第16話 アリスと西海岸
アリス遠征です!
俺は笹木。最近は、アリスの検証を進めている。その中で、いろいろわかったことがある。
何と転移の途中で中断することができるのだ。あまりに近いところだと、中断する間もなく着いてしまうのだが、遠くなるにつれて少し移動時間のようなものができる。中断するとどうなるか? 移動経路の途中で放り出されるのだ。
飛行機を飛び降りるようなイメージかもしれない。仙台ダンジョンに飛ぶ時にキャンセルしてみたら、関東の山奥に放り出された。
上空100メートルくらいだったので、スキルを使いつつ、ゆっくりと地面に降り立つことができた。もし、レビテートのスキルがなければ死んでいたと思う。なかなかスリリングな体験となった。
ダンジョン起点じゃないと上手く転移ができない。しかし、それは慣れの問題なのかもしれず、使い方に慣れればダンジョン外でも転移が可能になるのかもしれない。ともかくとして、ダンジョン以外に降り立つことも可能ということが分かったラビリンス・ドリフトだが、場所は細かく指定できないところが注意と覚えておく。
そして、今日はラビリンス・ドリフトによる最長転移を目指してみようかと思う。そう、MPがギリギリ間に合うと思われるアメリカの西海岸にあるサンフランシスコのダンジョンだ。
南さんからもらった資料によると、エバーヴェイルのメンバーについては、ビザも不要で何ならアメリカに移住もウェルカムとなっており、別の意味で危険と書いてあった。
「今日はこんな感じかな?」
鏡の前でくるりと回る。スニーカーにジーンズにニットのセーター。短めのコートを羽織っている。一般人感を出しておけば、何かあってもバレなさそう作戦だ。あと、少し色気を出してピアスもしてみた。俺はあけてないよ? もうすでに耳に穴があいていたんだから。
そして、俺は名古屋ダンジョンの中に入り、人気のないところに陣取ると、周囲の感知を始める。感知の結果を視覚的に表現すると、星空に近い。地球の表面に光る点があり、それが星のように散らばっているのだ。
「こっちのは、なんかもやもやしてるなぁ」
星空と表現したのは、星雲だっけモヤモヤしたような光の雲みたいなものがあるからだ。俺の予想では崩壊したダンジョンとか、これからできるダンジョンなのかもと思っている。
その理由は俺がアバターを手に入れた高和港あたりもモヤモヤとしているからだ。
「これだな。サンフランシスコ!」
海岸線沿いのサンノゼ、ロサンゼルス、サンディエゴのダンジョンとの位置関係で何となくわかった。
今回MPが限界ラインのサンフランシスコに飛ぶわけなので、流石に準備が必要だということでポシェットにはMP回復のポーションを忍ばせている。
そして、一度息を少し吐き、俺は西海岸に向かってラビリンス・ドリフトを使った。
長い転移の間は魔力が勢いよく噴出しているのを感じる。魔力の流れみたいなものがすごい勢いで通りすぎているのを感じるが、視覚情報としては薄暗い中を光がとおりすぎているように見える。そんな空間に浮きながら待つこと1分くらい。ステータスを見ていると、MPが底をつきそうになっている。流石にMPが切れると失神の危険もあるので、MPポーションを飲むが思ったよりもMP減少が止まらない。
「とめて!」
俺の言葉にスキルが応えたのか、急に視界が開ける。その途端、風に煽られて髪やポシェットが暴れまくる。スカートじゃなくてよかったとか思う暇もない。
「ひぁああああ」
周りは明るい。どうやらかなり高いところというか空に飛び出たらしい。下に雲が見える。
「さむびぃぃ。フレイヤにバトンタッチィ」
俺はそこでフレイヤに変身する。MPはアバター毎に別枠なので、フレイヤはMPが満タンで現れる。冬にへそ出しも平気な薄着の魔女様だ。途端に寒さが平気になる。フェザーステップで、徐々に高度を下げるが、陸地を見つけたのでそちらに向けて滑空してみる。
「きもちいー」
スカイダイビングはしたことないが、自由に滑空していく感覚は楽しい。手や足を少し動かすだけで、くるくると回る。体術のおかげなのか、フレイヤだからなのか、自由に空を飛び回る。しかし、服の方はそれに耐えきれず、ボロンと胸を露出してしまう。ブラが何とか引っかかってくれているが、風が強すぎる。
「空でチューブトップはダメね」
ぎゅっと服をたくしあげると、フェザーステップで体を起こし、速度を落とす。
「あれはどこかしら」
俺はゆっくりと降下する。街が近づいてきたので、俺はインビジブルを使って姿を隠す。
空飛ぶ女性が急に降り立ったら騒ぎになるだろう。
降り立った街は夕方の喧騒の中にいた。スマホを海外でも使えるパックにしておいたから、時間も場所もわかる。どうやらサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジの近くで降りれたようだ。
俺は建物の陰に移動すると、アリスの姿に変身する。そして、インビジブルも解除する。髪の乱れを整えて、街中を歩いてみる。
見た目では、現地の人と変わらないため、溶け込んでいる、はず! しかし、問題は言葉なんだよなぁ。MPが回復する間に美味しいものでも食べようとか観光しようとか考えていたけど、俺英語からっきしなんだよな。せめて、英語使えるキャラならなぁ、あ? アリスって、英語つかえるキャラじゃなかったか?
俺はペルソナを起動してみる。美味しいもの食べたいなぁ。
「あの店は魚介が美味しいそうよ。さっきすれ違った人たちが話していたわ」
おおお、アリスすごい! いや、アリスさんすごい!
俺、牡蠣が食べたい。
「決まりね。カードは使えるから、いくわよ」
お任せします。絶対俺だけでは入れなさそうな地元感のある店に入っていくアリス。いや、アリスも俺なんだけどね。
アリスは店員のお姉さんに英語で案内された奥の席に座る。そして、何個か質問をして、オーダーを終わらせる。牡蠣にも種類があるのは知らなかった。しかし、アリスかっこいい。俺も言葉がわかればなぁ。
「んー? 本当にわからない? いま、英語で喋ってるんだけど」
え? どういうことだ?
「ほら、あそこのカップルは何の話してる?」
来週の旅行先の話? ニューヨークにいくとか言ってる?
「正解よ」
俺は愕然とする。ペルソナの力が上がったのか、俺の秘めたる英語力が爆発したのか。確率で言えば、確実にペルソナの力の方だろう。
「ほら、来たわ。美味しそう」
生牡蠣が氷の上に並べられている。メルの時も感じたが、アバター毎に好き嫌いがあるみたいだ。アリスは牡蠣が好きらしい。
「この店、正解ね」
食べる毎に笑みがこぼれる。それを見てキッチンから声がかけられる。
「お嬢さん。別の種類の牡蠣もあるんだ、どうだい? カニのサラダも美味しいよ。サービスするよ」
「ありがとう、おじさん! 牡蠣だーいすき。カニのサラダもいただくわ」
感じていないが、いま英語で会話しているんだろう。
「学生さんかい?」
「いいえ、観光よ。少し遠出したくなっちゃって、きちゃいました」
そして、牡蠣に合うというワインも注文して飲み始める。
「いい飲みっぷりだね。ホテルは近くかい? あまり飲みすぎないようにな」
泊まるつもりはなかったが、ここで帰るのはもったいない気もする。
「ホテルはとってないわ」
「じゃあ、うちで安く部屋を貸してるから泊まったらどうだね。住み込みのニーナと風呂とトイレは共同になるけど」
ウェイトレスのお姉さんが手を振る。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
その時、団体のお客さんが入ってくる。しかし、その人数を回すには人が足りないと悩む店主さん。どうやら、1人が親戚の結婚式で不在らしい。なんか手伝えるかな?
「あの。手伝いましょうか? パパの店でウェイトレスやっているから、少しは役に立つわよ」
少しお酒は入っているが、アリスの足元はしっかりしている。
そこからはアリスの本領が発揮されていった。スキルにはラビリンス・ドリフトの次に配膳。そして、掃除がくるのだ。配膳のスキルのためか、誰が何を頼んだのか、さらにちょっと教えてもらった料理の配膳の仕方なんかもすぐにマスターしてしまう。そして、汚してしまったお客さんの足元の掃除なんかも、いつの間にか終わっているレベルで行える。
◇アリス・ラバック(アバタースロット5)
レベル400
HP:6310 /6310
MP:8310 /8310
称号:神出鬼没のウェイトレス
スキル:ラビリンス・ドリフト
配膳
掃除
ストーンスキン
レビテート
エイジファントム
回復強化
防御強化
体術
変装
隠密
危険察知
インビジブル
団体客が店の外のテラスまで使って、夕食を楽しんでいる中、少し落ち着いたのか、店の主人が話しかけてくる。
「アリス。君は本当にこの店初めてかい? いや、俺の記憶では間違いないんだが、動きが玄人すぎる。おかげでニーナが盛り付けなんかもできるから、完全に回せてる。おいおい、すごい人材だな。よかったら2階に住んで雇われないか? 旅行って言ってたが、学生ならここから通える大学なんかもあるぜ」
アリスのウェイトレスレベルは相当高いらしい。
「ほんとほんと。私も土日のどちらか休めると良いし。ねぇ、住んじゃいなよ」
金髪美人にそんな事を言われると可能性はないんだけど揺らぐ。そして、その夜は団体客に代わって新たに来たお客さんたちの応対も一緒にすることになった。しきりに料理とか店の写真を撮っている人なんかもいて、なかなか人気の店らしかった。
そして、俺の手元には、チップが多数舞い込んだ。チップ文化ってよくわかってないが、100ドル札とか貰えるもんなの?
その日、少しのお給料と無料の宿泊をプレゼントされ、ニーナさんと酒場の2階に泊まることになった。酒場の2階は温かく、冬という感じはしない。ニーナさんは服のデザインの勉強をしながら、この酒場で働いているらしい。明日は午前中から授業だそうで、お酒でなく炭酸水で乾杯をする。どちらも女性なせいか、お互いにシャワーを浴びた後、ロングパンツにタンクトップというラフな格好になる。久々に後ろめたい気分を味わうが、こちらもノーブラなのでOK!
「アリス。友達になって? 連絡先を交換しよ。また、お話したいわ」
25歳といっていたから、アリスとしては少し年上の友達となるんだろうか。
「いいよ!」
俺は連絡先を交換する。GuildLinkというチャットアプリなんだが、ギルドが作っている無償ツールになる。国を超えて使われている前例から、一般人にも普及している。
こうして、俺はサンフランシスコにて女友達を1人つくり、翌日、サンフランシスコのダンジョンにこっそり忍び込んで、そこから名古屋に戻ってきたのだった。帰るときもやはり、すこーしだけ名古屋に届かず、豊橋市あたりに不時着したのだった。
そして、クランベースの事務所奥。南さんが前に座っている。
「アリスさん。今度はサンフランシスコに行きましたね?」
「え? どうしてそれを…」
南さんが端末を見せてくれる。そこには、旅行サイトの特集記事にサンフランシスコの美味しいお店特集が写っていた。中には、てきぱき働く美人のウェイトレスが写っており、アリス本人だった。
「まさか、記者さんだったなんて知らなかったんです。ごめんなさい」
「あの、怒ってないですよ?」
南さんが首を横に振る。目が笑っていない。
「え?」
そういえば、どうしてこんな記事を見つけたんだろう。
「もしかして、サンフランシスコに行きたかったんですか?」
「いえ、そんな、うらやましいとかそういうのじゃないですよ? 本当に。でも、美味しそうですよね。このお店…」
南さんが目をそらして、遠く東の方を眺める。行きたいんだろうなぁ。いつかクランで慰安旅行とかした方が良いのかもしれない。俺は、ちょっと考えておこうと思った。
旅いいですね~。南さん、お疲れだと思うので、行ってほしいです。




