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こんな勇者&魔王様関連小説

こんな魔王の部下の初めてのお使い

作者:

…………魔王を、探していた。

勇者に討たれ、消えてしまった魔王をずっとずっと気が遠くなるほどの時間を過ごしながら魔王の魂が再びこの世に生まれてくるのを待ち続けた。


きっとわかる。


生まれてきてくれたのなら、この世に存在さえしてくれたのなら………出会えたらきっと俺にはわかる。


そう思って色々なものを失くしながら生き抜いた年月。

見つけた今世の魔王は記憶とはあまりにもかけ離れていて自分の直感を疑ったことは墓の中まで持っていく俺の秘密だ。


魔王は外見も中身も………前世とはまるで違っていた。

冷たいとさえ感じさせた美貌はどこにでもある平凡なものに。

最強を誇った過去を忘れ去ったようにその身体は小さくか弱くなり。


なによりもどこか悲しみに翳っていた瞳は無駄に感情があふれまっすぐに人を射抜くようになっていた。


平凡で小さくてか弱いくせに瞳に何か強いものを感じさせる、女。


それが現世での魔王の姿。


同じ姿で生まれ、記憶もなにもかも引き継ぐはずの魔王なのにどうしてこんなことになっているのか。

予想外の魔王の姿に動揺はしたが魔王は魔王。

何やらぎゃーぎゃー騒いでいたが有無を言わさず魔王城に連れてきた。


………そしたらどういう心境か、魔王が子供達の世話を焼き始め、その延長上城の生活環境の改善に乗り出した。


「洗濯ものをこんなにためて!!」

「子供部屋に埃をためるとは!!」

「あー待って待ってそっちは危ない~~~!」


シスター服の袖を巻くりあげた魔王が城のあっちこっちを確かめ始め、その度に何かしら叫ぶ。その後をコロコロと転げながら付いて回る子供達。

怪我をしそうになると魔王が助け上げていた。

子供達はもうすっかり魔王に懐いているらしく抱き上げられた子に口を尖らせる。だが魔王が頭を撫でれば皆すぐ笑顔になる。


『まおうしゃま~~~』


昔の俺と………俺達と同じように魔王が大好きで仕方がないという顔をしている。

違うのは…………魔王が笑っていることだけ。

俺の知っている魔王は俺達を見るたびに何か、痛みを堪えるように目を逸らしていた。


「ちょっとジジ!!聞いているの!」


「…………」


視線を落とせばずいぶん下の方にある魔王が腰に手を当てて睨みつけてきていた。

………しまった。物思いに耽っていて魔王が何を言ったのかさっぱり聞いていなかった。


黙っていたら魔王の口元が危険な感じに震える。

この魔王は感情が………特に怒りの感情がわかり易い。というか出会ってから何故だか俺は魔王に怒られ続けている。

何故だ?

心当たりがあまりなく首を傾げる俺の口に何やら紙が押し付けられる。

再び意識を魔王に戻せば必死に背伸びしつつ魔王が紙を持つ手を俺に突きつけている。

本人としては鼻先にでも押し付けてやりたかったんだろうが身長差から届かず口になったようだ。


「これは?」


「買い物リストよ!!ここに書かれているものを買ってきなさい」


「………なぜ?」


書かれているのは食器やらコップやら箒やらその他諸々がこれでもかという具合につらつらと書き連ねられていた。

だが俺の返事を魔王は気に食わなかったようだ。ただでさえ据わっていた目が危険領域へと移行していた。


「ぐだぐだ言ってないでとっとといきなさい~~~~~~~~~~~~~~~!!」


魔王だ。魔王がいる。

往年の魔王とは違う、だけど逆らえない覇気と迫力に俺は思わず黙って頷いてしまった。



頼まれた品物を手に入れるために適当な人間の町に転移した俺はまずは人間を金を手に入れるために換金屋を探す。

魔族たちの住む地域は不毛の地ばかりだが生きている鉱山もいくつかある。そこから取ってきた鉱石を売れば金はつくれるだろう。

適当に選んだ町で適当に見つけた店で換金を頼む。

目の細いいかにも小ずるい顔をした店主は最初俺を胡散臭そうに見ていたが懐から出した赤や青の混じった宝石の原石をいくつかカウンターの上に乗せた途端、態度を一気に軟化させた。

いきなりへこへこと頭を下げ、低姿勢になった店主に気味の悪いものを感じながらも話を進める。

人間の通貨についてはよくわからないがこの鉱物はたしか人間にとっては価値のあるものだったはずだからまぁ、買い物できるぐらいの金にはなるだろう。


「あ、あのっ!ちょっとまってください!」


今、まさに換金を了承するサインをしようとしたとき、俺の後ろから気弱そうな女の声がして俺は手を止めた。

振り向けばそこには旅装束を纏ったいかにも気の弱そうな人間の娘が一人。年頃は今の魔王と同じぐらいに見えるが魔王がやたら気が強そうに見えるのに対してこの人間は逆にものすごく気が弱そうだ。

今も俺と店主の視線に泣きそうな顔になっている。


「あ、あ、あのっ!えっと!この人、私のお兄ちゃんなんです!」


「は?」


身に覚えのない兄という言葉に思わず俺は固まり、店主はぽかんと口を開けている。

言うまでもないが俺に妹はいない。

兄弟と呼べる存在はいるがそれは全員魔族で人間にはいない。


「えっとえっと!この宝石、家の、大切なもで!換金しちゃ、駄目で!」


今にも泣きそうというかすでに目元には涙が浮かんでいるし顔も赤い。娘はカウンターの上に乗せてあった鉱石全てを袋に入れるとそれを俺に押し付ける。

それから店主に向き直った。


「だから、この取引はなしで!」


そう言い放つと娘は俺の手元にあった書類を奪い去ると一気に真っ二つに破る。それだけでは飽き足らず四つ八つと細かく千切り、再生不可能となった紙が床に舞い落ちた。


「ア~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


店主がダミ声で叫ぶのが耳に痛い。


「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい!!」


謝罪を連発しながら娘は俺の手を掴むとそのまま店を飛び出した。



そのまま我武者羅に走っていく娘につれられるまま走り、人通りの多い噴水広場まで出てきて漸く娘が立ちどまり、手を放した。

何がどうなっているのか判らないがとりあえずこの娘が換金を邪魔した理由だけでも聞き出さなければ。


「おい………」


視線を向ければそこには噴水近くのベンチの側にうずくまるように座り込んだ娘の背中。


「ぜぇはぁぜぇはぁ…………」


若干命の危険性を感じさせるぐらい荒い息をしている。


「…………大丈夫か?」


呼吸困難で今にも死にそうな顔をしている娘に当初の目的も忘れ、思わずそう聞いていた。



数分後。


「大変申し訳ございません!!」


俺はどうにか回復した娘に俺は頭を下げられていた。

プルプルと震えた声と身体、瞳は見えないがきっと涙目なのだろう。

………気のせいではなく周囲の視線が痛い。

いくら人の視線が気にならない俺とはいえ、この空気に居心地の悪さを感じるぐらいは繊細だ。


「いや、あの………」


「勝手に連れ出して本当にごめんなさい!でもあの!言い訳させてもらうなら決して貴方の邪魔をするとか嫌がらせとかじゃなくてですね!あの換金屋はあの!結構評判が悪いらしくて!だ、騙されたらいけないって思って!それで!」


どうやらこの娘はあの換金屋の悪評を聞いていてなおかつ俺が騙されないようにと乱入したらしかった。


「だ、だから………そのっ!」


黙っていると怒っていると勘違いしたのか顔色が青くなり涙が盛り上がっていく。それと同時に周囲の視線がより一層キツク俺に突き刺さる。


「別に………怒っていない………」


「本当ですか?」


「ああ」


「よ、よかったぁ~~~~」


へなへなとその場に座り込んだ娘に今度こそ本当にどうしたらいいのかわからなくなってしまった。


「…………………」


「……………………………」


「………………………………………………………………」


娘は泣き止んだ。泣き止んだはいいが………。

ベンチで見知らぬ人間の娘と二人並んで据わっているが互いに先ほどから一言も言葉を発しないため気まずい空気が流れるどころか停滞して渦を巻いていた。

年頃の娘の扱いも人間の相手もしたことないからどうしたらいいのか判らない。


(いや、違うな………)


娘だとか人間だとか関係なく俺は………他者と関わった経験が極端に少ない。

慕い、追いかけた背中はあれどその人はいつだって悲しげな眼差しだけを向けて、ついぞこちらに手を伸ばすことなく目の前から消え去った。


幼い頃、ともにあった存在はかの人が消えてから一人また一人とこの手をすり抜け、手の届かない場所へと消え去った。

この手が温もりを感じたことは酷く遠い記憶で………魔王を見つけるまで俺は誰かが暖かいのだということすら忘れそうになっていた。


「あ、あの………」


「………なんだ」


突然顔を覗き込まれ反射的に目を細めるとびくっと大げさなほど娘の身体が震える。だが、涙目になりつつも娘はどうにか震える身体を押さえて俺に向き直る。


「………えっとですね………換金、されるのなら教会が管理している換金所に行った方がよいですよ。あそこなら教会が管理しているから市井の換金屋よりかはごまかしがはるかに少ないでしょうし………貴方が持っている鉱物は高そうだからそっちの方がいいと思います」


娘はそう言うと「行きましょう。ご迷惑かけたお詫びにご案内します」と俺の腕を掴んで歩き出す。

気が弱いかと思えば変なところで強引な娘だ。


………魔王ならこんな時、どんな対応をするのだろうか?


ふと浮かんだ疑問。

その答えは今の魔王と出会ったばかりの俺にも容易に思い浮かべられた。


『あんたは馬鹿か!うかつ者!箱入り!ほいほい書類にサインしてんじゃないわよ!換金するならまず店の評判の聞き込み!めぼしい店がなきゃ教会の換金所に行きなさいよ!あ~~もう!なんだって私こんな馬鹿に当たっちゃったのかしら?ほら!ぼけっとしてないで行くわよ!』


ぷりぷりと怒って説教をしてそれでも魔王は見捨てずに世話を焼くのだろう。

なんとなく、そう、思った。


結局、換金所で鉱石をひとつ換金したら隣で金額を聞いていた娘が目を回して倒れるぐらいの金額になり、頼まれた買い物リストを見せて足りるかと聞いたら「余裕でおつりがきますよ!なんでこんな高価なものを二つも三つも持ち歩いているんですかぁ!!」と涙目で逆に怒られた。


その後、物価や貨幣価値について質問され、素直によくわからんと言えばまたしても驚愕され、その場で簡単な貨幣について説明された後、どういう心境か買い物も手伝ってくれた。


「お金は大切です!そして買い物の極意は値切りです!」


庶民の血が騒ぎますよ~~~と何故だか俺よりもやる気満々な娘が気弱な顔が嘘のように商人たちと互角のやり取りを繰り広げるのを俺は隣でただ見ているしかなかった。


出費は予想以上に抑えられた。恐るべし、人間の値切り交渉。


「はい。これで最後です。………それにしてもお子さんが多いんですね」


「?ああ、たくさん生まれたからな」


「子沢山ですねぇ~~~にぎやかで楽しそうです」


夕暮れに染まる町を大荷物を持って歩く。何か勘違いされたような気がしないでもないが何が勘違いかよくわからないので放置しておく。


「っと。そろそろ帰らないといい加減、怒っているかもしれない………」


夕暮れの空に何を思い出したのか娘が暗い顔をする。


「絶対に怒っているよね。勝手に怒鳴って勝手に飛び出したんだから………はぁ………憂鬱だぁ」


何のことかわからないがこいつにも色々あるようだ。


「あのっ!今日は本当にすいませんでした!」


「いや。お前は厚意で俺を助けようとしてくれたんだから気にするな。それに換金や買い物まで助けてもらったからな。俺こそ助かった。ありがとう」


ありがとう。


その言葉を使うのがかなり久しぶりなことに俺は気づいていなかった。


「いいえ!本当にこちらこそすいません!どうぞお気をつけて!あ、奥さんとお子さんを心配させないように早く帰ってくださいね!」


「奥さん?」


聞きなれない単語に首を傾げる俺に手をぶんぶんと大きく振った後に娘はだぁーと駆け出して………いくらもしないうちに転んだ。


「ふにゃ!」


転んでそして慌てて立ち上がると照れ隠しか「だ、だいじょうぶですからぁ!」とひときわ大きな声で叫んだあとに今度こそ駆け出した。おそらくは待つ人のいる場所に。



「ただいま」


荷物を置きながらそう言ったが返ってきたのは静寂。子供達や魔王の声が全然聞こえてこないことに心の片隅でことりと何かが音を立てた。


『まおうしゃま………どこ………』


静かな………静か過ぎる城。昔、はるか昔にその静けさを体験したことがある。あの時は仲間達と抱き合い、恐怖が過ぎるのを必死に堪えた。だが、今は………。


「………おう………」


胸を服の上から掴む。

焦燥が生まれる。


「魔王!」


消えた背中。見つけた瞳。

失いたくなくて走った。


「すぅ………」

「むにゃむにゃ」

「すぴすぴ」


家事に疲れていたのだろう、子供達に読み聞かせていたらしい絵本を膝の上にのせて、魔王は健やかな寝息を立てていた。そんな魔王の周りには子供達が腹を出したり、魔王の膝に寄りかかったりなど思い思いの格好で眠っている。

この部屋は日当たりもよい。ついつい眠りたくなる気持ちもわからなくはない。

そう考えながらも先ほどの言葉に表せない気持ちが綺麗に消えていくのを俺は感じていた。

暖炉に火をつけ、毛布を持ってきて子供らにかけていく。そして魔王にかけようとしてその手を止め、俺は起こさないように魔王の周囲の子供らを少し動かし、出来た隙間に座る。毛布を魔王にかけ、その身体を俺に寄りかからせた。

ぱちりと薪がはせた。

腕の中の暖かさに何か満たされていくのを感じながら俺はゆっくりと目を閉じた。

ちなみに小説に出てきた人間の女の子は勇者です。

いい加減、状況に切れてしまい相方に剣をブン投げて逃げてきた模様です。

帰った後は盛大にお説教とお仕置きをされました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとも不思議な空気が流れていますね。魔王と人をめぐるちょっとした小話。暖かさにあふれていてよかったです。 [一言] 私も、こういう空気感は見習わないとな…と感じました。
2013/01/16 19:33 退会済み
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