第十三話「キムラ・ジュディ 強化計画」
「ジュディ。あなた、弱すぎよ。」
夕食時、突然エルナから言われる。
直球だった。
「……知ってるよ。」
「いえ、想像以上よ。想像以上に弱い。」
エルナは腕を組んで、こちらをまっすぐ見ていた。
ただ事実を言われている。
何も言いかえせないことが悔しい。
「前回の工作員たちのこと、覚えてる?」
「……忘れられるわけないだろ。」
「あいつらはね、あくまでも『工作員』よ。情報収集や潜入が本職で、戦闘はあくまでも手段の一つ。」
「……そうなのか。」
「その道のプロと戦ったら、あなたは確実に死んでいた。工作員程度の相手、魔術防壁を付けていても、肩を撃たれて負傷しているのよ?」
エルナは、もうほぼ完治している僕の左肩を見ている。
反論できなかった。
その通りだから。
「それに——」
エルナが少し間を置いた。
「あなたを一人にしてしまったのは、私の判断ミスでもあった。工作員だとタカをくくって、ジュディなら何とかなると思っていた。それは、ごめんなさい。」
エルナの声色が低い。
本気だということが分かった。
「……いや、あれは仕方なかったと思う。」
「仕方なかった。ね。死んでしまった時も同じことが言える?」
エルナの目が、真剣だった。
「せめて、プロと戦っても死なない方法を身につけるべきよ。」
しばらく黙っていた。
明里と娘のことを思った。
死んでしまっては、元の世界に帰るも何もない。
死んでいるんだから。
「……何から始めればいい?」
エルナは、にっと笑った。
最近、表情が柔らかくなった気がする。
こんな僕でもある程度信頼してくれているのだろうか。
「まず、あなたに魔力があるかどうかをちゃんと確認しましょう。」
—
翌日。
エルナに連れられて、カルディアの路地裏にある小さな店に入った。
『ストーンウェア専門店』
看板は出ているが、入口はやけに狭い。
中に入ると、意外と清潔そうな環境だった。
病院の待合室に近い。
それよりは大分汚いけど。
「いらっしゃいませ……。」
奥から男が出てきた。
ひょろりと背が高く、丸眼鏡をかけている。
三十代くらいだろうか。白衣を着ていた。
男はエルナを見て、一瞬固まった。
「……ま、魔法使い、ですか?」
「そうよ。初めまして。予約をしていたエルナ・クロイツよ。」
エルナが涼しい顔で言う。
すごいな。一瞬でエルナが魔法使いだと見抜いた。
男は少し動揺しながら、それでも接客モードに戻った。
「は、はい。初めまして。えっと、今日はどういった……。」
「この子の魔力測定と、ストーンウェアの相談よ。」
男は、僕をちらりと見た。
「はあ…。ま、魔石の交換ではなく?ストーンウェアを最初から導入ですか?」
「そうよ。今まで、ストーンウェアを入れたことがないのよ。」
「は、はあ……そうですか。それは珍しい……。」
男は何かを言いかけて、また止まった。
心なしか、エルナが苛立っている。
「まずは、測定をお願いできる?」
「あ、はい。えっと、こちらへどうぞ。」
奥に通されると、透明な筒のような装置があった。
血圧測定のような機械だな。
「これに腕を入れてもらえますか。魔力の有無と、大体の量が分かります。」
言われた通りに手を入れる。
装置が低い音を立て、緑色の光が点灯した。
「あ、ありますね。魔力。」
「え、本当に?」
思わず声が出た。
「はい。ただ……かなり微弱ですね。」
男は眼鏡を押し上げながら、数値を確認した。
「この数値だと、ストーンウェアを入れても、使えるレベルの魔術を行使するのは、難し……」
「でも、ゼロじゃないのよね。」
エルナが静かに割り込んだ。
「え、ええ。ゼロではないですが……」
「なら十分。どのストーンウェアが適合するか教えて。」
「あ、はい。えっと、この数値なら、まず肉体との親和性が高いものから始めるのが……その……」
男の言葉が、要領を得ない。
「はっきり言いなさいよ。」
エルナが静かに言った。
でも、声に圧がある。結構キてそうだな…。
「は、はい! えっと、F型のストーンウェアが一番適合率が高いです。まず魔力を外に出す回路を作ることが優先なので、生活補助型のから徐々になれていくのが……」
「それを入れましょう。」
エルナが即断した。
「あ、ただ、今すぐというわけには……F型のストーンウェアを使う人など滅多にないもので…。」
「手続きだけ今日済ませて、装着は後日でいいわ。」
「あ、はい! それなら……」
男はほっとしたような顔をして、書類を取り出した。
エルナは腕を組んだまま、男をじっと見ている。
その視線に耐えられないのか、男の手が少し震えていた。
……エルナ、怖い。
でも、なんだかこの二人のやり取りは見ていて面白かった。
………………。
…………。
……。
手続きを終えて店を出た後、エルナが歩きながら言った。
「一つだけ、教えておくことがあるわ。」
「何?」
「魔術師は、ストーンウェアなしでも、一つだけなら魔術を行使できるの。」
「あー。それね。」
「基本的には四大元素のどれか。火、水、土、風ね。出力は弱いし、日常生活で使えるレベルじゃない。だからみんな、ストーンウェアを使う。でも——」
エルナが途中で話すのを中断した。
目を丸くして、僕を見る。
「……知ってたの?」
「一応これでも、僕なりにこの世界のことを学んでるんだよ。」
いつまでも、エルナに教えてもらうばかりではいけない。
微力かもしれないが、無力じゃない。
少しずつでも進んでいかないと。
「えらいわね。褒めてあげる。」
エルナが、僕の頭に手を伸ばす。
——ッス。
僕はそれを避けた。
「……。」
「……。」
——ジリッ。
なぜだか二人は臨戦態勢。
狩るものと狩られるものの戦いが今——。
「で、でも—。なんなんだ?」
くだらないじゃれ合いはここまでにして本題に戻る。
「……。ストーンウェアの前に、魔力の感覚を掴んでおくのは悪くないわ。ストーンウェアが入った後に、違和感なく行動できるようになる。」
エルナは、訝しげに両手を下ろしながら言う。
「それって、具体的には何をするんだ?」
「まぁ。工房に戻ったら説明する…………わよ!」
エルナに頭を捕獲される。
そのままくしゃくしゃと撫でられた。
南無三。
—
工房に戻ると、エルナが部屋の中央に立った。
「やり方を教えるわ。まず、体の中に魔力が流れている感覚を掴むのよ。」
目を閉じた。
体の中。
何かが流れている感覚。
「……分からない。」
「そりゃ。そーでしょ。」
エルナが近づいてきた。
「手、出して。」
「え?」
僕が手を出す前に、エルナが僕の手を両手で包んだ。
小さくて、温かかった。
「私が今から魔力を少し流すわ。その感覚を覚えて。」
エルナの手から、何かが流れ込んでくる感覚があった。
温かいような、くすぐったいような。
体の中に、細い川が一本できるような感じ。
不思議と心地良かった。
「……あ。」
「感じた?」
「うん。なんか、流れてる。」
「それよ。それが魔力。今度は自分でその流れを作ってみて。」
手を離された。
さっきの感覚を思い出しながら、体の中を探る。
——あった。
ある、のかもしれない。
ごく細い、何かが。
「……これ、か?」
「そう。そのまま、手の先に向かって押し出してみて。」
この細い流れを押し出す。
そういうイメージで。
押し出す。押し出す。押し出す。
………………。
…………。
……。
時間がかかる。
もうダメだろうかと諦めかけた矢先。
——パチッ。
小さな音がした。
指先から、細い光が一瞬走った。
「……え。」
「出たわね。」
エルナの声が、少し違った。
「これ、火かな?」
「……違うわね。」
エルナが黙った。
少しの間があった。
「もう一度やってみて。」
もう一度、同じように。
今度は、すぐに押し出せた。
——パチッ。
また、指先から細い光。
静電気のような、小さな電撃。
「……これって。電気か?」
「ええ。四大元素のどれでもない。」
「それって、まずくないのか?」
「まずくないわよ。例外ではあるけどね。」
エルナの声が、どこかかすれていた。
「——————アルト。」
エルナが、小さく何かを呟いた。
おそらく、人の名前だということは分かった。
「……エルナ?」
振り返ると、エルナに涙が溜まっていた。
「なんでもないわ。」
エルナがさっと顔を背けた。
「ちょっと、目にゴミが入っただけ。」
どう見ても、ゴミじゃなかった。
聞こうとした。
——エルナの背中が、小さく震えていた。
「……そうか。」
それだけにした。
しばらく、部屋が静かだった。
エルナは窓の外を見ていた。
「とにかく。」
エルナが振り返ると、いつもの表情に戻っていた。
「その元素がなんなのかは、追々教えるわ。意識せずとも出せるように訓練することね。」
「……分かった。」
「出力は静電気程度。でも、ゼロじゃない。ゼロじゃないなら、伸びる余地がある。」
エルナはそれだけ言って、端末を取り出した。
もう話は終わりだ、という雰囲気だ。
僕は指先を見た。
——パチッ。
小さな光が、また走った。
これは何に使えるかは、分からない。
ただ、何故か僕の元々いた世界が、遠くなった気がした。
第十三話、お読みいただきありがとうございました!
あらすじで「特別な力はない。魔法の才能もない。」なんて書きましたが……。
すまんな。あれは嘘だ。
今回、ジュディが手に入れたちょっとした力、今後どう使われていくのかご期待ください。
明日からは、いよいよ第二章が開始です!
舞台も広がり、登場人物も増えるかも?(正直ちょっと大変です。)
いつも通り、20:10に更新します。
ブクマやコメントをすると、作者が一発ギャグを披露しますん。
よろしくお願いします!




