第5話 フレイヤとダンジョンデビュー
初ダンジョンです。戦闘シーンってむずかしい。。
ダンジョンは物理的な構造物というわけではない。ダンジョンの入口は一種の亜空間のようになっていて、別の次元につながっているらしい。らしいというのは、技術的にまだ解明されていないためだ。
また、ダンジョンから発見された魔法的な技術についても使えはするが原理が分からないといったものもたくさんある。ダンジョンガイダンスの通信機能などもそれにあたる。
「フレイヤさん、こっちです」
革の軽鎧に身を包んだ愛美ちゃんが指をさす。こだわりがあるのか、ゲームにでてきそうなピンクの鎧だ。機能性も重視しているとかなんとか言ってはいたが、なかなかに目立つ。腰には剣を佩いている。そして、愛美ちゃんの指さす先には、駅の改札のようなものがあった。ここにギルドカードをもって通過すると、入場が記録される。それ以外にスタンピードに向けた防壁もあり、金属製の大きな扉が備え付けてある。もちろん、これが稼働したことはない。
もやもやと光る渦巻き状のダンジョン入口を抜けると、広い空間があった。地下空洞のようでもあるが、明るい。天井に光源がいくつかあり、薄暗いといった方がいい。ところどころに天井までそびえる柱のような岩が乱立している。
先に入っていった集団が、いそいそとその場から移動していく。彼らは別の階層を目指すのだろう。
「これが、名古屋ダンジョンの一層です。スライムと、稀にカナヤンマっていう昆虫型のモンスターが出ます。カナヤンマは、Cランクくらいの方がパーティで倒すようなモンスターなので、遭遇したら真っ先に逃げないといけないです」
愛美ちゃんは、真剣な顔だ。一度、遭遇して命からがら逃げたらしい。1メートルくらいのトンボのようなモンスターで、素早いだけでなく、毒液を飛ばしてくるそうだ。稀に沸くこういうモンスターをユニークモンスターと言って、ドロップもおいしいらしい。
スライムが数匹いたので、愛美ちゃんが倒し方を教えてくれる。ねばねばしたゲルの中に浮かぶ核っぽいものを壊すと倒せる。剣で突き刺していくが、ゲルによって剣先がぶれるので最初は難しかったと言っていた。少し奥に歩くと広い空間の真ん中に岩がぽつんとある。
「この辺がいいわね。魔法を試すから少し離れているのよ」
俺はフレイムマジックを使おうとしてみる。魔法系のスキルの使い方については下調べをしたが、フレイムマジックは同じようにできるのだろうか。
「フレイムマジック」
何かが体から沸き起こる感じがする。魔素だろうか。小説の設定が生きているならば、ここから次の言葉をつかえは発動するはず。
「フレイムビット」
その言葉で目の前にふよふよと角砂糖のような火の塊が1つ浮かぶ。そして、岩に当たれと考えてみると、それはスーッと空中をすべっていき、バシュと音を立ててはじけた。
「ひゃっ、びっくりした」
愛美ちゃんがしりもちをついた。岩の表面に小さな凹みができていた。
「ダンジョンの岩ってすごく硬いんですけど、フレイヤさんの魔法すごい…」
フレイムビットは使い物になりそうだ。もう少し、個数や命中精度について試してみるか。
「今度は、一度にたくさんぶつけてみるわ。音に気を付けなさいな」
「はい!」と耳をふさぐ愛美ちゃん
そして、俺は全力を意識してフレイムビットを生み出してみる。その瞬間、俺は光に包まれた。周囲に炎の塊が何万と現れたのだ。
「これは、やりすぎね」
そういって力を抜く感じにすると、数百個レベルまで減った。1個を出したときは明確に1個と考えたから行けたのか。個数指定ができるものかと、何度も出し入れしてみた。その結果、個数指定ができた。とりあえず、100個つくって岩にぶつけてみたが、岩が砕けてしまった。
「フレイヤさん…。これ、今日、探索者になった人のやることじゃないです」
愛美ちゃんが苦笑いしている。
あまりに大きな音がなったので、誰かが駆け付けないか心配していると、羽音が聞こえてきた。スライムはこんな音を出さないから、稀にしかでないというカナヤンマが出現したようだった。
「愛美ちゃん、カナヤンマよ。警戒しなさいな」
「え、え?」
私が羽音が聞こえているだけで、まだ遠い。
「あちらよ」
ようやくカナヤンマが飛んでくる姿が見えたと思ったら、すでに30メートル近くまで迫っていた。
「にげ」
愛美ちゃんが慌てて剣を構えようとするところだったが、私はフレイムビットの的が来たとしか考えていなかった。
「えい」
そんな力の抜けた掛け声の後、フレイムビットがカナヤンマを撃ち落とす。そして、コロコロとドロップ品の魔石が地面に転がった。
「そんな簡単に…。フレイヤさん、常識はずれすぎです」
愛美ちゃんが座り込んで苦笑いしている。
そして、何かに気づいたのか、「ステータス」と一言発して、額を抑える。
「あちゃー。ごめんなさい、フレイヤさん。私にも経験値が入っちゃって、レベルがあがっちゃいました。2つも…」
愛美ちゃんは申し訳なさそうにしている。経験値分配のことか。これで愛美ちゃんは、レベルが14だそうだ。スライムだけでコツコツと一年かけてあがったそうだ。
「パーティって機能してるのね。特に申請みたいなことをしていないのだけど、不思議ね」
ダンジョンに入った人間は共闘している意識があると経験値の振り分けがなされるようになっているようだ。近くにいる人間に魔素の振り分けが行われて単にレベルが上がるという説もあるが、明確にはなっていない。自分もステータスを見てみると、フレイヤのピンクの方には経験値は入っておらず、ブルーのステータス画面の小次郎に経験値が入った。なんと、レベル1からレベル9まで上がっている。
「ほんと、レベルがあがってるわ。レベルが9も(小次郎がな)」
レベルが上がって、HPとMPも上昇している。それ以外は変化がない。
◇笹木小次郎
レベル9
HP:30/30
MP:230/230
称号:ダンジョンスレイヤー
ユニークスキル: アバター
アバタースロット1(フレイヤ・リネア・ヴィンテル)
「フレイヤさん、ごめんなさい。私が吸い取っちゃったから、せっかく倒したのに」
「そんなこといいのよ、それより、今日のディナー分を稼いでみない? 名古屋のおいしいお店に行きたいわ」
愛美ちゃんも気持ちが切り替わったようで、笑顔になる。
「じゃあ…。下層に行ってみませんか?」
そうして、俺たちは下層へと続く階段へと向かった。
第二層は草原になっていた。空には太陽が輝いていてまぶしい。実際は見た目だけの物だと判明しているが、本当の草原に降り立ったように見えるのが不思議だ。
「第二層は、動物型のモンスターがいます。小型犬くらいの獰猛なウサギ型モンスターのバイトラビットと数は少ないですけど狼型のモンスターのバイトウルフが居ます。どちらも首を狙ってくるので危険です」
狼はわかるが、首をねらってくるウサギって笑えない。
「わかったわ。さっそく来たようだけど」
ひざ丈くらいの草むらの中からバイトラビットが3匹飛び出してきた。愛美ちゃんは慣れているのか、一匹を剣で向かい打つ。
『フレイムビット』
フレイヤの魔法に詠唱は必要ないようで、心の中で技名をささやく。愛美ちゃんが対処している以外のバイトラビットにフレイムビットが1つずつ吸い込まれ、頭をはじけさせた。血がとびちってなかなかに凄惨な現場となってしまったが、命中精度も高く扱いやすい。
「やっ!」
愛美ちゃんも掛け声で一閃した結果、バイトラビットを倒した。倒したモンスターは数秒もすると溶けるように消えていく。残ったのは小さな魔石だ。カナヤンマに比べると10分の1にも満たない。
「フレイヤさんといると安心して戦えます」
フレイムラビットは大抵2匹でくるようで、愛美ちゃんはソロでは来ないようにしているそうだ。ステータスを確認すると、やはり小次郎側に経験値が入っている。
「愛美ちゃん。このダンジョンで広範囲魔法の狩場とか知らない? ちょっと試したいのよ」
そう言って頭上にフレイムビットを多数回してみる。アバターの能力のせいか、自由自在に扱える。
フレイムビットの他は、フレイムストームとかフレイムウォールなんかもある。色々と試したいところだが、こんな低層だとオーバーキルにしかならない。
「私は行ったことないんですけど、第三層の森は池があって、そこが特に飛行型のモンスターハウスになってるそうです。
遠距離のスキルがないと倒せないようで、人はあまり寄り付かないとか」
モンスターハウスはゲーム用語がそのまま使われるようになったそうで、モンスターがたまりにたまった場所のことを指す。講習会でもらったハンドブックにも腕に自信があっても多勢に無勢になるためモンスターハウスに決して近寄らないようにと書いてあった。
ちなみに遠距離攻撃にダンジョンでは銃火器が候補にあがるし、実際銃火器の使用も可能となっている。ただ、コスパの問題と、スキルによる攻撃の方がダメージを稼げるといった理由であまり活用されてはいない。儲け度外視のダンジョン討伐の時は、銃火器満載の軍隊が投入されることもあるらしい。
「いいわね。そこに行ってみようかしら」
魔石の買取価格はカナヤンマで1万円くらいになるそうだ。スライムだと100円ほど。バイトラビットでも500円だそうだ。命の危険があるバイトラビットで500円というのは、一般人的には割に合わない。でも、バイトラビットくらいのものも100匹同時に狩れれば、5万円な訳で魅力的だ。
「でも、素早くて逃げるのが大変だそうですよ」
「それなら素早く倒す、しかないわね」
フレイムストームなんかで一網打尽に出来れば楽勝だし、もし撃ち漏らして迫られてもフェザーステップで逃げながら魔法を撃つのに適しているだろう。
2層はそんなに広いわけでもなく、そのあと、バイトラビットを2匹だけ倒すと3層への階段に到着した。
いつも1層で狩をしているはずの愛美ちゃんだが、実はパーティで活動していた時期があるらしい。ただ、メンバーからのお誘いが多すぎて抜けたらしい。他の女性メンバーからは泥棒猫扱いを受けたりと、さんざんな目にあったそうだ。
「モンスターハウスになりがちな池はあっちです。あたしは行ったことがないので、現地を見るのは初めてです」
見つけた池は直径が30メートルくらいの丸い形の池で、その上を巨大な蜂が飛び交っていた。
「マーダービーです」
愛美ちゃんが小さな声で教えてくれる。百匹どころではない数が集まっている。
「羽音がすごいわね。何匹いるのかしら」
「こわいです。やめませんか、フレイヤさん」
良識があれば、そう判断するだろう。しかし、こちらには金がなくなり良識もどこかに、いった。
「フレイムマジック、フレイムストーム」
池の中心を目掛けて魔法を放つと、水面に陽炎がたったと思いきや、池のサイズと遜色ない太い炎の柱がドォォと激しい音を立てて天に向かって立ち上がった。
「ひー」
愛美ちゃんが思わず抱きついてくる。良い匂いがした。かなりの熱量が伝わってくる。そして、10秒くらいで炎の柱は立ち消える。そして、空からは黒く焼けこげたマーダービーの死骸が降り注ぎ、途端に魔石へと変じて行く。一匹も残っていないようで、うまく行った。
ドロップ品の中には、針のようなものもある。そして、それらが池へと降り注ぐ。このままだと、池の中から回収することになり面倒だ。ここで、新しい魔法を試す。
「サイコキネシス」
手をかざすと、魔石とかドロップ品が空中で静止する。
「まさか、炎以外も使えるんですか!?」
少し得意げに笑った俺は、足元に魔石の山を築いた。何個かはわからないが、かなり稼いだんではないだろうか。
「フレイヤさん、すごい。憧れます」
そして、思い出したかのようにステータス画面を確認して、
「すみません、レベルが25になってしましました」
フレイヤは変化なし。小次郎が15レベルになった。どうやら、アバターで得た経験値は本体の俺に入り、フレイヤには入らない。そんな仕様のようだ。これで、俺は強いフレイヤでパワーレベリングができることが分かった。愛美ちゃんも巻き込まれてレベルがガンガンあがっているというのも面白い。
「先輩探索者なんて言ってて恥ずかしいです」
もじもじしているが、案内してもらって助かっているし、久々のリアルな人間との触れ合いで癒やされている。
「もういい時間ね。これを換金して、ディナーにしましょ? 探索者になった記念を祝ってくれるかしら?」
「もちろんです。あたし、いいお店知ってるんですよ!」
こうして3層まで無事に到達し、魔石も300個くらい稼いだだろう。軽い足取りでダンジョンを出ると、買取所にやってきた。
「おねがいしまーす」
買取所では魔石やドロップ品の査定と買取を行っている。持ち帰ることも可能だが、その際は持ち帰り料金というものが発生するため、ここで売ってしまう探索者は多い。
「フレイヤさん、あたし、こんなにいっぱいの魔石はじめてみましたよぅ」
金額査定のデジタル表示を食い入るように見つめている愛美ちゃん。
「魔石の買取が40万円、マーダービーの針が2万円分となり、合計42万円となります。手数料を含んだ買取金額となっております」
なんと前の月給よりも多い金額に一瞬思考が止まる。これは始まったな。
「じゃあ、私と愛美ちゃんで半分ずつでお願いね」
俺がそういうと愛美ちゃんが慌てる。
「え、私何もしてないですよ!」
「パーティーなんだから半分よ。これからも仲良くしてくれるかしら?」
「私もぜひぃぃぃ」
愛美ちゃんが目をうるませ、抱きついてくる。愛美ちゃんはフレイヤの俺よりも少し身長が高い。剣士だけあって体が引き締まっており、抱き心地もいい。今、男だったらたまらんだろうなぁ…。そんなこんなで、初のダンジョンは成功と言えるんじゃないだろうか。
◇笹木小次郎
レベル15
HP:36/36
MP:238/238
称号:ダンジョンスレイヤー
ユニークスキル: アバター▼
アバタースロット1(フレイヤ・リネア・ヴィンテル)
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