第10話 祖父母と観光
王都のヴァンフォール邸に着くと満面の笑みを浮かべた祖父母に歓迎された。
「よく来たな、アリス、クルス。」
「いらっしゃい、疲れたでしょう?」
祖父の名はロイス、祖母の名はカトリーナ。二人と会うのは一年半ぶりだ。カトリーナが俺とアリスに抱き着いてくる。
「二人とも本当に大きくなって、さあ家に入りましょう。ご飯の用意が出来ているのよ。」
「ささ、中に入ってご飯にしよう。」
「「はい。」」
二人は俺とアリスに夢中で、他のことは全く目に入らないようだ。家の中に入っていく祖父母を追うようにしてボリスが
「父さん、母さん元気そうだね。」
「なんだ、いたのか。」
「あら、いたのね。あなたは……相変わらずね。」
「随分息子に対して冷たいな。」
「仕方ないわ、孫のほうが可愛いもの。」
「サラさんはどうした?愛想尽かされたか?」
あまりの口撃にボリスは立ち止まってしまった。これには俺も同情する。
「サラは来る直前に妊娠したことが分かったから留守番してもらったよ。」
ボリスに全く興味を引かれていなかった二人だが、この一言を無視することは出来なかった。二人は一瞬でボリスに詰め寄って、ボリスを揺さぶっている。
「遂にか!!」
「本当なの、間違いはないの!」
「い、医者が言っていたから間違いないと思う。」
「そうか、そうか。」
「本当に良かったわ。でもサラさんは来られなかったのね、会えなくて残念だわ。」
聞きたいことを聞くと二人は俺とアリスを連れて屋敷の中に入っていた。
「はぁー。」
「息子の扱いなんてこんなもんさ。」
後ろから聞こえてきたボリスのため息と叔父オベールの悲しそうな声が俺の耳に残った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
晩餐は6人で和やかに行われた。今日は使用人が遠慮して家族のみ行われた。話題はもっぱら俺とアリスのことを祖父母が知りたがった。家での過ごし方、剣術、魔法、勉強のことなど話題は尽きなかった。
祖母カトリーナは明日から王都中を案内するとか、俺とアリスがパーティ向けの新しい洋服を用意できていなかったことを聞いて仕立て屋に行く等、明日以降の予定に思い馳せて終始楽しそうにしている。
一方で祖父ロイドは明日以降も王宮に登城しなければならず、悔しそうにしていた。ロイドは王宮で大臣の補佐職に就いている。ロイドは爵位を継ぐ前に王宮で文官をしていたことがあった。在職中は派手な活躍をしていたわけではなかったが、堅実で気配りの利いた仕事ぶりが高く評価されていた。爵位をボリスに譲った後、宰相から直々にお声が掛かって現在の職に就いた。
そんな栄誉に対してもボリスに“自分代わりに登城してこい”と言う始末なので、俺がチェスの相手をしてくれと頼むと一気に機嫌がよくなった。チェスは半年ぐらい前からボリスに(同然知っていたが)教えてもらっていた。ロイドはチェスが相当好きなようで、ボリスはロイドのご機嫌取りのために俺にチェスを教えたみたいだ。
翌日からの予定はボリスが王都での挨拶回りに精を出し、俺とアリスはカトリーナの相手をしながら王都見学ということになった。特に新年まであと3日ということで、大人たちはかなり忙しいみたいだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日の昼食後、俺、アリス、シルビィ、カトリーナ、執事のグルーデの5人で王都観光へと出かけた。まず向かったのは王宮にほど近い大聖堂に向かった。馬車から見える王都の昼の景色にアリスとシルビィが夢中で、俺は適当に眺めていた。
新年を3日後控えて、王都もかなり活気に満ちている。新年を祝うのは王族も貴族も平民も変わりはない。王都の中では新年に備えて買い物をしたり、ご馳走を用意したりと誰もが忙しく過ごしている。そのため歩く人々も馬車も非常に多く、なかなかの混雑ぶりを示していた。
そして王都の賑やかな場所のひとつに数えられているのがこの大聖堂であり、現在の混雑ぶりは筆舌に尽くしがたいほどだ。
「す、すごい。」
「綺麗……です。」
「立派な建物でしょう。私は王宮よりも大聖堂のほうが落ち着いていて好きなのよね。」
馬車を降りた俺たちは大聖堂を見上げる。アリスは大聖堂の威容に畏怖され、シルビィは単純に感動している。この大聖堂は初代国王バルパネスの治世時に建てられており、何度か大きな改修を加えているが建立時の印象は700年以上も保たれている。
中に入ると大聖堂の広さが良く分かる。中には数百人の市民と聖職者たちが祈りを奉げたり、説教をしたりとしているが広さには大分余裕がある。また、天井や壁に施された装飾はとても精緻で素晴らしいものだが、豪華絢爛とは無縁な控え目で落ち着いた印象を与える。
「中もすごいです。」
「確かに……圧倒されるわ。」
「まずは、列に並んで“眷属神”様にご挨拶しましょう。」
カトリーナの案内で俺たちは創造主である人神の眷属12柱の眷属神を模った像がある祭壇に向かう。大聖堂に訪れた人々はまず祭壇に向かって祈りを奉げる。
この大聖堂はアルケリア王国の国教である聖徒教会が管轄している。建前としては12柱の眷属神を全て同列に扱い、全ての眷属神に祈りを奉げる穏健的な宗教だ。この世界の宗教は混沌としているところがあるが、今は関係ない。
皆で祭壇に祈りを奉げると、大聖堂の中央辺りの椅子に座って中を眺めることになった。アリスとシルビィは夢中であちこちを眺め、カトリーナはそんな二人を楽しそうに眺めている。そして俺はというと、誰にも気付かれないように魔力感知の網を大聖堂の中に広げていく。俺の探し人“高位精霊ディアナ”は大聖堂の隣の建物にいるようだ。
この世界に50体はいないと言われている高位精霊がこの大聖堂には常駐している。高位精霊ディアナは、かつて“古代大戦の英雄”の一人であった聖女ソフィア・オルベンスターと契約していた精霊の一体。高位精霊ディアナは国家あるいは教会と密接な関係があるため、これまでのところ積極的に接触を持とうとしてこなかった。今回も接触は避けたい。
「クルス、楽しい?退屈してない?」
「大丈夫です、おばあ様。大きな所で、びっくりしているだけです。」
「そう、まぁ男の子はこういう場所はあんまり好きじゃないかしらね。」
分かりやすい反応をしている二人に対して、割と大人しい俺を不審に思ったのかカトリーナが話しかけてくる。カトリーナが大聖堂に関する薀蓄を俺たちに語り、楽しい時間を過ごす。
そして、大聖堂を後にした俺たちは西広場の噴水を目指して移動を始める。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
西広場の噴水に訪れた俺たちはまず人の多さに圧倒されてしまった。西広場には観光目的の余所者、家族連れ、恋人同士、魔法師など多種多様な人々でごった返している。ここの混み具合は大聖堂以上の密集度だ。そこでまずは中央の大噴水に向かうことになった。
西広場は大きな大噴水の周りに小さな3つの噴水があり、その周りを飲食店などの建物が囲んでいる。中央の大噴水はもっとも豪華な造りになっているため人も多いが、多いのは人だけではない。
「すごい噴水ですね。それに人が一杯です。」
「そうね、うちの領都では収穫祭でもないかぎりこれだけの人が集まることはないわね。」
「どお?なかなか綺麗なところでしょう。」
「はい、おばあ様。とっても気に入りました。」
「今日は人が多すぎて落ち着かないけど、普段はもう少し静かなところなのよ。」
「…あの大奥様、童話“カローナ令嬢の指輪”の中で登場する噴水はどちらなのか教えて頂けませんか?」
「ああ、あのお話ね。あれはあの梟の像がある噴水よ。女の子はみんなあの話が好きよね。ひょっとしてアリスもかしら。」
「はい、……私も少し憧れます。」
「まぁ」
もう女性陣が大盛り上がりで、俺と執事のグルーデは基本ダンマリだ。まあ、嬉しそうな三人を眺めているだけで俺は別にいいんだけどね。そんな中、楽しそうにお喋りしていたアリスが少し怪訝な顔に変わる。
「アリス、どうかしたの?」
「えっと…何でもありません、おばあ様。」
「何でもないことはないでしょう。話してご覧なさい。」
カトリーナの強い口調に、アリスは若干躊躇いながら喋り始めた。
「その、自分でも良く分からないですが、何か変な感じがするんです。」
「変な感じ?」
「はい、誰かに見れているような、誰かが私に呼びかけているような不思議な感じがします。」
「なんだ、そうゆうことね。」
これにはカトリーナも大分納得した顔をした。逆にアリスはこんな説明で納得したカトリーナが不思議で仕方なかった。
「アリス、あなたが感じているのはおそらく精霊よ。」
「精霊ですが?」
「あっちを見なさい。魔法師が瞑想しているでしょう。この西広場には沢山の精霊がいるから修業中の魔法師が精霊を感じたために訓練をしているのよ。恐らくアリスも精霊の気配を感じれたね、その歳だとかなり凄いわよ。」
「そうなんですか?」
「ええ、私には全く分からないし、ここにいるほとんど人が分からないわ。」
カトリーナの話を聞いて、アリスは納得したようで周りをキョロキョロ見渡している。確かにアリスなら精霊を感知できてもおかしくない。アリスは元々持っている魔力量が多く、その魔力が十分コントロールされていないので身体から垂れ流し状態になっている。そのため精霊たちはアリスに関心を持って離れた場所をウロウロしている。
「クルス、あなたも精霊を感じてるの?」
「うん、姉さん。」
「だったら教えてよ。」
アリスがちょっと不満そうな顔しているが、別に隠してわけじゃない。
「ちょっと待ってね。」
俺が目を閉じ、手で水をすくうようなポーズをすると一体の精霊が俺の掌に乗る。この精霊は下位精霊であるため、この世界に顕現することはできない。したがって、普通の人々はみることができないが、アリスは知覚できているようだ。
「それが精霊なの?」
「そうだよ、分かる?」
「なんとなくよ、本当になんとなく何かがいる気がするわ。」
「ちょっと触ってみて。」
アリスは好奇心一杯の顔で恐る恐る俺の掌の上にいる精霊を触ろうとする。
「あれ、よく分からないわね?」
と俺の掌で自分の指をコネコネし始める。
「まだ、精霊を知覚するには十分じゃないだね。」
「そうなの?なんか悔しいわね。」
「魔法の訓練も始めたばかりだから、まだ無理だっただけだよ。」
「そっか、でも訓練すれば私にも分かるようになるの?」
「うん、きっと出来るよ。」
そう言うとアリスは嬉しそうにしている。そして
「お坊ちゃまもお嬢様も流石です。」
「クルスもアリスも凄いわね?その歳で精霊と契約したの?」
シルビィもカトリーナも心底感心している。その後、俺たちはここでもお喋りに花を咲かせて楽しい時間を過ごした。そして、一体の精霊が俺とアリスの周りの嬉しそうに飛んでいる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺たちは広場近くの喫茶店へと入りお茶をして、その後で仕立屋に行って俺とアリスの一張羅を注文しに行った。そこで日も暮れ始めて、俺たちは屋敷に戻ろうと馬車へと移動を開始した。
そんな時、俺はある男とすれ違った。特に特徴らしい特徴もなく、誰もが気にかけようとはしない平凡な人物。だが俺には分かった、その男は人殺しを生業にする“臭い”を纏っていた。俺は先ほどの精霊に対して強制的にパスを繋ぎ、男の追跡を命じた。
「クルス、どうしたの?」
「何でもないよ、姉さん。」
立ち止まった俺に対して姉さんが心配そうに聞いてくる。男の“臭い”を感じて一瞬戦闘モードに入ってしまったから、その感情が少しアリスに伝わったらしい。まだまだ俺も未熟だ。アリスに返事をしてから馬車へと俺は歩き出す。だが、考えるのはあの男のこと。
何がしたいのかしらないが、俺の前で好き勝手させるわけにはいかない。




