第2話 ひよりと初詣
初詣回となります。
俺は3号、ひより担当だ。今、振袖の着付けが行われている。マナが初詣に行こうといって先に連れて行ってくれた先が、着物の衣装屋さんだった。忙しい中だが、どうやらE&S傘下のお店らしく、マナの貸し切りだった。この初詣も自分会議をした後、急遽参加したものだから、俺は着替えずに済むだろうとおもっていたが、今や振袖を着るタイミングまで来ている。髪までセットしてもらって、もう後に引けない状況だ。
「僕はあまり派手じゃないのでお願いします」
そんな事を言う俺に対して、着付けをしてくれているお姉さんが、なるべくシンプルな振袖を選んできてくれる。俺は仕方ないと服を脱ぎ始める。
「お客様は、胸元がふっくらされているから、少し補正いたしますね。何か気になるところはございますか?」
俺が変身しているひよりは、髪型などがボーイッシュな割に、豊満なプロポーションだ。作業着なんかを着ると目立つし、太って見える。ワンサイズ大きくするとなんだか不格好。
外向きの顔として演じているひより女史の時は、スーツの前が窮屈そうになるのは日常だ。
「いつも着ている作業着は膨らんで…気になるというか」
俺の言葉にお姉さんが、すごく頷いてくる。
「大丈夫ですよ。振袖だと、帯の位置や補正で、すっきりと整えることができます。お任せください」
いっそのことガッチリと胸のふくらみを抑えてもらってもいいんだけど…。
「分かった。でも、振袖は初めてで…」
そもそも女性の着物だし、俺が振袖を着ることになるとは感慨深い。この前、フレイヤたちが浴衣を着ていたそうだが、俺としてはそれが女装かつ和装の初めてだ。
「胸元が豊かな方は、背中に重心を持たせて、帯揚げを高めにすることで、全体のバランスが整いますね」
そんな事を教えてもらいながら、着始める。下着を付け替えて長襦袢を着るころにはなんだか様になってくる。選んでもらった振袖を羽織るとすっかり不安はなくなった。姿見に映った少女はとても可愛い。マナは、着付けをおさらいしてもらいながら梅の花の咲く振袖を着終わっている。フレイヤは、華やかな牡丹が目立つ振袖を着せてもらっており、2人の担当さんが頑張っている。メルといえば、青が基調で椿の花があしらわれている振袖を着せてもらい、くるくると袖を振って笑顔を振りまいている。
「メルちゃんもひよりちゃんも可愛いわ。いっぱい写真とろ? あ、でも、公開用じゃないやつね。公開用のやつは、フレイヤとメルちゃんとあたしでとるから、ひよりちゃんは大丈夫だよ」
可愛いを連呼するマナも相当可愛く振袖を着こなしていると思う。純粋な女性という枠でいえば、マナ一人だけなわけだ。
ようやく着終えたフレイヤがその場に加わる。
「フレイヤさんのプロポーションに着付ける方法ですけど、今朝インバウンドでこられた団体さんの着付けが参考になりました」
フレイヤの着付けをしていた女性がやり切ったという感じで汗をぬぐっている。
「感謝するわ。みなさん、お待たせしたわ」
それを合図にしたかのように、マナが早速写真を撮り始める。動画も撮ったりしているので、これらもSNSに載せるんだろう。
「フレイヤ、すごく似合う。髪も素敵。炎柄の簪も髪色に合ってる。あたし、GJ」
なんでも、年末にマナ自身が探してきた物らしい。しかし、フレイヤとメルだけじゃなく、今日は行かない予定だったひよりの簪まで買ってくるところは、マナの素敵なところだ。
「では、そろそろ、辰巳さんと金子さんが迎えにきてくれてるから行きましょうか」
その後、着物をきた女子たちでワイワイと外に出ると、金子さんが待っていた。
「ほー、これはこれは。華やかな一行だ」
金子さんはニコニコとしていおり、新年の挨拶を交わす。路上に停めてある車の運転席には辰巳さんが乗っている。
「さぁ、お嬢さん方、熱田まで少し歓談をして、お寛ぎください」
初詣の目的地は熱田神宮だ。名古屋でも初詣の人気スポットのため、車で乗り付けるのは、なかなかハードなコースだ。しかし、ギルドからの計らいで、近くのギルドの契約駐車場を使えることになっている。
車を降りると、強面の辰巳さんと金子さんが俺たち4人を挟むように歩く。さすが現役探索者だけあって凄みがある。
周囲に着物姿の人も多いとは言え、フレイヤをはじめとして俺たちは目立つ。若い男性グループは露骨にこちらを凝視してくる。気持ちはわかるから気にしない。しかし、カップルで来ている男性がフレイヤやメルに目を奪われるのは良くない。危うく痴話喧嘩に発展しそうになるのを見ると相手の女の子に申し訳ない気持ちになる。いま女子だからだろうか、相手の着飾ってがんばって来ているだろう女の子にもっと目を向けてやってほしいと思う。ほんと、あの髪に何時間かけてると思うんだ。俺はプロにやってもらっても30分もかかったんだぞ?
そんな周りの観察をしていると、メルからお腹の音が聞こえる。
「メルはたこ焼きの屋台がきになるの」
「なんだかお腹すいちゃいましたね」
マナもたこ焼きの屋台を眺めている。
「フフ、屋台がたくさんあるわね」
「おいおい、先に参ってからがいいんじゃないか?」
辰巳さんがもっともな事を言ってくる。
「でも、着付けでお腹が空いちゃったの」
メルはお腹を押さえて訴えかける。
「仕方ねーな。俺が買ってきてやるよ」
辰巳さんがそういうが、マナが止める。
「フレイヤたちと初めての初詣なので、あたしたちが買いに行きますよ」
辰巳さんはため息1つ吐く。
「なんか娘見てるみたいで動いちまった。お節介だったな、すまん。楽しんでくれ」
辰巳さんもすでに成人している娘さんがいたよな。パパさんモードになっていたか。そこで、ふと思い出す。
「そう言えば、僕聞きたかったんだ。幸子さんは順調なの?」
俺がそう聞くと、辰巳さんはニコニコ顔で答えてくれる。
「あぁ、悪阻がおさまって、なんでも食べてるな。でも、腹も出てこないし太らないしで心配してたんだがな。筋肉がつきすぎてると、腹が前になかなか突き出さないそうだ」
悪阻の間にもモウミョウの肉は食べられたなど近況を話しているうちにメルとマナとフレイヤが戻ってきた。
「おまけしてくれたの」
笑顔でメルが戦果を伝えてくる。同じ値段で倍のたこ焼きをくれたらしい。アイドルにでもなれそうな見た目で、大須や栄にある数々の屋台やお店からオマケを搾り取ってきた美少女がそこにはいた。あぁ、恐ろしい子。
そういう俺も、ひよりの姿で食べに行くと、デザートのおまけがついたりすることが多い。
たこ焼きを食べるために歩行者天国内のベンチに向かうと、ちょうど同じように買ったものを食べようと近づいてきた集団とお見合いしてしまう。
「あ、すみません。どうぞ」
「え、いえ、どうぞ」
日本人的な譲り合いが発生してしまう。その人は日本人だろうが、後ろに控えているのは体格のいい外人さんたちだ。たぶん、探索者じゃないかな?
「あれ? 川岸くんじゃないか」
辰巳さんが声をかける。
「え、辰巳さん? え、後ろの方はエバーヴェイルの方々?」
「オフだからね、声は小さくね」
辰巳さんがそういうと、再びすみませんと彼は平謝りしてくる。そこで辰巳さんからお互いに自己紹介があった。彼は、アメリカのクラン、デルタ・ラスのメンバーらしい。昔は名古屋ダンジョンで活躍していたのだが、渡米しデルタ・ラスで活動を続けているようだ。
「ここでお会いするとは思いませんでしたよ。それも、今一番会いたい相手と」
ベンチを2つ囲んで俺を含む女性たちがたこ焼きを食べつつ、男たちが立ち食いで串カツなどを食べているという状況になった。
「名古屋ダンジョンで取り組んでいる安全地帯や、新しいダンジョンガイダンスの開発なんかを見に来たのと、日本合宿でレベルをぐんと上げるために来たんです」
よく話を聞くと、世界的にもダンジョンの難易度が上がってきているようだ。そのため、戦力の底上げが必要だが、人材育成には時間もお金もかかる。そのため、日本ギルド側が進めてきているシステムの改良などは効果的だと言われているらしい。
なんか、フレイヤに話しかけようとしている相手メンバーを金子さんがガードしていたり、いっぱい食べるメルを物珍しそうに、次々と食べ物を買ってきては与えるおじさんなんかも居て、なかなかカオスな状況だ。
「次の安全地帯の大阪がおすすめだよ。次は、レベル上げに最適なエリアに安全地帯ができるからさ」
俺がそう言うと、川岸さんは目を丸くする。
「え、そうなんですか? いまから予定を変更しようかな。大阪でレベルあげに最適というと29層? あ、いや、ここまで教えてもらったので、あとはこちらで調整します。大阪か…」
その後、アメリカのクランとはお別れをして、本命のお参りに向かったのだった。慣れない着物で人ごみの熱田神宮は疲れる。また、すれ違いざまにフレイヤを見て鼻の下をのばして見てる君、となりの子を気遣え。ほんと、ちょっといらいらしてくる。もう。
女性としても特別な機会しか着ない振袖をアバターになって着る。
これはおさえておくイベントかなと思いました。




