第八話「変わったこと、変わらないもの」
結局、その日は全員モーテルに宿泊することになった。
ダンさんとリアで一部屋。
僕とエルナでそれぞれ一部屋だ。
ダンさんの社宅も考えたが、今日はまだやめた方がいいという判断になった。
ここも安全とは言えないが、殺そうとした会社の本拠地よりマシだろう。
久々の親子だ。
募る話に花を咲かせてほしいものだ。
………………。
…………。
……。
僕は、眠れなかった。
ベッドに横になっていたが、目を閉じても一向に意識が途切れない。
肩の傷が疼くせいもある。でも、それだけじゃない。
暗い天井を見ていると、あの部屋が浮かんでくる。
頭に穴の空いた男の顔。 血の匂い。 自分が嘔吐する音。
——僕が、殺した。
何度繰り返しても、その事実が頭の中に居座り続けていた。
起き上がった。 肩が痛んだ。
構わず、部屋を出た。
—
一階のバーはまだ開いていた。
ただ、他に客は見えない。もう閉めるところだったのだろうか。
おじさんがカウンターを拭いていた。
「……。どうも。」
「なんだい。眠れないのか?」
「どうにも、落ち着かなくて。」
「キノコでも生えそうな湿った顔してりゃ、まぁそうだろうな。」
慣れた手つきで鍋に火をかけ、温かいミルクを出してくれた。
カウンターに座った。
ミルクを両手で包む。温かかった。
「……。ありがとうございます。」
——うまっ。
ミルクに口をつけると、甘みがじんわりと口の中に広がる。
なんだか、張っていた気持ちが薄れていくようだ。
しばらくして、椅子を引く音がした。
「眠れないの?」
エルナだった。
いつの間に来たのか。
「うん。まぁ…ね。」
「肩、痛む?」
「それもあるけど。それは、そんなにかな。」
「…………そう。ごめんなさい。それは私の判断ミスよ。」
僕の肩を見ながら、エルナは隣に座った。
謝ることはない。
エルナを攻める気持ちなんて、これっぽっちもなかった。
おじさんは、何も言わずにもう一つミルクを出した。
エルナは一口飲んだ。
「うまっ。」
声に出てるぞ。
確かに美味いよなこれ。
でも、声には出せなかった。
………………。
…………。
……。
しばらく、二人とも黙っていた。
「エルナ。」
「なに?」
「僕は、正しくないことをした。」
エルナは何も言わなかった。
「あれだけのことを言っておきながら。胸を張って娘を迎えたいとか、歩いた道に死体の山を作りたくないとか、そんなことを言っておきながら。」
カップを両手で包む両手に力がこもる。
「僕は人を殺した。それが許せない。悔しい。あの人に申し訳ない。」
「……。」
「名前も知らないんだよ。あの人の名前。妻と息子が二人いるって言っていた。でも名前も知らないまま、僕は——」
言葉が続かなかった。
エルナは、ゆっくり口を開いた。
「ねぇ。ジュディ。」
「ん。」
「あなたは、何も変わっていないわ。」
顔を上げた。
まだ、僕は甘いってことなのだろうか。
「殺したくて殺したわけじゃない。たぶん、追い詰められて、それでも最後まで他の方法を探して、それでも引き金を引くしかなかったんじゃない?」
エルナはこちらを見ていた。
「その後で、こうして眠れずにいる。」
少し間があった。
「それが、あなたよ。何も変わっていない。」
返事ができなかった。
「甘いとは思うわ。今でも。」
エルナは視線を窓の外に移した。
「でも——甘くなければ、あの子を助けようとしなかった。リアも、ダンも、あなたがあの選択をしなけば、きっと今は生きていなかった。それは、確実にあなたが救ったといえる命よ。」
水面が、窓の外で揺れていた。
「甘いかもしれないけど。個人的には好きよ。あなたみたいな人。腐った世界の中でも、あなたみたいな人がいてもいいって、今は思うわ。」
エルナは、視線を逸らさなかった。
まっすぐに、そのままの言葉を伝えてくれる。
「……ありがとう。エルナ。」
それだけしか。今は言葉にできなかった。
「………………。一つだけ、聞いていいか。」
「なに?」
「爆弾は、アイラが仕掛けたのかな?」
取り留めのない話。これまでの話と全く違う話題。
まとまっていなくても、今はエルナに思ったことをこぼしてもいいかもしれない。
エルナは少し間を置いて答えた。
「違うわ。バイオストーンよ。ダンへの保険金の元会社はアルカナだった。メッセージの握りつぶしも、全部バイオストーンが手を回していた。アイラはそれに利用されたに過ぎない。」
「……アイラは、バイオストーンに頼んだのか。」
「おそらくね。追い詰められた人間が、手を差し伸べてくる存在を疑えるかしら。」
しばらく黙っていた。
アイラも、工作員も、ダンさんも。 みんな、企業という大きな歯車に噛み込まれていた。
ミルクを一口飲む。
「美味いよな。これ。」
「えぇ。美味いわ。」
「そうだろう?本当はメニューにないんだが特別だ。」
話聞いてたのか。
でもおじさんからは、動揺の類は見られない。
それだけ、この世界では珍しくもないありふれた話なのだろう。
「明日、頑張ろう。」
エルナは少し間を置いてから、
「そうね。」
と言った。




