第13話 アリスと謎のくノ一
アリスの活躍です。
俺は俺1号。今は、アリスとして活動していることが多い。笹木の仕事といえば、南さんからの企画書を承認することだったりするけど、その辺もネットで承認することが出来るので、笹木でいる必要もあまりない。いや、南さんが会社つくったり、ダンジョン攻略支援を形にしてくれているおかげだというのは分かっている。
そう、分かってはいるんだけど、いまは、アリスのラビリンス・ドリフトの検証という名目で色々とダンジョンを飛び回っている。お世辞抜きに楽しい。
ジェシーは安全地帯の開発がひと段落したので、東京ビックダンジョンの温泉に遊びに行ってしまった。そのため、俺は今単独で遊んでいるというわけだ。
「ここは、どこかな?」
初めて来るダンジョンだった。南の方に飛んだから、東南アジアのどこか?
ダンジョンの中を見るだけでは国はわからない。ダンジョンには色々なエリアがあるが、国を象徴するような何かが配置されることは、ほぼ無い。ただし、ダンジョンガイダンスを持ってきているので場所を聞こうとしたら、突然モンスターが飛んできた。羽の生えた狼みたいな奴だ。ひょいと避けて、頭を蹴ると消滅する。
「一撃かー」
アリス自身のレベルが400というのもあるが、足技系が得意で移動技も強力なため、モンスターに遅れを取ることは無い。体術なんかもあるため、ジェシーと組むと手がつけられないくらい強い。
ところで、アリスの衣装だが、少し変えている。アバターのアリスに付属してきた民族衣装的なウェイトレス服は少々目立つので、マナにお願いして幾つかの衣装を用意してもらったのだ。
いくつか見繕ってもらった中でアリスとしても気に入ってるのは、エプロンドレスだ。ウェイトレスっぽいしアリスの好みなんだろう。しかし、それも華やかで目立つため、地味目の黒の冒険者衣装を着てダンジョンを飛び回ることにしている。皮系ならば着用者が多いかと思い、ハイヒールの黒いロングブーツに黒革の軽鎧をつけている。下には黒い網タイツに短いフレアスカート、肘当てをつけている。頭には目だけ出した黒い仮面のような防具をつけている。ちなみに、武器は使わないが大ぶりのナイフをファッションとして腰に差している。コンセプトは忍者かな? 暗殺者かな?
当然ダンジョンでは目立ちにくいが、外だと完全に不審者だなぁ。
「武器はどちらかというとこっちなんだけどねぇ」
そう言って先ほど羽狼を蹴り倒したブーツの泥を払う。中に鉄板が入っているし、合金のヒールは正に凶器だ。
その時、悲鳴が聞こえて来る。男女混じっているが、この階層みたいだ。大きな何かと戦っているようなので、近づいてみる。すると、大きな羽狼に角が生えたモンスターと、20人くらいが戦っていた。複数のパーティで共闘するレイドという奴だろうか。それにしても、モンスターが大きい上に早いし、砲弾みたいな魔力の塊を打ち出してくるしと、なかなかに凶悪だ。もしかしたら、階層ボスなのかもしれない。
悲鳴も上がっているのは、何人か前衛が吹き飛ばされたからだ。生きてはいるようで、回復職に手当をしてもらっている。
「ちょーっとまずいよね」
彼らも何かを叫びながら攻撃を繰り返しているが、その声に焦りが見える。英語じゃないなぁ。英語でも分からない気がするが。あれ? アリスのペルソナなら英語もできそうな気もするけど、まぁ、今はそこに気を遣うところじゃない。
そのパーティは、決定打にかける攻撃により、後衛の支援が追いつかない状態になってきた。そのうちに、後衛が魔力切れで昏倒寸前になる。もう、見てられないな、助けに入ろう。
俺はダンジョンガイダンスに通訳してねと言いながら、丘の上から助けがいるか?と尋ねた。前衛の盾持ちの人が助けを求めてきたとダンジョンガイダンスの翻訳で分かる。多分、リーダーとかまとめ役なんだろうと思う。
そして一声かけて攻撃を行う。
「じゃあ、まずは蹴りが入りまーす。ちょっと度数高めでクラクラしますよ!」
そして、俺はボス狼の頭上に転移し、その角に蹴りを入れる。頭がぐりんと回転しそうになるが、ボス狼はもんどり打って勢いを殺す。不意打ちに怒り心頭なんだろう、ヘイトが一瞬でこちらに向く。そして、レイドメンバーの間に沈黙が落ちる。
「おかわりいきますね? ちょっとひりひりします」
次は後ろ足に回り込み、思い切り足にヒールを突き刺す。痛みに耐えかねたボス狼が横に倒れ込む。
「さぁ、今のうちに!」
ダンジョンガイダンスがいいように翻訳してくれていると思う。なぜなら、倒れ込んだところに攻撃が集まったからだ。そこからは、こちらのペースだった。
噛みつこうとするボス狼の口を縫い止めるようにヒールを突き立てる。そして、そこにアタッカーの大剣使いがトドメの一撃を刺した。
「泥酔はこまりますよー。お客様のお帰りでーす」
アリスのウェイトレスジョークを言いながら、消滅する敵から降りる。
みんなが俺に駆け寄って来る。何語かはよくわからないが、聞き取れたものがある。
「ニンジャ!」「クノイーチ!」
何か誤解を与えた気もするが、ダンジョンガイダンスに、無事で良かったことと、さようならという言葉を残してもらった。
そのダンジョンガイダンスにも驚いている人々。あ、メル型のダンジョンガイダンスを持ってきてた。
『妖精を連れたくノ一と思われているの。訂正するの?』
メルの喋り方を忠実に再現するダンジョンガイダンス。
「訂正よりも先に手当よ。ひどそうな人に回復してもらってもいい?」
『わかったの』
ダンジョンガイダンスはそう言うと、酷い怪我をしている探索者のところに飛んでいき回復をかけた。
この1ヶ月で魔力効率が上がったとかで、3回が限度だった回復魔法が5回になったらしい。そのおかげで重傷者全員に回復が行き渡る。ちょうどそこでダンジョンガイダンスの魔石が切れてしまい、余計な魔力を使わないように翻訳が止まってしまう。
「あー、言葉わからないなぁ」
再びお礼の言葉を言われてるんだろうなーと思いながら、俺は一礼をしてダンジョンガイダンスを持ってその場から去った。
その晩、ネットニュースでこんなニュースが流れた。
◆ダンジョンネットニュース
【速報】マニラダンジョン32階層、謎のくノ一が戦局を一変──ホーンウルフ討伐成功!
フィリピン・マニラダンジョン第32階層にて、階層ボス「ホーンウルフ」攻略戦が佳境を迎える中、後衛のMP枯渇による危機的状況が発生。パーティ壊滅寸前のその瞬間、突如現れた謎の女性忍者──くノ一が戦局を一変させた。
彼女は瞬間移動術を駆使し、ホーンウルフの頭部と脚部へ連続攻撃を仕掛け、ボスの動きを封じることに成功。これによりパーティは体勢を立て直し、最前線ギルド「グリフィンスター」のリーダーによる渾身の一撃が決定打となり、ホーンウルフはついに討伐された。
戦闘後、くノ一は回復の精霊を召喚し、負傷者の治療まで行ったという。感謝の言葉を述べようとする者たちに一礼を残し、彼女はその場から忽然と姿を消した。
◆くノ一の正体は?
現在、ダンジョンネットではこのくノ一の正体に関する情報を募集中。
目撃証言、所属ギルドの噂、特殊技能の分析など、あらゆる情報が求められている。
「影より速く、風より鋭く」──その一撃は、伝説の始まりかもしれない。
そんなニュースがネットの上位にあがってきていた。これ、絶対俺だよなぁ。あ、そういえば名乗ってなかった。まぁ、いっか。
海外ダンジョンに初進出しました。




