第4話 メルと偽装
野獣の牙と共闘が始まります。
ヘリコプターが着陸するとギルド職員の方が待機してくれていた。
「こちらに野獣の牙の方たちが待機しています」
ダンジョン前には大きなテントが張られていた。そこには、野獣の牙の名前とロゴがある。どうやら、野獣の牙が張ったテントらしい。
テントに入ると人があわただしく動いていた。そして、小柄な男性が出迎えてくれる。喫茶店で店員していてもおかしくない優男だった。
「よく来てくれました。野獣の牙の代表、牟田遼です」
野獣の牙という名前にすごくマッチしない。辰巳さんのほうがお似合いだ。
「牟田さん、こちらがギルドから要請した回復職の金城メルさんです」
「要請にこたえてくれてありがとうございます。やっかいな敵なので、脳筋のメンバーでは救助者の安全まで守れないと判断してギルドに応援要請を出しました」
背後から2メートル近くある男性がやってくる。肩幅もすごい。
「一番脳筋なのは団長でしょう。猫かぶるのがうまいんだから」
ぼりぼりと頭をかく男性。ザ・前衛という感じだ。手には大きな槍を抱えている。
「狭間くん、俺そんなに脳筋?」
えへへとはにかむ優男は、そうは見えない。
「メルは支援と回復ができるの。敵も倒せるの。だから、がんばるの」
「俺たち、混沌の災禍は、嬢ちゃん、メルの護衛にあたる。よろしく頼む」
牟田さんが驚きながら返答する。
「よろしくお願いします。例の高山の事件に対処した方々ですね。それは心強いです。では、今回の作戦について説明します」
牟田さんは中へと案内してくれて、テーブルを囲むように集合した。
牟田さんの説明だと、野獣の牙を3部隊に分けて突入する作戦だという。今回、遭難事故を起こすに至った詳しい経緯は不明だが、イレギュラーなモンスターが発生したらしい。不可視のモンスターで、姿が見えない状態で忍び寄り探索者に襲いかかるらしい。
配信中に襲われた映像から、マンイーターの一種だと思われるが判然としない。新種だろうという話だ。マンイーターは、長い手足をもった黒豹のような見た目だが、人間のように二足歩行で切り結ぶこともでき、攻撃の幅が広くやっかいなモンスターとして知られている。
襲われたパーティはどれもCランク以上だったので、死人は出なかったという。攻撃力は高くないが隠密性が高いモンスターだというのがギルドの見解だ。
「少し違和感があるんですよね」
牟田さんは、そこまで話して、映像をいくつか見せてくる。
「マンイーターたちは、背後から奇襲をかけています。しかし、首や頭ではなく、肩や足なんかを狙っているんです。いくらでも致命傷を与えられるというのに」
「手加減してるってことかい?」
幸子さんが聞き返し、牟田さんがうなづく。辰巳さんが髭をもじゃもじゃと引っ掻くと大きく嘆息する。
「この遭難者たちを餌に、救助にきた探索者を殺るつもりってことか。そんなモンスターきいたことねーよ。本当ならやばすぎて手が出せねぇ」
確かにモンスターは集団行動はするが、高度な戦術などは持ち合わせていない。ましてや戦略などという次元はありえないとも言える。
「こいつらはパーティの要である回復職を狙ってきてます。そして、同じような装備で間違えやすい魔法職ばかりが襲われてます」
牟田さんの見立てはどれも的を射ていると思える。遭難者たちも13層と14層の間に逃げることになり、戻ることができなくなっている。
「そこで、3部隊に分かれて攻めます。1と2は攻撃隊です。なるべく体術にすぐれた者たちで向かいます。中に回復職のような服を着せたおとりを用意して誘いこみ、罠を敷きます。
そして、後続部隊として本物の回復職を配置した救助隊を編成します。念のため、服装などを前衛のものに変えて突入してもらおうと考えています。
ちなみに、回復職の方は、金城さん以外にもお一人参加いただきました。永見レイナさんでランクはDとなりますが、回復スキルのレベルが高いと聞いています」
永見レイナ? どっかで聞いたような気がするが。
「攻撃隊は7人構成を2組用意し、回復職の防衛には4人配置します。全員Aランク以上です」
名簿を見ると牟田さんが攻撃隊のリーダーをするようで、さすがのSランクだ。
「では、急ぎで悪いですが、1時間後に出発しますので、ご用意を」
そこからはギルドの担当者があわただしく衣装を運んだりしてくれる。
俺は更衣室として用意してあったテントの前に置いてあった服をとる。
「これ、メルが着るの?」
そこには軽鎧が置いてあった。軽鎧といってもビキニアーマーという奴に近い。胸には金属製のお椀が二つ、腰はスカート状になって、フリルが目だつ。色はピンクだ。
「すみません。ヴァルキュリアさんたちに借りてきたので、少し派手なんですが、前衛職用の装備なのでごまかせるかと思いまして」
ヴァルキュリアはいつか動画でみた、アイドル探索者たちだ。ギルドの担当者のおじさんは、メガネが曇るほどに汗をかいている。苦しいな、苦しい。
「本当にすみません。女性用というのは本当に少なくて。すぐご用意できなかったんです」
「大丈夫なの。メルはこれを着ていくの。武器はそのままでもいいの?」
もともとが長めの杖で槍のようにも見える。実際に棍棒として使えるくらいに頑丈なため、OKが出た。
それからは一人で着替える。テントなので外を人があるくと影がみえて落ち着かないが、仕方ない。メルの標準の服をさっと脱ぎ、下着姿になる。下着は名古屋駅の地下街にて購入し、準備をしたものだ。人生で女性としての2度目の下着購入だったが、フレイヤの時と違ってうまくやれたと思う。ちなみに、75のBカップだった。成長期だからなーとは思うが、アバターって成長するのか?
そして困ったことは…ビキニアーマーを着用するとブラが見えてしまうことだった。え? これってヌーブラが必要なんじゃね? まさか、ノーブラなのか? たしかに、これ裏地があるけど…。ペルソナさん、わかるかなー? だが、委ねてみるしかない。
「これ、水着と同じなの。そのまま着るしかないの」
仕方ないということで、ノーブラでビキニアーマーを着てみる。なんだか隙間が気になる。仕方なく、テントにあったテーピング用のテープで胸のぽっちを隠す。
割と悪戦苦闘してようやく着込んで、外にでると女性がいた。そして、思い出す。こいつ、マナに嫌味言ってた女だ。
「あら、あなた。名古屋から来たルーキーよね。私は永見レイナ。
ランクDだけど前衛もこなせるから結構強いわよ。あなた、GかFだと思うけど、調子に乗って死んだりしないでよね。人数多いと調子に乗る人って多くなるんだから。
でも、何?その恰好。アイドルじゃないんだから笑えるわ…露出も高いし」
永見レイナは日ごろから後衛向けの服ではなく、前衛向きのボディースーツを使っているようだ。その戦い方は嫌いじゃない。いや、むしろ好きかもしれない。しかし、この服は悪く言わないでくれ。ギルドのおじさんがかわいそうだから。ほら、横で灰みたいになっている。しかし、デフォで相手につっかかるのか? この女。
「金城メルなの。メルは死んだりしないし、誰も死なせないの」
そう答えると、嘲笑気味に永見レイナが何か言い返そうとするが、背後から声がかかって止まる。
「みなさん、準備ができましたか?」
牟田さんがやってきたようだ。その牟田の前に永見レイナがかわいらしく歩み寄った。
「牟田さぁん、はい、準備できました。わたしぃ、絶対役に立ちますから。もし、うまくやれたら加入の件考えてくださいねぇ」
さっきの永見レイナはどこにいったんだろう。猫なで声で牟田にすり寄っていくその変わり身は見習いたい。きっと、猫かぶりとかスキルを持っているはず。ぜひ、ほしい。
その後、幸子さんたち混沌の災禍とも合流し、救助隊の担当の探索者たちとも簡単に挨拶を済ませ、出発することになった。
「あなた、ヒールくらいはつかえるんでしょうね?」
永見レイナがそう聞いてくる。さっきの猫なで声に比べて1オクターブは低い。
「メルは、ヒールは使えないの。でも、回復スキルはもってるの」
ヒールは使えない。名前は違うが、より上位のスキルだ。
「まぁ、しょぼい回復でも無いよりはマシだけど…はぁ、私ががんばるしかないんじゃない。こんな素人を送ってくるなんて」
ぶつぶつと独り言に移行してくれたので放置。もし幸子さんが聞いていたら猛烈に反論しに割って入ってきそうだけど、混沌の災禍の面々は周囲の警戒ということで散開している。12階層までは異常が発見されていないため、移動を重視した隊列を保っているのだ。
12階層までは、先発隊がモンスターの排除に勤めていたこともあって、かなりスムーズに到着した。
「ここが、一時的なキャンプになります」
13階層に向かう階段の手前には、テントがあり、中には物資が置いてある。大きなテントも用意してあり、中にはシュラフが敷いてある。牟田さんの説明では、野戦病院的な位置づけらしい。
ここにきて皆が集合をかけられ13層への突入方法について再確認がなされる。みんな真面目に聞いているが、ちらちらと俺の方に視線が動くのがわかる。
これは仕方ない。なぜなら俺の恰好、めちゃめちゃ浮いてる。例えるなら剣道の大会にチアガールがまぎれている感じだ。いや、胸元はほぼ水着。それ以上のインパクトだ。
途中の休憩時に幸子さんから胸元や腰回りの修正をしてもらった、いろいろはみ出しそうで危うかったらしい。ちなみにこんな服を用意したギルド側には抗議すると言っていた。
それにしても、フレイヤで露出に慣れたと思ったが、アバターが変われば個性も変わるのか、メル自身は露出に慣れていないようで、かなり恥ずかしく感じる。早く突入が始まってほしいと若干赤面しながら切に願った。
ビキニアーマーは狙われないための用心です。
ギルド職員を悪く言ってはいけません。そう、仕事です。




