第9話 メルと苦手なもの
さぁ、次のステージへ
暗い坑道の中、俺はメルを抱きしめていた。震えているメルの鼓動が聞こえるくらい密着して、胸で窒息するんじゃないかと思うくらいフレイヤの体に押さえつけている。喘ぐ声が止まらない。しかし、それは次第におさまってくる。
「苦しいの。でも、ありがとなの。もう大丈夫なの」
そんな状況になった理由を振り返ると10分ほど前にさかのぼる。
野獣エバ隊が坑道の中を順調に進んでいると、少し広い空間に出た。周辺に小さな穴が開いた土壁が露出しており、どこかで見たような景色だなと思った。
「フレイヤさん、明かりをもらってもいいですか?」
牟田さんがそういうので、光量多めのフレイムビットを頭上に多数浮かべてみた。すると全貌が見える。
「これは、何かの巣穴ですね…。なんか嫌な予感しかしない」
そんなことを言っている牟田さんに周辺も警戒を強める。
「大和側は、ゴーレムの次に大型のカマキリっぽいモンスターに遭遇。現在、戦闘中のようです。数が多いらしいです」
その話を聞いて牟田さんが首をひねる。
「カマキリ? ちょっと予想と違うね」
「はい、この巣穴だと、大抵芋虫型のモンスターか蛇のような爬虫類型のモンスターだと予想できます」
参謀っぽい人が返答する。誰だっけなぁ。
「メルちゃん、どうしたの?」
マナがメルに声をかける。
「なんだか、震えが止まらないの」
ん? メルどうした? いや、俺どうした? そういえば、こんな状況も前あったな…。
「あ、もしかして、穴の中でワームに襲われたときのことがトラウマになってるんじゃ」
マナの発言ではっきりと思い出す。以前、穴に落ちた魔法使いを助けた時に多数の虫が出てきて、ペルソナが怖がって虫の殲滅した、あれだ。メルが重度の虫嫌いという設定が行き過ぎて、自己をフル強化して暴れまわってしまったメルのペルソナあぶない問題だ。
ドッペルゲンガーを一度解除したことで記憶の共有もできているため、メルのペルソナが怖がって聖域(物理)を振りかざして虫を弾き飛ばしたのを感触まで思い出せる。
それからは俺としてもメルのペルソナの使いどころをおさえているはずなのだが…。
「大丈夫?」
おでこに手を当てるふりをして小声で聞いてみる。
「ペルソナは切ってるわよね?」
「もちろん切ってるの。でも、体が震えるの」
アバターの性格は恐怖とかに結構影響しやすいのかもしれない。メルは目を閉じてその場に立ち止まっている。
「わかったわ。目を閉じているのよ。見えなければ問題ないわ」
俺がそう言う理由は、何かが這う音が近づいてきていたからだ。マナがメルの背後を守るように立つ。俺はメルの前を守るように立ち、周囲を見渡す。
「穴から這い出てくるわ。ワーム系統かもしれない。準備を」
俺の声にメルが体をすくませる。その声に、牟田さんの号令がかかる。
「全方位に警戒。固まってきたら散らせ! ワームは集まると体重を掛けて押しつぶしにくるぞ!」
そして、思った通りドラム缶くらいある芋虫が粘液だらけの口を開けて顔をのぞかせる。
「うぇ、きもい」
マナの声にメルがびくっと反応する。
「あぁ、ごめん。大丈夫、あたしが倒す!」
マナは今度は剣を構えている。周辺で盾持ちとハンマーの人が待機しているからだろう。
「わたくしも少し攻撃しますわ」
普段あまり使っていないスキルがある。それがエナジードレインだ。名前の通り、HPやMPといったものを敵から吸収するスキルで地味なスキルだ。いつもはMPも潤沢にあるため、使う必要性を感じない。このスキルは直接手で触れて吸収も可能だが、吸収するために魔法で形作ったムチを形作り、それを介して吸収することもできる。炎の魔法があまり使えない今、エナジードレインとサイコキネシス、そして、物理的な攻撃がフレイヤの取り得る攻撃手段となる。
「ドレイン・ウィップ」
手から光るムチが伸びる。使った感触もムチという感じで、物理的にも攻撃力があるようだ。少し振るってみると、ピシッという小気味の良い音が響く。
「フレイヤ…ムチ似合う」
マナがそんな感想を言うが、返事をする余裕はすぐになくなった。穴という穴から多数のワームが出てきたのだ。それを盾持ちとハンマーの方がワームを潰しつつ、バランスよく散らすという離れ業をこなしていてくれる。しかし、ワームの数が増え続け、その場に溢れ出す。
「スラッシュ!」
最近覚えたマナのスキルだ。刀剣スキルで、切れ味の鋭い打ち込みを入れるスキルだ。斬撃によりワームの頭と胴が両断される。しかし、それでもワームは倒れず、しぶとく突進してくる。さすが虫。ただし、機動力は落ちており攻撃は簡単に加えられる。
「スラッシュ!」
何度かスキルを使ってワームが消滅していく。ここに来るまでも中々にしぶとい敵が出たことを考えると、鉱山はHPや防御力の高いモンスターが多いのかもしれない。
「汚らしいから近づかないでくださる?」
そんな感じで俺がムチで弾き飛ばすと、ワームの頭が爆ぜる。返すムチの攻撃で、残りの部分が砕ける。そして、ワームが消滅する。
野獣の牙のメンバーもワームを切り裂き、突き刺し、潰したりと上手に捌いている。牟田さんは剣を巧みに操ってワームを縦に割っている。
「小型のワームも潜んでいるぞ。気をつけろ!」
誰かがそんな注意喚起をしたとたん、メルの頭に小型のワームがポトリと落ちてきた。
「!!!!! きゃーーー」
メルが声にならない悲鳴をあげる。そして、そのワームを手で取ると天井めがけて投げつける。メルも前衛に劣らない筋力を持っているので、天井にぶつかったワームはその衝撃で消滅する。しかし、同時にその天井に張り付いていた多数の小ワームがボトボトボトと目の前に振ってきてしまう。
「きゃーー」
メルは手にもつ杖という名の棍棒を振り上げて、地面を耕すかの如く振りかざす。どすどすどすという低周波の振動が坑道に響く。まるで地ならしだ。
俺は天井から顔を出してきた小さいワームをサイコキネシスで捕まえて、エナジードレインで一網打尽にする。みんな干からびたように萎びてしまっている。しかし、ドレインするというのは、HPやMPの回復に役立っているんだろうが、こんな物の何かを吸い取るとか、ちょっと気味が悪い。何を吸ってるんだろうか、俺は。
そんなことを考えるのも束の間、俺は地面をたたき続けていたメルに声をかける。しかし、一向に止まる気配がない。そこで、おもむろにメルに抱き着いた。なかなか柔らかくて良い香りがする。しかし、そこからの強力なハグをきめる。もちろん、ケガをしないように手加減も怠たっては居ないが、息がしづらいくらいまでは密着している。
周辺に居た大きなワームはあらかた倒されたようで、残りの数匹を数人がかりで殲滅しているような状況だ。そして、小さなワームたちは倒すか逃げるかしたようだ。
マナの方も息は切れているが、手近にいた小さなワームを倒し終えたようだ。
メルが嫌がっていたワームの痕跡がないかとメルの服を観察してみるが、E&Sさんが提供してくれた撥水素材のおかげか汚れが見えなかった。
そして、最初に戻る。
「ごめんなの。どうしても怖くなっちゃうの」
んー。アバターの能力を引き出すのが巧くなってきている分、アバターの性格なんかが出やすくなっているのかもしれない。
「恐怖耐性などのスキルが必要なのかしら」
スキル市場が高騰しているが探せばある気がする。
「メルちゃん自身に回復魔法を使えば大丈夫なんじゃない?」
そういわれてメルがハッとした表情をする。
「そ、そうなの。精神的な苦痛を取り除く魔法があったの! ミレイズ・エコー」
胸のあたりに淡い緑の光がともるとメルに染みわたっていくように光が広がる。
「もう大丈夫なの。恐怖が消えたの」
ちなみに大和側は大きいカマキリと子カマキリの襲撃だったらしい。
「みんな注目」
牟田さんが先ほどまで参謀っぽい人と話をしていて何かまとまったようだ。戦闘の後始末として武器や防具の確認、けがの確認などを行っていたが、みんながそちらに注目する。
「すこし分かった情報を共有するよ。ここはドラゴンの居る場所に向けて階層のような作りになっている。そして、入口からスケルトン、ゴーレム、ワームやカマキリといった虫型のモンスターが出てきた。これは大和側と同じ傾向なので、鉱山の外側から中心部に向けてモンスター配置がだいたい決まっていることが分かる。そして、ここからが注意してほしいのは、スケルトン以外は、大型のモンスターに必ず小型のモンスターが居たことだ。これが法則だとすれば、ドラゴンにも何か下っ端が現れる可能性が高い」
野獣の牙のメンバーがお互いに顔を見合わせている。
「フレイヤ…」
マナも心配そうだ。何しろドラゴンの下っ端だから、たとえ下っ端だとしてもそこそこ大型のモンスターが出るんじゃないかと想像してしまう。
「そこでドラゴンにも同じような状況になった場合、野獣の牙のAとBチームをドラゴン討伐につけ、Cチームとエバーヴェイルさんたちで下っ端の殲滅を担当分けしようと思う」
Aには牟田さんと野獣の牙のヒール持ちの方がいるため、AとBでドラゴンのターゲットを取って攻撃を開始する班。Cチームは盾持ちが数人いるため、フレイヤのサイコキネシスと会わせて動きを封じつつ、各個撃破するような体制をとるということだ。
「大丈夫よ。メルも元気になったもの」
メルも笑顔を見せる。
そして、我々はドラゴンの棲む大空洞はあと少しというところまで到達していた。
絵面は良いんですよ?
中の人は想像しないでください。