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光の彼方の音  作者: magnolia
序章 -転がり落ちた先-
6/30

6 惨状の謎


アルヴィンはこみ上げる吐き気をどうにかいなし、周囲を見る。

血溜まりはあるが、その犠牲者がいない。

おそらくこの場にいた者の持ち物であろう刀剣。それと焚き火の跡だけだ。



「 ! 」



だが視界の端、ハクの木に寄りかかるようにして人がいるのが目にに入った。

ラルパから飛び降り、血溜まりに足をつける。

びちゃ、という嫌な音が響いた。



近づくとその人物も後ろのハクの木も血塗れである。

それに先ほどから微動だにしない。

既に事切れているのかも知れないと思いつつ、ゆっくりと近づく。



後ろで結ばれている黒髪。

投げ出された手足は白く細い。

初めは少年かと思った。

が、綺麗な膨らみを持つ胸とまろやかな曲線を描く女性の身体つきをしていることに気づく。



着衣は左右に引き裂かれ、身体に纏わり付いているような状態だ。

否が応にも、ここで彼女に起こったことがわかる。

痛ましげに眼を細めるとゆっくりとだが胸が上下している事に気づく。



(生きている!)



慌てて全身を確認したが、頬の打撲跡と腫れ、口の端が切れて血を流している以外大きな外傷はない。

だが、隠れている傷もあるかもしれない。

血に塗れたこの状態では、これ以上確認しようにも無理だった。



ラルパを指笛で呼び、気を失った状態の彼女を外套で包み、離れた場所にあった川縁へ向かう。

ニセ苔が群生している場所に外套ごと、そっと横たわらせる。



布を水に浸し、顔と身体に付いた血を拭っていく。

到底、1枚では足りない。

まるで頭から血を被ったかのようだ。



徐々に現れてきたのは血の色とは対照的な柔らかい色味をした黄みがかった肌。

眼を閉じている顔は幾分幼く、やはりすっきりとした面差しで少年にも少女にも見えた。





せめて顔の傷だけでもと思い、手を合わせ、『音』を発する。


「世界を成さしめる全ての音よ。その力もちて、癒しの力を顕現せしめんことをここに願う。」


傷は徐々に薄くなり、消えた。

そのことに少しほっとする。



治癒に力を使うことは得意ではない。

治せて擦過傷程度だ。

肋骨など骨を折っている可能性もなきにしもあらずだが、自分では如何様にもし難い。



血を拭った後の布達はもう使い物にならない。

臭いも酷い。後で火にくべて処分しよう。

そんな事を考え、彼女に代わりに着せる服を荷から引き出し、彼女の元に戻る。




そして視界に入ったのは。

血を拭うことで露わにされた肢体。


先ほどは血塗れだったのでさほど頓着せずにいられた。



しかし。



素の状態の彼女はとても美しい身体つきをしていた。

女性としては背があるがその分肩幅と豊満な胸があるのでバランスがいい。

そこからなだらかに続く腹部。括れた腰。張りのある曲線を描く臀部。

すんなりした手足は柔らかくしなやかだ。



殴られたため腫れた頬が痛々しいが幼く少年のようにも見える中性的な顔立ちをしていたため、その差異に少し驚く。女性の裸体を見て慌てるような歳ではないが、素直に美しいと思った。


ただ、それゆえに男達から暴力を受けたのかと思えば遣る瀬無い。




自分の思考を切り離す。



温暖とは言えハクの森も夜は冷える。

自分の着替えである長袖の上着を身体の上から掛ける。

彼女には大きすぎるが、毛布代わりとしては問題ないだろう。



しかし。

彼女がどうやら被害者のようだが、加害者がいないのが分からない。


逃げ出した?


そうであればあの血痕は何なのか。

少なくとも彼女のものではない。

本人に聞けばいいのかも知れないが状態から察するに、それは酷なことに思えた。


「ヴィー、少しそこで彼女と待っていてくれ」




彼女とラルパのヴィーをそこに残し、先ほどの場所に戻る。時間が経ち、変色し出しているが、強烈な血の臭いは依然変わらない。ありえない程の血の量。まるで数多の者から搾り取ったかのようだ。



冷静になるべく、息を調える。

改めて手を合わせる。

連続にはなるが今度はつい先ほどの事の過去視だ。

問題ないだろう。

そう思い、口から『音』を紡ぐ。



「世界を成さしめる全ての音よ。その力もちて、過ぎ去りし時を顕現せしめんことをここに願う」



 ―焚き火を囲む3人の男。

 ―少女を追いかけ、引き倒す姿

 ―抵抗・暴力



(男たちはここに来て彼女を襲った…だがあの血は何だ?)



ぼんやりと膜が張ったようで、その先が見えない。

より指向性を強め、過去を視る。力を限界まで使わないと画を結べない。

近い過去なのにも関わらず、だ。



(いったい…?)



ようやっと見えたものは、



 ―ハクの樹に背中を預ける少女

 ―男達の、千切れ、崩れゆく肉塊

 ―血溜まりのみを残し、醜悪なソレは風に流され、消えゆく


 

(…!!)



強烈な過去から引き剥がすように、慌てて意識を現実へ立て直す。

息は上がり、首周りにじっとり汗が浮かんでいる。



(…っ何だ、今のは!?)



力が使用されたことは間違いない。

自分自身が感知して、ここに来たのだから。

更に言えば村を焼き討ちにし、少女を襲った男達にその能力はない。

その証が見えなかったし、焼き討ちの際もその能力が使用された様子はなかった。



過去に視えたのは、3人の男達。と、少女1人。

それ以外の人物がいたようには見受けられなかった。

全てが視えたわけではないが…。



そうなると。


導かれる推論は。


彼女が力を使ったということ。


調律者の中には、危機的状況に陥った時に初めて力を発現する者もいるにはいる。

しかし、有り得ない程の強力すぎる力。



人を消す…。



この時代、人の殺す、殺されるは否応無く目にすること。

 

そもそも人を殺すこと自体、調律者が力を使えば容易いことの様に思われがちだ。

しかし、そんな事はない。

世界の森羅万象を成す音を拾い、調律する役割を振り分けられている調律者は、その力を以ってしてでは人を殺せない。




殺さない、でなく殺せないのだ。



殺意を込めての力の発現ができない。音を紡げない。



それに加えて調律者は力を用いて人を大きく害した場合ですら、常人よりも重い刑罰が科される。ゆえに常に自分を強く律しておくことが不可欠となる。


基本、犯した罪は全て己に還る。音律堂からはそう訓示を受け、実際に起こった犯罪には裁きが下る。


にも関わらず力を使い、人を千々ちぢに引き裂き、挙句、血溜まりのみ残して跡形もなく消す…。存在したものを無に帰したと?



有り得ない。



森羅万象を操れるといえど、調律者は全能ではない。

時を視ることはできても、自分自身で過去を遡り、流れを変えることができないように。

傷を癒すことができても、既に彼岸に渡りし者を呼び戻すことができないように。



だったら彼女はいったい、何者なのか?



思考は堂々巡りする。



過去視の中の彼女自身の顔はなぜかよく見えなかった。

調律者の証でもある瞳の色が見えてさえいれば、少しでも考えが纏まるのだが。



助けたときには、瞼は閉じられていたため確認できていない。

結局、本人に事情を聞くしかなさそうだと嘆息してしまう。



少しだけ落ち着いてきたら自分も疲労していることに気づけた。

過去視2回に治癒。加えて制限されている力を限界まで使用したからだ。


少し休むべきだ。

侵入した賊はもういない。


それに、彼女が目を覚ますのには時間がかかるだろう。

力の発現をしたとしたなら、体力を削られている筈だ。


身体はともかく、心までは癒してはやれない。せめて本人には辛過ぎるであろうこの場所から遠ざかり、少々森に入って今日のねぐらを確保するとしよう。




アルヴィンは少女を残してきた川縁に引き返した。




読んでいただき、ありがとうございます!

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