第12話 暗躍(後編)
「貴様、魔人族か。」
「……」
クルスの前にいる一人の女が詰問してくる。女は若そうで17、8歳といったところ。女の恰好から教会所属の神殿騎士であることが分かる。そして教会での教育が行き届いているようで、憎き敵を見つけたかのような目を俺とアモンに向ける。
「喋る気はないか……。」
『おい、この女は結構美味そうだぞ。』
『黙っていろ。奴は喰うな、面倒だ。』
『つまらん。』
俺とアモンが魔人語で会話するのが気に食わないようで、女はゆっくりと魔剣を抜いてきた。一目で国宝級の魔剣であることが分かる。悪魔であるアモンの存在を感知した高位精霊ディアナが差し向けてきた騎士だ、装備も実力も一級品だ。俺もフードを取り、短剣を構える。
「小人族?」
『精霊を抑えてくれ、喰うなよ。』
『ふん、下位精霊など喰うか。』
俺が短剣に魔力を通すと、剣先から魔力で形作られた刀身が出来上がる、魔道剣だ。魔剣の製造技術がイマイチだった時代に流行った技だが、製造技術の進歩と伴に廃れてしまった技能。一方で、女も同じように剣に魔力を込めている。すると刀身から精霊語が浮かび上がってきた。それを見て俺は舌打ちをしてしまった。
精霊剣だ。厄介なモノを。
精霊剣を確認してから俺は短剣に込める魔力を跳ね上げる。すると女が正面から突っ込んできた。女が三歩で詰めた距離を俺は一歩で埋めることで激突のタイミングを狂わせて、最初の交錯を俺の優位に進めた。
だが、結果は思わしくない。スピードは俺が上だが、剣の切れ味は女が上。俺の短剣は女の精霊剣に負けて短剣を覆った魔力が削られている。力攻めは不利、俺は刀身を通常の倍程度に伸ばして先ほど以上の速度で切り掛かる。女の防御は間合いを広げた俺の攻撃に対して後手に回り、いくつかの斬撃を女に与えたが無傷だ。どうやら鎧も精霊剣と同様の一級品であり、俺の斬撃では傷一つ付いていない。
予想以上に面倒臭い追手だ。戦法を変えようと更に距離を空けると、ここで女が反撃してきた。魔道具を使った風弾の連続発動、威力は大したことなかったが本命は別だ。
『アモン』
『我はこっちで手がいっぱいだ。』
風弾を避けながら発した俺の要請に対して、アモンの返事は予想通りだが腹が立つ。一体の精霊とアモンは俺たちの戦いに加わることもなく、またお互い争うこともなく上空で傍観している。アモンに限っては俺の闘いぶりを本気で楽しんでいやがる。“くそ、あの野郎”とアモンへの悪態をついていると…。
もう一体の風の精霊が俺の後方で俺の避けたバレットを俺に向けて弾き返してくる。更に鬱陶しいことに風の精霊は自らの魔力で風刃も追加してくる。普通なら前後からくる連続攻撃に集中力を取られるところだが、俺は女の精霊剣に浮かび上がった精霊語が光り輝いてるのを見逃さない。
「ちっ!」
「喰らえー」
俺が舌打ちしている間に、女から横薙ぎの一撃が俺に向かって飛んでくる。魔法としては風刃と同じだが規模が桁違い。俺も短剣に全力の魔力を注いで、迎え撃つことでなんとか相手の一撃を防いだ。そして風刃を構成していた大量の風で俺の位置には大きな砂埃が舞う。敢えて風刃と正面からぶつかったのはこのため。
「火焔のアシャパーダ 我が命ずる この世の全てを 汝への供物に 全てを焼き尽くせ 灰塵に帰せ 灼熱の業火」
風刃の迎撃に間髪を入れず、小声で火の上位魔法灼熱の業火を発動する。俺を中心として炎が辺り一帯(半径30mの同心円状)に広がっていく。突如、砂埃から炎が押し寄せてきたので女と風の精霊が慌てて距離を空けるが俺には感知できた。女は地上で、風の精霊は上空に。相手の予定通りの行動に対して、俺は風の精霊の真下に向かって炎を突っ切りながら詠唱を始める。
「火焔のアシャパーダ 我は請う 我を守りし炎の加護を」
精霊の真下から跳躍して、風の精霊に向かって肉薄する。精霊は不意に炎から現れた俺に慌てている。いや、風の精霊が慌てているのは俺の後ろにある灼熱の業火で発動した炎が俺に追従していることに驚いている。そして風の精霊の目の前で詠唱を終える。
「炎の城壁」
火の下位魔法炎の城壁、本来は自分の前に身の丈(2m)ほどの炎の壁を作る魔法だ。しかし、今回は事前に発生していた炎を再利用することで“炎の牢獄”を作り出した。そして“炎の牢獄”と化した火球の上に降り立つと。
「ローゼ!」
残っている地上の炎を飛び越えて女が風の精霊のもとに向かってくる。
「火焔のアシャパーダ 我は請う 万物を燃やす力を 炎よ」
“炎の牢獄”と地上の炎から拳大の火球が10発ほど女に向かう。女はこの火球を空中で躱すことが出来たが、失速して地上に降りてしまう。さっきの風刃のような力技は申し分ないが、風の魔法師のくせに空中戦がぎこちないのは“充填”以外の魔力操作がまだまだ未熟なんだろう。俺も地上に降り立つと女が怒りと憎しみ震えながら怒鳴りつけてくる。
「貴様、絶対に許さんぞ!!」
怒鳴ると同時に俺に突っ込んで来て、大振り一撃が地面に突き刺さる。その後も力任せの剣撃を振るうが、冷静さを欠いた女の一撃が俺に触れることはない。また、風の精霊から女に配給される魔力を切ったので、精霊剣の輝きが多少鈍っている。
冷静さを失った相手にカウンターを狙い、女の横薙ぎの一撃を下に躱してがら空きの胸に向けて俺は魔道剣からの突きをお見舞いする。女が後ろ(5m程)に吹っ飛ばされ、俺は追撃をかけようとして横に飛び退いた。
『アモン』
『おう、すまんすまん。』
あの悪魔は全く悪びれない態度で謝罪してくる。さっき、もう一体の精霊が俺に魔法をかけてきたがあの野郎、何も妨害しなかった。そして癒しの精霊はこの世界に顕現して、女の隣に立って俺を見据えてくる。精霊の魔力量としては中位精霊だが、さっきの魔法は癒しの上位魔法だ。なかなか油断ならない。
「ルテシア、落ち着いて。」
「これが落ち着いていられるか。」
「ローゼは滅んでいません。だから落ち着いてください。」
「ほ、本当か!」
癒しの精霊とこの女は念話をしてないところを見ると、どうやら契約していないらしいな。そして女がこれ程驚いているのは “炎の牢獄”で 女と風の精霊のパスを切断したのを精霊が殺されたと勘違いしていたらしい。
「ローゼはあの炎の中で抵抗しています。その男は怒りに身を任せて勝てる相手ではありません。」
「そうなのか。すまない、助かった。」
「ルテシア、一時的にあなたとパスを繋ぎます。」
そう言って、癒しの精霊はパスを繋げると上空に退避していった。女は苛立ちを浮かべながらも多少は冷静さを取り戻している。
「ローゼは返してもらう。」
そして俺たちは再び連続攻撃の応酬が始まる。俺は魔力で作った長剣(約10m)で女を縦横無尽に切り掛かり、女は精霊剣から風刃を繰り出して、お互いに中距離レンジの切り合いを繰り広げる。
俺の斬撃は女の鎧に何度か命中するが、鎧に当たった瞬間に“バッシュ”と音を立てレジストしてしまう。癒しの精霊は魔道剣の対処法をしっかりと覚えている。一方で女の風刃は俺に触れることはなく、森や大地を豪快に破壊していく。
風刃による破壊と俺の灼熱の業火によって、俺たちの周りは着実に荒れていく。このまま消耗戦になることを望まない俺は剣撃を打ちながら魔法を唱える。
「大地のスプスンター 我は請う 大地の怒りと 大地の嘆きを 隆起陥没」
魔法によって俺を中心とした大地が隆起して、戦闘空間に多くの遮蔽物(土柱)が出来上がる。そして俺は遮蔽物を利用した近接戦闘に移る。魔道剣を普通の長さにして、剣と格闘術の組み合わせで女を追い詰める。女は剣撃を対処することはできるが、要所要所に挟まれる俺の拳や蹴りに対応できていない。
また、女は狭い空間での戦いに慣れていないため、ジグザグ移動する際に遮蔽物や陥没に足を取られている。さすがに女は状況がまずいと思ったのか風刃で遮蔽物を薙ぎ払おうとしたが、俺は女との距離を空けさせずに攻撃を続けることで女を防戦一方に追い込む。
そして、女に全力の魔力を込めた正拳突きを喰らわせて、女が吹っ飛んでいく。癒しの精霊が構えているので、俺は追撃をかけないが手応えはあった。殺すつもり全力の一撃だったが精霊の力のおかげか、女は足取りが覚束無い状態で立ち上がって俺を睨んでくる。癒しの精霊がつかさず回復魔法を唱えてくる。
「はあー。」
俺はため息を吐いて、魔力感知を王都方面に向ける。追撃の部隊があと半限(5分)程で来るだろう。もうこの辺で時間切れだ。俺は“炎の牢獄”を解除する。
「ローゼ!」
女のもとに風の精霊が駆け寄る。女は張り詰めていた顔を綻ばせて、念話で相談する。そんな女と風の精霊に対して、俺は精霊語で話しかける
『止めろ。』
俺の一言に二体の精霊は大きく動揺する。女は何に驚いているのか一人だけ分かっていないようだな。まあ、当然か。
『風の精霊、癒しの精霊よ、精霊ディアナの要請で俺を追ってきたな。』
精霊たちは俺の言葉に対して返事をしない。下位精霊は顕現することができないため目で確認することができないが俺に対して頭を垂れるべき迷っているようだ。癒しの精霊もどうすればいいのか迷っているが分かる。“精霊語を喋ること”これが何を意味するか精霊たちは当然知っている。
動揺する精霊たちに構わず、俺は話を続ける。
『王都を守護する精霊ディアナにとって悪魔召喚が見過ごせないことは知っている。だがこれ以上悪魔の力を王都で使うつもりはない。今回は已むを得ず力を行使したが、相手は犯罪者であり、王都の民ではない。』
ここまでは淡々とした喋り方で、ここから高圧的に。
『もうそろそろ王都から増援が来るだろう。そうなればもう手加減はできん。俺は火焔と憤怒の精霊魔法を以て全て焼き払うことになるだろう。そうなれば王都が灰にならない保障はできない。』
『精霊よ、引け。』
俺の言葉が終わって、精霊たちはどうすればいいか分からないだろう。風の精霊は完全に右往左往している。それに我慢ならなかったのか女が怒鳴ってくる。
「貴様、精霊たちに何をした!」
「精霊に聞け。アモン終わりだ、戻れ。」
『もう少し楽しみたかったところだが、……仕方ない。』
俺の横にアモンが降りると、アモンの足元から紫の炎が燃え上がりアモンを包んだ。しばらくして炎が消えるとそこには何も残らなかった。しばらくの間、精霊と女の念話を待つしかなかった。
戦いが終わったわけではなかったが、すでに俺は大分くたびれていた。今回、俺は転生によって鈍った力を存分に使った、そして昔の勘を取り戻そうと思っていた。ところがどっこい、予想以上の使い手が現れてしまった。精霊にはああ言ったが増援が来たら俺が負ける。たぶんこの女より弱い増援は来ないだろう、精霊ディアナは馬鹿じゃない。俺はハッタリが効くことを祈って、女たちの相談を待つしかない。
精霊との相談が終わったようで、女が俺を睨みつけてくる。それは誰が見ても納得していない顔で。
「状況は理解したか?」
「納得できるわけがない!」
女は怒鳴りつけて、精霊剣へ魔力を注いでいる。いつの時代も神殿騎士は頭が固くて、融通がきかない。面倒臭いが説得するしかない。
「精霊がお前を騙していると思っているのか?」
「そんなこと言っていない。」
「なら、言うことを聞いておけ。精霊にとっては契約者がなによりも大事。精霊はお前を案じているだけだ。」
「ぐっうう。」
「……ルテシア。」
女は歯軋りが聞こえてきそうなほど悔しそうな顔している。風の精霊が女の周りを飛んで宥め、癒しの精霊が気遣わしげな表情をしている。
「俺の名はヴィンジャーノ。」
「なっ、なんだと。」
「精霊ディアナにこれから話す内容を伝えろ。そうすればお前は罪に問われることはないだろう。」
俺が自分の情報を喋るとは思わなかったのだろう、女が本気で驚いている。
「俺は王都で仕事をしたわけじゃない。今回は目障りな暗殺者を消しただけだ。これ以上王都を乱すことはない。俺は墓参りをしたら、さっさと王都を出る。そう伝えろ。」
「意味がわからない。」
「精霊ディアナにはそれで伝わる。」
女も多少は冷静さを取り戻し、俺も伝えるべきことは伝えた。もう用はない。
「じゃーな。」
西に向かって走り出した俺を女は追いかけようとはしなかった。




