第25話 ガームド局長と天白支部長
3章の終わりです。
その部屋は緊張感に包まれていた。そこはギルドイベントがある会場に併設されている会議室で、先ほどの魔装開発局の発表イベント終了直後にあたる。魔装開発局のガームド局長が机の端に座り、名古屋支部長の天白と東京ギルド本部長の小笠原 源次郎が左右に座っていた。東京ギルド本部長は実質日本のギルドのトップだ。
ガームド局長は汗がにじむワイシャツに風を送っている。ワイシャツの下には、歳を感じさせない筋肉の凹凸が見える。
「いやぁ、さっきの発表は大成功だったね。配信サイトの視聴者数見たかい? 10億だよ。10億。こんなに注目された場は最近は無かったね。いやぁ、楽しかった」
その反応に小笠原は憮然としていて、天白はげっそりしている感じだ。
「ガームド局長、話を進めましょう。お話というのは、エバーヴェイルのことですね」
小笠原が切り出す。ガームド局長とは旧知の仲らしく臆した感じはない。
「そうだよ、源次郎。エバーヴェイルは特別扱いをさせてもらう。理由は言うまでもないと思う」
ガームド局長が手元の端末を操作し、資料を映す。そこには、若い姿の小次郎とステージに立っていた老人姿の小次郎が併記されていた。同一人物としてまとめられている。
「笹木小次郎氏、彼は特異点だ。ダンジョン人もしくはそれに類する人物を引き入れる能力、もしくは、彼自身もダンジョン人である可能性が高い。彼にちょっかいを掛ける虫は、すべて駆除する方向で動いている。もちろん、よき協力者についてはその限りではない」
資料には、何名もの名前が書いてあり、そこに×印が書いてある物がある。
「笹木小次郎氏とは名古屋ダンジョンが一部の契約を持っているが、そちらをギルド本部側が窓口の代わりをしようと思っている。金城メルへの若返りの要求なども、エバーヴェイル側に押しつける形は認められないな。あくまで選んでもらう。その姿勢が大事だ」
小笠原本部長は、文句を垂れる支部長や議員たちの顔が思い浮かぶ。しかし、ガームド局長とどちらがやっかいかと言うならば、断然ガームド局長だ。
「もちろん、ギルド本部側の圧力は私が何とかしよう」
そして、ガームド局長は置いてあったペットボトルの水を飲み干す。そして、ガームド局長の語りが始まった。端末の表示を変えている。そこには、ひよりが映っている。
「源次郎、我が尊敬する隼人ひより先生は、ダンジョン研究を20年は一気に進めた。そして、さらに時代を進める構想をお持ちだということが分かった。何かわかるか?」
小笠原本部長は、少しも考えることもなく応える。
「人の転送ですね」
ガームドは満足そうに笑む。
「そうだよ。マジックバッグに人は入ることができない。これは私たちが解析しても分からない不思議の1つだ。それを、先生は安全機能であり、人の生命を感知して働いている5つの魔法から成るシステムだということを説明してくれたよ。壊れたマジックバッグを継いで作っているだけの魔装開発局じゃ、知りえない情報だよ?」
さっき引いていた汗がまたジワリとガームド局長の額に浮かび始める。
「そうなんだよ。この知識や洞察力はダンジョン人の系譜であることが認められる。私の前で大人の女性の振りをしているが、中身はティーンエイジャーだよ。背伸びをして技術開発をして人類に貢献しようしている少女。私は打ち震えたね。
もちろん、私はあちら側の技術に興味がある。しかし、人として私は先生に限界までついていきたいと考えている。そのため、名古屋ギルドに魔装開発局の支部を作ることに決めたよ。今の時代、どこにいても会議や承認なんかはできる。私は名古屋に根付くぞ。妻の実家も近いからな」
天白の顔色が白い。なぜなら、悪い予感が的中したからだ。あー、胃が痛い。最近は胃薬が手放せなくなっている天白だった。
「ふぅ。日本は暑いな」
そういいながら、ネクタイを外し始める。
「そんなに熱く語ってたら暑いのも仕方ないですよ。名古屋の件は日本側でも調整しておきます。魔装開発局の2件目が名古屋となったら、他の支部が文句言ってきますからね」
天白は思う。欲しいならくれてやると。そして、終わったと思っていた話だが、残念なことにガームド局長は話を続ける。
「ところで笹木小次郎氏からの相談があった。ダンジョンが強くなっていないか?と」
小笠原本部長は、「どこでそれを」を一言発する。それに天白が発言する。
「もしかしたら、忍者黒壁かもしれません。彼は金城メルくんに何か内々の話をしていたようですから」
「忍者黒壁。彼もダンジョン人の一端に触れた人間だ。ユニークスキル保持者は、何かの役割を付与されているんではないかと私は感じるよ。確かにダンジョンが徐々に強くなってきているが、わずかに技術開発が勝っている今、影響は少ない」
3人の共通認識としてそこは理解があるため説明はいらない。
「しかし、ダンジョンがダンジョン人の攻撃とすれば、いつか人類は敗北し、地上にはモンスターが溢れる。魔装開発局としてはそれを防ぐのが責務だ。しかし、課題が山積みだ。解決するには、いろんな才能が必要だ。
そんな事を聞いた笹木小次郎氏は何と言ったかわかるかい?」
小笠原本部長と天白が首を横に振る。
「『どんな人材が必要ですか?』だったよ」
ガームド局長は笑う。
「彼の能力を訊くことはしない。しかし、彼は任意の人材を作り出す能力、または、それに類する何か特別な力を持っているんだろうと言うのが想像できる。もうすでに手元に3人の才能が集まっている。彼はどれほどクランを拡大することができるんだろうね。私はそれが楽しみだ。そして、その種明かしをすれば、何だったか…日本の昔話にあっただろう、そう、鶴の恩返しのごとく、居なくなってしまうのではないかと不安にもなる」
その日、エバーヴェイルの保護に向けた方針が決まった。
手始めに笹木小次郎氏の偽のテレビ番組が作られる。出生から学歴、本物よりもホンモノらしいものが作られる。ギルドが持っている大学や研究機関はどこにでもあるわけで記録は後から作れる。そして、転機として研究職で過ごしていた50歳頃にダンジョン事故により自身も身内も傷ついたストーリーを作る。きっとお茶の間は共感して涙するだろう。それからは、狂おしいほどの執念でダンジョンに対する攻略を進める老人として描かれる。その中で、フレイヤ、メル、ひよりといった才能を開発し、ダンジョンへの戦力を整えているのだと。
その陰で、笹木小次郎の正体を知っている者には沈黙を守り、守れないものは沈黙せざるを得ない状況にする。それが、2つの博士号と単独ダンジョン踏破記録を持つ戦斧の鬼神と呼ばれたガームド・ロックスターのいつものやり方だった。
小悪党(天白)が霞むガームド局長です。




