第18話 温泉と恋路
温泉回です。
笹木の小説にでてくるジェシーのテリトリーというスキルは、元々がダンジョン内に要塞を作るためのスキルという設定だ。ジェシーについても、以前は軍の精鋭だったのだが、上官に楯突いたためコックに身をやつしているという、ほぼ映画を真似た設定となっている。
「この辺りか」
ジェシーとなっている俺1号がテリトリーのスキルを使う。ペルソナを使っているせいで、動きに淀みがない。
テリトリーのスキルを使用すると、まずは周辺の地形などを把握することができる。その中には人やモンスターも含まれるため索敵としての機能も含まれているわけだ。そして、テリトリーで範囲を指定して安全地帯を宣言すると、その範囲に敵が立ち入れなくなる。さらには、設定した建物を生成できる。詳細な構造を考える必要はなく、ある程度大まかな概念だけで建物は出来上がる。
それだけでも破格の性能を持つスキルであり、フレイヤの攻撃力やメルの回復に対しても引けを取らないどころか、永続的な効果でいうと安全地帯の方がダンジョン攻略には強力といえる。
「前も見ましたけど、一瞬で建物が建つスキルはすごいですね。さすがです。あら、今回は木造なんですね」
大和の魔法使いである寺野下みどりのコメント通り、建物は和風の建築物となった。笹木としては、温泉と聞いて日本風の宿を思い浮かべたため、そのまま反映されたらしい。大和の他のメンバーも感心はしているが、2軒目の目撃となるため大きく驚いてはいない。
「温泉も安全地帯なの?」
メルが聞いてくる。温泉の近くでテリトリーを使ったから気になるだろう。
「ああ。温泉の周りを塀で囲っているからな。岩風呂みたいになっているだろう。湯加減は水で調整してくれ。多分出るはずだ」
建物の中に入ってみると古い温泉宿といった様子だ。建物自体は古くないが、様式が古い。赤提灯が似合いそうな居酒屋のカウンターに、宿の受付、そして、テーブルがいくつかあり、30人くらいが来ても問題なく入れるスペースがある。そして、階段からは上の階に行け、そこには幾つかの部屋が存在する。
大浴場と書かれた案内看板まで配置してあり、丁寧な作りになっている。
「メルちゃん。お風呂見に行こ!」
「わかったの」
「わたくしも見たいわ」
マナとメル、そしてフレイヤが風呂の方に向かっていく。宿のロビー部分に残されたのが、ジェシーとみどり、大和の男性メンバー2名だ。
「ジェシーさん。本当にすごいスキルです。ダンジョンに干渉するスキルほど上位と言われてますし、ジェシーさんは選ばれた人かも知れません」
そんなみどりの発言だが、確かにダンジョンに干渉できるスキルほど強いという話がある。確かにテリトリーはダンジョン内に安全地帯を作り出すことでダンジョンの法則みたいなものに干渉している。
「選ばれたか。確かに選ばれたかもしれないな」
自嘲気味にジェシーがそう答えるが、笹木自身がアバターとして選んだという意味でしかない。しかし、その答えにみどりは頬を紅潮させている。
「そうですよね。そうですよね。ジェシーさん、素敵です。
あの、これからこの宿で評価実験をなさるんでしたよね?」
評価実験というのは、ガームド局長の言っていたダンジョンガイダンス試作機のトライアルのことだ。
「あぁ、少し運用のフィードバックも欲しいとかで、一週間は滞在予定だ。フレイヤたちも滞在するが、ここを拠点に狩りをする予定だ」
それを聞いて、みどりの表情が明るくなる。
「あの。私もお手伝いします。実家が旅館しているのでお役に立つと思います!」
「じゃあ、手伝ってもらえるか?」
「はい!」
元々、大和の男性メンバーは残ることが決まっていたが、案内役だけだったみどりも含めて宿を一週間切り盛りすることになった。そして、1週間も共同作業をするのだからと、みどり、ジェシーと呼び合うことで合意した。そこまでの一連の流れを風呂見学から戻ったマナが聞くと、コソコソとメルに耳打ちをしてクスクス笑う。
「どうした?」
ジェシーが何かあったのかとマナに訊ねると、
「なんでもないです。えーと、今晩のご飯は何かなーと話してました」
マナがそうだよねーとメルに言うと、メルも頷く。
「あぁ、確かに腹が減ったろう。よし、すぐに支度をするから、ちょうどいい女性たちは風呂にでも入ってきてくれ」
風呂は今のところ一箇所しかない。入れ替え制ということになるだろう。
「上の階に部屋があるから荷物はそこで解くと言い。部屋割りは、みどりに任せる」
そう言うと、みどりは嬉しそうに上の階に上がっていく。女性たちが風呂の準備をしている間に、ジェシーはマジックバッグから食材と共に幾つかの缶を取り出す。
「キッチンもちゃんとできているな」
大和の男性メンバー2人が残ったので、歓談しながら料理を作る。
「ここ、電気も水もガスも来てるんですかね?」
男性メンバーがそう訊くが、これはガスではない。
「魔力を水に変換してるが、この灯りやコンロの熱は、電気やガスは介さずに光や熱になってるようだ」
ジェシーの言葉に興味深そうにキッチンを観察する男性メンバー。
「すごいですよ。トイレも水洗でしたよ? これ、女性達喜びますよ」
片方がトイレから戻ってくる。魔法により下水処理も行われており、ダンジョン環境にも優しい作りになっている。
「この宿の設備も驚きですが、鉄の女と呼ばれた寺野下先輩があんなデレデレになるなんてなー」
「おい、やめとけよ。そんな軽口言ってると地獄の魔法回避訓練がやってくるぞ」
男性メンバー同士で何か言い合いを始めるが、ジェシーは調理を始めており聞いていないようだ。
「さぁ、これでもつまんでおけ。次々に作るからな」
彼らに持ってきたピクルスの盛り合わせを出して、ビールを缶ごと渡す。
「ダンジョンでビール! これは、おいくらですか?」
「これから一週間は、ギルド持ちで経費になるから無料だ。遠慮なく飲め」
それを聞いて2人は本当に遠慮なく飲み始めた。ジェシーのスキル調理Lv.5が働き始めた。
男性メンバーがいい気分で缶ビールの2本目を空けた頃に、宿の大浴場では女性たちが風呂の設備にワイワイ言いながら服を脱いでいた。
装備を思い切りよく脱ぎ去って裸になるフレイヤ、隠す様子も無く潔し。みどりがそのスタイルの良さに思わず声をあげる。そして、メルとマナはタオルで前を隠している。
みどりは、大和の中でレベルアップと鍛錬、後進の育成に奔走し後輩に鉄の女と恐れられる探索者だった。しかし、その下着は、いつもは探索時に着けない可愛いものだった。
「でも、さすがにダンジョンの中で裸って…」
そういうみどりは可愛い下着姿で、E&Nで新しく売り出された水着を手に迷っていた。
「大丈夫よ?」
とフレイヤ。さっさと浴室に入って行く。
「大丈夫なの。何か来ても守れるの」
それに続くメル。
徒手空拳でも戦えるフレイヤとメルの2人は、あまり不安じゃないのだろう。みどりは、その言葉をジェシーに対する信頼や何やらに勘違いしたようで、
「そこまでジェシーさんを信頼して…。負けられません」
何かつぶやくと、みどりもバッと服を脱ぎ去り、浴室へと入っていった。みどりも日頃からダンジョンを駆け巡る探索者だけあり、アスリートのようなプロポーションをしていた。
先に入ったマナが洗い場を使い始めると感嘆の声を上げる。
「ここまで細かく設備があるなんて、すごいですね。本当に日本の温泉旅館みたいです」
椅子や桶といった細かな物品は無いものの、洗い場には個々にシャワーがあり、鏡まで取り付けてある。
「どうしてお湯が出るんでしょうね…。この鏡、壁に張り付いてますね。継ぎ目が分かりません」
みどりも不思議がっている。
「この温泉は効能などあるのかしら?」
過去に大和側で調べた結果では、湧いているのは炭酸泉らしく、疲労回復のほか、美肌効果などもあるらしい。その話をみどりがすると、
「美肌は嬉しいわね」
美容に目覚めているフレイヤが肌を柔らかく撫でている。
こうして、この日、初めてダンジョン内で露天風呂を楽しむという実績が密かに作られた。
女性達は、ゆったりと湯に浸かると、肌から伝わる温かさに自然と声が上がる。
風呂の感想などを言い合っている間に、みどりが真剣な顔をしてエバーヴェイルの皆に、「変な質問をごめんなさい」と前置きをしながら訊ねてくる。
「あの、ジェシーさんって、エバーヴェイルの方とお付き合いしてたりするんですか!?」
マナはポカンとしている。そもそも、マナは数日前にあったばかりなのだから、知る由もない。それに、見た目年齢も40代くらいで付き合うというには、ここのメンバーは歳が合わない。フレイヤがクスクス笑いながら答えてくれる。
「誰とも付き合っていないわ。ジェシーは、シングルファザーだったはずよ。今はフリーじゃないかしら」
『設定では』という言葉を抜いて答える。フレイヤはメルと顔を合わせると、吹き出すのを我慢しているようだ。
「そうなんですね。フリーなんですね…」
そんな何かが始まりそうな温泉だった。そして、フレイヤとメルは俺1号が困っているところを想像しているのだろうが、大事なことを忘れていた。自分も笹木なんだということを。
ジェシーが狙われています。




