第22話 メルと宇宙飛行士
先に名古屋に戻ったメルに一仕事です。
12月も半ばとなった。ダンジョン内の季節がエリアごとに違うので、あまり冬になった感じがしなかったが、もう年の瀬だ。アバターの取得が9月で、今で3か月目となったが、その間にいろいろあったなぁ。俺が今や4人に分身して男女に変身して生活しているわけで、人生何があるか分からない。
そして、この俺は、主にメルをやることが多い俺4号だ。今は、冬用のワンピースに厚手のニーハイにショートブーツという出で立ちだ。服のバリエーションも増えてきて、自分で買いに行くことも多くなった。マナおねーちゃんとは、栄と大須に行くことが多い。
また、メルになっていると無性にお腹がすくため、周辺のお店はお得意様になっている。さすがに夜の居酒屋には行けないが、昼の定食なんかは食べることができる。俺1号が会得した変装が巧く機能してくれて、ウィッグとか化粧なんかも巧くなり、大食いの女子高生として有名にはなりつつあるが、メルとばれることもなくご飯を食べに行けている。
先日は東京のダンジョンに潜って、ジェシーの料理をいっぱい食べてきて、満足な温泉旅行だった。もちろん、温泉旅行ではなくダンジョン攻略の一環だが…。
ジェシーの料理はおいしかったなぁ…。また、食べたい。
ところで、今俺はクランベースに戻ってきている。今回は、若返りについての久々の依頼だ。以前、忍者黒壁さんを若返らせてから2か月以上たっている。ガームドさんが公益性の高い依頼じゃないと受けさせないとかって言っていて依頼自体が少なくなっているらしい。忙しくないので助かる。そんな中で出てきた依頼が、なんとNASAとギルド合同での依頼だった。
今回は、笹木博士とマナが付き添ってくれている。俺1号は、まだジェシーとして東京ビックダンジョンに潜っているため、代役で俺2号が笹木博士をやっている。フレイヤ役がいないため、フレイヤは実家に用事としている。ひよりは、どうやらクリスマスに何か発表が控えているとかで大忙しだ。オーブマシナリの人もいっぱい来て何か手伝っている様子だ。
天白さんが依頼者の説明をしてくれる。東京ビックダンジョンに行く前に聞いたけど、おさらいだ。
「ええっと、古い衛星の修理の方ですか」
マナはピンと来ていないようだ。うん、俺もピンとこないけどな。
「いいえ、40年前に設置した観測用の人工衛星の復旧をしたいらしいんだが、その技術を持ってる宇宙飛行士で存命な人が1人だけらしい。ただ、80歳を超えるらしくてね。若返りが必須となったんだ」
名前は伏せられているが、きっと有名な人なんだろう。
「何の観測衛星なんですかな?」
笹木博士が尋ねる。
「隕石らしい」
天白さんの回答にマナが笑う。
「隕石なんですね。観測って言いながら、軍事衛星かと思いました」
俺も思った。ダンジョンができてからもきな臭い話は世界中で絶えていない。
「今回は100億円と前回よりも額は小さいが、公益性の高いプロジェクトでね。ギルド本部も補助金を出しているほどなんだ。詳しくは、ガームド局長を突けば、そのうち出てくると思うが」
そこまで聞いてから別室に若返り対象の方が入ったことが知らされる。
「では、いいですか?」
俺、そして、笹木博士が頷くと、車いすに乗ったアメリカ人と思しきお爺さんが厳つい黒服の外人さんに連れられて入ってくる。隣に通訳の人っぽい人が立っている。
「すみません。彼の身元保護のため、お名前などは控えさせてくださいとのことです。あ、私は通訳です。よろしくお願いします」
そこにガームド局長が登場した。
「こんにちは。よろしくお願いします。立ち合わせていただきますね」
ガームドさんはそういうと端の席に座った。
天白さんが端末を操作している。
「入金の確認もできていますので、金城さん、どうぞお願いします」
そこで俺はそのお爺さんに向かって杖をかざす。
「グラディア・コア」
まず、物理系の支援魔法を立ち上げる。そして、最強格のモンスターの名前を冠したスキルを使う。
「オーラ::ベヒモス」
すると、目の前に居るお爺さんが金色に輝く。やせ細っていた手足に筋肉が戻り、曲がっていた背中が伸び、顔の皺が取れて、精悍な顔つきに変わっていく。
自分の体をさすり、そして、笑顔になる。アメフトの選手みたいな体格だ。
「Unbelievable... My body’s rejuvenated. I feel powerful! Hahaha!」
彼は立ち上がって体のあちらこちらを触っている。背丈はジェシーくらいなので、190センチくらいだろう。
「信じられない。若返って力が戻ってきた、と驚いています」
通訳さんも驚いている。思わず、彼の体に触れた。
「おー、これは、本当にすごい力ですね」
ガームドさんが拍手しているので、悪い気はしない。
「これで宇宙に行けるの。よかったの」
元お爺ちゃんが握手を求めてくる。早口で何を言っているのか分からない。遅くても分からないと思うが。
「これで最期にまた任務に行けると言っています。聖女様の力のおかげで、休眠ダンジョンの位置が特定できるかもしれないと言っています」
ダンジョンの位置? どういうこと?
通訳さんの話にみんなはポカンと、していない人が多いかも。
「どういう事なんだね?」
笹木博士が聞いてみると、ガームド局長が口を開く。
「世間的には荒唐無稽な話に分類されますが、私から話しましょう。エバーヴェイルの方々は特別ですからね。
実は、30年前ダンジョンが生まれた年、通常よりも多くの隕石がありました。ダンジョンが宇宙から飛来したという話は聞いたことがあると思います。隕石として落ちてきたと。数ある仮説の中の1つですが、それを裏付けるデータが見つかったんです。ただ、そのオリジナルのデータは、40年前に打ち上げて、最近沈黙してしまった衛星にあることが分かったんですよ。それを解析するためにギルドはNASAと共同プロジェクトを立ち上げた。そんなところです」
そこからはガームドさんがホワイトボードに絵を描いてくれる。宇宙から飛来した隕石が地表に降り注ぐ絵だ。シャワーみたいに沢山の線が描かれる。
「これが、だいたい1万個くらいはあるんじゃないかと言われています。そして、彼が採りに行ってくれるデータでその位置の一部が判明するんじゃないかと期待しているわけですね」
やりたいことはわかったが、個数に疑問を感じる。
「でも、ダンジョンはそんなに多くないの」
そこに天白さんが答えてくれる。
「そうです。現存するダンジョンは世界で合わせて約3000個と言われています。残りはどこかで眠っているということです」
そこで思い出す。3か月前に釣り上げたのは、その休眠ダンジョンかもしれない。
「メルちゃん、すごい話きいちゃったね」
マナが興奮している。俺もこういう話はとても好きだ。
「メルも驚いたの。協力できて嬉しいの。無事に帰ってきてなの」
通訳さんがその言葉を訳すと元お爺ちゃんはこちらに歩み寄ってくる。
「ありがとざます」
とお辞儀しながら、目に涙をためていた。そして、何かを通訳さんに話す。
「小学生のひ孫さんと重なって嬉しくなっちゃったらしいです」
通訳さんが笑う。
「メルは高校生なの…」
「あちらの方は成長が早いので…」
通訳さんが気を遣ってくるのが、逆につらい。
フレイヤほどじゃないけど、結構発育いいのに…くやしい。
「ガームドさん。その眠っているダンジョンが見つかったら、どうするんですか?」
マナが話を変えようと聞いてくれる。でも、それは聞きたい。
「もちろん攻略すると言いたいんですが、どんな状態で休眠しているかも分かりませんからね。まずは調査です。興味があるのなら、また声を掛けますよ」
ガームドさんは笹木博士を見る。
「ほっほっほ。興味はありますぞ。ダンジョン研究に際限はありませんからな」
その返事にガームドさんも、是非協力願いますと言って、この会は終わった。
しかし、これで100億円かぁ。手数料が2割とられても80億円。美味しいもの食べに行こう。いや、ジェシーが帰ってきたら美味しい食材で何か作ってもらおっかな。
もうすぐクリスマスもあるし、色々楽しみだなーと思いながら、皆でクランベースに戻ったのだった。
この物語は、9月に笹木がフレイヤに変身して始まりましたが、3か月が過ぎて、一足先に年末が近くなってきています。
ちなみに、私はTRPGのゲームマスターをしている癖で時系列のイベント表を作るんですが、笹木が一人4役のため、どんどん登場人物が増えるシナリオみたいになりますね。




