第20話 アリスとアクセル
アリスの活動です!
俺は今、アリスとして活動している笹木本人なわけだが…。少し困った状況になっている。
「俺はきっと強くなる、そして、君にふさわしい男になる!」
ジェシーの後、俺と腕相撲で勝負をした身長2メートルくらいの大柄の探索者、名前をアクセル・デューンというアメリカの探索者がアリスに交際を申し込んできたのだ。
「俺は今まで俺よりも強い女性に逢ったことが無かった。狭い世界で生きてきたことが恥ずかしい。俺は、俺は、もっと鍛えて、君にふさわしい男になる!」
メルが何度か回復を施してくれたし、精神的にも回復するような回復魔法も使ってくれたのだが、この調子だ。つまり、これは正常なのだ。
「おいおい、アリスより強くなるというのは、かなりハードな道のりだぞ? 単純な腕力なら、父親のおれよりも強いからな」
ジェシーは苦笑する。ねぇ、パパ。もっと俺を倒してからにしろとか、そういう話で蹴ってくれないですかね?
「もう、いい加減にしてよね。付き合うつもりはないから」
しっかりとお断りをしておく。
「今はそれで構わない。今回、安全地帯を作ってもらえるラスベガスのダンジョンが俺のクランのメイン狩場だから、そこで俺はレベル上げを目いっぱい行う。いま、レベルは200を超えたところだが、まだ足りない」
ギルド側は探索者のレベルやステータスについての管理はしていない。スキル情報については、ヒアリングはするものの公表するようなことはしない。しかし、ビッグデータとして、探索者のレベル調査は行っている。それによるとAランクの探索者のレベルの中央値が250くらいと言われている。
そして、俺のチャットアプリ (GuildLink)に、アクセル・デューンが加わった。
その後、酒場では飲み会が始まった。夕方が近づくと、店にニーナが加わる。服飾の勉強をしているということで、マナが行っているE&Sのブランド展開の話をフレイヤと一緒にしている。ダンジョンガイダンスを持ち込んでいるおかげで翻訳も可能で会話もスムーズに行えているようだ。
メルは、いっぱい食べて満足したのと、酒場としての時間が始まったことで、2階の部屋で休ませてもらっている。南さんは、米国ギルドの担当者とダンジョン事情なんかを聞いており、そこに、ジェシーと俺、アクセル・デューンが加わる。
アメリカのダンジョンは、州ごとに設置されたギルド支部により管理されており、専属のクランがダンジョンの管理を受け持つという形を取っている。当然、どこのダンジョンを攻略してもいいのだが、スタンピード抑制なんかを行うためにも一定数の攻略が義務付けられている。
そして、話題は今日のテロリストに向けられていく。米国ギルド職員が、背景情報を含めて教えてくれる。
「アビスヴォーカは、深淵の声という意味で、ダンジョンから聞こえる声を聞く者を指します。ダンジョンが神聖なもので、その声の代弁者としてダンジョンを守るといった思想のようです。そして、そのダンジョンを侵攻し、魔石を搾取するギルドとは敵と認識しています」
組織の規模などを聞いてみる。
「実はアビスヴォーカといっても思想だけ賛同するネット上の活動家や、武力を以て活動している過激派もいます。ダンジョン自体は魔石資源でもあり、今では国もダンジョン攻略を進めています。そのため、ここ最近、アビスヴォーカの活動は下火になっていたんですよね」
そして、今回のテロリストは予想通りアビスヴォーカの過激派だったそうだ。
「だが、倒した奴らも少なくともレベル100は行っている探索者の身のこなしだったがな。ダンジョン保護をしているはずが、モンスターを倒して経験値を稼ぐのは矛盾しているな」
ジェシーが皮肉な現実に笑うと、ギルド職員はビールを引っ掛けて答える。
「アビスヴォーカも純粋にダンジョン保護を訴えている者は少ないんですよね。ある意味、政治や経済に働きかける一種の装置として、ギルドに代わって儲けたい誰かが資金援助していたりするわけです。
しかし、今回ジェシーさんのおかげで下っ端の実行部隊ではありますが、生かして捕らえることができました。多少、痛んでいましたが、生きているのが大事です」
アクセルがテキーラをちびちびとやりながら、それに対してコメントする。
「俺も映像を見せてもらったが、次々にやられていく武装集団が滑稽だったよ。殴りかかろうとして自分で転んだり、ガラスに突っ込んだり。あんた、一体どういう武術の使い手なんだ?」
ジェシーが肩をすくめる。
「気になるなら、どこかで教えてやってもいいぞ」
「ほんとか!?」
なぜか、意気投合する2人。
「どうした?」
俺がじっと見ているとジェシーが訊ねる。
「なんでそんなに仲がいいのよ?」
「だって娘のボーイフレンドだろう? 中身を確かめてやらないことには判断がつかないからな」
ニヒルに笑うジェシー。おいおい、なりきりが過ぎるが、ほどほどに付きあってやる。
「誰がボーイフレンドよ。ただの知り合いよ」
アクセルが、わざとらしくため息をつく。
「俺、こう見えても結構モテるんだが、こんなに脈がないのも初めてだ。俄然、やる気がでてきた。ジェシーに教えてもらう武術を加えて、絶対Sランクに上がってやる」
「強くなったからって付き合うとか言ってないんですけど…」
「そこは気づかないふりをしてくれよー」
そんな感じで、アクセルは気のいい奴だった。安全地帯の構築についても本当に感謝しているようで、護衛についてもボランティアで行うとまで言っていたらしい。
しかし、「良いやつじゃないの」と言った後に、将来設計の話を始めたので、すぐに話題を切った。
そして、明日からのスケジュールの話になった。
「明日はサンフランシスコダンジョン、その後が、ロスにいって、そこからサンディエゴに転戦だな」
日本みたいに1日1か所作戦で行こうと思っている。
「明日のサンフランシスコダンジョンは、俺も付いていかせてくれ。護衛なんて大それたことは言わない。勉強したいんだ」
ジェシーと俺と南さんとで、少し相談する。そして、一案を南さんが出してくれたので、それで行こうとなった。
「じゃあ、明日の昼くらいには9階層にいくから、そこで合流しようじゃないか。アクセルも知っているかもしれないが、アリスはダンジョン内を転移できるから、そこからは足手まといだ」
アクセルはテキーラを飲み干し、感謝すると言った。
「パパ、サンディエゴの後は、ラスベガス?」
10個の都市を移動すると言っても通常は国内線の移動だ。しかし、今回もダンジョン間の移動を行うことを計画している。
「ラスベガスはじめてだなぁ。カジノ行ってみたいなぁ」
俺がジェシーにそういうと、アクセルが口をはさんでくる。
「カジノいっても、すっごい限られた場所でしか探索者はゲームできないだけどな」
「え? どうしてなの?」
唖然とする俺に向けて南さんが教えてくれる。
「探索者の身体能力があれば、勝てるゲームが多いからですね。探索者であることが有利にならないゲームしかできないので、探索者はアクティビティやレジャーとして行くことが多いそうですよ」
知らなかった…。
「ショーなんかもあるから、そんなに落ち込まなくてもいいぜ。着飾って、夜に繰り出すのも楽しいもんさ」
アクセルのクランはラスベガスダンジョンを根城にしているそうだから、色々詳しいんだろう。
「来てくれたら、案内するから!」
アクセルの圧が強い。さりげなく手を握ろうとしてくるから跳ねのける。しかし、「反射神経が高い、すごい」とか言いながら顔を赤くしているので困る。
夜も9時を回ろうかとしていたところで、ニーナが話しかけてくる。
「アリス、今日も上に泊まっていくよね? 女の子たちなら泊まっていけるよ?」
南さんも含めて大丈夫らしい。
「あぁ、泊まっていきなさい。おれはホテルで泊まる」
そういう事で、ジェシーはアクセルと次の店に行くぞと言って出ていき、ギルド職員さんは帰っていった。
。
「さぁ、女子だけで飲みなおしよ? さっきのアクセルの評価を聞かせてね」
ニーナにそんな話を振られる。所謂女子会は自分会議で慣れているが、コイバナはまだ慣れていない。アリスのペルソナに任せるか? いや、アリスのペルソナがもしアクセルが好みなら面倒なことになる。そこで、最初に断っておくことにした。
「脈はないわよ?」
「またまたー。結構いけてたよ?」
俺のそっけない返事にニーナが食い下がる。そして、結局コイバナを交えつつ、夜の2時過ぎまでお話は続いたのだった。
女子会の半数が笹木というのも見慣れたものになりました。




