第8話 アリスと幻影使い
ダンジョンボスとの戦闘の続きです。
俺は俺6号でアリスを担当している。フレイヤ必殺の攻撃のはずが、トライヘッドドラゴンは倒れず、反撃までしてきたのだ。俺がフレイヤを弾き飛ばしたおかげでダメージまでは入っていないようだが、服に何かかかったようで慌てて服を脱いでいる。最近、装備の下に着けるのは水着と決まっているので脱ぎっぷりに躊躇いが無い。
フレイヤが追撃されないように、その場からフェザーステップで離れた。トライヘッドドラゴンは動いていない。まったくダメージがない訳ではなかったようだが、あの攻撃で消滅しないのは不可解だ。
視界が晴れてきたおかげか、ダンジョンガイダンスがこちらの姿を映している。いや、水着姿のフレイヤをしきりに映している。コメントが滝のように流れるのでよくわからないが、盛り上がっているようだ。
「フレイヤ。大丈夫?」
怪訝な表情をしているフレイヤに声をかける。
「酸ね。水蒸気に乗じて吹きかけてきたわ。アリスが押してくれたおかげで助かったわ」
肌には掛かっていないようで、酸による火傷は見えない。
「もう、油断しちゃだめって言ったのに」
俺の苦言にフレイヤが頷く。
「閉鎖空間で出来る攻撃としてはかなり強いのだけど。水蒸気で視界が悪くなったのは、よくなかったわ」
俺は防御も上げるため防御系の炎を身に纏う。
「酸の攻撃よりは、わたくしの攻撃でも倒せていないことが問題ね。想定よりも強いわ」
想定よりもかなり強い。何か外力が働いているんだろうか。
「聞いてた話と違うね。ちょっと気になることがあるから、影子を出すわ。インビジブル使って周辺警戒するね」
最近、影子遣いに慣れたもので、インビジブルを唱えてから影子に変身し、影子の分身をしてから、再びアリスに戻ってインビジブルを解除する。
これで、わずかに2秒だ。周囲には透明化した影子が数人配置されたのだろう。影子からの情報共有によって、こちらを伺う別の存在を感じ取る。
「やっぱり変。誰かに見られてる。フレイヤはボスのお相手をお願いね。補助に影子3人つける。1人はアリスに変身させるわ。私は、別のお客さんの注文を聞きに行くわ」
フレイヤに耳打ちすると、俺はインビジブルを使い、その場を離れる。ダンジョンガイダンスに映った映像は変わらずフレイヤとアリスが2人で対処しているように見えるだろう。
俺は隠密とインビジブル、その上、レビテートを使い地面に足をつけないまま転移し、いつのまにか現れた乱入者の背後に回り込む。しかし、その乱入者はインビジブルを使っているようで、ラビリンス・ドリフトでの感知じゃ無いと存在がわからない状況だ。
感知した情報からすると小柄だ。顔などまでは分からないが、起伏のない体からして男性かと思う。しかし、ウェットスーツみたいなきつめの服を着ている場合は明確にはわからない。
敵対しているかは分からないが、警戒してもしすぎることはないだろう。俺はマジックバッグから拘束用の縄を取り出す。モンスター用でオーブマシナリが出している製品だ。
それを投げつけると手応えありだ。声を抑えているが、縄の動きで分かる。
「どこの誰かわからないけど、おとなしくしてね。乙女の死闘を潜んで見てるなんて、タダ見は許さないんだから」
何も声を発しない。仕方なく、俺はその人物を軽く蹴る。軽くだ。軽く扉とかが吹き飛ぶくらいの力だ。そして、地面に転がった跡がつき、透明化が解除される。現れた姿は、探索時の服装のメルだった。なんでメルが? 警戒はしつつ、こちらも透明化を解く。周囲には3人の影子が透明化したまま待機している。
「待つの。応援にきたの」
拘束用の縄が服に食い込んだメルが声を上げる。
「どうして? ジェシーと一緒に浜辺で回復しているんじゃなかったの?」
「ええ、ジェシーと一緒に回復したの。でも、ほとんどモンスターを倒し終えて回復も十分間に合うからって、ジェシーがこちらに応援に行けと言ったの。私の回復魔法がないと大変だろうからって」
メルは転がったまま、そんな理由を述べる。私って言ったね?
「そうなんだ、ありがとう。ところで、どうやって来たの? 海に潜ってきた?」
「地元の探索者さんに助けてもらったの。ダイビングは初めてだったけど、なんとかなったの。連れてきてくれた人たちは入口付近で待機しているの」
メルならアリスに変身して転移すれば良い話だし、念のため、ダンジョンの入口を感知するも、そんな人影は無い。
「そうなんだ。大変だったね。ごめんね。その縄解くからちょっとまってて。あれ、初めて使うから、ここだっけなぁ」
俺は縄の外し方を思い出している振りをしながら、メルを担当している俺4号に交信する。俺4号はすぐに返事をくれ、現在ジェシーと海岸沿いで内陸に逃れたモンスターを排除しているという話をしてくれる。交信に拳の音が鳴るのは初めて知った。
「あの、なんだかきつくなってきたの」
メルの姿をしているので、なんだか虐めているような気になるが、こいつは偽物確定だ。
「ちょっと待っててね。ビリっとするかも」
影子の分身が電撃をお見舞いする。意識を狩ることに成功したら、そこにはメルには似ても似つかない小柄なおっさんが横たわっていた。見覚えは無い。影子がさらに男の頭についているカメラを破壊する。
「もう、盗聴や盗撮の類はないですよ」
「ありがとう。それにしても、さっきのは幻影とかかな? メルと口調まで合わせてきたわね。私たちじゃなければ騙されてたかも」
影子が首を横に振り不敵な笑みを浮かべる。
「おらの変身術に比べてお粗末です。あんなに転がっているはずなのに服が綺麗すぎましたし、ダイビングした割に髪が濡れてませんでしたからね」
影子が得意げだ。
「そうだね。しかし、そんなに強くなかった。トライヘッドドラゴンが格段に強くなった理由は別口なのかな?」
「これが原因かもしれません」
影子がクナイの先にぶら下げたものは、何かの魔道具のようだ。
「ひよりに見せたら解析してくれるかな。ひとまず、フレイヤの応援に…って、終わってる」
先ほどから水柱がいくつも立ち上がる様は捉えていた。フレイヤが何やら斧みたいな形状になった炎を振り回して3つめの首を断ち切ったところが見えた。振り回すというのも手にもってというわけではなく、投げ斧の要領で10個くらいが乱舞しているのだ。
「何か新しいスキルを編み出したのね」
「アリス!」
油断していたわけではないが、全く動きのなかった男から黒い影のような物が染み出し、男はその中に沈み込んでいく。そして、周辺に何かを放出しようとしていたので、転移で離れる。影子の分身は、影に何かを打ち込みつつ離脱した。
煙のようなそれはその場にとどまり、そして、霧散した。
「なんなのあれ」
「おらもさっぱり。魔道具はマジックバッグに入れて保管したので大丈夫でしたが、本体には逃げられましたね」
「逃がしたんでしょ?」
「おらって有能なくノ一なんです。ひより謹製の発信機をつけました」
ガッツポーズを可愛くとる影子の分身。
「まずは、フレイヤと合流して、ダンジョンから離脱ね」
ダンジョンを攻略するとダンジョンが消滅する。その際、中にいる探索者は外へと転移するらしい。この話はガームドさんに聞いた。
フレイヤの方を見ると、ダンジョンガイダンスに向けて手を振っている。フレイヤが無邪気に手を振るものだから、ダンジョンガイダンスが釘付けになっている。おかげでダンジョンガイダンスから見て死角になっているので助かる。そして、アリスに変身した影子の分身がMCを継続している。
「ダンジョンボスの討伐完了しました。タイのみなさん、安心してくださいね! では、ここで配信を終了します。エバーヴェイルちゃんねる、また見てくださいねー」
こうしてスタンピードは決着が着いたが、新たな謎が舞い込んだのだ。既に夜中の12時をまわっていた。これはまだ眠れそうにないなと覚悟を決めた。
何やら怪しい者が現れました。




