない。落ち着いているのはサラ、アリス、クルスの三人くらいだ。
アリスとクルスはこの前も会っているため緊張感がないのだろう。サラに至っては上位精霊と何度も会ったことがあり、更に高位精霊にも会ったことがあるらしい。
そう、賓客とは上位精霊のナニーニャ様のことだ。
先々月の魔人とのことで態々(わざわざ)俺に礼を言いに来るというのだ。信じられないことに! 俺は其処らにいる普通の貴族。したがって、俺にとって精霊や“従属神”という存在は非常に遠い存在であり、信仰の対象。その崇めるべき精霊様に、今日俺はお礼を言われる。
夢ならさっさと覚めて欲しいところだが、残念ながら夢じゃない。
俺は自然とため息が漏れる。ため息というには少々音が大きすぎたので一同の注目を浴びてしまった。サラは俺の顔を見て呆れたような顔、クルスは申し訳なさそうな顔、アリスは不思議そうな顔をそれぞれしている。
彼此3限(30分)ほど玄関で待機していると門番からの合図が示された。それを受けてここいる全員の緊張感が頂点に達した。そして、静まり返った屋敷には外からの馬の足音が薄っすらと聞こえてくる。
そして一台の馬車が玄関にたどり着くと先ずはボロスト準男爵が降りてきて、次に一人の女性が降り立った。
淡い緑色の髪がふわりと靡き、その双眸は慈愛の籠った眼差しを宿し、そして少し儚げな微笑を浮かべた女性。それが俺の受けた第一印象。彼女は仕立てのいい明るい水色のワンピースに身を包んでいるので、何処か妙齢のご婦人のようにも見える。しかし、彼女の頭の上に存在する牛のような角が、彼女が人族とは違った存在であることを示している。
彼女の神々しくも圧倒的な存在感に呑まれていた俺だったが、サラが俺の腕を抓った痛みで一応意識を取り戻した。そして、俺のそんな様子は彼女にしっかりと見られていたようで恥ずかしことこの上なかったが、主人役としての役目を果たすしかない!
「お初にお目に掛かります、私が当家の当主ボリス・ヴァンフォール伯爵と申します。」
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。私は精霊のナニーニャと申します。」
「本日はようこそいらっしゃいました。それではどうぞ中に。」
「はい、ありがとうございます。」
言葉を交わして俺が受けた印象は、ナニーニャ様が非常に人間っぽいと思った。物腰も柔らかく、超然とした第一印象とは随分と異なった。
「長旅でお疲れではありませんか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。私も昔は色々な国々を旅していたことがありましたから。」
「そうなのですか。」
屋敷の中を歩きながら少し世間話してみたが、この話には本当に驚いた。確かに俺が知っているのはナニーニャ様が森に住み着いた後の200年ほどのこと、それ以前に何処で何をしていたのかを当然知らなかった。
「私もこの世界に生を受けてからそろそろ400年ほど経ちます。最初の契約者が亡くなるまでの間、私はカルディア大陸の色々なところ訪ねました。彼女との旅は良い事も辛い事も色々と経験させて頂きましたわ。」
ナニーニャ様は故人を悼むような少し悲しげな表情を浮かべていた。
「そして彼女が亡くなった後、以前一度訪れたことのあったあの森に住み着くことしました。」
「そうだったのですか。」
「ナニーニャ様はその後も誰とも契約を結ばなかったんですか?」
そこにクルスから疑問がナニーニャ様に投げ掛けられると、一度ナニーニャ様が立ち止った。
「そうね……そういう生き方も出来たわ。でも、私は自然の中に身を置いて、その自然と戯れながら生きるのが性に合っていたのかしらね?」
「精霊らしい考え方ですね。」
「ふっふふ、違うわ。多分私が歳をとったのよ。精霊も若いときは好奇心旺盛で、歳を重ねると頭が固くなるのよ。人も精霊も変わらないのよ、だから私も歳を取ったってことね。」
とナニーニャ様が自分の言葉に対して可笑しそうに笑っている。本当に人間と大して違いはないんだなと不思議な感じがした。
そうこうしている内に応接室に到着して、それぞれがソファーに腰を下ろした。そして、ナニーニャ様は深々と俺たちに向かって頭を下げてきた。
「改めて先日のお礼申し上げます。ヴァンフォール伯爵、本当にありがとうございました。」
「私がしたことなど殆どありません。ナニーニャ様をお助けできたのはこちらにいるアリスとクルス、そしてリリのお陰です。」
「勿論、お三方にも大変感謝しております。しかし、彼女たちを森に遣わしたのは伯爵のご意向、ならば感謝申し上げるのは当然のことですわ。」
「……それこそ三人を派遣したのは偶然ですよ。」
「ならば、その偶然を引き起こした何方かにも感謝致しましょう。」
俺はナニーニャ様の返答に言葉を失ってしまった。本当に俺の想像していた精霊のイメージをこの女性は尽く覆してくる。そして、俺はナニーニャ様のその笑顔に苦笑してしまった。
俺では適いそうにもないな。それが正直な感想だった。これが400年の長きを生きた精霊の知性なのだろうか。と埒もないことを考えているとナニーニャ様がボロスト準男爵の方を向く。すると、ボロスト準男爵が小さな鞄をナニーニャ様に手渡した。
「それでこちらなのですが、今回のお礼ということでお納めください。」
「こ、これは!」
俺は包みが開かれると思わず大声を上げてしまった。中から現れたのは丸い形の小さな宝石となかなか豪華な装飾が施された短剣だった。
「魔結晶とミスリルの短剣になります。先ほど、お話したように外の世界を旅していたころに手に入れたもの。今の私には必要のないものですので、どうそお納めください。」
「しかし、これ程の貴重なものを受け取るわけには。」
「ご遠慮なさらずに、私が持っていても土の肥やしになるだけ。道具は使ってこそですわ。勿論、魔結晶については国が管理するため売却せねばならないでしょうがそれでも結構ですわ。」
「……。」
「お受け取り頂けますか?」
善意で譲って頂けるモノをあまり固辞するのもよろしくない。
「分かりました。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。」
ナニーニャ様は俺の返答にっこりとほほ笑みかけてくれる。その後はどちらかと取り留めのない話をしばらくしてから一緒に昼食をとることになった。話題はアリスやクルスのこと、ナニーニャ様の思い出話などの多岐に渡り、和やかな会食を終えることができた。
まだ、半日残っているのだが俺は全部終わったような達成感に浸ってしまった。
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「クルス君、お元気でしたか?」
「はい。お久しぶりです、ナニーニャさん。」
昼食後、精霊ナニーニャさんと二人っきりになって情報交換を行った。
「その後、体調の方はどう?」
「僕の方はもう大丈夫ですよ。それよりも精霊たちの方はどうなんですか?」
「相変わらずね。けど、ゆっくりと回復していると思うわ。だから気長に待つつもりよ。」
精霊たちは魔結晶によって奪われた魔力の回復が非常に遅れている。通常なら二、三日にもあれば全快になるところなのだが、遅々として進んでいない。ナニーニャさんは8割近く回復しているので、取り敢えず気にしていないみたいだが俺は気にする。人間でいうところの毒のようなものに侵されたのかと彼女たちの魔力に触れて調べてみたが原因を特定することは出来なかった。
俺はこのことに対して歯痒い思いをしていた。
「クルス君、あんまり気にしないで。別に私たちはあんまり困っていないから。」
「……そうですか。その後、森の方はどうですか?」
「そちらは一段落ついたわ。樹木も運び終えて、後は残った根の処理をするだけね。」
「これから樹木を植え直すんですか?」
「植え直すのは秋になってからと言っていたわね。」
俺たちが魔人と派手に戦ったため森の樹木が結構傷ついてしまい、かなりの量を切ることになった。その他にも森の中をかなり散らかしたまま俺たちは領都に帰還しなければならなかったので、ちょっと申し訳ない。
「そんなに気にしないで、あなた達が好きで森を傷つけた訳じゃないことはみんな分かっているわ。」
「……そうですね。」
「もう、あなたも街の人たちも気にしすぎよ。確かに森の奥にある樹木たちは普段だったら一年に一本も切らない樹木だから残念だけど仕方なかったことなんだから。」
「街の人たちも気にしているんですか?」
「そうよ、あの樹木はこの国では最高級品なんでしょ。それが突然沢山手に入って嬉しいはずなの、私たちに気を遣い過ぎているの。もう切っちゃたんだから、それこそ捨てちゃう方が可哀想なんだから。あの樹木でいいものを作ってほしいわ。」
ナニーニャさんはその見た目とは違って随分さばさばした性格をしている。アルフォンスの授業で習った厳格なイメージと全然違う。俺は苦笑してしまう。
「そうですか、分かりました。大事に使うように僕からも言っておきます。」
「よろしくね。」
会話が途切れたところで、ナニーニャさんはちょうど今思い出したかのようにポンと手を打ちながら何かを小さな鞄から探し出している。こういう一つの一つの動作がどうも人間臭く、契約者の癖が移ったのかなと考えているとナニーニャさんは小さな魔結晶を3つほど取り出した。
「はい、頼まれていたやつね。」
「ありがとうございます。」
「それ、上手くいってないのよね?」
「そうですね、魔力は抜けていますね。」
俺が受け取ったモノは魔人が持っていた魔結晶を成れの果てというか残骸の魔結晶。封印を解いた時に魔結晶は小さく砕け、その中にあった魔力はほとんど外に出てしまった。その魔結晶に対して魔法陣を描き、魔泉の魔力を吸収する魔法を作ってみたのだが見事失敗している。
まぁ、仕方ないか。これからじっくりと考えることにするか。と思っているとナニーニャさんは俺が気を落ちしていると思ったのか、頭をナデナデしてくる。
「クルス君、落ち込まないで。」
「大丈夫ですよ、まぁ始めたばかりですからこれからですよ。」
「そうそう。……あっ、そういえば魔泉から取り出した時この魔結晶には多少魔力があったよ。多分移動している内になくなっちゃったのかな?」
「それはいいこと聞きました。ありがとうございます。」
俺の笑顔を受けて、ナニーニャさんは笑顔で返してくれる。
「お役に立ててよかったよ。……クルス君には本当に感謝しているんだから、なんか困ったことがあったら私たちのことを頼ってね。出来る限り協力するからね。」
「はい、ありがとうございます。」
その後、俺の部屋にはアリスとマイスが乱入してきて、マイスがナニーニャさんに滅茶苦茶懐いてしまった。そして夕食までの長い時間を三人で過ごした。
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領都で精霊ナニーニャとの会合後から6日余りの時間が過ぎた。魔人捜索の派遣隊が王都に帰還するのに同行する形で俺、アリス、サラもこの派遣団と一緒に王都に向かった。
そして今日、俺たちは王都にある近衛の練兵場の中にある兵舎を案内されていた。兵舎は大小2つの建物で構成されている。大きい方の建物が近衛騎士や見習い騎士の宿舎と食堂などの役割を担っており、俺もアリスも何回か入れてもらったことがある。そして先ほどよりは幾分か小ぶりの建物は軍務省と呼ばれており、作戦立案、情報収集、兵站管理など軍務に関するあらゆる事務作業を行う場所となっている。
ちなみに俺とアリスは軍務省に入るのは始めて、なのでアリスの眼は道中の廊下に飾られている軍旗や儀礼用の武具などに釘付けだ。“女の子がそんなでいいのかな”と思わないでもなかったが、アリスの機嫌を損ねても良いことなんかないので、口にはしなかった。
一方でサラの様子と言えば、それはもう滅茶苦茶と表現される以上に不機嫌だ。これは目的地まで案内してくれるテリーナさんが色々と喋っている所為だ。サラはこの建物の中でも数々の武勇伝の残しており、それをテリーナさんが俺たちに面白可笑しく聞かせてくれる。
特にサラとボリスの告白事件の現場をわざと遠回りまでして案内してくれた。これでサラの機嫌が一気に悪化した。あの事件の顛末を手紙として俺たちの実家まで送ってくれたのは何を隠そうテリーナさんだった。手紙のことに関しては未だにサラの中でしこりになっているらしく、サラは赤い顔をしてテリーナさんをブスッと睨んでいた。
テリーナさんの方はそんなプレッシャーをどこ吹く風と相手にせず、俺とアリスとお喋りするのに夢中だ。この人は天然でこれをやっているのではなく、完全に確信犯だ。テリーナさんは清楚な美人という見た目と何処ぞの貴族令嬢といった雰囲気を持っているのだが、なかなかいい性格をしている。
そんな楽しいお喋りも目的の会議室に着くと、全員の緊張感が高まった。テリーナのノックを合図に俺たちも部屋の中に入った。部屋で待っていたのは宰相ロバート・ホーランド、近衛第1騎士団団長ウォーリック・エルシャボーン、近衛第3騎士団団長ガルシア・エルステッド、魔導師団総監クラーゼ・ヴァルトシュタインの4名とその他二人。
「これはご無沙汰しております、宰相閣下。」
「お久しぶりです、サラ伯爵夫人。相変わらずお美しいかぎりで。」
「あら、私はもう4人も子供産んだおばさんですよ。お世辞がお上手で。」
「いえいえ、お若い頃となんら変わらない姿ですよ。」
サラは完璧な愛想笑いで宰相と挨拶を交わしている。宰相ロバート・ホーランドの容姿は尖った鼻、輝きの鈍った銀のような白髪、そして険しい眼光を有する60代の老人だ。国王は武を好む性質だったので国王からの受けはいまいちだが、ホーランド宰相は国王の乳兄という毛並みの良さで国王の幼少時には教育係も務めていたので二人の関係はそれほど悪くないらしい。
ホーランド宰相に対するサラの評価は“悪くない”だそうだ。統治の方針は堅実で面白味はないが圧政を非効率と断じており、現在の善政は国王の手腕というよりも宰相の力が大きいと言われている。また、時に対立してしまう国家と貴族の間を上手く取り持つような政治力も持ち合わせており、極めて有能の人材。サラ曰く、国王は物事を面白くする方向に進めようとする悪癖があり、その辺りをホーランド宰相がある程度コントロールしてくれるらしい。
「サラ君、元気そうだね。」
「お久しぶりです、エルシャボーン団長。」
「ちょうど二年ぶりだったかな?」
「はい、いつもご迷惑をお掛けしております。」
「ふっっ、そんなことはないよ。」
サラは自分に声を掛けてきたエルシャボーン団長に対して丁寧に礼をとった。ウォーリック・エルシャボーンはたっぷりと蓄えたられた白い髭、孫を見るような優しい目をした初老の将軍。確か宰相よりも少々若いはずだが、雰囲気はこちらのほうが老いた印象を受ける。しかし、流石に近衛騎士団のトップということで、身体は未だに鍛え上げられているが分かる。
近衛騎士時代のサラは不本意ながら問題児として扱われていた。平民でありながら11歳の若さで騎士団の見習いになり、容姿もとても目立っていたためトラブルが彼女に度々すり寄ってきた。その後始末をしてくれるのが良識人のエルシャボーン団長だったため、サラは頭が上がらないらしい。因みに長年の上司であった第2騎士団サーチェス・スタイン団長はどちらかとサラの起こした火に油を注いでいたので尊敬していないそうだ。
「お久しぶりです、ヴァンフォールさん。」
「お久しぶりね、エルステッド卿。うふふ、なんか言い難そうね。」
「まぁ、確かに。私にとってあなたはウォルド卿という言い方のほうがしっくりくる。」
「そうね。」
次に声を掛けてきたのは第3騎士団ガルシア・エルステッド団長。容姿は淡褐色の珍しい髪、凛々しく彫りの深い顔つき、そして体格は少し小柄だが威厳と覇気を感じさせる壮年の騎士といったところ。年齢はサラの四つ上だが騎士叙勲のタイミングが同時期ということで、二人は結構気安い間柄らしい。ただ、エルステッド団長は厳格で少々生真面目な性格が災いして苦労人なところがあるらしい。
そのような感じで和やかに挨拶してサラだったが、ようやく一番の問題児の方に顔を向ける。
「ヴァルトシュタイン様、お久しぶりでございます。」
「10年振りといったところかな“魔女”殿。」
「その呼び名を聞くのも久しぶりです。」
「ほっほほほぉ。」
周りの空気は一瞬緊張するが、その言葉を予期していたのかサラは特段表情を変えることはなかった。他の誰かがサラのことを“魔女”と言えば鉄拳をお見舞いするとこだが、この大魔導師は人の言うことをほとんど聞かない困った性格であることを当然サラも覚えていたので、一々気にしていられなかった。
一通りの挨拶が済んだところで、俺たちは用意されていた椅子に着席した。そして、俺とアリスのために一人一人の簡単な自己紹介が行われてから、宰相から一言で報告会が開始された。
「それではサラ伯爵夫人、お願いできますかな?」
「ええ、ですが陛下はよろしいですか?」
「今回はご遠慮して頂きました。今回の会議は公にしたくないことが多いため必要最小限の人数に留めておきました。公式には伯爵夫人がエルシャボーン団長、エルステッド団長に会いに来たということになっております。」
「ご厚情痛み入ります。」
サラはホーランド宰相に一礼を行うと俺の方を向いてきた。
「クルス、お話しなさい。」
「はい。」
そこからはボリスが王都に送った報告書とほとんど同じ内容を俺の口から喋った。魔人と出会った契機について、魔人との戦闘の様子、その後のナニーニャの森での後始末などの内容を淡々と報告した。俺の報告を冷静に受け止めていたホーランド宰相やエルシャボーン団長とは対照的にエルステッド団長は頻りに感心し、ヴァルトシュタイン総監は時折好奇心で眼を爛々とさせながら聞いていた。
そして俺が一通りの報告を終わると質問の時間が開始される。
質問は魔人の実力に関するものばかりで、魔人の使った魔法や戦闘法などの細かい質問に一つずつ答えていった。その質問の回答については俺がアリスにも適宜振ったので、アリスは大勢の大人たちの前で緊張し、支えながらも一生懸命回答する姿に大人たちが少々ほっこりとさせられていた。
そして魔人の魔剣から呼び出された蒼炎に対抗して俺が炎の上位魔法“煉獄の槍”を発動した話になるとヴァルトシュタイン総監の眼光をなんとも言えないものになり、俺の背筋がゾクリとして気味が悪かった。そして“魔法狂”ヴァルトシュタインの我慢が限界に達したようなので、俺は彼の方を向いた。
「クルス君、魔剣に施された魔法陣から蒼炎を呼び出したということだね?」
「恐らく……。」
「自信がないようだが、どうしてかね?」
「少なくとも刀身には何かが刻まれているようには見えませんでした。」
「ほー、それは興味深い。……だが、君はその理由に心当たりがあるのかな?」
ヴァルトシュタインの恐ろしい程の洞察力に対して、俺は隠し事をする気が段々失せてくるのを感じた。サラから色々と事前に聞いていたが、予想以上に面倒臭いぞ、この爺さん。
「多分、精霊剣のようなモノだったのではないでしょうか。精霊剣は魔剣のように魔法陣を掘り込む必要がないと本で読んだことがあります。」
「精霊剣のようなモノ、か……つまり精霊剣そのものではないと?」
「魔剣の魔力は禍々しいものでした。あれが精霊の手で作られたと考えるのは不自然かと、むしろ魔人族が持っていたモノなので悪魔が作ったと考えるのが自然かと。」
「うむ……。」
俺の考えを聞いてヴァルトシュタインは唸っている。そして……。
「一般的に精霊たちは自然物に対して魔法を掛けることを得意としておる。一方で悪魔たちは生命の精神に対して魔法を掛けることを得意としていると伝承されておった。悪魔たちは精霊剣のようなモノを作ることを非常に不得意としておる……しかし、出来ないわけではない。かつて魔人との戦争の折に、悪魔たちが鍛えた剣“ディアボロソード”と呼ばれていた魔剣が存在した。」
「“ディアボロソード”……。」
できればこれ以上の情報は出したくなかったので黙っていたら、ヴァルトシュタインは俺の思っていたことを代弁してくれた。そして俺は、然も始めて知ったかのごとくヴァルトシュタインの言葉を反芻した。
「クルス君が見たのは恐らくそれじゃろう。儂も古い文献で読んだことがあっただけだから確証はないが……。」
「そうですか。」
“取り敢えずこの話は終わり”という雰囲気になったのだが、ヴァルトシュタインの好奇心は治まっていなさそうな表情。そして案の定、
「まぁ、その話はいいわい。それよりも魔泉や精霊の魔力を封印したという魔結晶の話を聞かせてほしいのう。」
「先ほどの話以上のことは私にも分からないことなのですが。」
「じゃが、その魔結晶を見たのはお主だけなんじゃろ。覚えていることだけでもいいんじゃ、どんな魔法陣じゃった?」
予想通り、魔法陣に関してヴァルトシュタインのは並みならぬ関心を持っているようだ。正直なところ隠したかったが、仕方ない。俺は懐から一枚の紙を取り出して、隣に座っているサラに手渡した。
「これは?」
「魔結晶に刻まれていた魔法陣です。お母様、ヴァルトシュタイン様にお渡しください。」
この紙のことについてはサラにも言ってなかったので少し驚いた顔をしたが、特に俺を叱責することもなく渡した紙をヴァルトシュタインの席まで回した。そしてヴァルトシュタインはその紙を受け取ると、子供のような無邪気な笑顔を俺に向けた。
「ほー、しっかりと記憶しておったか。」
「いえ、それは描かれていた魔法陣の一部です。恐らく、6,7割しか書き写せていません。」
「これでか! うーーん。お主にはこの魔法陣の意味が分かるか?」
「契約魔法の魔法陣によく似ていると思います。」
「うむ、その通りじゃ。しかし、のうー。」
ヴァルトシュタインは何か腑に落ちないような表情を浮かべている。
「ヴァルトシュタイン様が気になさっているのは魔法陣の内や外に描かれている模様のようなものことですか?」
「その通りじゃ、こういう装飾品の模様のようなモノは本来魔法陣には描かれない。ほとんどの魔法陣は文字や幾何図形を組み合わせて作られておる。こんな模様が入った魔法陣は始めてみるのう。」
「ヴァルトシュタイン様でも……ですか。」
「当然じゃわい、儂も知らんことの方がこの世界には多いはずじゃ。」
そう言った後はしばらくジッと魔法陣を凝視していたが、やがてその紙を机の上においた。
「クルス君、この紙は貰っても構わないのかね。」
「はい、どうぞ。」
「そうか、それじゃこれはありがたく貰っておくのう。」
と嬉しそうに紙を自分の懐に仕舞い出して、若干宰相たちが困ったような顔を浮かべている。俺もこの短いやり取りでこの老人の性格がよく分かってきた。サラから聞いた“魔法狂”のあだ名も正直納得できる。
しかし、それ以上に俺はこの老人が油断できない気がした。
基本的に好奇心を漲らせた眼光や子供のような無邪気な振る舞いを見せているが、時々俺を値踏みするような妖しい眼光を向けている気がする。こんな油断できない雰囲気は本当に久しぶりだ。
俺がヴァルトシュタインに対する警戒心を一段引き上げたが、当の本人は次の話題に進めたかったようだ。
「それでは、次は精霊を介した魔力の譲渡についてもっと詳しく聞きたいのう。」
「ヴァルトシュタイン様、この会議の議題は先日の事件の報告ですよ。もう少しご自重ください。」
ここで会議の流れを戻そうとエルシャボーン団長から苦言を呈される。
「何を言っておる。魔人の強さを知るために大事なことではないか。」
しかし当人は全く遠慮することもなく、こんなことを宣わっている。この爺さん……。俺が少し呆れていると、爺さんの扱いに慣れているエルシャボーン団長は更なる説得の言葉を重ねる。
「確かにその通りですが、些かヴァルトシュタイン様の探究心に重きにおいておりませんか?」
「儂から探究心を取り去ったら、あとに残るのは皺々の爺が残るだけじゃわい。」
「……」
開き直りなのかよく分からないこと言っている。周りを見るとどの大人たちも困ったような顔をしている。まるで“いつもの悪い癖がまた始まった”と言わんばかりの表情だ。ところがそんな空気をサラが見事ぶち破ってくれた。
「ヴァルトシュタイン様、その話は後日クルスとヴァルトシュタイン様とで個人的に如何ですか?」
「それでも構わないがいつじゃ。」
「明後日、協会の方でお約束があります。その時で如何ですか?」
「分かりました。」
ヴァルトシュタインが引き下がったことでエルシャボーン団長とサラは視線を交わして、脱線した話をもとに戻していった。
そして、そのあと報告会は半刻(1時間)ほど続けて滞りなく終了した。
とっても疲れた。
が、会議の終わり際に、宰相からの爆弾が俺たちに炸裂した。
それを聞いて俺は今すぐ王都を離れたくなった。
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「如何でしたか、ヴァルトシュタイン様。」
「なかなか面白い話が聞けたぞ。」
「それはようございました。」
ヴァルトシュタインは自分の席に着くと腹心の男に一枚の紙を見せた。
「これは?」
「例の魔結晶に刻まれていた魔法陣の一部じゃ。」
「驚きました、我らと同じ着想で研究に取り組んでいる者たちがいるということですか。」
「恐らくのうー。然も魔人の連中は既に実用化の段階に入っておる。これはウカウカしておれんぞ。」
「確かに。」
魔導師団の中でも極一部にしかその存在を知られていない極秘研究がある。その内の一つが“異なる系統の魔法を融合させる技術”。魔法は12系統の属性が存在しているが、その系統から外れるような魔法は現在のところ確認されていない。未知なる新しい魔法を生み出そうとする大望の中で“異なる系統の魔法を融合させる”という試みにここ150年ほどの時間が費やされ、一定の成果を挙げた。
しかし創り出された魔法は魔法としての規模も小さく、よく言って中位魔法の水準。更に魔法の組み合わせも限られてものであり、まだまだ満足のいく水準には達していない。ヴァルトシュタインも出来上がった魔法のことを、精々12.5系統の半端なものと嘆いていた。
しかし、ここで面白いサンプルを見つけてしまった。
王宮が魔人の出現に大慌てしている中でもヴァルトシュタインは大して関心がなかったが、この魔法陣を見て気が変わってしまった。正確な魔法陣が欲しくなった。更に言えば、魔人からこの魔法陣の情報を聞き出したくもなった。
以前宰相に依頼されていた魔泉の調査はあと一月ほどで実施されるが、その調査に俄然やる気が出てきてしまった。否、調査ではない。なんとかして魔人を捕縛したい。
ヴァルトシュタインはなんとかしてこの魔法陣の情報を知りたいという強烈な思いが胸の中に渦巻いていた。
「来月からの調査は……本気でやるかのう。」
「といいますと?」
「罠を張る。なんとしても魔人を捕縛したいのじゃ。」
「分かりました、私の方で方法を検討しておきます。」
「頼むぞ。」
そしてヴァルトシュタインの関心は魔法陣からクルスの方に移っていた。
「それで、ヴァンフォール家のご子息はどうでしたか?」
「油断できん小僧じゃな。先ほどの魔法陣に描かれている紋様の意味にも勘付いている様子じゃった。」
「あれが悪魔の魔法であると?」
この腹心は普段はほとんど表情を変えることがないと王宮では知られているが、この発言には驚きを隠せなかったようだ。
「小僧は精霊魔法について何か知っておるのじゃろう。精霊魔法の紋様を知っておれば、消去法で悪魔の魔法と推測するのは難しくないのう。」
「それは確かに。ですが、10歳に満たない少年がそれ程の知識を持っているとは俄かには信じられません。」
「普通ならそうじゃが、会ってみてその考えは変わったのう。」
現在では皆無になったが、若い頃のヴァルトシュタインのもとには国中から魔法師の卵たちが弟子にして欲しいと殺到してきた。その中には街で神童と呼ばれるような子供もおり、ヴァルトシュタインの眼から見てもまあまあの才能を持っており、幾人かについてはその才能を認め、実際に弟子として指導したこともあった。
しかし、今日会ったあのクルスにはその神童たちと決定的に違うところがあった。あれは“才能がある”という原石の状態ではない、既に何十年と研磨されて磨きぬいた宝石のように完成された才能だった。ヴァルトシュタインはクルスを自分と同格またはそれ以上の魔法師であることを直感していた。
「見た目で判断すれば痛い目にみるのう。明後日にはもう一度会う機会があるからお前さんも一緒に来い。」
「分かりました。」
「今から楽しみじゃわい。」
「ヴァルトシュタイン様、危険な真似だけはくれぐれもご自重ください。“魔女”殿の実力は本物、怒らせることは得策ではございません。」
「分かっておる分かっておる。それに小僧は来年から王立学校のほうに来るらしいから本格的な接触はその時でいいじゃろう。」
「はい、そのようにお願い致します。」
大分遅れてしまいました。次話もてこずりそうです。土曜日を目標に投稿したいと思います。来週を乗り越えれば投稿も安定すると思いますが、この第2章もあと2,3話といったところ。なのでそれが終われば一休みいれてストックを貯めたいと思います。
それではこれからもよろしくお願いいします。




