ゴキブリ vs みー
誕生日の朝だった。一時間も寝坊してしまった。
しばし呆然としながら、台所の椅子に腰かけ、たばこに火をつけた。
正直に寝坊したというべきかどうか、連絡をするために持った携帯をながめた。
灰を捨てようとして、灰皿を引き寄せようとした手をとめた。
そうだった。思いだした。これの下にはアイツがいるんだった。
今朝方、ここで寝る前に一服していたら、テーブルの端から、アンテナ部分を入れても1㎝にもみたないこどものゴキブリが出てきた。
そいつはノソノソとテーブルの上を歩いてこっちに向かって来た。
わたしはその無礼モノにムッとして、テーブルからフッと吹き飛ばそうとした。
ところが、小さいくせにがっしりしているのか、そいつはわたしの口から吹いた強風にびくともしなかった。そしてますますこちらにノソノソと近づいて来た。
わたしは一瞬どうしたものかと考えたが、ふと左手に持っていたたばこに気付き、たばこの火をそいつのアンテナ近くに持って行った。
最初反応がにぶかった。ゴキブリのこどもにとって、これが初めて遭遇する危険なのかもしれない。もう少し近づけてみた。
そいつは驚いた様子で、ピュッとテーブルの端に走って行って見えないところに隠れた。
思い知ったかと思ったが、テーブルの裏に隠れている気がする。
案の定、そいつは再びさっきと同じ場所からノソノソ出てきた。さっきと同じルートでこちらへやって来る。
わたしはそいつのアンテナに再びたばこの火を近づけた。
2度目は反応が速かった。学習したらしい。ピュッとテーブルの端へ行って隠れた。
これで懲りただろうと思いつつたばこを消そうとしたが、やつが再び出てくる気がした。
次出てきたら、このたばこの火を上からがっつり当ててやろうかしら?もう吸わないし、たばこの先に焼き付いてしまったら、そのまま灰皿に捨てたらいい。
鉛筆を持つようにたばこを持ち直し、やつが出てくるのに備えた。
しかしやつは姿を現さなかった。
ばかばかしい。もう寝よう。
わたしはたばこをもみ消し、換気扇を止めようと立ち上がった。
その時、やつは現れた。同じ場所から三度ノソノソと出てきた。わたしはたった今武器を捨ててしまった。
とっさにバケツ型の灰皿を手に取り、そいつにかぶせた。
ザマーミロ。わたしはやつの動きを完全に封じ込めた。