第28話 ひよりと懐柔
誘拐されたひより、一体どうなってしまうのか!
俺は俺7号。フラムを担当しており、金沢ダンジョンの別荘から、ひよりを誘拐したアビスヴォーカ部隊の様子の観察を継続している。すると、いよいよアビスヴォーカから声明が発せられた。そして、ガームドさんから連絡が入った。
「『エバーヴェイルの隼人ひよりを誘拐した。生きて返してほしければ、エバーヴェイルは活動を休止し、スタンピードに関わるな。活動休止している限り、生存は保証する』ですか。なんだか、消極的というのが印象ですね」
ガームドさんがそうコメントする。
「でも、その理由はわかります」
南さんは俺やひよりの顔を見て、少し笑う。
「彼らはエバーヴェイルを倒すことを諦め、消極的な手に出ざる得なかったということかと思います。多分、半年の間、エバーヴェイルの活動を抑え続ければ目的は達成できるからというのが深淵派の見積でしょう。私のスキルを使っても、エバーヴェイルが活動を止めれば、彼らの勝利は間違いありません」
ガームドさんは、いくつも質問を変更して選択肢を模索していたんだろう。その言葉には自信がある。
「それで、船内はどうなっていますか?」
「ええ、既に影子の分身によって制圧は完了しています。彼らは違和感を感じることなく、ミッションをこなしていると思っているでしょう」
笹木がそう返事する。
ガームドさんからの連絡の直前、ひよりは周囲の目がなくなった途端に、『ぽんぽこ分裂術』で20人ほど分身を用意し、透明化したまま船内に散らばったのだった。そして、数分後には、素直に言うことを聞くようになっていたのだ。
「すばらしい。南さんからの情報共有で分かりましたが、オーファンネストのメンバーとの接触はできそうですか? あぁ、千種さんは既に接触済みでしたね」
俺は船の周辺を観察していて、先ほど獣娘あらためライカとその相棒のヒプノが船に乗り込んできた。彼らを制圧するのは可能だろう。しかし、懐柔したいというのが今のエバーヴェイルとしての方針だ。
「ガームドさん。もうすぐ、ライカとヒプノとひよりが接触しますわ。まずは、彼らを説得するところから入りたいと思いますわ」
俺がそういうとガームドさんは「よろしくお願いします」と言い、状況の進展を待ってくれる。
ライカを観察対象にすると、船に乗り込む際に見張りの男から声を掛けられている。その男も影子のマインドコントロールが効いているが、違和感を持たせないレベルで通常の動きができるという浅いコントロールに成功している。
『旅行か? いいご身分だな』
おかげで、こんな軽口も叩ける。しかし、オーファンネストは嫌われてるなぁ。
『けっ、なんだと』
ライカが睨みつけるが、ヒプノが間に入る。
『まーまー、そう喧嘩しない。僕たちは何かあった時のための用心棒みたいなものだからさ。仲良くしてよ』
ヒプノがそういうと見張りは鼻で笑いながら道を開ける。そして、船に乗り込んだ後、ひよりが隔離されているエリアに向かっていく。この船にも詳しいことが分かる。
『ライカ。さっきの男、誰かに操られている可能性がある』
『あ? どういうことだ?』
ヒプノは振り返らずに答える。
『腹が立って催眠術をつかってみたけど効かなかった。すでに、誰かの支配下に置かれている』
『おいおい、いつもそんなことやってんのかよ。お前やばいやつなの? あーしでも我慢してるのに』
言葉を発さずにただ微笑むヒプノ。
『いやいや、なんか喋ってよ。怖い』
『そんなことより、今この船がどんな状態か確認すべきじゃないかな』
ライカが憮然とした表情だが理解はしているようで、周囲を警戒する素振りを見せる。動物やモンスターになれるから野生の勘みたいなものが働くのだろうか。
船内に入ると2人目のメンバーとすれ違う。ど
『ターゲットには近づくなよ。お前たちは、操舵室の隣の部屋で待機だ』
『わかってるよ!』
ライカが苛立ちを隠さない。相手はスルーしてどこかに向かって行った。
『彼も操られてるね』
『どう思う?』
ライカがヒプノに訊ねる。確かに悩ましい状況だろう。
『いよいよ、うちの組織が操り人形に成り果てたか。今日攫ってきたお姫様が何かしたかだね』
ヒプノの言葉に笑うライカ。
『お姫様って歳じゃねーだろ?』
『ちょっとした例えなんだけど、そこは置いておいて、お姫様は歳でなるものじゃないからね。隼人ひよりに会って確認したいね』
ヒプノはそう言うと操舵室のある方向ではなく、船室の方に向かって行った。
『見張りはちょうどいないね。中に入ってみよう』
ヒプノがドアを開けようとするのをライカが止め、そして自分で開けようとする。
『あーしが開ける』
中を見ると寝台があり、その手前に置いてある椅子にひよりが座っている。それもドアの方に向けて笑みをたたえて出迎えているのだ。その脇には縄などが丁寧にまとめられている。そして、隣には直立不動で立ち尽くすアビスヴォーカのメンバーがいる。目の焦点は合っていない。
『あんた。拘束も解いて…。その余裕。あー、もう、あんた強いだろう?』
ライカが頭を掻く。そして、ヒプノの方を見る。ヒプノは驚いた顔をしている。
『彼女は面白いね。すでに催眠術にかかっているわけでも無い。催眠術のとっかかりさえ無い。常人ではない反応だ。本当に人なのか?』
アバターの精神にあたるところは人間とは別構造かもしれない。
『人間ですよ? 常人ではないというのは肯定しますけど。ここでは手狭ですね。隣の部屋が広いのでそちらに移動しましょう。お2人には悪い話じゃないと思いますよ。飲み物も用意してありますから』
『あーし、震えてきた。こわい、こいつ怖い。拉致監禁されてるのに勝手知りすぎ』
ライカがあからさまに震える真似をする。ヒプノは感情の読めない無表情だ。
『僕も同じ意見だね。僕たちはどちらかというと君を助けにきたとは言い切れないが、敵じゃないと思ってもらえると助かるんだけど』
『怖がらなくてもいいですよ。敵でも危害は加えてませんよね?』
ひよりは隣に立つ男に訊ねる。
『はい、とても幸せです』
男はニヤニヤと笑う。顔色を悪くした2人は小柄なひよりの後ろをついて行った。
作戦室として使っていた部屋に入ると場違いな若い女性がいる。分身の1人が部屋を整えていたようだ。ちなみに資料などは別室に持って行った別の分身が解析している。
そして、この部屋のモニターには何やら映像が映し出されている。
『あなた方にはダンジョンを送り込んだ者たちの狙いからお話したいと思います』
どこから取り出したのか、指し棒を手に持ちひより女史の講義が始まる。
そこから20分の話の後、ライカとヒプノの表情が固まっていた。
『あーし達、騙されてたのかな』
『そうだな』
ひよりの言葉を素直に信じたようだ。
『あなたたち信じやすい性格なの? 嘘じゃないし、確証のある話を教えたけど、2人とも詐欺とか気をつけてね』
その言葉に心外という様子の2人。
『ライカは直情的かもしれないけど、それでも何でも鵜呑みにしないよ』
『あーしが直情的だって? ヒプノも大概だけど?』
『ごめんごめん。怒ったところも可愛いと思うよ』
真顔でそんなことを言われたライカは顔を赤くして黙り込む。
『何故信じたかなんだけど、最近ファーストが突然方針転換したんだよ。厳しい人だったし、ダンジョン保護に熱意があったんだけどね。スタンピードを誘発することに理由がないんだ。ダンジョン神が命じたとかね。それまでは、人一倍理屈っぽくて面倒な人だったのに』
ライカの顔色が戻る。
『繋がりのあった国から鼻つまみ者の探索者なんかを引き込んで組織を拡大したんだよね。あーしたちは、その…ファーストから世話をしてもらったから文句は言えなかったんだけど、ちゃんと抗議しておけばよかった』
ライカがため息をつく。
『深淵派からの介入でファーストの方針が変わったと思われたんですね。スタンピードの誘発方針もダンジョン人側の影響だったことが腑に落ちたということでしょうか』
『そういうことだね。僕たちも身の振り方を迷い始めていたし、そちらが問題なければ協力したい。エバーヴェイルの方針が当初のファーストと同じだからね。なんか親しみも感じるよ』
こうして思ったよりもあっさりとライカとヒプノの懐柔は進んだのだった。
そして、この講義の間、すでに船が動き出しており、湾から外洋に出ようとしていた。
オーファンネストの懐柔は進みそうです。




