第十八話 円卓/ノルウェー征服/フランス遠征
一二年間、彼は彼の王国に、平和と満足の内に留まった。彼に損害を与えようなどという大胆なものがいなかったからである。そして、彼は誰にも損害を与えなかった。
Arthurはとても素晴らしい作法の中で、高潔な国家を維持した。
彼は宮廷の礼儀作法を制定し、そして彼自身も、ローマ皇帝の宮廷でもしないほど、人々が王は他にいないと思い、他の誰をも自慢できないほど、裕福で高尚な態度とともにふるまった。
Arthurは決して騎士の賞賛の声を聞こうとはしなかった。しかし、彼は家族に番号を振るようにした。
助けを必要とした時に、彼が彼自身を得ることが出来るように。
広間に集まった、頑丈な闘士になるために自身を傷つけた、誰ひとりとして小さな称賛は相応しくない騎士のそれぞれに、Arthurはブリテン人がいうところの円卓を作った。
この円卓はArthurによって、彼の立派な仲間たちが食事のために座ったとき、彼らの椅子は同じ高さであるべきだと、彼らの受ける奉仕も等しいもので、そして彼の盟友には前も後ろもないことを規定された。
それで、どんな男も彼の僚友よりも高貴であると自慢することはできなかった。すべてのものが等しく板の周囲に集められたからである。そして、Arthurのパンを切るとき、誰ひとりとして除け者になることはなかった。
このテーブルには、ブリテン人、フランス人、ノルマン人、アンジュー人、フランドル人、ブルグント人、そしてロレーヌ人が座った。
聖バーナードの丘にさえ届かんばかりのはるか遠くから西に続く王の土地を所有する騎士が、彼らの皿を持った。
もっとも無作法な貴族は、落ち着きもなく、武具もなく、また、Arthurの宮廷に使える人の装束である衣服もなく、王の広間に少しの間も滞在出来ぬとみなされるであろう。
栄達と崇拝を探求するような騎士は、すべての土地から海を渡り宮廷へとやってきた。
これらの貴族は、Arthurの礼節を近くで耳にするために、若干名を送り込んだ。他のものたちは、彼の国家の誇り高さに驚いた。彼らは騎士道を貫く騎士について話した。そして若干名は彼の巨大で高価な贈り物を受け取った。
これらの日々のArthurは、貧乏人に実によく愛され、そして、金持ちには適切な名誉を与えられた。
世界の王たちだけが彼に悪意と妬みを生み出していた。なぜなら、彼らは全員、疑い、とても恐れていたからだ。彼が彼らに踏み込み、彼らの財産を損ないはしないかと。
果たして貴方が、素晴らしい英雄譚や、しばしば常識はずれな行為となるArthur王の物語の伝聞を聞いたことがあるかどうか、私は知らない。
それらはこの壮大な王国で、長い間に真実は作り話や無意味な歌となり、吹聴されてきた。
それらの詩歌は、まったくの空っぽの嘘でもないし、絶対的な真実でもない。
それらを、馬鹿馬鹿しい物語や、ただの思いつきの産物だと見なすべきではない。
吟遊新人は彼のバラードを歌い、語り部はしばしば彼に関する物語を語り、少しずつ彼は彩られ、装飾されていった。真実が物語の装飾の影に隠れ、彼が飾り立てられていくまで。
こうして歴史は作り話に覆い隠され、貴方の耳に心地よい旋律となっていくのだ。
それからどうなったのかを聞くのだ。彼の勇気、彼の貴族の助言、そして彼が愛し磨き上げた強い騎士道の力によって、Arthurは海を渡り、フランスの地を征服しようとしていた。
しかし、最初に彼はノルウェーへ向かおうと考えた。彼の妹の夫であるLotを、その地の王にしようとしたのだ。
ノルウェー王Sichelmが最近死んで、彼の身に息子も娘もいないまま、去っていったのだ。
彼の健康状態が死の床についた日々に、SichelmはLotを彼の国と封土における後任として任命していたのだ。
Sichelmが宣言するまでもなく、王冠は正式にLotのものだった。なぜならLotは王の甥で、そこには後継者がいなかったからだ。
ノルウェーの人々が、Sichelmが王国をLotに遺産として譲り渡したと聞いたとき、彼らは彼の命令と布告を、嘲笑の内に受けていた。
彼らは、彼が彼らを古臭く弱々しい民族だとみなし、王国の住民が受け取るべきものを外国人に与えないように、異邦人を彼らの君主に持とうとしなかったし、他人が彼らの商売に干渉することを許さなかった。
ノルウェー人は、彼らと彼らの子供を大切にするであろう彼らの家系の一つから国王を選ぶことを決意した。そして、こういった理由で、彼らは彼らの中からRidulphという名のとある貴族を王として選んだ。
Lotが、彼の権利が嫌われていることを知った時、彼には力づくによって遺産を取る以外になかった。彼は彼の君主Arthurに助けを求めた。
Arthurは彼の争いについて彼を支援することを承諾し、彼に彼の持ち物を与え、そしてRidulphに対し痛烈な復讐をすることを約束した。
Arthurは沢山の船と強力な軍隊を一箇所に集めた。
彼はこの巨大な仲間とともにノルウェーに入り、土地を荒らし、荘園を差し押さえ、街に損害を与えた。
Ridulphは臆病者ではなく、そしてこの運命のために土地を離れようとは考えなかった。
彼は人々を集め、そして国王に戦いを挑む準備をした。
しかしながら、彼の仲間は多くはなく、そして彼の友人もわずかだったために、彼は戦いで倒され、そして殺された。
彼の最大の派閥は、その大きな数が残らないほどに、彼とともに没落した。
このようなやり方で、リヨン王Lotは、土地のノルウェー人を壊滅させた。
Arthurは自らをノルウェーに運び、君主であるArthurに敬意を示したLotだけに王国を与えた。
この冒険に貴族の中から駆けつけたのは、屈強にして有名な騎士Gawainだった。彼は、神によって魂に安息と栄光を与えられたであろう伝導者、聖Sulpiciusのところから新たにやってきた。
彼は伝導者によって与えられた武具を身に付けており、そして、素晴らしく彼は賞賛された。
このGawainは礼儀正しい闘士だった。言葉と行為において慎重で、自惚れも汚点も持っていなかった。
彼は誇るよりも多くのことをなし、約束したよりも大きなものを与えた。
彼の父は、彼をより適切に学べるであろうローマに送っていた。
GawainはWavainと同じ日に騎士として叙勲を受けた。そして、Arthurの家族として数えられた。
戦場で彼は彼の義務を果たすために力強く戦った。相応しい奉仕と、彼の君主の誇りのために。
Arthurがノルウェーを征服し、そして彼の法を厳しく制定したあと、彼は最も勇敢で戦闘に適した男たちを彼の軍隊の中から何人か選び、彼らを海の近くに集めた。
彼は同じ港に船と小舟を、彼の目的に必要と思われる水夫と一緒に持ち込んだ。
風に恵まれた静かな時間の中、Arthurは海を渡りデンマークに入った。なぜなら、この王国は彼のとても大きな願望だったからである。
デンマーク王Acilはブリテン人とノルウェーから来た人々のことを考えた。
彼は数多くの王に打ち勝ったArthurについて考えた。
Acilは、Arthurが彼よりも強いことを知って、確信していた。
彼は自身が苦しみ傷つかぬよう、あるいは、彼の多くの財産が無用の争いの中で損なわれるのを見ぬよう、考えた
富と名誉が等しく荒らされ、友人が死に塔が廃墟となって、いったいどんな利益があろうか? Acilは、素早く巧みに行動した。
彼は平和と、その持続を求めた。
彼は高価な贈物をして、そして大きな平穏の約束を取り付けた。彼の言葉によって、彼の願いによって、そして懇願によって、Arthurとこの王の間に調和が確立された。
Acilは忠誠と尊敬を誓い、彼はArthurの部下となり、そしてArthurの慈悲により彼が彼の封土を持つことを認めた。
Arthur王は、この冒険と彼が成し遂げた征服に、大いに喜んだ。
彼は更なる名誉を熱望した。彼の崇拝がより高まるように。
彼はデンマークの外から、何百人も、そして何千人も、彼が見つけることが出来る最も屈強な騎士と弓兵を選んだ。
彼はこれらを、立派な仲間をフランスの中に導くために、彼の軍隊に入れた。
長くぐずぐずすることなく、王は彼の目的のために行動した。
街に都市、そして城は彼の前に陥落した。フランダースおよびブーローニュ周辺の地方は、速やかに彼の権力のものとなった。
Arthurは慎重な隊長だった。
彼は、彼の所有する王国を荒らし、彼の街を燃やし、そして彼の財布から盗みを働くことに、利益があるとは思わなかった。
彼の目はすべての土地を見渡し、そして多くのことが彼の命令によって禁止された。
兵士が略奪をしないように、悪事のないように。
もしも彼らが衣類に肉、食料物資を必要としたのであれば、彼は良質な貨幣によって、市場で買わなければならない。
彼は、あえて破壊と盗みをしなかった。
Arthurの時代、フランスの地はガリアとして知られていた。
王国は王と主人の両方を持っていなかった。なぜなら、ローマ人はこれを属州として強く保持していたからである。
この属州はFrolloの徴収に忠実で、そしてこの護民官は長きに渡り土地を支配していた。
彼は人々から小作料と貢物を取り、そして、時が来たら宝物をローマにいる皇帝へと届けるようにしていた。
それは、フランスとゲルマン、そしてブリテンのすべてを従属させた力強い皇帝シーザーのときからそうであった。
Frolloは高貴なるローマの血を引く、とても立派な君主だった。例えどれほどの強さにも、何一つ恐れなかった。
彼は数々の手紙によって、Arthurとその軍隊が成した損失と損害について、よく知っていた。
Frolloはローマ人が彼らの財産を失うのをおとなしく見ていようとは思わなかった。
護民官は、ローマに忠誠を誓い、武器を運んでくる、属州に留まっているすべての男たちに、支援のために招集をかけた。
彼はひとつところに集まり、武具に身を包み、そして備蓄により気前良く満たされた巨大な組織に命令を下した。
彼はこれらと一緒にArthurと戦いにいった。しかし、彼は、彼が考えていたメリットほど上手くはいかなかった。
ローマの護民官は嘆かわしいばかりに打ち負かされ、彼は逃亡に安全を見出した。
彼の仲間たちについては、彼は巨大な数を失った。
戦いの中で多くが徹底的に殺され、それ以外はひどい怪我を負い、あるいは捕虜になり、あるいは悲しみのうちに彼らの家へと帰った。
Frolloが数多くの街から掻き集めていた家族以外の二千人以上が殺された。
これは驚くべきことではなかった。なぜなら、Arthurの軍隊の数は、Frolloが持ちこたえられるであろうよりも多かったからである。
彼は彼自身に従属させたすべての土地から、手に入れたすべての街から、Arthurは相応の年齢と力強い肉体を持つ槍兵も騎士も一人残らず探し、番号を振り軍隊に入れないものは居なかった。そして、君主としてArthurに仕えるようこれらの外国の人々に命令した。Arthurは最も屈強な騎士と最も実力を証明された闘士から、有望な集団を自分の仲間に迎えるために選んでいた。
彼らが心に勇気を持っていたというだけの理由で、まさにフランス人こそが彼を王として認め始めた。
彼の知恵と美しい弁舌と、彼の寛大な手腕を理由にこの男たちは彼を愛した。彼の気高く高潔な魂を理由に、恐怖によって追い出されたか、彼を嵐の中の避難所とみなしたかにかかわらず、すべてのものは彼の宮廷に向かう充分な理由を探した。彼らの平和を築くために。そして、彼を彼らの主として認めるために。
今、王に負けた後のFrolloは、出来る限りの速度で、道路の上にとどまることなく、パリに逃げた。
護民官はArthurと彼の力を酷く恐れ、そして彼の人々を守る砦を探したときから、それ以外の街では彼は彼の運命を信用しなかった。
したがって、彼はパリでArthurを待ち受ける決意をした。そして、壁の下で王と戦うために、Frolloは彼自身のためにいまだ街の近くにいた集団を呼んだ。
この場所に逃げてきたものたちの数が理由で、市民は一緒に街の中に留まり、人々の巨大な集団は街を満たした。
これらのすべての人々はトウモロコシと肉を供給するために勤勉に努力し、そして、敵に立ち向かうための確かな壁と門を作った。




