第16話 メルと穴の中
穴の中探検です!
金子さんがものの数分でマナの鎧を直してくれる。
「ほらよ。酸で脆くなってたところが割れたようだな。直したから今日は大丈夫だろう。だが、そろそろ良い装備に変えてもいいかもな」
マナの装備を直すため、配信は止めておいた。しかし継続は難しいかもしれない。なんかレッドスライムにドロドロにされたせいか、マナが帰りたいオーラを出している。
仕方ないと帰路につこうとした矢先、金子さんが森の方に注意を払う。
「なんか聞こえないか?」
確かに人の声がする。
「こっちなの」
金子さんも同じ方向を向く。
「なにかあったかも知れん。俺が先頭をいくぞ」
ダンジョンではよくあることだ。無茶をして怪我なんかは日常だ。
金子さんはある場所で立ち止まる。そこは岩の陰になっていて地面が露出している。そして、なんか大きな穴が空いている。
「穴なの」
「そうだな。モンスターの巣か、隠し部屋か、判断はつかないな」
中から男の声が聞こえる。
「誰かいないかー」
「いるぞ。大丈夫かー?」
金子さんが応える。
「よかった。いきなり穴が開いて落ちたんだ。足を挫いてしまって登れない。何かロープとか持ってないか?」
ロープは持っていない。今日はあまり深く潜る予定がなかったからだ。
「メルがおりるの。回復したら上がってくるの」
俺が取得したレビテートはメルも使えるわけで、上がってこれるだろう。かっこ悪くて嫌かも知れないが、メルが抱き抱えて登ってくることもできる。
「メルちゃん大丈夫? 降りるのも登るのも大変そうなんだけど」
マナが心配する。しかし、その心配は無用だ。金子さんが思案している。
「そうだな、やはり俺が降りた方がいいと思う。下にいるやつが、問題あるならぶっ倒す。そうじゃなかったら、メルの嬢ちゃんが降りてきて回復してもらうか。これくらいの穴なら俺なら余裕で登れるから、帰りはおぶってやってもいい」
トゥンク。あれ…。メルってばストライク広すぎ説あり?
確かに若いときはイケメンだったであろう細眼鏡の金子さん。今はメルといれば祖父と孫だ。しかし、言動はかっこいい。小次郎としては見習いたい。
「わかったの」
金子さんは近接ならナイフ使いだ。狭い穴の中でも戦えるだろう。日本のダンジョンは比較的治安がいい。そのため、俺も気にしていなかったが、そういう警戒も必要だと感じる。「よし、じゃあ、降りるわ」
「まつの。念のために支援するの」
俺は念の為、マナと金子さんに支援魔法を掛ける。
「グラディア・コア…オーラ::ウルフ」
金子は礼を言って、スルスルと降りて行った。壁は崩れた土のようで、人工物な感じはしない。例えていうならば何かの巣穴?
「メルの嬢ちゃん、本当にけが人がいた。すまんが降りてこられるか?」
「わかったの」
「メルちゃん、平気?」
あまりに心配げなので教える。
「実はメルとべるの」
フワフワと穴の中央まで空中を進んでいく。
「ええええ、どういうこと!?」
そういえば、まだマナにレビテートのスキル書渡してなかったわ。ここは、見張りに徹してもらおうかな。
「見張っててなの。いってくるの」
「分かったわ。飛ぶ方法、あとで教えてね!」
こくりと頷くと、俺は穴の中をゆっくりと降りて行った。穴の底に着くと、魔法使いっぽい中年男性がいた。穴の底は湿った感じもない。光がギリギリ届いているが暗い。そして、割と広い空間がそこにあった。多分、家が一軒はいるくらいだろう。
「メルの嬢ちゃん、どうして浮かんでるんだ? いや、今は質問はやめだ。彼を治してやってくれ」
金子さんが好奇心を抑えて救助を優先する。
「すまん。助かる。低層階なんで薬ももってなかったんだ」
その足はひねったというか折れてそうだ。
「すぐ治すの。ミレイズ・グレイス」
温かい光に照らされて、あらぬ方向に曲がっていた足が正常に戻っていく。その光で少し周りが見えるが、ダンジョンの土が掘り返されてできた穴といった感じだ。特に隠し部屋なわけではなさそうだ。
「一安心だな」
そう言った時だった。地響きがしたと思ったら、周りの土が崩れ始めた。このままでは埋もれてしまうんじゃないかと思った矢先に横の壁から大きなワームっぽい何かが顔?を出す。丸い頭?に無数の歯が蟻地獄のようにうごめいている。そういうのが、何匹も壁から顔を出してくる。1体がドラム缶くらいあるようなワームだ。
「マッドワーム!! この階層に居たのかよ!?」
金子さんがナイフを構える。なんだか体が揺れる。次第にその揺れが激しくなる。そして、おもむろにメル(俺)は悲鳴をあげた。
「きゃぁああああああ、むしいいいいいいいなのーーーー」
「お、おい嬢ちゃん!?」
「え? どうしたんだい?」
金子さんと魔法使い男性がなんか言っているようだが、よく聞こえない。メルがめちゃくちゃ早口で魔法を使い始める。
「ミラーシフト! オーラ::ベヒモス、マギア・コア…エーテル::ヴァーミリオン!」
ミラーシフトは、他者への支援を自分に向けるときに使う範囲の変更スキルだ。その後は、最上級の物理強化、最上級の魔法強化。ええと、とにかく、メルが黄金に輝いている。聖なる光なんだろうか、それとも戦闘系民族なんだろうか。
「きゃぁぁぁぁあ」
メルが杖を振りかざしてマッドワームに殴りかかった。マッドワームも大人しく待っているわけもなく、同じく襲い掛かってくる。が、しかし。
「きゃぁあぁぁぁ」
メルが杖を振り回す。音がすさまじい。ブン!どころじゃない、何かの限界を突破したのか、パン!という破裂音が聞こえてくる。そこからはひどいもんだった。数十体というマッドワームがメルの杖という名の棍棒によって文字通り破裂していく。飛び散った何かが金子さんたちにも降り注いでいるがお構いなしだ。
メルは決して早く動いているわけではない。近づいて殴る、近づいて殴るを繰り返しているのだが、悲鳴の後にマッドワームが消滅するわけで、何かの怪奇現象のようにも見える。
俺は自分が棍棒を振っている感触があるわけだが、これ、実は目視できないレベルで振り回してる?
時間にして3分くらいだろうか。俺はペルソナを切ることもなく、それが収まるのを待った。
「虫は嫌いなの。ぐすぐす」
そう言って、さんざん殺戮を繰り返した後でメルは泣きべそをかきはじめた。
「大丈夫!? わっ」
その時、マナが悲鳴を聞いて駆け付けてきた。
「マナ、こわかったのー。ぐすぐす」
俺はマッドワームの飛沫をかぶった状態でマナに抱きつきに行ってしまった。悪いな、マナ。でも、マナもレッドスライムで汚れてたし、いいだろう。いいよね。
「金子さん、メルちゃんが泣いてるじゃないですか!」
マナが怒り出す。いや、誤解だから落ち着いて。
「俺も泣きてーよ。めちゃ、怖かった。嬢ちゃんが歩くとマッドワームがはじけ飛んで消滅するんだぜ。嬢ちゃん、やはり強いんだな」
金子さんだけじゃなくて、隣の魔法使いのおじさんも何度も頷いている。
マナがメルを優しく撫でてくれる。あー、安心感がすごい。メルが落ち着いてきたようだ。さて、そろそろ…
「もう大丈夫なの。ごめんなさいなの。マナおねーちゃん」
「え? おねーちゃん? すごくいい。あ、え、うん、いいのよ。さ、上に戻りましょう」
メルのペルソナが、マナのことをマナおねーちゃんと呼び始めちゃったよ。あー、仕方ない。マナのことはマナおねーちゃんだな。
「マナおねーちゃん。もどろう」
「あ、魔石!」
その後、全員で魔石を拾って地上へと戻った。特に隠し部屋というわけではないが、マッドワームの巣ということでギルドに報告をしておいた。
ダンジョンを出るところで配信を再開した。ダンジョンから無事に出たところを見せておかないと心配する視聴者がいるからだ。
「では、エバーヴェイルちゃんねる、またみてねー」
「またみるの。おねがいなの」
そんなわけでエバーヴェイルちゃんねるとしての初配信は完了した。
中年の魔法使いさんは、お礼を言って去っていった。多くはないが持っていた魔石を貰った。そして、拾ったという石板も貰う。
その場にいると騒ぎになりそうだったので、クランベースへと移動する。金子さんにも来てもらう。
「無事に戻れてよかったが、メルの嬢ちゃんのスキルは半端ないな」
「ちょっと動揺してたの。ごめんなさいなの」
「いや、暴発して味方を攻撃するとかじゃないし、問題ない。しかし、単独で戦う方が強い支援職ってなんなんだって話になりそうだな」
マナがそれを聞いてちょっと肩を落とす。
「メルは、マナおねーちゃんと一緒に狩りに行って楽しかったの」
「メルちゃん。かわいい」
ぎゅっと抱きしめてくるマナ。
「まぁ、そういうのは、着替えてからにした方がいいじゃないか?」
そういえば、汚れた装備のままだった。
「あ、そう。クランベースには大浴場があるんですよ。金子さんもお風呂入っていってくださいよ」
マナがそういうと金子さんもそのつもりだったらしい。
そして、俺はマナと一緒にお風呂に入る流れなのか? これは、ペルソナを切るタイミングが見つからないな。
いかがですか?




