第十四話「次の目的」
ガレスからの連絡が届いたのは、夕方のことだった。
「装置について、進展があった。」
それだけだった。
短い文面だったが、十分だった。
「一週間って言ってたよな?あれから…まだ三日くらいだよな?」
「ガレスはプロよ。大体は、想定より長めの納期を提示するわ。」
素晴らしい!
是非、僕のいた会社で働いてほしいくらいだ。
少しだけ、目頭が熱くなった。
「……なんで泣いてんのよ。」
「感動してる。」
「……。あ、そう。」
ツッコミ気も起きないと、エルナは軽く流す。
寂しいと思った。
エルナは端末をしまい、外套を手に取る。
「さて、行くわよ。」
「今から?」
「特に時間に指定はない。善は急げよ。」
ガレスが送ってきた座標は、
カルディアの中心部から少し外れた路地の一角だった。
くの字に曲がった標札が目印のようだ。
「……ここ、で合ってるのか?」
「座標通りよ。待ちましょう。」
しばらくすると、黒塗りの車が音もなく近づいてきた。
——ガチャ。
扉が開く。
中に人の気配はあるが、顔は見えない。
エルナは、何の戸惑いもなく車に乗り込んだ。
「え、これに乗るの?」
「そうよ。さっさと乗りなさい。」
どうやら、エルナはこれが初めてと言うわけでもないらしい。
素直に従うことにする。
乗り込むと、窓は黒く塗りつぶされていた。
前の座席との間も、完全に壁で塞がれている。
どこへ向かっているのか、全く分からない。
「……用心深いな。」
「ガレスは情報屋。神経質になるのも無理ないわ。まぁ、やりすぎだとは思うけど。」
—
どのくらい走っただろうか。
車が止まり、扉が開いた。
降りると、古びた建物の地下駐車場のようだった。
どこにあるのかも分からない。
そのまま駐車場の隅にある、仕切られた小部屋に通された。
テーブルを挟んで、ガレスが座っていた。
葉巻のようなものをふかしていた。
お楽しみ中だったのだろうか。
通信では一度も見たことがなかったが、急に尋ねたしな。
「……来たな。」
「久しぶりね、直接会うのは。」
「あぁ。……エルナ、ジュディ、元気そうで何より。」
「お陰様で。」
ガレスは少し目を細めた。
笑ったのかもしれない。
「早速、本題に入ろう。」
ガレスが端末を操作すると、
テーブルの上に立体的な地図が浮かび上がった。
ガレスは、基本雑談をしない。
淡々と伝えるべきことを伝える。
——まさしくプロだ。
相変わらずクールな男だぜ。
「転送技術に関する研究者を突き止めた。」
僕とエルナは、思わず顔を見合わせた。
「本当か?」
「あぁ。場所は、雪に包まれた都市——ノヴァだ。」
——ノヴァ。
通信魔術を初めとした魔術テクノロジーの研究が盛んな都市。
確か、移動が困難で独自の文化が育まれたと、エルナに教えてもらったことがある。
「MANAという企業の研究機関に所属している。」
「それは……。厄介ね。」
エルナが眉をひそめた。
「厄介?っというと?」
エルナを見ると、少し間を置いてから答えた。
「ノヴァは雪山に囲われているせいで、簡単には近づけない。それにMANAは、通信技術に強い企業。守りも固いわ。」
「その通りだ。」
ガレスが頷いた。
「研究者の存在は突き止めたが、どんな人物かや、名前すら情報は得られなかった。これ以上、探りを入れるのは難しい状況だ。」
帰れるかもしれないという希望が、一瞬で壁にぶつかった感覚があった。
「……そうか。」
声が、少しかすれた。
あからさまに、落胆した態度をとってしまった。
調べてくれた人の手前で申し訳ない。
「——でも。これだけじゃないんでしょ?」
何か、エルナはすでに分かっているようだ。
「あんたが、それだけの情報で『進展があった』なんて言うわけないもの。」
「あぁ——。これを見ろ。」
ガレスは地図を操作して、別の都市を表示した。
砂漠の中に広がる、地下都市が映し出される。
「カリドだ。」
「カリド?たしか、イグニスって企業の拠点だろ?なんで?」
明らかにノヴァとは真反対。
雪山と砂漠、関連性があるようには思えない。
「転送装置の試作品は、MANAからイグニスへ外注されている。イグニスは武器や乗り物、魔力を通す外部製品の加工技術に強い企業だ。」
「外注?」とエルナが繰り返した。
「あぁ。研究と製造は別物だ。MANAは研究に特化している。装置の試作品の製造はイグニスに任せているらしい。そして——」
ガレスは少し間を置いた。
「近々、そのイグニスがノヴァへ試作品を運送するという情報を得た。」
「その情報は確かなのか?」
「イグニス内部からのタレコミだ。問題ないだろう。」
僕は、頭の中で整理した。
試作品がカリドからノヴァへ運ばれる。
つまり、今カリドにある。
「……なるほどな。でも、試作品はMANAのために作ってるんだろ?貸してもらえるのか?」
「貸りれるわけないでしょ。おバカ。」
「なんだよ。丁寧に言っても、罵倒は罵倒だぞ?」
「……じゃあ、大バカね。」
……グレードアップした。
「はぁ~。奪うに決まってるでしょ。」
「その通りだ。」
ガレスが、当然のように答えた。
え、盗むの?
倫理感どうなってんだ。
「試作品が手に入れば、装置の解析が進む。そしてもう一つ。」
「もう一つ?」
「試作品が盗まれたとなれば、MANA側にも動きが出るだろう。動きが出れば綻びも起きる。情報を得られるチャンスも広がる。一石二鳥だ。」
エルナが腕を組んだ。
しばらく考えるような顔をしていた。
「……筋は通っているわね。」
「リスクはある。企業相手の仕事だ。これまでとは規模が違う。」
…筋、通ってるか?盗むんだろ?
ガレスは僕を見た。
「チームで動く必要がある。幸い、今回タレコミを行ったイグニスの社員が、奪取のためのチームをすでに組んでいる。そこに合流しろ。」
「そのイグニスの社員というのは?」
ガレスが端末を操作すると、一人の女性の情報が浮かんだ。
「カイラ・ドゥーナ。イグニス所属。この試作品製造の第一人者だ。」
「第一人者?リーダーってことか?」
「あぁ。本人が言うにはな。」
製造の責任者が、試作品の奪取を目論む。
——どんな事情があるんだか。
カイラ・ドゥーナ。
どんな人物なのか、今は何も分からない。
「分かった。カリドへ向かうわ。」
エルナが頷き、踵を返す。
「——ジュディ。一つ、提案がある。」
ガレスが話を変えた。
「なんですか?」
「お前の元いた世界の情報を買いたい。元々、お前を呼んだのはこの話をするためだ。」
少し意外だった。
「元の世界の情報、というのは?」
「あちらの世界で流通しているもの。技術でも、商品でも、アイディアでも構わない。こちらの世界にないものなら、何でも価値になる。」
ガレスは淡々と言った。
感情は乗っていない。
意外にも、商売の話だった。
「……なるほど。」
考えてみると、問題はなさそうだ。
帰るための協力をしてもらっているし、それくらいは僕にとっては苦でもなんでもない。
お互いにとって悪い話ではないはずだ。
「分かりました。同意します。」
「そうか。」
「ただ、今すぐというのは難しくて。カリドの件が片付いてからでも?」
「あぁ、それでいい。」
ガレスは短く答えた。
この人は本当に、無駄な言葉を使わない。
「カリドでの合流先は、後で座標を送る。」
「分かりました。」
そのまま、僕も踵を返してエリナを追う。
「——それと、ジュディ。」
呼び止められる。
まだ用があるのだろうか。
「一人称を変えておけ。」
「……一人称?」
「『僕』はやめておけ。カリドは職人と傭兵が集まる都市だ。初対面で舐められないことが、この世界では重要だぞ。」
「……ご忠告どうも。」
なんだかんだ、ガレスも異世界人である僕を気遣ってくれている。
表情は感じ取りづらいけど、優しい男だった。
——『僕』か。
確かに、この世界に来てからずっとそのままだった。
若い頃は『俺』を使っていたが、いつの間にか社会にでて『私』『僕』の方が使う機会が多かったな。
「……『俺』。」
口の中で、小さく呟いてみた。
なんだか、気恥ずかしかった。
—
送迎の車を降りると、カルディアの夕暮れが広がっていた。
ネオンが、暗くなり始めた空にちらちらと光り始めている。
「カリドか。」
「ええ。砂漠の地下都市ね。」
エルナが歩きながら言った。
「どんな場所なんだ?」
「暑くて、うるさくて、物騒よ。」
「……行ったことはあるみたいだな。」
「何度かね。ろくな思い出がないわ。」
そう言って、エルナは少し肩をすくめた。
「今回の仕事は、『いい思い出』になるといいんだけど。」
その望みは薄そうだ。
なんせ、企業から盗みを働くんだし。
「そういえば、チームで動くのは初めてだな。」
「そうね。カイラ・ドゥーナ。どんな人間かしらね。」
どんな人間か。
ガレスが信頼できると判断した人間だ。
それだけで、ある程度は信用できる気がした。
「まあ、まずは会ってみないとなんともな。」
「そうね。」
しばらく、二人で歩いた。
カルディアの街の音が、遠くから聞こえてくる。
「エルナ。」
「なに?」
「なんだかちょっとワクワクしないか?」
エルナが少しだけ笑った。
「そうね。悪くないわ。」
ネオンが、街に灯り始めていた。
カリドへの旅が、始まろうとしていた。
第十四話、お読みいただきありがとうございました!
本日からいよいよ『第二章「カリド編」』のスタートです。
今回は2つの都市が登場しましたね。
ややこしいですね。僕のせいですね。
ちなみにMANAという企業は略称で、フルネームは「Magic And Neural Architecture(マジック・アンド・ニューラル・アーキテクチャ)」です。
ややこしいですね。これは僕のせいじゃないです。
明日も20:10に更新予定です。
ブクマやコメントをすると、明日10円玉拾えます。
よろしくお願いします!




