第9話 フラムとアビスヴォーカ
そのころ、日本では。
俺は俺1号。今はフラムの姿でひよりとマナとクランベースに待機している。先ほどまで、フレイヤとアリスのダンジョン配信を見ており、ダンジョンボスとのやり取りで暴れたフレイヤのビキニが外れないかとマナが心配しているのを宥めながら視聴していた。ダンジョンボスが強化されていることはわかったが、フレイヤの力であれば問題ないだろうというのがエバーヴェイルの待機組の予想でもあった。
しかし、映っているボス戦よりもエバーヴェイルにとっても、ギルドにとっても問題となる事件が起こっていた。アリスからもたらされたダンジョンボスを強化する可能性のある魔道具の存在も、消えた幻影使いの男についても情報がもたらされた。既に12時を回っているというのに、南さんはギルド側との打ち合わせがあるといって出て行ってしまった。
マナがあくびをする。流石に眠いだろう。
「ごめんなさい。こんな時に」
恐縮するマナに仕方ないとひよりが答えるとひよりの端末にきた情報をかみ砕いて伝えてくれる。
「フラム。幻影使いの男につけた発信機の座標が来たよ。タイのバンコクに反応がある。これから分かるのは、一気に800キロメートルくらい移動したってことさ。この座標って見えるかい? 誤差は5メートルくらい」
俺は意識を集中する。緯度経度が書いてある訳だが、それで見えるものだろうか。しかし、心配することは無く、上空から次第に地上に近いところが見え始める。
「郊外の資材置き場のようね」
「あぁ、場所は合ってる。誰かいるかい?」
俺はその場で見回す。VRじゃないので、別に首を動かすこともないのだけど、気分でやってしまう。
「いいえ、誰も居ないわ。あら?」
見回していると足元に何かが落ちていることに気づく。それは、ひよりの作った発信機のようだ。とても小型なので視認できるのも不思議なのだが、それに気づいた理由がある。メモ用紙のようなものの上に丁寧に置いてあるのだ。それには、英語で『必死にあがいてみろ』と言ったようなことが書いてある。そして、何やらマークみたいなものが描いてある。
「発信機が見つかったみたいね」
ひよりが複雑な表情をしている。嬉しいのか哀しいのかわからない。
「もし、これがアビスヴォーカか、その類する組織だとすると、いい魔道具師か、感知能力の高い探索者がいるようだね。僕のさ、発信機って隠匿の魔法もかかっていてね。かなりの自信作なのに」
ひよりが自信を持っているのであれば、本当に見つかりにくいのだろう。
「こんなマークがついているんだけど、分かるかしら?」
俺がメモにマークを写すとひよりがそれを解析してくれる。
「これは、アビスヴォーカだね。相手の組織については詳しく分かっていなかったけど、これで、瞬間移動ができる能力、発信機を見つける感知能力、この前のサンフランシスコで見せたモンスターを使役する能力、少なくともエバーヴェイルに近い能力を持った組織ってことが分かる」
ひよりの指摘通りであればかなり危険な団体というのが分かる。
「アビスヴォーカが深淵派の手駒というのは確定なんですよね」
マナも会話に入る。フラムのダンジョン人の追加情報については、アバターからもたらされた物ではなく、あくまで調査結果として共有している。そのため、アバターのアップデートなど余計な話は知らないが、ギルドにおいても情報の最前線となっている。ちなみに、情報収集には、フラムの千里眼の能力がその点役に立ったという話をしており、信憑性が増している。
「勝手な予想なんですけど、もしかしたら、今回のタイのスタンピードは、エバーヴェイルの能力を測ることが目的なのかもしれません」
俺たちはその予想に黙ってしまう。
「あ、変なこといいました。ごめんなさい」
いや、そんなことはない。
「いいえ、その予想は当たっている気がするわ。もう少し聞かせてちょうだい」
俺がそう言うとマナが続けてくれる。
「フラムさん、分かりました。相手はダンジョン人の深淵派から支援を受けている可能性が高いんですよね。そこで、もし彼らがこちらが知っている内容と同じくらい情報があるとすれば、調和派とエバーヴェイルが協力してそうだと思われるんじゃないかと考えたんです。そうすると、深淵派としてはエバーヴェイルに何か対策しなさいってなるんじゃないかと思いました」
マナの話は当たっている気がする。アビスヴォーカが深淵派からスキル提供なりを受けていて、ダンジョンのスタンピードを人為的に増やすミッションがあるならばエバーヴェイルは邪魔な存在だ。
「僕も同意だね。なぜタイなのかと思ったんだ。前回はアルカトラズだったでしょう? ギルドの理事国が標的だったと思ったんだけど、今回はタイ。もちろんアジアでは大きなギルドだけど、標的になる理由が少ないのさ。そこで、日本からの単純な距離と考えると、エバーヴェイルが移動する時間を測ったり、対応人数を調べたりするのに使ったんじゃないかな」
マナが手を叩く。
「確かに実力を測るのにちょうど良いかもしれません」
そうなると今アリスがタイにいる事は知られているわけだ。でも、そうすると…。俺は気づいた事を口に出す。
「スキルの検証をするならば、距離を伸ばして続くかもしれないわね」
「タイのに次があるという事だね。そうすると、距離が倍くらいのギルドの本拠地あたりが怪しい気がする」
ひよりがモニターに映し出された世界地図を指差す先にはスイスが映し出されていた。
「あとは、何か所か同時にスタンピードを発生させて対応能力を見るとかも考えられる」
ひよりはダンジョン情報を更新した世界地図を見せてくれる。そこに、対応可能な探索者の人数やレべルが重ね合わされる。探索者が少なく危険度が高い場所が赤く色づけされていて分かりやすい。大都市圏や地方の都市部に重なるようにダンジョンが多いし、そこは常駐しているクランも多く、赤い色はほとんどない。
しかし、都市部を外れたところには、途端に赤い地域が増える。今までダンジョンが少ない地域にはクランどころかパーティもほとんどいない。地方自治体が対処しようとすれば、高いお金を払って探索者を雇う必要がある。もちろん、ギルド側が諸費用を補填して探索者を雇うこともある。しかし、お金があっても人材が居ないという地域は必ず発生してしまうのだ。
「スイスの都市部は良いんだけど、辺鄙な山岳地域に出たダンジョンは攻略が大変だと思うのさ。もちろん、他の国もそういう場所は多いんだけどね」
ひよりが危険度の高いところをマーキングしていく。
「この情報をギルド…ガームドさんと共有したほうがいいですよね」
マナの提案に、ひよりは直ぐに情報を共有してくれる。同時にフラムで得た情報も伝えるのを忘れない。そうこうしていると、アリスが1人でクランベースに戻ってきたのだった。
「わっ。みんなまだ起きてたの? 怪しい男から奪った魔道具を持って帰ったよ。ひよりに渡そうと思って」
ひよりは嬉しそうに受け取ると調べ始めるのだった。
「大丈夫。若いから! 朝まで頑張れる」
いやいや、中身はマナより歳上だから。そんなツッコミを心で入れつつ俺も寝る気がしないのだった。
長い1日になりそうです。




