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光の彼方の音  作者: magnolia
3章 -濫觴-
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30 秘されし者達



さて現在。

怪しい香りが「これでもかっ!」ってほど漂うお誘いを受け、獣道を通っている。

この道だけが靄のヴェールを逃れて浮かび上がっている様は、異様と言ってしまえば異様だ。

怪奇小説の序章―『たどり着けば其処には、…打ち捨てられた古城がっ!』的な。


とはいえ。


お招き下さったは、調律者さん(十中八九)。

鬼でもなけりゃ、蛇でもない。(まぁ、中身がそうじゃないって確証はないんだが)。

わーざわざ来てくれって言っておいて、門前払いはしないだろう。

頭痛も鳴りを潜めたからか、ぽこぽこ足音を立てるヴィーの背中に乗って、わりと暢気に考えていた。




道が途切れ、軽快なヴィーの足音もそこで止まる。


上体をずらして見れば、道の先には両開きの木戸。

城砦建築なんかでみる鎧扉じゃない。昔の日本家屋の塀の延長みたいな素朴さだ。


「アルヴィンさん、コレ。」


「…手荒い歓迎は遠慮したいが、出迎えがないのも寂しいものだな。」


どうするの?と言いたげに首をめぐらせたヴィーを撫で、アルはそのまま前に進ませた。


(え゛?ヴィーの鼻面で開ける気ですか?)


ちょっと不憫に思ったが、ヴィーの鼻が当たるか当たらないかで、扉はゆっくり内側に開いた。


「…あれま。簡単にあきましたねぇ。歓迎ってことでしょうか?」


「どうだかな。招待主に会わないことには何とも言えん。」


そんな彼を見ていたら、大音声だいおんじょうが降ってきた。


「私は調律者カーン・アルヴィンと言う! 遠話に応え、ここに参った。もし、そなた達がクス=ワリ一族であるならば私も尋ねたき事がある。そちらも、呼び寄せた理由をお聞かせ願いたい!!」


男の人の大声って、すごい。

アルの少し低いがよく通る声質など尚更だ。


「―――よくぞ参られた、と返すべきかの。」


かえってきたのは、とても静かないらえだった。


薄靄から、影絵に息吹が吹き込まれたかのように、幾多の人が現れる。

先頭に立っていたのは、子供かと見紛うほど、腰が曲がり、背丈が縮んだ老人だった。


ゆらりと、老人がこちらを向いて、気付いた。

視界に入るものを見ているようでみていない、合わない視線。

――――めしいている。

だが、その瞳の色は、アルが力を使ったときと同じ銀の色をしていた。


「あいにく光は見えぬが、気配はわかる。さて、音律堂の選ばれし守護者でありながらも枷を嵌められし者。名乗られた以上、こちらも応えねばならんか…私はカツェヘルミ・ウェス・ネヴァライ。」


「…ここはクス=ワリ一族の里なのか?」


「この里が何と呼ばれておるかなど、どうでもよい。用があるは、お主の隣の者じゃ。」


素っ気無いほどの声が返ってきた。

熱烈歓迎!というわけではなさそうだな…。


老人の首がくいと上がり、どこを見ているのか判然としない双眸が、自分を捉えた気がした。

思わず言葉をこぼす。


「――私?」


「然様…。里近くまで来たことでカーシャが揺らいだ。口伝に伝わりし者、待ち望みし者来たりとなぁ。」


「…どういう意味だ。まさ 

「我らを利用するがため、おとないし者に応える謂われはない。此処にの者を連れてくるにはそなたがおらねば面倒だっただけのこと。」


「―――っ」


アルの声に被せるように、ぴしゃりと言い切る。

ずいぶんな物言いなのに、アルは反駁はんばくするでもなく押し黙ってしまった。

話が進まないことには自分には何のことやらさっぱりだ。仕方なしに口を開くことにした。


「口伝とは何のことですか?」


「ほ、そうさな。知らぬで当然か。その隣の者に自分の力のことを尋ねたかの?」


「はあ、まぁ…」


力ってのは、私の持っている(…らしい)力のことだろう、多分。


「そやつも調律者の端くれ。アルヴィンとやら、そちもこの者の力の異質さにはさすがに気付いたのではないか?」


「それは…」


口篭もったアルと、その他大勢からの刺さる視線に肩を竦めたい気分だ。

異質――ねぇ。

存在自体が異次元、異世界の産物なら異質で当然かとも思うが。


そんな境地で重々しく頷く老人の話を耳に入れる。


「我らも無論気付いた。だが、果たしてそれが本物か。しかと確かめずには里に入れることはまかりならん。故に理の結界を広げ、力を使わせてみることにした。―――様子を見ながらなぁ。反応するでもなく、抵抗なしで易々と倒れたときは、外れと思うたが。最後に遠話を試しておいてよかったわ。」


自然、眉間に皺が寄った。

そんな様子に構うことなく、老人は何かに浮かされたように言葉を紡いでいく。


「遠話での様子、遠見でも伺った。髪の色、瞳の色もな。いやさか、この年でまみえること叶うとは思いもよらなんだ。邪魔な者がついていたのが誤算であったが。だがまだ力を見たというには足りぬ。色々と照らし合わせねばならんことも多いが音律堂に目をつけられておるやもしれん。まあ、なんとでもなる…」


後半は、独り言が口に出ているような状態だ。

しかし。

言葉通りだとすれば、受け流すには少々問題がありすぎる。

こちとらの事情は斟酌せずに手前勝手に試したと。挙句、悪びれた様子も謝罪もなし。今もなにやら自分たちの都合ばかりな上、アルには口伝の内容を教えたくないからなのか、肝心要の、自分が何なのかはさっぱり分からない。

そもそも、何様のつもりなのか。

アルに対する態度はけんもほろろ、という表現が可愛く思えるくらいだ。




とどのつまりだ。

目の前の連中のせいで自分は寝込み、アルに面倒をかけさせたと。


なるほど。

なるほどね。


久方ぶりに感じる怒りに、培ってきたはずの敬老精神は実にあっさりと消え失せた。


「――なんだか知りませんけど…私はあなた方が待ち望んだナニカに興味はないし、そのナニカに担がれるのも謹んで遠慮します。何をされるか分かったものじゃないですし。」


「カツェヘルミさん、でしたね。言わせてもらえば、あなた方の言動は不愉快の一言に尽きます。人の問いかけは無視した上、試したとは何様のおつもりですか?」


久しぶりに怒りにまかせて話しているが、舌の回りは快調だ。


「私が調律者と呼ばれる人と同様の力を持っているのは事実のようです。ただこの力が具体的にどんなものなのかも分からない。分からないままではいられないから、それを知りたい。それだけです。…ですが、恩人である彼に無礼を働き、無碍むげに扱うような人達に教えてくれと下げる頭はありません。何かご存知なら、その冗長な御口上を拝聴するのもやぶさかではありませんでしたが…偏った視点しか持たない者の話をきくのは時間の無駄ですから。」



ぐるりと集まった人影を睨み付けてやる。

目つきの悪さには自信があるからな。


もう用はないぜ!とアルに振りかえろうとしてはた、と正気に返る。


いや、いやいやいや?

…用があるのは自分だけじゃないのに喧嘩売って終わらせてどうするんだョ!!


だが時既に遅し。

それに、失礼な態度だったのは向こうだ。

目には目を、歯には歯を。バーイ、ハンムラビ法典。


アルには後で謝り倒そう。

そうしよう。

…許してくれないかもしれないが。


そんなことを相手を睨み付けたまま考えること数秒。

私が弾丸トークで話した内容が脳内に浸透したのか、


「きさまっ!」

「っ長に向かって何を言うか!こわっぱ!」


いきり立って声を上げる。

これにもカチンときた。


「――黙らっしゃい!! 全員グルならどんだけ常識ない集団だよっ!口伝だかなんだか知らないけど、やりようがあるだろうが!一方的なやりとりしか出来ないなら、会話する意味なぞないっ!首から上についているモン使って、ちったぁ自分たちの言動がどれくらい失礼か考えてみろ!!」


いろめきだった連中に、怒鳴り返す。

すると一瞬固まった後、なにやら金魚のように口を開閉し、喉を押さえる。


(なんだぁ?言い返してくるかと思ったのに。)


その様子を怪訝に思っていたら、溜息交じりの声が耳に入る。


「――やれやれ…。」


その持ち主は、先ほどのいけ好かない爺さん(いや婆さんかもしれんが)だった。


「―――ブーミは与えし縛りを解きて、ジャーラはその者の声を許したもう。」


「――っげ、っごほっ!? ぁ…お、長?」


「愚か者が。…ま、おかげで目の前の者の力、もはや疑えまいて。」



そう言ってこちらを見たその口元は綻んでいる。

さっきまでの硬質な態度すら嘘のようだ。


驚いていたら、老人は膝をつき、組んだ手を胸に置き、ゆっくりと頭を垂れた。

村で教えてもらった謝罪の挨拶だ、と気付けたのは混乱した頭でよくできたといえる。


「不躾な招待となったこと、礼を失した振る舞いであったことは幾重にも謝罪しよう。ササラ・トウコ殿。我が一族は、遠き頃より時代の流れから外れし一族。持ち得た力ゆえに迫害されてきた…。お連れであるアルヴィン殿は音律堂の一員。力持つ者等のいちなれば、我らは警戒せざるを得ん。故にこの場でも試させて頂いた…」


打って変わった態度に唖然とする。


「今更ではあるが、トウコ殿の先ほどの問いにはいくつか答えられよう。無論、こちらからの事情ばかり話すのではそちらに益はないやも知れぬ。その代わりといっては何だが、お連れのアルヴィン殿の問いにも答えようと思うが如何か?」







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