4 大探索! ゲームな世界に惑わされ!?
「まずは、だ。DMDの機能を確認しておこう。ここから出るための助けになるかもしれない」
カレンから開放されたシンジは、その場に座り直すと、携帯の画面と向き合った。
DMDとは、ダンジョンマルチデバイスの略称である。
この旧校舎地下に入るなり、突然ダウンロードが始まり、勝手にインストールされたアプリケーションソフトのことだ。簡単に意訳すると、迷宮用複合装置とでもいうべきか。さまざまな機能が備わったアプリということなのだろうか。とはいえ、いまのところ確認できるのは、マップ、ステータス、アイテム、モンスターという文字列だけであり、マルチというには少ない気がしないでもない。
「マップは一応確認したから、つぎはステータスだね」
「ステータスとはなんだ?」
「ゲーム的な常識が通用するなら、個人の状態や能力値を示すことが多いね」
シンジが説明すると、リョウコは腕を組んだまま納得した。
「マップの機能がゲーム的ということを考えれば、それもありうるか」
「えーと……なになに。氷川マコト、クラス・プリースト? レベル1……」
「天上カレン、クラス・メイジ、レベル1」
「嘉神リョウコ……クラス・ファイター。同じくレベル1だ」
つぎつぎと読み上げられる情報に、シンジは唖然とした。それではまるでゲームだ。
「なんだそれ?」
「おまえも見てみろ」
「あ、ああ」
促されるままステータスをタップすると、画面が切り替わる。表示された文字は、やはり、ゲーム的すぎてシンジはめまいさえ覚えるのだが、なんとか口にする。
「新戸シンジ、クラス・シーフ、レベル1……VP・良、MP・無、コンディション・普、AP0、DP0――なんだよこれ」
「ぼくが聞きたいよ……これ、なんなの?」
「名前は、携帯内のデータから参照したとしても、あとはなにを示しているのかさっぱりですわ」
「クラス……レベル……ゲームか?」
「ありがちなゲームの設定だな」
シンジがうんざりとしたのは、あきれるほどにありがちな設定でありながら、少しでも独自性を見せようとする無駄な努力を感じたからだ。英語と日本語の組み合わせによるステータス表示だそれだ。独自性を求めるあまり、共通認識や暗黙の了解を裏切り、わかりにくくしているのだ。とはいうものの、こういう画面を見せつけられると燃えるのがゲームマニアなのだろう。シンジは生粋のゲームオタクというほどではないにせよ、暇さえあればゲームに没頭しているタイプの人間だった。こんな状況にあっても、ゲーマー魂は燃えるものらしい。
「クラスは、その人物の職業とか戦闘での役割だな。最初から決まっているゲームもあれば、自由に決められるものもある。で、レベルっていうのは強さの基準みたいなものだと思えばいいのかな」
「レベルはゲームにかぎらず聞くような気もするが」
「そうなんですの? わたくしにはさっぱり」
「天上さんはゲームしないんだ?」
「しませんわね。シンジ様が手取り足取り教えてくださるのなら、ゲームをするのもやぶさかではありませんが」
カレンがウインクを飛ばしてきたが、シンジはどう反応していいのかわからなかった。積極的なのは嬉しいし、カレンも嫌いではないが、この状況では素直に喜んでもいられない。そんなことをすればリョウコのみならず、マコトにまで嫌われてしまうだろう。集団行動において、敵を作るのはよくないことだ。
リョウコは、当然、カレンを黙殺した。
「コンディションは健康状態として、VPやMPとはなんだ?」
「無視……ですって」
「天上さんが惚気けるから」
「なるほど」
なにやら納得しているカレンを横目に、シンジはカレンの疑問に答えた。
「おそらく、VPはバイタルポイントとかの略称かな。バイタル、つまり生命力。良ってことは生命力は良好ってことか。MPはマジックポイントとかだろうね」
「うーん……現実味がなさすぎる設定だよね」
「ただのアプリだろう。意味は無いと思うぞ」
「それもそうか」
「そうだといいのですけどね」
カレンが不穏にいったのは、現実ではありえないことばかりが起きているからだろうが。
「APとDPはアタックとディフェンス……攻撃力と防御力だろう。でも0ってことは、やっぱただの遊びかな」
「そうだね。それでいいよ」
「ああ、ということは、ステータスに意義はなし、と」
リョウコの結論にシンジも異論はなかった。それでいいのだ。こんなデータに付き合う必要はない。さっさと出口を探しだして、街に戻ることこそ肝要なのだ。
「つぎはアイテム、でしたわね。あら」
「ん?」
「アイテムにはひとつしか載っていませんわよ」
「本当だ。霊薬……生命力回復・小、だってさ」
カレンとマコトの言う通り、アイテムの画面には、霊薬としか記されていなかった。その文字をタップすることで詳細な説明が表示される。
霊薬。体力を回復する透明な液体。小瓶に入っており、飲むことで代謝機能を増幅し、傷口をも塞ぐ。蓋は赤――シンジは、嫌な予感がして、視線を戦法の床に移した。五つの小瓶が、静かに自己主張している。蓋は赤く、液体は透明そのものだ。
「この霊薬ってやつは、この小瓶じゃないよな……?」
「あ」
「特徴は説明文のとおりですけど……」
カレンが、おずおずと小瓶を手に取った。
「新戸の鞄の中にいつの間にか入っていたんだよな?」
「そうだよ」
「ここに入ったとき、新戸の鞄の中身が入れ替わったのか?」
「そんなことがありえるんですの?」
「ありえないことがたくさん起きてるんだ。そんなことがあってもおかしくない」
「じゃあさあ、このステータスもあながち……」
マコトの指摘で、四人は静まり返った。それはだれもが考えないように考えないようにしてきたことだったに違いない。このステータスがアプリ上のお遊びではなく、現実の能力を反映したものだとすれば、シンジたちはとんでもない目に遭っているということになる。いや、実際とんでもない状況に遭遇してはいるのだが、それよりさらに複雑なことになってしまいかねないのだ。
「そうだ、みんなの鞄は? 変化はなかった?」
マコトは、空気を変えるためか、強引に話題を変えた。彼女自身もパンダのリュックを下ろして、中身を確かめている。カレンとリョウコもそれに習ったが、三人はほとんど同時に首を横に振った。
「特に変化はありませんわね。貴重品もなくなってはいませんわ」
「わたしもだ。念の為に用意した飲料水も無事だ」
「ぼくも変化なし。お弁当もちゃんとあったよ」
「弁当?」
「幽霊探し、お昼回ると思って用意しておいたんだ。あ、もちろん、みんなの分もあるよ。サンドイッチだけどね」
「さすがマコトだ。用意周到だな」
「マコトさんはいいお嫁さんになりそうですわね。わたくしも見習わないと」
シンジは三人の会話を聞き流しながら、スマートフォンを操作していた。DMDの画面をアイテムからホーム画面に戻し、モンスターをタップする。開いた画面には、なんの文字も表示されていなかった。三人に報告する。
「盛り上がってるところ悪いけど、モンスターにはなにも記されていなかったよ。いままでの経験上、遭遇したら記載されるんだろうけどね」
「ちょっと、笑えない冗談やめてよ」
「モンスターなんているわけないだろ……」
マコトが眉を顰め、リョウコが憮然とした。カレンはどこ吹く風で涼しい顔をしていたが。
「幽霊探しをしようとしていたのは、どこのどなたでした?」
「う……」
「それとこれとは別だろう」
「幽霊というものが存在するのなら、モンスターが存在してもおかしくはありませんことよ。わたくしは幽霊の存在自体信じていませんが」
「……そういわれればそうかもしれないけどさあ」
「モンスターなんて、実際でてきたらどうするんだ?」
「どうもしませんわよ。逃げるだけですわ」
カレンが平然と告げると、リョウコは返す言葉も見当たらなかったらしい。
「天上の言うとおりだね。俺たちになにができるわけもないんだから、逃げるしかない。でも、そのときだってひとりで逃げないこと。いくらマップがあるからって、はぐれたら大変だもの。もしひとりではぐれたら、そのときはその場を動かないこと。マップの特性上、他人が歩いた部分も地図化されるからね。残りの三人で地図を辿って探しにいけばいい。四人ともがバラバラなら、そうだな、俺がひとりずつ探しに行くから動かないでいて欲しい」
シンジは思っていることを語り終わったとき、リョウコ、マコト、カレンの三人が呆気にとられたようにこちらを見ていることに気づいた。
「なんだよ」
「なんていうか、頼れる男って感じがしたよ!」
「新戸って、案外リーダーに向いているのかもな」
「シンジ様、惚れ直しましたわ」
「いや、普通のことをいっているだけだよ。それに俺の考え方が正しいかはわからない。状況によってはその場を離れたほうがいいかもしれないし、そのときは個々の判断に任せるしかない。なにも問題がなければ、俺のいった通りにするのがいいかも、ってだけのことでさ」
「いやいや、頼りにしてるよ、リーダー!」
「……まあ、異存はない」
「シンジ様には相応しいですわね」
「俺がリーダー? 冗談だろ」
シンジは仰け反ったが、マコトもリョウコもカレンも冗談でいっているようには見えなかった。そして、彼女らの要請から逃れられるとも思えなかった。シンジに発言権は殆ど無い。これまでだってそうだったし、これからもそうだろう。そして、そういう立場を甘受し、ある種の満足感を覚えている。
諦観とともに認める。
嫌なら抜け出せばいい。その程度の関係だと、切り捨てることもできたのだ。しかし、それをしてこなかったのは、この立場も悪いものではないと思っている自分もいるからだ。
シンジは、期待と好奇と好意の入り交じる視線を受け止めて、嘆息した。断ることはできない。それがわかったのだ。
「わかったよ、やるよ、リーダー」
告げると、リョウコとマコトは手を触れ合わせ、カレンは抱きついてきた。
(うん、悪くはない)
悪くはないが、前途多難なのは間違いなかった。
「小瓶はどうするの?」
「一応、持って行くよ。本当に効果があるかも知れないし」
シンジは、鞄の中に小瓶を詰めた。アイテムの説明文によれば、生命力を回復する霊薬であり、ゲームにおいては序盤の回復アイテムだろう。合計五つ。四人がそれぞれ一回飲用しても、一個余る計算になる。もっとも、使用する可能性は限りなく低いが。
「栄養ドリンクだったりしてな」
「それならそれで持っていて損はありませんわね」
「そうだね……出口見つかるまでに時間がかかるかもしれないし」
マコトの口調が多少重くなったのは、ここに閉じ込められたことを思い出したからだろう。明るく振舞っていても、心には堪えているのだ。泣くことも我慢しているかもしれない。それはほかのふたりだって同じだろう。かくいうシンジも気楽でいるわけではない。
早く出口を見つけ出して、彼女らを解放してやりたいと、シンジは強く思っている。そのためにはどうすればいいのか思案を巡らせるのだが、この広い地下空間を探索するしかないという結論に至らざるをえない。
携帯の液晶にはDMDのマップを表示している。バッテリー残量が気になったが、まだ一ミリたりとも減っていなかったので安堵する。ほかの三人は、電池を気にしてなのか、携帯電話を閉まっていた。シンジのスマートフォンを覗きこんでくる。
「道は三つ。どこからいっても同じかな」
「そうだな……行き止まりなら戻ってくるしかないし、先があったなら進めばいい」
「マップのおかげで迷うことはありませんしね」
「喜んでいいのか悪いのか」
「とにかく進むしかないってことだ」
リョウコの声は頼もしく感じられる。成績もそこそこ優秀で、身体能力においては学年で右に出るものがいないほどの少女だ。度胸もある。ここの飛び込んだのも、彼女が最初だった。リョウコの存在がマコトやカレンの心の支えになっているのは、傍目にも明らかで、やはり彼女こそがリーダーに相応しいとは想うのだが、シンジは一度引き受けた手前、言い出せるはずもなかった。リョウコが望んだことでもある。
「じゃあ、リーダーが決めてよ」
どこか投げやりなマコトの発言に、シンジは眉をひそめた。彼女の精神状態はだいじょうぶだろうか。無理していないか。そんなことを考えても、シンジになにができるわけでもないのだが。
「俺が?」
「当然ですわ」
「そうだな。おまえが選んだ道なら、たとえ行き止まりでも文句はいわん。それはリーダーとして選んだものの責任でもある」
「そういうことなら、ぼくも文句いわないよ!」
「わたくしがシンジ様に文句など、いうはずありませんでしょ?」
「……そこまでいうなら」
三人に励まされるようにして、シンジは進路を選ぶことにした。
現在地は十字路の中心ともいえる小部屋で、そこから四方向に道がある。ひとつは行き止まり。入ってきた方向なのだが、出入口は消えていた。あとの三方向のうち、ひとつだけわずかに道がある。確認のためにシンジが歩いた距離だ。
シンジは、その先に進んでみることに決めた。