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3 大閉鎖! 出口を失い右往左往!?

「どうなっちゃったの……」

 出入口に戻ったと思ったら行き止まりになっていたことが余程ショックだったのか、マコトはその場にへたり込んだ。

 シンジは、眼前の壁に手で触れた。最初に見た鉄の門扉は完全に消え失せ、木製の壁が立ちはだかっている。それも薄い壁ではなさそうだ。通路の床や壁と同じく、簡単に突き破れるようにはできていないらしい。軽く叩てみるが、びくともしないし、音もたいして返ってこない。壁の中は空洞ではなく、みっちりと詰まっている。

 つまり、この向こう側へ行くことは難しい

「こちらから来たのは間違いないですわよねえ」

「マップも行き止まりになってる」

 思案顔のカレンの隣で、リョウコが携帯電話スマートフォンの画面を確認していた。シンジも鞄の中から携帯電話を取り出し、マップを開いた。電源を切っていなかったのが幸いして、すぐに目的の画面に辿り着く。マップに表示された地図では、リョウコの言う通り、ぼやけてたはずの長い通路の突き当りが行き止まりとして確定されていた。このマップが示すものが事実ならば、この先に進むことはできないし、できるとしてもいまのシンジたちではどうすることもできない。

「リョーコちゃんの怪力無双でなんとかならないの?」

「マコトはわたしをどうしたいのだ」

「冗談だって」

「……冗談が言えるってことは、だいじょうぶってことか」

 シンジはリョウコと戯れるマコトの様子にほっとすると、三人に提案した。

「ここにいても仕方がない。とりあえず、さっきの場所に戻ろう」

 シンジがそういったのは、突き当りでいるよりも、四方に道のあるあの場所のほうが、閉塞感がなくてましかもしれない、という程度のことでしかない。解決策はないし、ショックは大きい。いつでも戻れると思っていたからこそ、意気揚々と乗り込んできたのだ。帰路が断たれたとあっては足取りも重くなるし、思考も暗くなる。

「新戸、よく冷静でいられるな……」

 リョウコは、暗い表情をしていた。傲岸不遜の体現のようなリョウコも、出口を失うという事態には堪えたのかもしれない。実際問題、大変な状況だった。旧校舎という廃虚の地下に閉じ込められたのだ。意味不明の連鎖の中での出来事には、精神的に追い詰められていく。

「こんな状況で泣いても喚いてもどうにもならないし、いまはとにかく前向きに考えるほうがいいって思っただけだよ」

 とはいっても、マコトもカレンもリョウコも、泣き喚き、取り乱したりはしていないのだが。度胸があるのか、それとも、楽観的なのか。恐らく両者だ。幽霊探しに乗り出すような連中なのだ。度胸が据わっていないはずはないし、時折、怖がってみせるリョウコですら、並外れた肝っ玉の持ち主であることに疑いはなかった。

「さすがわたくしのシンジ様ですわ」

 カレンがうっとりぢたような声を上げると、マコトがそれに乗っかった。

「シンジ様って感じがしてきたかも」

「単純だな……」

 リョウコは呆れてものもいえないといった態度だったが、カレンたちは気にも止めていない。

「さあ、リョウコさんもご一緒に!」

「ご一緒に!」

「ふざけるな」

「もう、乗りの悪い方ですこと」

「リョーコちゃんって案外空気読まないよねー」

「あのなあ……」

「ま、みんなが元気ならそれでいいんだ」

 シンジは、三人のやりとりに心底安堵を覚えた。容易に抜け出せなくなったというこの状況で平静を保っていられるのなら、事態を打開することも難しくはないのではないか。冷静であることは、どんな苦境をも乗り越えるのに必要な条件だ。感情の高ぶりに任せ、悲劇的な判断を取り始めたらそれで終わりだ。

 こんな意味の分からない場所で出口も見当たらぬまま野垂れ死ぬなんてまっぴらだし、なにより、彼女たちをここから脱出させなくてはならない。

 シンジは、それが自分の役目なのだと、勝手に思った。状況が状況なのだ。いつものように無責任ではいられない。膂力も体力もリョウコには負け、愛嬌や機転ではマコトに、頭脳においてはカレンに負けているだろう。しかし、だからといって、彼女らを支えるのは自分しかいないのだ。この四人の中でたったひとりの男なのだ。

(前時代的な考えかもしれないけどさ)

 胸中でつぶやいたとき、背後から衝撃があった。

「シンジ様……!」

「うおっ」

「うううう、なんてお優しい方ですの」

 カレンに抱き竦められて、シンジは呼吸も忘れた。豊満で柔らかな双丘を背中に感じるだけでなく、彼女の髪のいい匂いがした。

「新戸くんの新たな一面を発見して、一言」

「くっつきすぎだ」

「それ、天上さんへの感想だよね」

「新戸は新戸だ」

「そりゃそうだけどさ」

「とにかく、新戸の提案通り、さっきの場所に行こう。ここにいても埒が明かん」

 リョーコが促すと、カレンはしぶしぶといったふうにシンジを解放した。

「天上さんになにかしたの?」

 シンジが空気を求めて喘いでいると、マコトがそっと尋ねてきた。ふたりは既に前に進んでいて、こちらの話し声は聞こえていないだろう。

「まさか」

「うーん……なにか理由があると思うんだけどなあ」

 マコトの不思議そうな顔に心底同意する。カレンがここまで積極的だったとはいままで知らなかった。というより、そういう触れ合いを毛嫌いしているような節があったはずで、シンジも特別好かれているといった雰囲気もなかった。ただの同級生よりは少し仲のいい間柄といった関係で、近くにリョウコやマコトがいなければ話しかけてくることもなかったはずだ。

 理由を考えるのだが、思いつくようなこともない。いや、ないということもないのだが、そんなものがきっかけでカレンの態度が変わるとは、到底考えられない。それくらい希薄な接点。

「……昨夜の電話かなあ」

 電話をしたのは、別に大きな理由があったわけではない。リョウコから今日の集まりについての連絡の際、集合時間が変わったということをシンジからカレンに伝えてほしいと頼まれたからだ。リョウコが伝えればいいと思ったのだが、彼女はマコトに連絡するからとだけ告げて通話を切ったのだった。シンジは仕方なくカレンに電話し、伝えたのだ。

「あ、そういえば、天上さん喜んでたよ」

「え?」

「昨夜、生まれて初めて殿方から電話がかかってきたって」

「ええー……」

 シンジの記憶の中では、電話に出たカレンの態度はあからさまに冷ややかで、取り付く島もないといった感じだったのだ。シンジは仕方なく、伝えるだけ伝えて、簡単な挨拶を交わしただけで通話を終えたものだ。そして、今日のことを考えて頭を抱えたくなった。カレンに嫌われたのではないか、そう思えるほどに彼女の反応は冷たかった。

 マコトの話を聞く限り、そうではなかったということだが。

「それが嬉しかったんだね、きっと。天上さん、かわいいなあ」

 マコトがカレンに駆け寄り、背後から抱きついて悲鳴を上げさせる様を、シンジはやや呆然と眺めていた。

 想定外で予想外の事態とは、このことだ。


「さて、今後の方針だが」

 十字路の中心に戻ると、四人は床に置いた小瓶を囲むように座った。立ったまま相談し続けるのは、体力の無駄だと判断したのだ。体力は有限だ。なにが起こるかわからない状況では、出来る限り温存しなければならない。

「その前に、状況の把握を優先するべきだよ」

 シンジは、パンツのポケットに入れていた携帯電話を取り出すと、ダンジョンマルチデバイスのマップを開いた。

「それもそうだな」

「大事だね」

「どこから確認しますの?」

 カレンに尋ねられて、シンジは少し思案した。が、結局最初から思い出すことにした。

「俺はなにをするのか聞かされないまま。旧校舎に来た。リョウコに呼び出されたからね」

「あら、リョウコさんの呼び出しなら理由もいらないんですの?」

「みんなが集まるっていうからさ」

「そうでしたか」

 妙にほっとするカレンの隣で、マコトがにやにやしているのが気にかかったが、シンジは話を続けた。

「当初の予定通りだったの? 幽霊探し」

 当初というのは、旧校舎に集まることにした当時のことだ。彼女ら三人がどのようなことを話し合って、夏休みの一日を無為にすることにしたのか、シンジは知らなかった。

 リョウコがうなずいてくる。

「ああ」

「旧校舎の幽霊の噂ってさ、夏休みに入ってから降って湧いたような話だったんだよね」

「それを面白がって、探しだすことになった……ということでしたわ」

「でも、幽霊よりも気になることができた」

「地下への階段、だね」

 マコトが人差し指を建てた。旧校舎の地下への階段。噂話として聞いたこともなかったし、シンジたちも知らなかったものだ。

「みんなの記憶にはなくて、氷川が今朝見つけた階段の下には、門があったわけだ」

「それを考えもなしに開いた方と、考えもなしに飛び込んだ方がいらっしゃいましたわね」

 カレンが半眼でふたりを見やると、マコトとリョウコがめずらしく素直にうなだれた。

「あう……」

「すまん……」

「どうせ入っただろうし、それはいいさ。問題はその後だよ。まさか出入口が消えるなんてね」

「そんなこと、現実にありえますの?」

「あったのだから、現実なんだろう」

「それもそうですけど……」

「その前に!」

 マコトが、携帯電話を突き出してきた。液晶には、ダンジョンマルチデバイスのホーム画面が映しだされている。マップ、ステータス、アイテム、モンスター――自主制作ゲームのような簡素な画面を見ていると、ゲームを制作しようとして挫折した記憶がよみがえるようだった。

「こっちが、先だよね」

「そうでしたわね」

「ま、どっちが先かはわからないがな」

 リョウコがつぶやくと、マコトも思い出したように声を上げる。

「あ、そっか。先に出口が消えてた可能性もあるのか」

「DMDのマップで見たときには出口は消えていたな、そういえば」

「DMD……ああ、これの略称ですわね」

「うん、そのほうが呼びやすいだろ」

「ええ、さすがですわ」

 この薄い闇の中でも、カレンの目がきらめいているように見えるのは、気のせいだろうか。液晶画面の光を反射しているだけではないように思えるのだが、シンジは深く考えないことにした。

「惚気は置いておくとして」

「あら、嫉妬ですの? みっともないですわね」

「だれが妬くか」

「えー、妬こうよー」

「なんで!?」

 ノリノリになってリョウコを煽るマコトと、彼女に煽られて悲鳴を上げるリョウコの様子を眺めながら、シンジは軽く嘆息した。仲が良いのはいいことだし、なにより、この状況で元気なのは重要な事だ。暗く沈んでいるよりはよほどマシだといえる。

「……話を続けるぞ。これだって、普通じゃありえないのはみんなわかってるよな。通信のできない地下空間で、勝手にダウンロードが開始され、インストールされたアプリケーションソフト。そこには俺達が歩いた場所が地図となる機能があった。いわゆるオートマッピングってやつだ」

「未開地の探索には便利かもしれんが、通常の生活には不要な機能……だったな」

 極めてゲーム的な機能だ。ダンジョン探索型ロールプレイングゲームの標準装備ともいえる機能であり、シンジが幾度となくお世話になった機能でもある。しかし、リョウコの言う通り、現実では殆ど役に立たないことうけ合いだった。細かく記された地図が無料で閲覧できる時代なのだ。自分で歩いた範囲しか表示されない地図が役立つ状況は限られている。

「オートマッピングはどう考えても、この中の探索に役立てるためのものだと思う」

「ほかに考えようがありませんわね」

「でも、だれが? なんのために? それこそ、どうやって?」

「わからないことだらけだが、ひとついえるのは、これが何者かの作為によるものだということ。じゃなきゃ、こんなことはありえない」

「幽霊の仕業の線は?」

「幽霊がアプリを配信するのか?」

「でもでも、なにが起きても不思議じゃないし」

「そう、なにが起きてもおかしくはないんだ。だから、俺達は個人行動を取らないようにしよう。集団行動を心がけるんだ」

「それには賛成だ」

「一番単独行動を取りそうな方が賛成したみたいですし、安心できますわね」

「あのなあ」

「ぼくも異論なーし」

 カレンとリョウコが口論になるのを見越してか、マコトが明るい声を発した。すると、カレンもリョウコも肩を竦めて、マコトに笑顔を向ける。なんとも仲のいい三人の様子に、シンジはやはり安堵するだけだ。以前から一緒に行動する間柄とはいえ、喧嘩でもされたらたまったものではない。もちろん、カレンにもリョウコにもそんなつもりはなかったのだろうが。

「目的は出口の発見、およびこの空間からの脱出だな」

 DMDの発信者なんて知ったことではない。だれがなんの目的でこんなものを用意し、どういう方法で送り込んできたのかなど、どうだっていいことだ。要は無事にここを抜け出せればいい。

「出口なんてあるのかなあ」

 マコトが、途方に暮れたようにつぶやいた。リョウコとカレンもうなだれ、場の空気が重くなる。出入口の門が跡形もなく消え失せていたのだ。落ち込むのが当然だし、絶望的になるのも普通のことだ。さっきまでの軽口は、出口の消えた現実から目をそらしていたがゆえに、気丈に振る舞えていただけだろう。だが、このまま暗く沈んでいる場合ではない。時間は刻一刻と流れている。体力が尽きる前に動き出し、活路を見出さなければらない。

 シンジは、言葉を強くしていった。

「あるさ。入ってこられたんだ。出られないわけがない」

「新戸くん……」

 マコトの目が潤んでいた。

「新戸……おまえ」

 リョウコはリョウコで、驚いたようにシンジを見ていた。

 が、シンジがふたりに反応することはできなかった。

「きゃーっ、シンジ様ー!」

「うわっ」

 カレンに抱き着かれた勢いで床に押し倒され、背中を盛大にぶつけたが、痛みよりも彼女の体の感触に気を取られたのは男のサガなのだろう。

「あはは、天上さんは楽しいなあ」

「なにもかもぶちこわしだが、いいか」

 リョウコは、少し笑ったようだった。

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