第十二話「エルナ魔術工房。空前絶後のグルメブーム」
「うちの娘って、可愛いのよね。」
突然通信が来たと思ったら、
アイラからそんなことを開口一番に言われた。
……え?
なんか、キャラ違くない?
まだそんなにあれから日にち経ってないよな?
「……どうも。こんにちは。」
とりあえず挨拶をする。
画面の向こうのアイラは、以前とは別人のようだった。
髪は整えられていて、目の下の隈もない。
なにより、表情が違う。
あの機械的な、磨耗した感じが消えていた。
「リアがね。昨日初めて冗談を言ったの。」
「……へぇ。どんな?」
「『ママの料理、クマかっちゃんにあげたら元気なくなりそう』って。可愛いでしょ?」
……笑っていいのか?
でも、アイラが笑っているので笑っていいんだろう。
「あはははは!それはなかなか。」
「……何がそんなにおかしいの?」
——ピシャリ。
なんでだよ。笑う流れだったじゃん。
……いや、僕が笑いすぎたのか?
「……失礼。ダンさんとの連絡も取れているんですか?」
「ええ。非正規の回線でね。前みたいに検閲される心配もないから、ちゃんと話せるようになったわ。企業とは別のルートで送金も再開してもらって。」
アイラの目が、少しだけ細くなった。
寂しさと、でも前向きさが混ざったような顔だった。
本当に変わったな、この人。
「色々と、ありがとうございました。」
「いえ。」
お礼を言われるのはいつも少し困る。
でも、今のアイラの顔を見ると、悪い気はしなかった。
「ダンって、かっこいいのよね。すごく。」
「……。そうですね。」
あんなことがあったのに、二人の関係は回復に向かっているらしい。
よかった。と捉えていいんだよな?
「——でね。ダンってば、その後リアに——」
「あの!すみません!」
止まらないアイラのトークを思わず静止する。
このまま惚気を聞いていても悪い気はしないけど、
通話の目的が見えないのはヤキモキする。
「……。なにか御用でしょうか?」
「……こほん。通話したのはね。一つお願いがあるの。」
自分でも喋りすぎていたことを自覚したのか、
アイラは顔を赤くし咳払いをする。
やっと本題だ。
「何でしょう?」
「リアがね。ジュディさんが話してくれたお話の料理が食べたいって言うの。」
お話の料理?
「……ハリーポッチャリー、ですか?」
「そう!それよ。魔法の料理が食べたいって、毎日言うの。ねえリア。」
画面の端から、リアの顔が飛び込んできた。
「ジュディ!!」
「よ、リア。元気そうだな。」
「うん!ねえ、魔法の料理作ってよ!」
……遠慮がない。
けど、その可愛らしさが今はとても嬉しかった。
「何が食べたいんだ?」
「なんでもいいよ!美味しいやつなら!」
「……なんでもいいのか?」
なんだ?
何か違和感があった。
「ママに、作り方教えてあげてほしいな…。」
「!」
こ、この子!策士!
先程、アイラとの会話から事情を察する。
リアは多分、アイラの料理を改善させようとしている。
……それも、おそらくは無自覚に。
「わかったよ。リア。料理と…。あとメニューを持っていくのでいいか?」
ぱぁー。
リアの表情が太陽のように輝く。
可愛い。
「うん!早く!みんなで食べたいな!」
—
通信を切った後、後ろでエルナが腕を組んでいた。
「何作るつもり?」
「ラタトゥユ。」
この世界にくる直前に、夕飯として作ったレシピだ。
唯一、新鮮なレシピが頭に入っている。
ハリー・ポッチャリーにも母親の手料理として登場する。
なにより簡単だ。
「……らたとぅゆ?」
「野菜の煮込み料理だよ。トマトとズッキーニとナスとか使って。」
「……へぇ。ラタトゥユ、ねぇ。」
エルナの首が傾く。
「この世界にあるのかしら。」
「それを調べないといけない。」
「食材は?トマトとズッキーニと、なんだっけ?」
「……ん?待って、エルナ。」
「何よ?」
「食材、分かるのか?」
「……バカにしてる?」
そういうことじゃない。
僕が疑問を持ったのは、食材の名前だ。
同じ食材が、同じ名前として存在している違和感。
エルナが、不服そうにこちらを見ているのに気づく。
「いや、違う世界でも、食材の名前が通じるのがなんか意外で。」
「あ~。確かに言われてみればそうね。でも、まぁ不思議なことでもないわ。」
「そうなの?」
「私とあなた、会話出来てるじゃない。」
納得したような、できないような…。
思い返せば、街にある広告や、端末に表示される言語は全て僕でも理解できた。
日本語ではなかったが。
「まぁ、今は転移に関してあれこれ考えるのはやめましょ。」
「……。それも、そうか。」
「そ。どうせ分からないことに時間を使うのも、勿体ないしね。」
エルナのこういうカラっとしたところは素直に尊敬できるな。
僕は結構、一つ一つ足を止めてしまうタイプだから見習わないと。
「それで、食材は何なのよ。」
「ちょっと待ってね。今から食材を言うから、エルナが理解できるか教えてほしい。」
「まず、トマトはあるか?」
「あるわね。」
「ナスは?」
「それもあるわ。」
「ズッキーニ。」
「聞いたことあるわね。使ったことないけど。」
「玉ねぎ。」
「あるわ。」
「にんにく。」
「え、にんにく入れるの?」
「オリーブオイル。」
「植物由来の油でしょ?あるわ。」
「コンソメスープの素。」
「…………。」
ここで、エルナが少しだけ静止する。
流石に調味料の類はないのだろうか。
「あるわね。」
ガクッ。
え?あるの?
ここまで一緒だと、逆にないものを探したくなる。
なんだ、なさそうなもの。何かないか。
エルナは素直に待っている。
こうやって見ると、本当、顔立ちが整っていて綺麗だな。
「めんつゆ。」
今回の料理では使わないが、捻り出した渾身の一手。
さあ、どう出る。
「……。あるわよ。」
完敗。
僕の、完全な敗北だった。
「あるな。全部ある。」
「へぇ。まさか調味料まで一緒とはね。」
「なんか拍子抜けだよな。」
『元いた世界に近い食材を求めて』みたいなことになるかもと、少しワクワクしたのだが。
今回は、買い出しに行くだけで良さそうだ。
「エルナ、一緒に来てくれるか?すでに家にある食材とか分からなくて。」
「しょうがないわね。」
口ではそう言いながら、エルナはすでに外套を羽織っていた。
彼女、ノリノリであった。
—
カルディアの市場は、昼過ぎでも活気があった。
魔力で動く冷蔵装置が並ぶ食材屋。
空中に浮かんだ看板がくるくると回っている。
いい匂いがそこかしこからしてくる。
ただ……。
『SAYカツ~♪ SAYカツ~♪ 生活工房~♪』
この店内BGMはなんなんだ?
なんだか地元の安心感と、ロケーションの不穏感で情緒がおかしくなりそうだ。
「なあ、エルナ。」
「何?」
「この店内に流れてる音楽ってさ…。」
「気になるの?」
エルナはすでに慣れているのか、きょとんとしている。
なんとなく、あたりを付けて僕に説明を始めてくれた。
「フィーレって都市に根を張る企業の名前よ。」
「この『生活工房』っていうのが?」
「そうよ。」
「なんか、変わってるな。」
「確かに、企業名って感じはしないかもね。」
「変だよ。」
「知らないわよ…。」
「やっぱり変だって。」
「しつこい!」
会話もそこそこに、食材の物色を開始する。
見つけたものをエルナに確認を取りながら、手元に収めていく。
トマトを手に取ったところで、エルナに静止された。
「まって。」
「新鮮なものはこっちよ。」
エルナがすっと別の棚から取った。
確かにこちらの方が艶がある。
「分かるのか?」
「料理するんだから当然でしょ。」
……エルナ、料理するんだ。
意外だった。
というか、この世界に来てまともな料理というものを食べていなかった。
エルナから差し出されるのはレーションのようなものと、栄養ゼリーのようなもの。
あとは殆ど外食だった。
「本当に、料理できるのか?」
「できるわよ。あなたは?」
「まあそれなりには。」
「じゃあ、今日は私が教えてあげるわ。」
なぜ教わる立場になっているんだ。
僕が提案した料理なのに。
「……いや、僕が作るよ。」
「あなた、まだ肩が完治していないでしょ。」
……確かに。
左肩はまだ少し痛む。
「じゃあ、一緒に作ろう。」
「まぁ、それでいいわ。」
エルナはそれだけ言って、次の食材を手に取った。
その動きが、妙に慣れていた。
—
初めて入ったエルナの厨房は、思ったより広かった。
石造りのかまどに、魔力で温度調整できる装置がついている。
最低限の道具も整っていそうだ。
エルナは、髪を後ろに束ねて腕の裾をまくっていた。
さて、調理開始だ。
「まず野菜を切ろう。」
エルナが包丁を手に取った。
その動きが、あまりにも様になっていた。
「……エルナ、料理できるんだな。」
「さっきそう言ったわよね?」
「なんか、意外。変だよ。」
「あん?」
エルナにキッと睨まれる。
怖いと思った。
「なんとなく料理しないイメージがあって。」
「…………別に、生きるのに必要だっただけよ。」
生きるのに必要だっただけ。
その言葉が、なんだかひどく冷たく聞こえた。
よくよく考えれば、僕はエルナのことを何一つしらなかった。
今度、ちゃんと話してみよう。
「あなたは、その、なんだけ。ズッキーニをお願い。」
「了解。」
二人で並んで野菜を切る。
エルナの包丁さばきは無駄がなかった。
「エルナ、上手いな。」
「ふふ。あなたも悪くないわよ。」
褒め合いながら野菜を切っている状況が、なんとなく可笑しかった。
油を温めて、にんにくを炒める。
香りが厨房に広がった。
「いい匂いね。」
エルナが小さく言った。
「だろ。ここからが大事なんだ。」
玉ねぎを加えて、透き通るまで炒める。
そこに他の野菜を順番に入れていく。
「火加減はこのくらいでいいの?」
「もう少し弱めて。じっくり煮込むんだ。」
「……詳しいのね。」
「この世界に来る、前の晩に作った料理だからな。」
「……そう。」
少しだけ、エルナが申し訳なさそうにこちらを見る。
そんな顔をしないでほしい。と思った。
「……そういえばさ。」
少し明るいトーンで会話をひねり出す。
「ハリー・ポッチャリーには後日談があるんだよ。」
「何よ急に。別に興味ないわ。大して聞いてなかったし。」
絶対聞いてたくせに。
まあいい。
「ハリーの息子が主役でな。もっと色んな料理が出てくる。」
「へぇ。どんなものが出てくるの?」
「本編よりもスケールがデカくてな。食べると口からナメクジが止まらなくなったり、1時間だけ透明になれたり、色々な料理が出てくるよ。」
「……面白いわね。」
素直に言った。
珍しく。
「でも、今作ってるのは普通の料理ね。」
「魔法の料理は再現できないからな。美味しくなるように、祈るのが精一杯だ。」
「ふふ、きっとそれで十分よ。」
煮込みながら、二人でしばらく黙っていた。
厨房に野菜の煮える音だけが響いていた。
悪くない時間だった。
—
アイラの家の扉を、鍋を持ってノックした。
扉が開いた瞬間、リアが飛び出してきた。
「ジュディ!エルナ!来た!!」
「おう。約束通り来たぞ。」
「すごい!いい匂いする!!」
リアがぴょんぴょん跳ねている。
本当に元気になったな、この子。
アイラが扉の奥から顔を出した。
「いらっしゃい。わざわざ来てくれたの?」
「えぇ、わざわざお呼びするのもどうかと思って。」
「ありがとう。どうぞ、上がって?」
部屋に入ると、前より明るかった。
窓が開いていて、風が入ってくる。
テーブルの上に花が飾ってあった。
小さなことだけど、確かに変わっていた。
「ダンさんとも最近話せてるって言ってましたね。」
「ええ。昨日も話したわ。リアのこと、色々報告して。」
アイラが少し照れたように笑った。
「リア、ダンさんに何か言ったの?」
「内緒。」
リアがにんまりする。
テーブルに鍋を置いて、器に盛り付けた。
湯気が上がって、野菜の甘い匂いが部屋に広がる。
「これ、なんて料理?」
「ラタトゥユっていう料理だよ。」
「食べると笑いが止まらなくなる?」
「ごめんね。魔法はかかってないんだ。」
「空飛べる?」
「それもない。」
リアがうーんと唸る。
「美味しい?」
「うん。それは保証するよ。」
「せっかくだし、みんなで食べない?」
アイラがそう提案してくれる。
僕達は、お言葉に甘えることにした。
………………。
…………。
……。
四人でテーブルを囲んだ。
リアが一口食べて、目を丸くした。
「……甘い。」
「野菜の甘さだよ。」
「なんか、じわじわくる。」
アイラも口に運んだ。
少し間があった。
「……美味しい。本当に。」
素直な言葉だった。
エルナも黙って食べている。
その横顔が、どこか満足そうだった。
「エルナも作ったの?」
「えぇ、一緒に作ったわ。」
そんな二人の会話を尻目に、アイラが声をかけてくる。
「ジュディ。」
「はい?」
「私は、『親をやれ』ているかしら?」
「……。」
少しだけ考え、ただ思ったことを伝える。
「今は、まだ分かりません。きっと、答えが出るのはもっともっと先の話ですよ。」
「……。そうね。なんだかあなた、大人だわ。すごく。」
それは、すみません。
ただ、話せば長くなるのでここは黙っておくことにした。
「ねぇ!」
リアが突然、声をかけてくる。
「エルナとジュディ、どっちがお料理上手いの?」
「僕かな」「私ね」
声がハモリ、お互いの視線がパチリと火花を散らす。
なんでぇ。てやんでぇ。べらぼーめ。
こちら、今流行りの『お料理男子』ぞ?
そのへんの小娘に負けるかってんでぃ。
「……ジュディ。今度白黒つけましょうか。」
「……エルナ。いいのか?白黒つけて。現実を突きつけられて凹んだりしない?」
「あら?面白そう。私も参戦していい?」
「わたしも!」
リアがくふふと笑った。
窓から風が入ってきた。
カルディアの街の音が、遠くから聞こえてくる。
悪くない午後だった。
——必ず帰る。
その言葉がふと頭をよぎった。
でも今この瞬間は、ここにいてよかったと思った。
第十二話、お読みいただきありがとうございました!
最近、あとがきを書くのが楽しいことに気づきまして、
今後書いて行こうと思います。(邪魔だったら言ってね。ごめんね。)
今回は、ほのぼの回でした。
アイラは意外と天然な母親なんです。
ちなみ作者、ラタトゥユは作れませんし、作ろうとも思っておりません。
でも美味しいですよね。
次回、間章のラスト。明日も20:10にお会いしましょう。
ブクマやコメントをすると、あなたは『この世界で一人は確実に幸せにした』という称号が得られます。
よろしくお願いします!




