第19話 アリスと腕相撲
サンフランシスコ編です!
俺は笹木で今はアリスの姿だ。サンフランシスコ国際空港に着いた後、ひと悶着があり、昼過ぎに空港の外へ出ることになってしまった。アビスヴォーカというテロリストがギルド幹部を誘拐しようとして待ち伏せていたらしいが、その幹部たちの席をエバーヴェイルが使ったものだから、ジェシーというテロリストの天敵と直面することになってしまった。彼らには同情するが、さすがにちゃんとお目当てのギルド幹部たちが航空券をキャンセルしたことを調べてほしかった。どうやって調べるのかは分からないが、それくらいやってほしいものだ。
ところで、テロリスト騒動があったために、米国ギルドの担当者が迎えにきてくれる手筈が狂ってしまっていた。遅れて合流したいという連絡が南さんのところに来たため、先に昼食を取ることになった。
「おなかすいたの」
事情聴取されている間、広くて何もない会議室に置いておかれたせいで、俺も腹が減ってきている。
「メルちゃん、南さんの作ってくれた観光マップで行きたいところある?」
マナがメルを気遣って訊くが、俺が提案する。
「私の知ってる店にいかない? とてもおいしい魚介の料理を出してくれるのよ」
みんな異議なしということで、俺がサンフランシスコで唯一知っているお店にみんなを連れていくのだった。
店にタクシーで乗りつけた時にはランチタイムを少し過ぎた頃で、店にお客さんも少なくなっていた。先日、サンフランシスコにラビリンス・ドリフトで飛んだ時にやってきたお店だ。
「アリスじゃないか! まだ、サンフランシスコにいたんだね。おい、ニーナ、アリスだぞ。アリスが来てくれたぞ」
店主さんが奥からわざわざ出てきてくれる。奥からニーナの「ちょっと待って」という声も聞こえる。
「今日はお友達も一緒かい?」
「こっちはパパのジェシー。あとは、同じクランのフレイヤ、マナ、メル、そして、南さんよ」
「クランてことは、探索者だったのかい?」
店主が驚いている。ウェイトレスが本業だと思っていたらしい。
「そうなの。パパ、前お世話になった店主さん。ここの2階に泊めてもらったのよ」
ジェシーと親子ムーブをやってみる。
「娘が世話になりました。アリスがここの料理を食べさせたいというもので押しかけました」
ジェシーと店主さんが握手をする。
「こりゃ強そうなパパさんだ。もしかして、あなたも探索者ですかい?」
ジェシーが料理の方が得意ですけどねと笑う。
「立ち話も何だ、入ってくれ。サービスするぜ」
お腹が空いてしょんぼりしていたメルが席につくと、メニューを食い入るように見ている。
「おすすめの牡蠣はある?」
「あぁ、新鮮なのがあるからな。すぐ出せる。そっちのお嬢さんはお腹空いているみたいだから、先にサラダか何かを出そうか。カニがうまいぜ」
メルは英語がわかっていないようだから、通訳してあげると、喜んでいる。しかし、ニーナが夜までの時間、別件で抜けるらしく店主が忙しそうにしている。
「私も手伝うわ飲み物くらいは作れるもの」
そこで俺は店のエプロンを貸してもらい、配膳や飲み物の準備を手伝う。
「このお店、例の記事で見ましたね」
南さんが笑っている。マナもつられて笑う。
「あたしも見ました。たまたまお手伝いしたアリスさんが凄腕ウェイトレスて書かれてましたね」
俺はみんなからの注文を厨房に伝え、簡単な飲み物は自ら用意して配膳する。そのうち出来上がる料理も出し始めると、皆が歓談を始める。フレイヤはワイン。メルとマナは、りんごのソーダ。南さんとジェシーは、炭酸水を飲んでいる。
「牡蠣が美味しいの」
メルがちょっとウルウルしている。よほどお腹が減っていたらしい。
その時、お店に小柄な男性と大柄な男性の2人が入ってくる。いや、小柄と言ったが、そちらでも180センチメートルくらいの身長はある。ハイヒールを履いたアリスでちょうど目線が同じくらいだ。すると、大柄な人は見上げてるし、ジェシーよりも大きいから2メートルあるかもしれない。いらっしゃいませと席に案内しようかと思うが、
「あ、こちらです」
南さんが日本語で対応している。どうやら米国ギルドの人間らしい。俺はみんなが座るテーブルの隣に案内する。
メニューを渡して、一度バックヤードに引き上げる。ボイルしたロブスターが美味しそうだ。店主が小皿に分けてくれて、俺に食べろと勧めてくれる。
「美味しい」
ロブスターのぷりぷりした身にほんのりした甘みと塩味が身に染みる。米国ギルドの人たちも何か食べるみたいだ。俺は注文を受けに行った。
「ビールとシーフードプラッター」
大柄な男性が注文してくる。
「私は炭酸水をください」
小柄な方の男性が、酔っ払わないで下さいよと言っている。
食べながら話が進んでいる。俺は、店主の手伝いをしながら話を聞いている。観光エリアのせいか、ランチタイムを外れてもお客さんがちょこちょこ入るのだ。
小柄な男性が米国ギルドの職員で、今回の安全地帯に関する依頼内容を改めて共有にきたらしい。事前にもらった資料では、アメリカにある深層まで攻略している10個のダンジョンに各2箇所ずつの安全地帯を作る依頼だ。
そして、大柄な男性は、その護衛にと依頼された大手クランの探索者だそうだ。アメリカダンジョンの深層はAランクでも手こずる場所が多いらしく、この彼はAランクでも上位ということだ。
「娘と2人の方が仕事がしやすいんだが」
ジェシーが困った顔をする。南さんが事前に話をしていたはずだが、米国ギルド側の好意でつけられた護衛らしい。
「中年の男性と若い娘だけで行かせるわけには行かないだろ? どっちもDランクだそうじゃないか。はー」
大柄の男性は、そのダンジョンをよく知っているのだろう。心配半分、呆れ半分くらいの言い回しだ。
「じゃあ、おれと力比べをしてみるか。護衛はいらないとわかるから」
ジェシーが悪い顔をしている。
「あん?」
どうやら、腕相撲をすることになったらしいが、店のテーブルだと壊しそうだ。そこで店主に相談すると、店の外にちょうどいい平な岩があるらしい。たまに酔っ払い達が腕相撲を競うとか。
そこにメンバーを引き連れて向かうと、大柄な男性が腕まくりをする。なんか、集まってきた観光客がその筋肉を撮影しまくる。
「ほどほどでお願いします。ジェシーさん」
不安そうな南さんにサムズアップで答えるパパ。本当に大丈夫か? まぁ、メルがいるから怪我については大丈夫か。
そして、ジェシーと大柄の男性との腕相撲対決が始まる。審判役は何故か店主がやっている。店のお客さんも見物に来ているからいいのかもしれないが、本当に大丈夫か?
そして、その一戦は一瞬だった。ジェシーの腕が膨らんだように見え、大柄の男性の体が浮かぶくらいの勢いで勝負がついた。やり過ぎだろう。
「う、腕が」
どこかを痛めた様子の男性だが、メルがトコトコと近づくとサッと治してしまう。
「あれ、痛くない。ふむ、完敗だ。あんたには護衛はいらないのは理解した。しかし、娘がいるんだろう? あんたが安全地帯を作っている時に無防備になるだろう。それまで、守れるのか?」
ジェシーはニコニコしている。なんか、悪い予感がする。
「じゃあ、その娘とも腕相撲をしてもらうか。アリス。こっちにいらっしゃい」
手招きされる俺。周りの観光客を含めて俺に注目が集まる。
「え? 彼女はその店のウェイトレスだろ?」
「いや、彼女は探索者だよ。たまたま手伝ってくれてたんだ」
レフリーをしてくれている店主が否定する。観客から声援が飛んでくる。俺は仕方ないと腕まくりをする。
「負けんなよー」
「モデルみたいに細いし美人だぞ? 流石に俺でも勝てそうだ」
ガヤガヤと周囲がうるさい。2メートルを超える男性と腕相撲の態勢に入ると、体の厚みも加味して、大人と小学生女子みたいな体格差に見える。
「レディ!ゴー!」
俺は瞬間的に力をこめる。主に足技を好むアリスだが、腕が弱いわけではない。戦いのスタイルというだけなのだ。そして、そのパワーはジェシーよりも上だったりする。そして、さっきのジェシーの時よりも高く男性の体が浮かび上がった。錐揉み状態で危ない落ち方をしそうだったので、思わず岩を越えて体を抱き止める。お姫様抱っこをしてしまったが、大きすぎて手足が地面にぶつかる。頭を守ってあげたので、まぁ良いだろう。
そして、周囲が静まり返っている。
「アリスさん、やり過ぎです」
静寂の中、南さんがボソっとつぶやくのが聞こえる。ごめんなさい、やり過ぎました。
感想へのお返事遅れておりますが、必ずします。
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