第16話 王女との出会い
王都に滞在して20日あまり、連日のお茶会とうい名の子供版社交界もやっと終わりが見てきた今日この頃。本日はマリアーゼ・タルバンド公爵夫人に俺、アリス、ボリスが招待を受けている。
今はカトリーナとナターシャがアリスの準備をしており、俺とボリスは待機だ。珍しくボリスも緊張した態度を見せており、本当はあんまり会いに行きたくないんだろうなと察する。マリアーゼ夫人についてはボリスやサラから事前にどんな人なのか聞いている。
マリアーゼ・タルバンド、現国王陛下の三女で第二王妃の二番目の子供に当たる。他二人の王女は国外へ嫁に出ており、国内に残ったのは彼女だけだ。容姿端麗、頭脳明晰の才女であり、彼女が男だったら確実に皇太子を蹴落としたに違いないと貴族の間では言われていた。
物騒なことだ。だがこの評価もなかなか的を射ており、父親である国王陛下の好戦的な性格をもっとも色濃く受け継いだ女性と評判だ。そんな性格のためか、マリアーゼ王女は見習い騎士時代から目立っていたサラのことに感心があった。そしてサラが近衛騎士になると直ぐに自分の専属護衛として可愛がった。
サラはマリアーゼ王女に対して王族としてある程度敬ったが、同時に過度のご機嫌取りを行わなかった。元々サラは近衛騎士団に入ってから貴族の嫌がらせを散々受けており、王族というだけで敬う気にはなれなかったそうだ。
そして自分に対して媚びないサラの態度をマリアーゼ王女はますます気に入り、寵愛したという。ただ、当時の王宮はこの二人の関係を“何時か破裂する爆薬”と見ており、かなり気が気でなかったらしい。サラは他の者なら誰も出来ないような諫言をマリアーゼ王女に幾度か行った。更に驚くべきことにこの諫言は通ったことが一度や二度ではなかった。
この事についてマリアーゼ王女は“あなたとの関係は緊張感があって、結構気に入っているの”とサラに語ったことがあるらしい。おそらくマリアーゼ王女は国王を除いて自分のことを掣肘できなかった現状に不満を持っていたらしい。苛烈な彼女に対して、臣下はおろか兄たちも遠慮していたようだ。
そんな周りの心配を裏切って、サラとマリアーゼ王女は10年以上の長い親交が続いている。
「おっ、可愛くなったね、アリス。」
考え事をしている俺の前に準備の整ったアリスが現れた。アリスの装いは水色の正当派クラシックドレス、露出少なめて子供の可愛らしさを強調するようなドレスなんだろう。確かこのドレスが一番高かったはず。そして普段は髪を弄っていないが今日は短い髪を所々編み込んでコンパクトに纏めている。薄っすらと化粧もしてもらい、なかなかの変身だ。どこからどう見ても貴族の令嬢といった雰囲気が出ている。
アリスの後ろにいるカトリーナとナターシャも満足気な顔をしている。ボリスが一通りアリスを眺めて、誉めそやしてから出発することになった。
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豪華な玄関ホールから居間に通されると、小さなテーブルに腰掛けていた夫人が俺たちを見て立ち上がる。
「本日はお招きありがとうございます、マリアーゼ様。」
「元気そうね、ヴァンフォール伯爵。」
無理して精一杯の笑顔を浮かべるボリスに対して、マリアーゼ夫人は微笑で答えているがあの眼には何か落胆の色が浮かんでいる。何だ、この二人?俺の疑問が解消される前に、マリアーゼ夫人の興味は俺たちに移り、今度は目を爛々とさせながら微笑みかけてくる。
「それよりもそちらの可愛らしい二人を紹介して頂戴。」
「二人とも、ご挨拶なさい。」
「お初にお目にかかります、マリアーゼ公爵夫人。私はアリス・ヴァンフォールと申します。」
「同じくクルス・ヴァンフォールと申します。お会いできて光栄です、マリアーゼ公爵夫人。」
アリスは少し緊張気味に、俺は普段通りに挨拶をした。この挨拶を見て、マリアーゼ夫人は顔を綻ばせて満足そうにしている。マリアーゼ夫人は綺麗な金髪に深い青色の瞳をした妙齢の女性。落ち着いた薄紅のドレスを着ているはずなのに、強烈な女の色香を漂わせている。今は俺たちに対して笑顔を向けてくれるが、意思の強そうな眼光が印象的な美女と言える。
「あら、立派な挨拶だこと。私のことはマリアーゼと呼んでね。」
俺とアリスはボリスの方を向いて確認を取ると、ボリスが小さく肯いた。
「はい、マリアーゼ様。」
とアリスが代表して答えてくれる。
「さぁ、席に着いて頂戴。それとお茶の用意を。」
「畏まりました。」
俺たち三人が席に着くとテキパキとした様子で3人の侍女が紅茶やお菓子など準備して、部屋の隅に控える。
「それでは改めて、二人とも今日は良く来てくれました。会うのをとっても楽しみにしてたのよ。」
俺は思わず苦笑いしてしまった。もう完全にボリスのことを無視しちゃってるし、この人。
「二人のことはサラから手紙で教えてもらっていたから、どんな子が来るか楽しみで昨日はなかなか寝付けなかったわ。うふふ、顔立ちは二人とも母親似ね、アリスちゃんは将来美人になりそうだし、クルス君もなかなか悪くないわね。」
「アリスちゃんはサラに剣術を習っているのよね?」
「はい、まだお母様には全然敵いませんが稽古をつけてもらっています。」
「そんなの普通よ、近衛騎士でもサラに敵うような人は数えられるくらいしかいなかったもの。サラの手紙にはアリスちゃんが“将来自分より強くなるかも”なんって書いていたのよ。」
「ほ、本当ですか?」
「本当よ、これからも頑張りなさいね。」
「はい!」
アリスも久しぶりに嬉しそうな顔をしている。サラはなかなか褒めてくれないからな。影ではそんこと言ってくれて嬉しいんだろう。
「でもアリスちゃん、もし近衛騎士になるくらいなら、うちの騎士にして上げるからいつでも言ってね。」
「マリアーゼ様。」
「いいじゃない、伯爵。私、アリスちゃんのこと気に入ったのよ。」
ボリスの苦言もどこ吹く風と、マリアーゼ夫人はまったく相手しない。と傍観していた俺の方にマリアーゼ夫人の視線が移った。
「そう言えば、クルス君は魔法が得意なのよね?」
「はい、魔法の勉強はとっても好きです。」
「その歳で魔法が使えるなんて大したものね。それにあなたの頭の上に乗っているのは精霊よね。」
この発言にはびっくりした、マリアーゼ夫人は結構魔法が使えるらしい。彼女の魔力は割と垂れ流し気味なので、普通の人だと油断していた。
「申し訳ありません。黙って精霊を連れてきて。」
「別に気にしてないわよ。精霊の習性は分かっているから。でもその歳で契約を結べるなんて本当にすごいわね。どうやったの?」
「えっと、この前なんだか懐かれてしまって。」
「マリアーゼ様、この間クルスと王都の西広場に出掛けたときに仲良くなったみたいです。」
「あら凄いわね、ひょっとして一回で懐かれたの?これは宮廷魔導士になれるんじゃないかしら。」
「頑張ります。」
「楽しみにしているわ、それとそちらの精霊さんのお名前は?」
「風の下位精霊ソロと言います。」
「そう。」
そしてマリアーゼ夫人は自分の胸の前に両手で何かを受け止めるような状態を作った。そして…
「いらっしゃい。」
精霊ソロは念話で俺に“いいのか?”と尋ねてくるので、行っておいでと送り出した。するとソロはマリアーゼ夫人の両手に乗って魔力を受け取る。すると、ソロの気配がかなりハッキリとしたものになり、アリスとボリスが驚いた顔をしている。
「精霊ソロ、お近づきの印です。」
マリアーゼ夫人が精霊に魔力を譲渡するやり方はなかなか手馴れている。まるで一人前の魔法師のようにも見えるが、身体から魔力を無駄に垂れ流している姿は魔法師として相応しくない。良く分からない人だ。そして魔力を受け取ったソロは感謝の印として、マリアーゼ夫人のおでこに少し触れてから俺の頭の上に戻ってきた。
「マリアーゼ様も精霊と契約していたことがあったんですか?」
「いいえ、けど王宮内は結構な数の契約精霊がいるから私も交流する機会があったのよ。」
「そうなんですか。」
「サラも結構精霊に好かれていたわね。結局、契約は結ばなかったけど宮廷魔導士が何度か勧めていたわね。」
そしてマリアーゼ夫人は何かを思い出したのか悪戯っぽい笑みを浮かべてきた。
「そうそう、サラは貴族のドラ息子たちを振るときは遠慮なくやっていたけど、精霊の契約を断るのは苦労していたわ。下位精霊は顕現できないのに“断るとまるで子供を苛めている気分になるから困る”とか言って珍しく弱音を吐いていたわね。」
よっぽど可笑しかったのか、マリアーゼ夫人の笑い方は少々品がない。これが本性なのかな?だが、マリアーゼ夫人の態度よりもアリスはサラの昔のことが気になるようだ。
「マリアーゼ様、お母様は近衛騎士のころはどんな様子でしたか?」
「あら、知らないの?」
「あまり教えてくれません。」
「まぁ、自分の若い頃を自慢するような子じゃなかったわね。」
それからマリアーゼ夫人は近衛騎士時代のサラの様子を語り、俺たちは普段家での様子を語りながら楽しい時間を過ごした。そして2度目のお茶をお代わりしたところで、執事の一人がマリアーゼ夫人のもとにやってきた。
「マリアーゼ様、そろそろお時間です。」
「あら……そう、楽しい時間は時が経つのが早いわね。ヴァンフォール伯爵、実はあなたに会わせたい人がいるの。」
「私にですか?」
「ええ、……中にお連れして。」
「畏まりました。」
突然の展開に俺も良く分からない。どうやらマリアーゼ夫人は内緒でボリスと誰かを引き合わせようとしているみたいだ。ボリスも本当は色々聞きたいところを我慢している。そしてノックの音と伴に三人の人物が部屋の中に入ってきた。
「本日はお招き頂きましてありがとうございます、マリアーゼ公爵夫人。」
「お久しぶりです、ラックス公爵。」
入ってきたのは初老のラックス公爵と一人の少女、そして先ほどの執事。俺はラックス公爵の名からその少女の名を察してしまう。しかし、何の用だ?
「さて、少し難しい話をしなければならないのでアリスちゃんとクルス君は別室で時間を潰して貰いたいのだけど、構わないかしら伯爵。」
「ええ、構いません。」
「それじゃ、二人とラックス公爵のお孫さんを別室に案内してあげて、あとあの子が起きているようだったら三人に会わせて上げて。」
「畏まりました、奥様。」
こうして、俺たちと少女は別室へと案内される。正直、俺はこの部屋でどんな会話がなされるか気になって仕方なかった。厄介なことにならなければいいが……。
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「まず騙してしまったことについて謝罪するわ、ヴァンフォール伯爵。」
「顔をお上げください、マリアーゼ様。私は気にしてなどおりません。」
マリアーゼに謝れたという滅多にない事態に、俺も困惑してしまう。幸いにしてマリアーゼは直ぐに顔を上げてくれたので、もう一人の客人と目を合わせる。
「こうして個人的にお話しするのは初めてでしたね、ヴァンフォール伯爵。」
「はい、ラックス公爵。」
確かにボリスはウィリアム・ラックス公爵と面識があったが、それは社交界で挨拶を交わす程度。ラックス公爵が東部の最重鎮であるため、西部を治めるボリスとは接点が少なかった。
「それで、どうしてこのような面倒な方法を取ったのでしょうか?我が家に直接ご連絡頂けば、喜んで歓迎致しましたのに。」
「ヴァンフォール伯爵は今王宮で流れている噂をご存じないのですかな?」
「お恥ずかしながら。」
「いえ、確かに今のところは噂も王宮の大臣レベルに留まっていると聞いておりますので、ヴァンフォール伯爵が気になさることではないのでしょう。」
この言葉の意図をなんとなく察した。
「父は職務上で知り得た情報を、基本的に屋敷で話すことがありませんので。」
「いや、邪推して申し訳ない。気を悪くしないでくれ、伯爵のお父上の義理堅さと厳格さは私も存じている。」
「いいえ、息子の私から見てもあの厳格さは病気と疑うほどです。」
「はっはは、それは口が過ぎるでしょう。」
俺の冗談を笑い飛ばしてくれるので、部屋の空気が悪くなることはなかった。ボリスの父ロイスは非常に口が堅いことで有名だ。職務上知り得た情報は息子と言えど教えることはまずない。
「それでは話を戻します。噂と無関係な話ではないのでが、……実は年が明ける直前に孫娘アナスタシアの暗殺未遂事件が起こりましてな。」
「それ程の大事件、初耳です。」
「幸いにして、事が起こる前に未然に防がれたため、この事件を知っているのは王宮と近衛の極一部に留まっています。」
「成るほど。」
「ただ、この事件を切っ掛けにしてマルケド王国への対応を見直す動きが起きています。伯爵は孫娘アナスタシアの事情についてご存じでしょうか?」
「恐らく市井に広まっている程度のことしか知らないと思いますが。私は中央の政治からは距離を置いておりますので。」
俺もある程度は知っている。しかしさっきの少女がアナスタシア王女だったのか。
「そうですか、……私は娘のシャロンを失った後かなり強引な手段でアナスタシアを連れ戻しました。それが切っ掛けで我が国とマルケド王国、あるいは国内貴族たちの間に小さくない溝を作ることになってしまいました。」
「事情はおよそ聞いております。私はラックス公爵の行動は非難するつもりはございません。」
支持ではなく、あえて非難しないという言葉の意味を公爵は正確に洞察した。
「ありがとうございます。ですが、私の行動によってマルケド王国に対する方針が定まらない事態になったのは事実。更なる援軍か、それとも撤退か。結局そのときは結論が出ないまま傍観するという中途半端な事態になりました。」
「お孫さんの件で、王宮はその議論を再開させていると?」
「はい。そして伯爵のお父上は撤退派の主要人物。」
「確かにこれは邪推する輩が現れても無理はありませんな。」
この俺の発言に対して、公爵は苦笑で答えてくれる。確かに父ロイスは生粋の反戦派、“戦争は無能な文官と好戦的な騎士によって引き起こされる”と寡黙な父が王宮で言い放ったことがあるらしい。これには反発する人間が出たが、この発言と前後して穀物を統制していた文官の巨額な不正蓄財の発覚、そして父が過去の戦争では少ない武功も上げている等のことから表立って文句を言う文官・武官はいなくなった。そんな父だからこそ宰相も買ってくれているらしい。
だが公爵は苦笑を見て、公爵の態度が少し奇妙に思えた。
「ひょっとして公爵は援軍を望んでいないのですか?」
この質問に対して公爵は答えるべきか答えないべきかと躊躇しているように見えた。
「申し訳ありません。今の言葉をお忘れください。」
俺は少々自分が踏み込み過ぎたと感じ、謝罪をいれたが逆に公爵はそんなボリスの態度に好感を持った。
「いいえ、構いません。正直なところ私はどちらでもいいですよ……私としては孫娘が穏やかに暮らしてくれさえすれば。」
その寂しそうな声の所為か、部屋の中はしばらく沈黙が支配した。そしてボリスは先ほどの発言が公爵の偽りなき私心なのだと直感した。
ボリスがマルケド王国について知っていることは多くない。当時、内戦中のマルケド王国との関係を強化するため国王陛下の要請でラックス公爵の娘シャロンが嫁いだ。そしてラックス公爵にとってシャロン嬢が最も寵愛して側室の忘れ形見だったということ。シャロン嬢が亡くなった際には国王陛下を怒鳴りつけたと噂になったのを覚えている。
おそらく公爵にとってはシャロン嬢や孫娘アナスタシアのことはこれ以上触れられたくないのだろう。
「申し訳ない、私はかなり貴族として相応しくないことを言ってしまったようだ。お忘れ頂ければ助かる。」
「いいえ、そんなことは思っておりませんよ。ただ今日のことは自分の胸に留めておきます。」
「ありがとうございます。」
公爵は微笑で答える
「しかし公爵のご事情は分かりましたが、今日私を訪ねてきた目的は何だったのでしょうか?」
「いや、そう難しいことではありませんよ。実は孫娘が伯爵のお嬢さんたちに会ってみたいと申しましてな。」
「アリスとクルスにですか?」
この発言には拍子抜けしてしまう。どうやらまったく政治の話じゃないらしい。
「どうやら娘のシャロンが孫娘に伯爵の奥方のことについて色々話していたらしいのです。」
「サラのことですか?」
ドキッとする。
「仕方ないわね、私たちの世代でサラに好意を持たなかった女性は探すのが難しいぐらい少なかったはずよ。」
「そうでな、奥様のご活躍は本や歌を通して未だに人気があると聞きます。」
これまで殆ど黙っていたマリアーゼ様の意見に、ボリスの冷や汗が止まらなくなる。そう、サラの王都での人気は未だに衰える気配がない。そして困ったことにサラに対する好意はボリスへの敵意として変換される。彼女たち曰く、サラに相応しくない、サラを24歳まで待たせたなんて信じられない、などボリスはこれまで色々言われてきた。
そして、彼女たちの急先鋒が自分の隣にいるマリアーゼ様。ここ最近ボリスに対する風当たりは大分収まったが、無くなったわけではない。
「な、成るほど。そっうでしたか。」
「事情が事情ですので、普段私は孫娘を極力社交の場に出さないようにしておりましたが、流石にこの新年の催しには最低限ながら参加させておりました。すると奥方のご子息が王都に来ていると噂になっておりましてな。」
ボリスも気付いていたが、アリスとクルスはかなり注目されていた。婚姻を狙った布石の訪問も何件か受けており、正直困っていた。勝手に婚姻決めたら絶対サラの逆鱗に触れるし、だからと言って全て断るわけにもいかないのでオーランと父と協議を重ねている。まさかあの二人がこんなに注目を浴びるとは想定外。
(そして領都に帰った際にこのことをサラに言ったら、本気で呆れられたのは別の話。)
「ここ最近は孫娘を狙われたということで、私を含め大人たちがピリピリしており孫娘にも負担をかけておりました。ところが普段は自己主張も少ない孫娘が、お二人の噂を聞いて会ってみたいと頼んできたという話です。」
「成るほど、ならば3人で仲良くしていればいいですね。」
「ええ、仰る通りです。」
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「初めまして、アリス・ヴァンフォールです。」
「同じく、クルス・ヴァンフォールです。」
「はっ初めまして、アナスタシア・キャロル・マルケドと言います。」
部屋を移して俺たちはまず挨拶から入ったが、アナスタシア王女は何故だかもの凄く緊張している。そして俺とアリスの顔をチラチラ見ている。何だ?アリスもアナスタシア王女の態度を不思議そうに観察している。
アナスタシア王女の容姿は濃い茶髪が肩までかかり、くりくりとした大きめの眼をしている。全体的に幼さが目立つ顔立ちだが、十分可愛らしい女の子といった印象。身に着けるドレスも可愛らしさを引き立てる桃色で、確かに“王女様”というイメージを補完している。
「アナスタシアさん。」
「ひゃい!」
俺はなるべく優しく話しかけたつもりだが、アナスタシア王女の反応は激しく身体が小刻みに震えてる。それを見てアリスも俺を睨んでくるし、困ったもんだ。
「アナスタシアさん、そんなに緊張しないでください。こう言っては何ですが、私たちは田舎伯爵の姉弟。そんなに偉くないんですよ?」
アリスも上手いこと言う。俺なら“偉く”ではなく“怖く”と言ってしまうとことだった。
「そんなことないです。お二人の噂はいろんな所で聞きました。」
「どっ、どんなことですか?」
アナスタシア王女はブンブンと音がしそうなほど大袈裟に首を横に振ったあと、テーブルから乗り出すような勢いで反論してくる。アナスタシア王女の大袈裟な動きに、アリスが若干気後れしている。
「アリス様はとっても美人ですし、それにとってもお強いのでしょう。クルス様は私と同じ年で魔法を使える天才ですし、それにお二人はあのサラ様のご息女、ご子息。本当にお会いできて光栄です。」
やけにサラのところで力が入っているな。それになんか大分興奮しているし、まぁ最初の緊張が和らいだからいいか。
「そうですか、でも出来れば“様”は止めてね。そんな風に呼ばれたら私も緊張しちゃうわ。出来れば私のことはアリスって呼んでね。」
「わ、分かりました。」
「出来れば、その敬語も。」
「はい、…ぁじゃなかった。うん。」
ようやく少し落ち着いたアナスタシア王女の返事を聞いてにっこりとアリスが笑いかけた。それを見てアナスタシア王女も嬉しそうにしている。これまでのお茶会で色々な貴族の子女たちと交流していたが、アリスがここまで歩み寄ったのは初めてだ。何か気に入ったのかもしれない。
アナスタシア王女。ラックス公爵と一緒に現れたときは公爵の裾を掴んで少し怯えているように見えたから大人しい子だと思ったけど、ちょっと違うようだ。アナスタシア王女については俺もあの事件の後でこっそり調べたが、なかなか可哀想な子だ。これまでも大人たちには散々振り回されており、更に命まで狙われなきゃならない。
「僕のこともクルスって呼んでね。」
「うん、分かった。クルス君。」
「そう言えば、お母様のことを色々知っているみたいだけど何で?」
アリスの質問に同意する。そう、俺もそれには疑問だった。
「亡くなったお母様が沢山お話ししてくれたの。サラ様のお話はどのお話もすごくドキドキして、寝る前に何度も聞かせてもらったの。」
「お母様の話が?」
「うん。サラ様が近衛騎士をコテンパンにしたお話とか、悪い伯爵を倒して女の子を助けたお話とか。」
この言葉に俺とアリスはお互いの顔を見合わせる。なんだそりゃ?
俺たちはその後、サラの脚色された武勇伝を拝聴したり、俺たちのことをアナスタシア王女に教えたりして楽しいお喋りを続けた。アリスはアナスタシア王女のことをまるで妹のように扱い、そしてアナスタシア王女に至っては完全に姉として慕っていた。
更にマリアーゼ夫人の赤ちゃんが目を覚ましたということで、三人で会いに行ったりもした。もう二人は赤ちゃんに夢中で、全力で赤ちゃんをあやしていたら晩餐に呼ばれて大人たちと楽しい晩餐を過ごした。
晩餐後、俺たちはマリアーゼ夫人の屋敷を出ることになった。そこでアリスとアナスタシア王女は別れの挨拶を交わしていた。
「あの、えっと、私とお友達になってくれませんか?」
「もうお友達よ、領地が遠いからなかなか会えないけど、お手紙いっぱい書くわね。」
「はい、私もいっぱい書きます。」
こうして二人は最後に抱き合ってから別れた。アリスは笑顔で、アナスタシア王女は瞳に涙を浮かべて。そんな二人の姿にラックス公爵も泣きそうになっている。
そして、俺には何にもなかった。まぁ、いいけどさぁー。
予定通りそれなり量をストック出来ましたので今日から投稿を再開します。前と同じように一日置きに投稿する形でしばらくやっていくつもりです。あと、15話までの内容を一部修正しました。本筋は変えていませんが、ちょこちょこ矛盾点があったのでその辺りの内容を直しました。
これからもよろしくお願いします。




