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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界に召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
間章

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13/15

第十二話「エルナ魔術工房。空前絶後のグルメブーム」

「うちの娘って、可愛いのよね。」


突然通信が来たと思ったら、

アイラからそんなことを開口一番に言われた。


……え?

なんか、キャラ違くない?

まだそんなにあれから日にち経ってないよな?


「……どうも。こんにちは。」


とりあえず挨拶をする。

画面の向こうのアイラは、以前とは別人のようだった。

髪は整えられていて、目の下の隈もない。

なにより、表情が違う。

あの機械的な、磨耗した感じが消えていた。


「リアがね。昨日初めて冗談を言ったの。」

「……へぇ。どんな?」

「『ママの料理、クマかっちゃんにあげたら元気なくなりそう』って。可愛いでしょ?」


……笑っていいのか?

でも、アイラが笑っているので笑っていいんだろう。


「あはははは!それはなかなか。」

「……何がそんなにおかしいの?」


——ピシャリ。

なんでだよ。笑う流れだったじゃん。

……いや、僕が笑いすぎたのか?


「……失礼。ダンさんとの連絡も取れているんですか?」

「ええ。非正規の回線でね。前みたいに検閲される心配もないから、ちゃんと話せるようになったわ。企業とは別のルートで送金も再開してもらって。」



アイラの目が、少しだけ細くなった。

寂しさと、でも前向きさが混ざったような顔だった。

本当に変わったな、この人。


「色々と、ありがとうございました。」

「いえ。」


お礼を言われるのはいつも少し困る。

でも、今のアイラの顔を見ると、悪い気はしなかった。


「ダンって、かっこいいのよね。すごく。」

「……。そうですね。」


あんなことがあったのに、二人の関係は回復に向かっているらしい。

よかった。と捉えていいんだよな?


「——でね。ダンってば、その後リアに——」

「あの!すみません!」


止まらないアイラのトークを思わず静止する。

このまま惚気を聞いていても悪い気はしないけど、

通話の目的が見えないのはヤキモキする。


「……。なにか御用でしょうか?」

「……こほん。通話したのはね。一つお願いがあるの。」


自分でも喋りすぎていたことを自覚したのか、

アイラは顔を赤くし咳払いをする。

やっと本題だ。


「何でしょう?」

「リアがね。ジュディさんが話してくれたお話の料理が食べたいって言うの。」


お話の料理?


「……ハリーポッチャリー、ですか?」

「そう!それよ。魔法の料理が食べたいって、毎日言うの。ねえリア。」


画面の端から、リアの顔が飛び込んできた。


「ジュディ!!」

「よ、リア。元気そうだな。」

「うん!ねえ、魔法の料理作ってよ!」


……遠慮がない。

けど、その可愛らしさが今はとても嬉しかった。


「何が食べたいんだ?」

「なんでもいいよ!美味しいやつなら!」

「……なんでもいいのか?」


なんだ?

何か違和感があった。


「ママに、作り方教えてあげてほしいな…。」

「!」


こ、この子!策士!

先程、アイラとの会話から事情を察する。

リアは多分、アイラの料理を改善させようとしている。

……それも、おそらくは無自覚に。


「わかったよ。リア。料理と…。あとメニューを持っていくのでいいか?」


ぱぁー。

リアの表情が太陽のように輝く。

可愛い。


「うん!早く!みんなで食べたいな!」







通信を切った後、後ろでエルナが腕を組んでいた。


「何作るつもり?」

「ラタトゥユ。」


この世界にくる直前に、夕飯として作ったレシピだ。

唯一、新鮮なレシピが頭に入っている。

ハリー・ポッチャリーにも母親の手料理として登場する。

なにより簡単だ。


「……らたとぅゆ?」

「野菜の煮込み料理だよ。トマトとズッキーニとナスとか使って。」

「……へぇ。ラタトゥユ、ねぇ。」


エルナの首が傾く。


「この世界にあるのかしら。」

「それを調べないといけない。」

「食材は?トマトとズッキーニと、なんだっけ?」

「……ん?待って、エルナ。」

「何よ?」

「食材、分かるのか?」

「……バカにしてる?」


そういうことじゃない。

僕が疑問を持ったのは、食材の名前だ。

同じ食材が、同じ名前として存在している違和感。

エルナが、不服そうにこちらを見ているのに気づく。


「いや、違う世界でも、食材の名前が通じるのがなんか意外で。」

「あ~。確かに言われてみればそうね。でも、まぁ不思議なことでもないわ。」

「そうなの?」

「私とあなた、会話出来てるじゃない。」


納得したような、できないような…。

思い返せば、街にある広告や、端末に表示される言語は全て僕でも理解できた。

日本語ではなかったが。


「まぁ、今は転移に関してあれこれ考えるのはやめましょ。」

「……。それも、そうか。」

「そ。どうせ分からないことに時間を使うのも、勿体ないしね。」


エルナのこういうカラっとしたところは素直に尊敬できるな。

僕は結構、一つ一つ足を止めてしまうタイプだから見習わないと。


「それで、食材は何なのよ。」

「ちょっと待ってね。今から食材を言うから、エルナが理解できるか教えてほしい。」


「まず、トマトはあるか?」

「あるわね。」

「ナスは?」

「それもあるわ。」

「ズッキーニ。」

「聞いたことあるわね。使ったことないけど。」

「玉ねぎ。」

「あるわ。」

「にんにく。」

「え、にんにく入れるの?」

「オリーブオイル。」

「植物由来の油でしょ?あるわ。」

「コンソメスープの素。」

「…………。」


ここで、エルナが少しだけ静止する。

流石に調味料の類はないのだろうか。


「あるわね。」


ガクッ。

え?あるの?

ここまで一緒だと、逆にないものを探したくなる。

なんだ、なさそうなもの。何かないか。

エルナは素直に待っている。

こうやって見ると、本当、顔立ちが整っていて綺麗だな。


「めんつゆ。」


今回の料理では使わないが、捻り出した渾身の一手。

さあ、どう出る。


「……。あるわよ。」


完敗。

僕の、完全な敗北だった。


「あるな。全部ある。」

「へぇ。まさか調味料まで一緒とはね。」

「なんか拍子抜けだよな。」



『元いた世界に近い食材を求めて』みたいなことになるかもと、少しワクワクしたのだが。

今回は、買い出しに行くだけで良さそうだ。


「エルナ、一緒に来てくれるか?すでに家にある食材とか分からなくて。」

「しょうがないわね。」


口ではそう言いながら、エルナはすでに外套を羽織っていた。

彼女、ノリノリであった。








カルディアの市場は、昼過ぎでも活気があった。

魔力で動く冷蔵装置が並ぶ食材屋。

空中に浮かんだ看板がくるくると回っている。

いい匂いがそこかしこからしてくる。

ただ……。


『SAYカツ~♪ SAYカツ~♪ 生活工房~♪』


この店内BGMはなんなんだ?

なんだか地元の安心感と、ロケーションの不穏感で情緒がおかしくなりそうだ。


「なあ、エルナ。」

「何?」

「この店内に流れてる音楽ってさ…。」

「気になるの?」


エルナはすでに慣れているのか、きょとんとしている。

なんとなく、あたりを付けて僕に説明を始めてくれた。


「フィーレって都市に根を張る企業の名前よ。」

「この『生活工房』っていうのが?」

「そうよ。」

「なんか、変わってるな。」

「確かに、企業名って感じはしないかもね。」

「変だよ。」

「知らないわよ…。」

「やっぱり変だって。」

「しつこい!」


会話もそこそこに、食材の物色を開始する。

見つけたものをエルナに確認を取りながら、手元に収めていく。

トマトを手に取ったところで、エルナに静止された。


「まって。」

「新鮮なものはこっちよ。」


エルナがすっと別の棚から取った。

確かにこちらの方が艶がある。


「分かるのか?」

「料理するんだから当然でしょ。」


……エルナ、料理するんだ。

意外だった。


というか、この世界に来てまともな料理というものを食べていなかった。

エルナから差し出されるのはレーションのようなものと、栄養ゼリーのようなもの。

あとは殆ど外食だった。


「本当に、料理できるのか?」

「できるわよ。あなたは?」

「まあそれなりには。」

「じゃあ、今日は私が教えてあげるわ。」


なぜ教わる立場になっているんだ。

僕が提案した料理なのに。


「……いや、僕が作るよ。」

「あなた、まだ肩が完治していないでしょ。」


……確かに。

左肩はまだ少し痛む。


「じゃあ、一緒に作ろう。」

「まぁ、それでいいわ。」


エルナはそれだけ言って、次の食材を手に取った。

その動きが、妙に慣れていた。







初めて入ったエルナの厨房は、思ったより広かった。

石造りのかまどに、魔力で温度調整できる装置がついている。

最低限の道具も整っていそうだ。


エルナは、髪を後ろに束ねて腕の裾をまくっていた。

さて、調理開始だ。


「まず野菜を切ろう。」


エルナが包丁を手に取った。

その動きが、あまりにも様になっていた。


「……エルナ、料理できるんだな。」

「さっきそう言ったわよね?」

「なんか、意外。変だよ。」

「あん?」


エルナにキッと睨まれる。

怖いと思った。


「なんとなく料理しないイメージがあって。」

「…………別に、生きるのに必要だっただけよ。」


生きるのに必要だっただけ。

その言葉が、なんだかひどく冷たく聞こえた。

よくよく考えれば、僕はエルナのことを何一つしらなかった。

今度、ちゃんと話してみよう。


「あなたは、その、なんだけ。ズッキーニをお願い。」

「了解。」


二人で並んで野菜を切る。

エルナの包丁さばきは無駄がなかった。


「エルナ、上手いな。」

「ふふ。あなたも悪くないわよ。」


褒め合いながら野菜を切っている状況が、なんとなく可笑しかった。

油を温めて、にんにくを炒める。

香りが厨房に広がった。


「いい匂いね。」


エルナが小さく言った。


「だろ。ここからが大事なんだ。」


玉ねぎを加えて、透き通るまで炒める。

そこに他の野菜を順番に入れていく。


「火加減はこのくらいでいいの?」

「もう少し弱めて。じっくり煮込むんだ。」

「……詳しいのね。」

「この世界に来る、前の晩に作った料理だからな。」

「……そう。」


少しだけ、エルナが申し訳なさそうにこちらを見る。

そんな顔をしないでほしい。と思った。


「……そういえばさ。」


少し明るいトーンで会話をひねり出す。


「ハリー・ポッチャリーには後日談があるんだよ。」

「何よ急に。別に興味ないわ。大して聞いてなかったし。」


絶対聞いてたくせに。

まあいい。


「ハリーの息子が主役でな。もっと色んな料理が出てくる。」

「へぇ。どんなものが出てくるの?」

「本編よりもスケールがデカくてな。食べると口からナメクジが止まらなくなったり、1時間だけ透明になれたり、色々な料理が出てくるよ。」

「……面白いわね。」



素直に言った。

珍しく。


「でも、今作ってるのは普通の料理ね。」

「魔法の料理は再現できないからな。美味しくなるように、祈るのが精一杯だ。」

「ふふ、きっとそれで十分よ。」


煮込みながら、二人でしばらく黙っていた。

厨房に野菜の煮える音だけが響いていた。

悪くない時間だった。







アイラの家の扉を、鍋を持ってノックした。

扉が開いた瞬間、リアが飛び出してきた。


「ジュディ!エルナ!来た!!」

「おう。約束通り来たぞ。」

「すごい!いい匂いする!!」


リアがぴょんぴょん跳ねている。

本当に元気になったな、この子。

アイラが扉の奥から顔を出した。


「いらっしゃい。わざわざ来てくれたの?」

「えぇ、わざわざお呼びするのもどうかと思って。」

「ありがとう。どうぞ、上がって?」


部屋に入ると、前より明るかった。

窓が開いていて、風が入ってくる。

テーブルの上に花が飾ってあった。

小さなことだけど、確かに変わっていた。


「ダンさんとも最近話せてるって言ってましたね。」

「ええ。昨日も話したわ。リアのこと、色々報告して。」


アイラが少し照れたように笑った。


「リア、ダンさんに何か言ったの?」

「内緒。」


リアがにんまりする。

テーブルに鍋を置いて、器に盛り付けた。

湯気が上がって、野菜の甘い匂いが部屋に広がる。


「これ、なんて料理?」

「ラタトゥユっていう料理だよ。」

「食べると笑いが止まらなくなる?」

「ごめんね。魔法はかかってないんだ。」

「空飛べる?」

「それもない。」


リアがうーんと唸る。


「美味しい?」

「うん。それは保証するよ。」

「せっかくだし、みんなで食べない?」


アイラがそう提案してくれる。

僕達は、お言葉に甘えることにした。


………………。

…………。

……。


四人でテーブルを囲んだ。

リアが一口食べて、目を丸くした。


「……甘い。」

「野菜の甘さだよ。」

「なんか、じわじわくる。」


アイラも口に運んだ。

少し間があった。


「……美味しい。本当に。」


素直な言葉だった。

エルナも黙って食べている。

その横顔が、どこか満足そうだった。


「エルナも作ったの?」

「えぇ、一緒に作ったわ。」


そんな二人の会話を尻目に、アイラが声をかけてくる。


「ジュディ。」

「はい?」

「私は、『親をやれ』ているかしら?」

「……。」


少しだけ考え、ただ思ったことを伝える。


「今は、まだ分かりません。きっと、答えが出るのはもっともっと先の話ですよ。」

「……。そうね。なんだかあなた、大人だわ。すごく。」


それは、すみません。

ただ、話せば長くなるのでここは黙っておくことにした。


「ねぇ!」


リアが突然、声をかけてくる。


「エルナとジュディ、どっちがお料理上手いの?」

「僕かな」「私ね」


声がハモリ、お互いの視線がパチリと火花を散らす。

なんでぇ。てやんでぇ。べらぼーめ。

こちら、今流行りの『お料理男子』ぞ?

そのへんの小娘に負けるかってんでぃ。


「……ジュディ。今度白黒つけましょうか。」

「……エルナ。いいのか?白黒つけて。現実を突きつけられて凹んだりしない?」

「あら?面白そう。私も参戦していい?」

「わたしも!」


リアがくふふと笑った。


窓から風が入ってきた。

カルディアの街の音が、遠くから聞こえてくる。

悪くない午後だった。


——必ず帰る。


その言葉がふと頭をよぎった。

でも今この瞬間は、ここにいてよかったと思った。





第十二話、お読みいただきありがとうございました!


最近、あとがきを書くのが楽しいことに気づきまして、

今後書いて行こうと思います。(邪魔だったら言ってね。ごめんね。)


今回は、ほのぼの回でした。

アイラは意外と天然な母親なんです。


ちなみ作者、ラタトゥユは作れませんし、作ろうとも思っておりません。

でも美味しいですよね。


次回、間章のラスト。明日も20:10にお会いしましょう。

ブクマやコメントをすると、あなたは『この世界で一人は確実に幸せにした』という称号が得られます。


よろしくお願いします!

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