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1 旧校舎! 幽霊探しが迷宮入りに!?

 新戸にいどシンジが、同級生の嘉神かがみリョウコに呼び出されたのは、夏休みが始まって間もない日のことだ。

 その日は、幸か不幸かなんの予定もなく、暇つぶしになるのなら、という程度の理由で呼び出しに応じた。どうせいつものメンバーが集まっているのだろうと覚悟とも諦観ともつかない感情に押し潰されそうになりながらも、彼が向かったのは、旧校舎と呼ばれる建物だった。

 木造の古い校舎で、旧校舎とは呼ばれているものの、シンジたちの通っている高校とはなんの関わりもなかった。廃校となり随分長い間放置されているらしいのだが、取り壊される予定もないという。だから、シンジたちのような暇を持て余した学生たちの遊び場になってしまうのだが、行政にとってはどうでもいいことなのだろうか。

 そんな下らないことを考えながら敷地内に入ったシンジは、待ち合わせ場所である旧校舎一階の教室に向かった。

 午前十時半。既に熱気が空から降り注いでいる。あいにくの快晴は、夏の気温の高さを満喫してくれと言わんばかりだった。広い校庭は雑草がやりたい放題に生えており、草むらのようだ。旧校舎までの道のりは遠くはないが、荒れ放題の道中を目にするだけで気が滅入ってくるというものだった。

 旧校舎には、もちろん、土足で上がり込んだ。待ち合わせの教室はエントランスからほど近い場所にあり、女どもの話し声が聞こえてきたので迷うことはなかった。

「最下位はシンジくんでしたー」

「ほらな」

「ま、いつも通りですわね」

 教室に入ると、予想通りいつものメンバーが三者三様の反応でシンジを迎えてくれた。

「はいはい最下位ですよー」

 だれとはなしに愚痴りながら、三人が待つ教室中央に向かう。教室の中はでたらめに荒らされているのだが、三人の周りだけはある程度整えられている。シンジを待っている間に机や椅子を移動させたのだろう。暇潰し、というやつに違いない。

「拗ねないの」

 机の上に座っているのは、氷川マコト。最下位云々の発言は彼女だ。髪は短めで、ボーイッシュという言葉がよく似合う少女だった。控えめな体つきは、今後の成長に期待、といったら殴られること請け合いだろう。シャツにホットパンツという動きやすそうな格好なのはいつものことだ。きれいな素肌は手入れを怠っていない証拠だろうか。背に負ったパンダを模したリュックサックはお気に入りなのだとか。

「新戸って、拗ねるのか?」

 シンジを呼び出した嘉神リョウコは、机の前で仁王立ちしている。茶色がかかった黒髪の少女で、長い髪はひとつに束ねており、侍のようなかっこよさがある。鋭い目つきは、ひと睨みで不良を震え上がらせるといい、女子に嬌声をあげられるのもわかるというものだ。大きめの胸が、彼女の姿勢のおかげで強調されている。こちらはシャツにデニムのパンツだ。ポシェットに詰め込める程度の持ち物しか持ち運ばないのが彼女の流儀だ。

「リョウコさんにはわからない、ひとの機微、というものですわね」

 そういって微笑したのは、椅子に座った天上カレンだった。腰辺りまで伸ばした黒髪がつややかで、泣きぼくろとともにチャームポイントといえるだろう。発育の良さは三人の中でダントツで、いつもマコトに羨ましがられている。良家のお嬢様という触れ込みで、口調も何やらそれっぽくはあるのだが、彼女は家庭のことを一切口にしなかった。淡いブルーのワンピースで、首から下げた鞄はブランドものなのだろうか。

「ほう?」

 リョウコが胸の前で腕を組んだ。目でカレンを威圧するが、カレンもカレンだった。椅子に座ったまま、悠然と髪をかきあげる。

「なにかしら?」

「教えてもらいたいものだな、ひとの機微というやつを」

「いくらでも教えて差し上げましてよ」

「まーまーふたりとも、いきなり喧嘩してどうするの」

 机から飛び降りたマコトが、ふたりの間で困ったように笑った。

 そんな三人のいつもと変わらない様子にシンジはため息を浮かべた。また今日も三人に振り回されて疲れ果てるというオチが見える。

 シンジは、自分のことを普通以下の人間だと認識している。性格的にも外交的ではないし、部屋に引きこもってゲームでもしているほうが性に合っている。ネクラだとかいう他人の評価も否定はしなかった。黒髪に灰色の虹彩。没個性極まりない容姿は、どこへいっても空気として溶け込めるという点ではありがたい様な気がしないでもない。

 学校でも空気であろうとしていたし、実際、それは半ば成功しつつあったのだ。このままいけば、シンジの高校生活は安泰だった。空気として、三年間過ごすことができれば、問題など起こりようがない。そう思っていたのだが。

 この三人にすべてをぶち壊された。


「で、今日はなにすんの?」

 シンジは、教室内から適当に見繕った椅子に腰を下ろすと、肩にかけていた鞄を膝の上に置いた。鞄の中から携帯ゲーム機を取り出し――マコトに制される。シンジがそちらを見ると、彼女は困った顔をしていた。当然ではあるが。

「いやいや、いきなりゲーム?」

「嘉神が、暇ならゲームしててもいいっていうから出てきたんだけど」

 シンジが告げると、マコトがリョウコに詰め寄った。その隙に携帯ゲーム機の電源を入れようとしたのだが、今度はカレンの手によって制されてしまう。

「リョウコちゃん? ぼく、そんなの聞いてないよ?」

「いって、なかったっけ?」

「聞いてないし、聞いてても了解するわけ無いでしょ」

 マコトの剣幕にはリョウコも押され気味だった。三人の中で一番背が高く、威圧感もあるリョウコが、一番小さく、可愛らしいマコトに圧倒される様は面白いものだ。

「相変わらず迂闊ですこと。とはいえ、四人揃ったところで暇というのはどういう了見なのです?」

 カレンに詰られて、シンジは返答に窮した。彼女らは、ただ集まってお喋りするだけで楽しいのだろうが。かといって、女の輪に無理やり入れられた男の立場になってみろ、とは到底いえなかった。それに、いったとしてもシンジの言葉が受け入れられるとは思えない。そもそも、嫌なら出てこなければいいと返されるのが落ちだ。

「いくらシンジ様でも、わたくしを蔑ろにするような態度は放っておけませんわ」

「シンジ様……って」

 カレンが突然呼び方を変えてきたので、シンジはかなりびっくりした。カレンは、シンジの反応にこそ驚いたようだが。

「あら? いけません?」

「俺は……別に構わないけどさ」

 呼び方でなにかが変わるわけもない。彼女らの対応に変化が生じることも、救いの神が現れることもない。学校が始まったとき、変な噂が流れなければいい。それだけのことだ。

 それを聞いていたのか、マコトがピョンピョン飛び跳ねる。

「様だってー!」

「様っていうほどのものか、これ」

 リョウコは、塵でも見るかのようなまなざしをシンジに向けた。

「嘉神は俺をなんだと思ってるんだ……」

「じゃあ、ぼくはなんて呼ぼうかなー」

「今までどおりでいいよ」

 シンジはぼそっといったが、黙殺されたらしい。聞こえなかった、ということはあるまい。

「そうだなー、様っていうとかぶっちゃうしなー」

「そこ、オリジナリティを求めるのか?」

「リョウコちゃんもなにか考えなよ」

「わたしは遠慮しておく。新戸は新戸だ、それ以上でもそれ以下でもない」

 にべもなく答えるリョウコのきりっとした表情に、シンジは唖然とした。

「だからおまえは……」

「呼び方談義はこの辺にしておきませんこと? 本題から遠ざかっていていけませんわ」

「それもそうだね! じっくり考えよーっと」

「そうだよ、本題……」

 シンジは、しかたなく携帯ゲーム機を鞄に戻すと、三人の顔を見回した。氷川マコトにしろ、嘉神リョウコにしろ、天上カレンにしろ、美少女といっても過言ではない。そんな三人がなぜ、自分なんかを巻き込むのか、シンジにはいまいち理解できない。彼女たちならもっとかっこいい男子や面白い男子を呼ぶこともできるはずだったし、そうするべきなのだ。シンジは部屋に帰りたいのだ。冷房の効いた部屋で、アイスコーヒーでも飲みながらゲームしているほうがいいのだ。

 だったら出てくるな、といわれればそれまでなのだが。

 シンジがなぜ呼び出しに応じたのか、それはシンジ自身にもうまく説明できなかった。下心があるのは間違いないが、それだけでゲーム天国から出てくるわけもない。単純に、長い付き合いだから、と言われればそうかもしれないし、そうではないともいえる。要するにわからない、ということだ。

 それは、彼女たちも同じなのかもしれない。よくわからないけど、なんとなく呼び出してみた――そう考えると、納得はできそうだった。そんな関係なのだ。

「なんでも旧校舎に最近、幽霊が出るって噂があるんだ。うーらーめーしーやーって」

 曲げた両手を胸の前に掲げるマコトを、リョウコが愛おしそうに見ていた。確かに、小動物のような可愛らしさが彼女の一挙手一投足に現れている。

「日も高いのに幽霊探し?」

「ここの幽霊は昼間に出るという話ですわ」

「そういうことだ」

「どういうことだよ」

「まあまあ、どうせ暇なんだし、幽霊探しの一度や二度、やってもいいよね?」

「ここまできたし、なんでもいいけどさ」

 シンジは反論するのにも疲れて、適当に相槌を打った。

 ひび割れた窓の外は、まばゆいまでに輝いていた。


「どこから探す?」

 廊下に出ると、リョウコが一同を見回した。四人の中でもっとも上背のある彼女が先頭に立つのは、いつからか当然のようになっていた。よく彼女とぶつかり合うカレンも、そのことに文句を挟まないくらいだ。様になっている。

「それなら、地下からじゃない? 下から順番に探していく感じでさ」

 身振り手振りでなにかを示しているらしいマコトの言動に、シンジは隣にいたカレンと顔を見合わせた。

「地下?」

「地下なんてありましたっけ?」

 ふたり揃って首をひねる。旧校舎に関する噂話はいくらでも耳に入ってくるものだが、地価に関する話は聞いたこともなかった。そもそも、古い建物だ。地下室なんて作るものだろうか。

「マコト、地下とはなんだ?」

「え? 新戸くんが来る前に見たんだけど……階段が地下に続いてるの」

 マコトは、自分の記憶に不安になってきたらしい。眉が寄って、今にも泣き出しそうな表情に見えた。

 階段は、旧校舎の中央にある。全三階の建物で、教室は、階段を中心とする両側にそれぞれ三室ずつある。結構な広さで、どの教室も荒らされ放題に荒らされている。窓ガラスは割られ、破片が飛び散っているのは当たり前だった。

「いや、旧校舎に地下なんてなかったはずだ」

「わたくしも聞いた覚えはありませんわ」

「わたしもそう思うが」

 三人に否定されたことで反発したのか、マコトはむしろ気を取り直したようにいってくる。

「えーと……ぼくも不思議に思ったんだよね。前に来たとき、見た覚えがなかったから。でも見たんだよ、間違いなく。だから、前のほうが記憶違いなのかなって」

「別にマコトを疑ってるわけじゃない」

 リョウコは、マコトの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「行ってみればわかるよ」

「そうですわ。どうせ階段には向かうことになるんですし」

「そうだね、行ってみよう!」

 マコトの言葉に励まされるようにして、シンジたちは階段に向かった。



「地下への階段……だね」

「ですわね」

「間違いない」

 旧校舎の中心ともいえる階段に辿り着いた四人が目にしたのは、二階へと続く階段だけではなく、マコトの言うとおり地下へと至る階段だった。

 マコトが、ホッとしたように声を上げる。

「よかったー、見間違いじゃなかったんだ」

「っていうことは、さ。これは昔からあったってことか?」

 シンジは、階段が特に目新しくないことを確認した。木材の階段は、上階へと続く階段と同じように古びている。傷らしい傷もないのだが、かといって改築したようにも思えない。そもそも、廃墟同然の建物を改築する理由がない。

「でないと説明がつかないな」

「みんな見落としてたってこと?」

「そういうことになりますわね」

 マコトの言葉にカレンは同意したものの、シンジにはそんなことはありえないとしか思えなかった。だが、目の前に地下への階段があり、これまで旧校舎の地下に関する話題がなかったのも事実だ。だれもが知っていて、だからこそ話題に上らない、ということは考えにくい。だったら、有名な旧校舎の話題自体がなくなるはずだ。

 シンジは、しばらく階段の様子を見ていたものの、階段の折れ曲がった先になにがあるのかを確かめるべきだと思った。幽霊がいるというのなら、この先に違いない。そんな予感がする。

「とにかく降りてみよう」

「お、おい」

 どういうわけか、リョウコが肩に手を置いて制止してきた。シンジは彼女の握力の強さに辟易しながらも、表情には出さず、むしろ不敵に笑ってみせる。

「なんだよ、急に怖くなったの?」

「おー、なんだか勇ましい!」

「きゃー、シンジ様ー!」

 シンジは、マコトとカレンの反応に気を良くするも、リョウコの冷ややかなまなざしにどきっとした。

「別に怖くはないが、用心したほうがよくないか?」

「用心ったって、ねえ」

 シンジは残るふたりを見回したが、ふたりとも頭を振るだけだった。リョウコの言うとおり用心するに越したことはないが、なにも用意してきてはいない。得物になるようなものは見当たらないし、教室の椅子を持ってくるのも面倒なだけだ。

 結局、四人はなにも持たず階段を降りることにした。


 恐る恐る地下への階段を降りると、ちょっとした空間があった。物を置くにはちょうどいい広さではあったが、そういう目的の空間でもなさそうだった。

「これ、門かな?」

「こんなところに門って」

「でも、門にしか見えないけど」

 マコトの抗議の通りだった。彼女が指し示したのは地下の奥の壁で、そこには門としか形容しようのないものがあったのだ。木造の旧校舎の持つ独特の雰囲気をぶち壊しかねない鉄製の門扉に、豪奢な門構えが異様に目を引く。とても昔からあったようには思えないのだが、かといってこんなものをだれが作るのかというと答えは出ない。

「なんなんだろね、これ」

「これが幽霊の正体だったりして」

 シンジが冗談めかしくいうと、リョウコが眉をひそめた。

「幽霊の正体?」

「そ。霊界への扉、なんて」

「その説、あながち間違いじゃないかも」

「え?」

 マコトの思わぬ同意に目を向けると、彼女は扉を開いていた。扉の向こう側に広がる空間を覗きこんでいたマコトは、シンジたちの視線に気づいたのか、こちらに向き直って舌を出した。

「開いちゃった」

 つかつかと歩み寄ったリョーコが、彼女の後頭部を軽く叩いた。

「いきなり開ける馬鹿があるか」

「リョーコちゃんごめん」

「まあまあ、どうせ開く結果になっていたでしょうし、別によろしいではありませんか」

 カレンがとりなすのは珍しいことだと思いながら、シンジも門の向こう側を覗いた。暗い闇が横たわり、遠方までは見渡せないものの、見える範囲は旧校舎の通路と大きく変わらないように思える。ただし、通路に使われている木材は、旧校舎のそれとはまったく違うようだ。後から作られたのは明白だったが、だれが、どのようにして、なんの目的でこんな地下空間を作ったのかはわからない。それこそ、幽霊の発生源であってもおかしくはないような雰囲気がある。

「で、どうすんの?」

「決まってるじゃん! 探索するんだよ!」

 マコトが元気よく声を上げると、リョウコは困ったように首を振った。その態度に諦観が見えて、シンジは少しだけ同情した。が、結局振り回されているのは自分も思い直す。むしろ、リョウコも振り回す側の人間だったのだ。

 カレンも門の奥を覗く。

「なんだか面白そうですわね」

「天上も乗るのか」

 リョウコがややくたびれたようにいったのは、カレンはいつもならこういうことには首を突っ込まないからだろう。しかし、当のカレンは余程愉快なのか、リョウコに対して挑戦的な目を向けた。

「あら? リョウコさんは乗り気ではなさそうですわね。まさか、怖いのですか?」

「冗談」

 リョーコは、憤然と言い放つと、真っ先に門の向こう側に進んでいった。カレンとリョウコの馬の合わなさはつくづく異常だとシンジは思った。なのになぜ一緒にいるのだろう、とも考える。それは自分も一緒なのだが。

「ちょっと、リョーコちゃん」

 マコトが、リョウコの後を慌てて追いかけていく。

「では、わたくしたちも参りましょうか、シンジ様」

「ん、ああ」

 カレンにうながされるようにして、シンジは、門の向こう側へと足を踏み入れた。

 それが長きに渡る戦いの始まりだとも知らずに。


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