第18話 ジェシーとテロリスト
ジェシーたち、アメリカに行く!です。
俺は笹木。この頃、アリスを担当している。なんと今、アリスの俺と、ジェシー、そして、フレイヤとメル、そしてマナと南さんの5人でアメリカ行きの飛行機に乗っている。なんと、ファーストクラスだ。ビジネスクラスにも乗ったことが無いのに、ファーストクラスに乗るなんて思わなかった。半個室で席が広々としている。乗り込むときも、他の乗客と別れていたおかげで騒がれることもなかった。
事の発端は、俺が単独でこっそりとサンフランシスコに行った後、ジェシーとアリスの2人でやろうとしていたアメリカ側のダンジョンに安全地帯を作る計画に、南さんを連れ出そうとしたのだ。
しかし、ジェシーとアリスの2人だけと同行したら、きっと南さんも仕事として来てしまうだろうということで、フレイヤとメルとマナもやってきてもらったのだ。3人は、エバーヴェイルの番外編として、アメリカ旅行として幾つかのダンジョンを訪問しながら、その町で美味しいものを食べるという企画を立てており、そこに南さんを連れ出すという寸法だ。それも仕事に変わりはないのだが、仕事が2割くらいだから、羽も伸ばせるだろう。
「りんごジュースをくださいなの。スナックっておかわりなの」
「はい、こちらをどうぞ」
メルが何度目かのおかわりを頼んでいるのが聞こえる。メルは相変わらずいっぱい食べるし、フレイヤはワインを何度目かのお代わりをしている様子だ。
ところで、このメンバーがどうやって出国できたのかを振り返る。南さんとマナ以外は、アバターな訳で日本の戸籍があるわけでもない。ましてや、どこかの国に所属しているということもない。
それでは、どうやって出国したかだが、ギルドがダンジョン管理監査機構通行証と呼ばれるものを発行してくれた。これは、ダンジョンスタンピードなどの際に、支援する探索者やギルド職員たちが入国のトラブルに合わないようにするために作られた制度で、この通行証があればギルド加入国には出入り自由となる。ちなみにダンジョンによる難民にも発行された過去もあり、身分証代わりになるという緩さだ。
その緩さを今回活用したわけだ。日本ギルドに相談したわけではなく、ガームド局長を通じてダンジョン本部側に相談した時、フレイヤ、ジェシー、アリス、メル、ひよりについて、まとめてギルド・パスが発行された。発行に際して必要とされたのが、名前、性別、生年月日、そして、ギルドに登録されている生体情報だ。ある意味、それだけの情報で通常のパスポートよりも強力な通行証明書が得られるのだ。
南さんの補足情報だと、最近はギルド・パスの発行はギルドの要人など限られたメンバーになっているらしい。その点、エバーヴェイルは魔装開発局の共同研究先であり、ギルドにとっても重要なポジションなので、ガームド局長が手を回して、即日発行されたのだった。日本国内でも東京ギルドでしか発行できないらしく、東京ギルドからわざわざ職員さんが運んできてくれたのだ。
そういうことで、エバーヴェイルは、ギルドという現代社会においても堅い組織による身分証明が為されたメンバーを抱える奇妙なクランとなったわけだ。
横に座っている南さんが物憂げにしている。
「あのー。笹木さんを残してきましたけど、大丈夫でしょうか? ひよりさんは転移の開発が本格化して、魔装開発局に通い詰めですから、仕方ないとして…」
南さんが俺に話しかける。南さんに心配されている俺。そんなに頼りなかっただろうか…、いや、頼りないかもしれない。
それを聞いたフレイヤが声をかける。
「彼は実家で過ごすそうだから大丈夫よ。それにきっとみんなの土産話を聞くだけでも楽しんでくれるわ」
「そうなんですね。では、寂しいこともないですね」
よかった。寂しがっていないかどうかを気にされていたようだ。その後、晩御飯も食べる。ジェシーパパが料理について美味しいと感想を伝えてくる。その流れで調理方法について教えてくれようとするのを制す。俺は俺でCAさんの配膳の効率的な動きをしっかり観察しないといけない気分になっているのだ。
「仕事なのに、こんな贅沢してもいいんでしょうか」
南さんが言うには、ギルド本部の幹部による視察旅行が中止になった枠をガームド局長の権力で融通してもらったらしいが、明らかに一般の職員が出張で使う待遇じゃないと何度も言っている。
「南さん、エバーヴェイルのメンバーなんだから気にすることはない。その分、ダンジョン攻略に貢献していけば、誰も文句は言わないさ」
ジェシーが言うと説得力がある。ダンジョン攻略のスピードが上がったらしく、算出される魔石が前年度の倍ちかくに上がったらしい。
「そうですね。せっかくなのでファーストクラスは楽しみますね」
南さんのおかげで、マナもE&Sとの取り組みで活躍できているので感謝しかない。そんななか、メルは機内食が足りないらしく、マナから少し貰っていた。そんな姿をCAさんが見かけて、多くの機内食が余っているらしく機内食が何個も追加されていった。勢いが衰えずに楽し気に食べ続けるメルにCAさんも楽しそうに配膳をしている。
そして、10時間ほどの旅は終わり、サンフランシスコに到着した。俺は最近来たなと思いながら空港に降り立つ。空港は初めてなんだけどね。
「こちらも冬はやはり寒いわね」
フレイヤが長袖とは言え肩出しだったり、タイツを履いているがミニスカートだったりするので、季節感は無い。
「私はダメ。寒いわ」
俺は今回少し厚めのコートを羽織っている。前回よりも防寒対策を強化している。
「フレイヤさんは本当に寒さに強いですね」
南さんも寒そうにしている。
「本当なの」
メルは、厚手のワンピースの上にモコモコした可愛げなコートを着ている。隣のマナが、メルのそのモコモコをちょこちょこと握っている。確かに握りたくなるな。
ジェシーはワイシャツに黒の皮ジャンを着ている。なぜか険しい表情をしている。
「どうしたの? パパ」
そういうとジェシーこと俺5号が、耳打ちをしてくる。
「あちらに武装した集団が潜んでいるな」
テリトリーで感知したんだろうか。それを聞いて近距離では精度は及ばないが、俺も感知してみる。確かに、俺たちが向かう先に武装した集団がいる。ファーストクラスの乗客向けのエリアだから、こちらを狙っている? しかし、武装については詳しいところまでは分からない。ファーストクラスの乗客は俺たちしかいないので、周囲に人もいない。
その時、ジェシーが南さんに何かを耳打ちするが、南さんは首を横に振る。
「お嬢さん方、こちらを伺う熱心なファンがいるようだから、少し話を聞いて来る。そこで待っててくれ」
ジェシーは良い笑顔をしている。
「パパ、私も行く?」
一応聞くが、アリスも待っていろとだけ言うと、ジェシーが姿を消した。隠密も使ったのだろうか、気配も消えてしまう。
その後、何かが砕ける音や叫び声、ガラスの割れる音が聞こえ、静かになる。そして、ジェシーが唐突に現れる。乱れた裾を直しつつ、笑顔を見せる。
「もう大丈夫だ。最初は警察かと思って遠慮したが、こんなものが見つかったからな。遠慮なく鎮圧しておいたよ」
ジェシーが見せたのは、黒い紙に白い文字で書きなぐった物だった。英語みたいだが、アリスのペルソナを起動すると難なく読める。どうやら犯行声明のようで、ギルドの要人を攫ったことを宣言するもののようだ。
「アビスヴォーカ?」
この名前は聞いたことがある。ダンジョンを神聖視して、ダンジョン攻略が侵略行為だと言ってギルドに対して敵対しているテロ組織だ。
もしかして、エバーヴェイルが狙われた? いや、ギルド要人ではないよな。そういえば、ファーストクラスの席って、ギルド本部の幹部の視察があったとか、そんな話があったはず。その時、そのテロリストたちが潜んでいた場所が俄かに騒がしくなる。
「おっと、警備が着いたようだな」
ジェシーの制圧現場から警備の空港警察が駆けつけてくる。武装集団が壁やドアを突き破って失神してたそうで、血相を変えている。はい、それをやったのが目の前にいます。
アリスのペルソナのおかげで会話も可能だ。ジェシーも会話を難なく行っている。
「そいつらはパパが倒したわ。パパって強いのよ?」
そういうと、ジェシーが苦笑する。
「おいおい、せっかく見えないように倒したっていうのに。おいおい、落ち着いてくれ。元々捜査に協力するつもりだ」
警備側が緊張するが、ジェシーが両手を上げて敵意がないのを見せると落ち着きを取り戻す。ジェシーは空港警察と一緒に現場に向かっていった。俺たちもついていくが、女性たちは危ないので下がっていてと止められた。真っ先に止められていた目の前のフレイヤなんて、もっと危険なんだけどなぁ。
そして、事情聴取が始められるが、ギルド職員の南さんがいることや、来るはずだったギルド幹部への襲撃だったかもしれないなど状況を共有したことで、深く追求されることはなく、1時間後には解放されたのだった。
とうとう海外に安全地帯を作りにきました。




