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手記 5 ――解読者――

手記 5 ――解読者――


〈地球暦換算:接触後 第二百十日〉


破綻は、思いもよらない方向から来た。

地球側の交渉チームに、一人の女が加わった。言語学者ではない。外交官でもない。肩書きは「音楽即興演奏家」とかいう、およそ外交の場にふさわしくない代物だった。

名前はサラ・コーエンという。

彼女は交渉の場に同席し、何も発言せず、ただ聞いていた。我々の代表団の発言を。私の通訳を。その目は閉じられていることが多く、彼女がいったい何をしているのか、最初は誰にもわからなかった。

三日後、彼女は地球側の主任交渉官に一通のメモを渡した。

私はそのメモの内容を知らない。だが、その直後から交渉官の態度が変わった。私への視線が変わった。信頼から、観察へ。観察から、疑念へ。


* * *


コーエンが何をしたのか、後になってわかった。

彼女は音を聞いていたのだ。意味ではなく、音そのものを。即興演奏家として訓練された耳で、我々の代表団が発する音素のパターンを、何の先入観もなく、純粋な音響現象として聴取していた。

そして彼女は気づいた。我々の代表団の発言には、同じ音の組み合わせが一度も繰り返されていないことに。数時間にわたる交渉の中で、一度たりとも。

「これは言語ではない」と彼女は最初に思ったそうだ。「いや、これは我々とはまったく異なる原理の言語だ」と次の瞬間に思い直した。

音楽家にとって、即興演奏とは二度と同じフレーズを弾かないことだ。同じフレーズを繰り返した瞬間、それは即興ではなくなる。彼女はその原理を、我々の言語に見出した。

そこから先は早かったと聞いている。

もし我々の言語が一回性を原則とするなら、通訳であるヴェルの地球語翻訳を、原文と照合する方法があるはずだ。音素の新規性パターンと、翻訳の意味内容の対応関係を検証すればいい。

彼らはそれをやった。そして、私の翻訳が原文と著しく乖離していることを突き止めた。


* * *


追及の場は、静かだった。

地球側もゾラク大使も同席する中で、私は問われた。なぜ誤訳を行ったのか。誰の指示か。目的は何か。

大使の顔を見ることができなかった。大使は母星語で、一度きりの、美しい言葉で問いかけてきた。私にはその美しさが聞こえた。かつてのように、明瞭に。だが、それに応える新しい言葉が、私の中から出てこなかった。

私は地球語で答えた。

「地球人が悪いのです」と。「この星の言語環境が私を汚染したのです」と。「私は被害者です」と。

同じ言い訳を、同じ構文で、何度も繰り返した。

大使は目を閉じた。長い沈黙の後、母星語で一言だけ述べた。それは私がかつて聞いたことのない音の組み合わせだった。一度きりの、新しい言葉。だが、その意味は古くから知っているものだった。

「おまえは、もう、我々ではない」

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