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光の彼方の音  作者: magnolia
3章 -濫觴-
29/30

29 靄の先


トウコは身動ぎしようとし、困惑した。

手足の感触が分からないのだ。

慄きつつも意識し、力をこめればぴくりと動く指先にほっとする。


四肢と同じように重い瞼を剥がすように開ける。しかし開ければ、ぐらりと強烈な眩暈に襲われた。あわててもう一度瞑り直す。どうも身体を動かすのが億劫になるほどだるい。かぶりをふれば疼痛とうつうがあった。慣れ親しんだ程ではないが、覚えのある痛み。合点がいったので、力を抜いた。そんなわずかな動きで乱れてしまった息に呆れつつも、調えていけば、



「トウコ」



と自分を呼ぶ声が聞こえた。ゆっくり頭だけ声の方へ傾ける。

返事をしようとすれば、ひゅ、と妙な音だけが出て咳き込んでしまった。



「ああ、無理はしなくていい。」



彼は思ったよりも自分の側にいた。かなり驚いたが、身体はそんなことに体力を割く余裕はないようだ。ゆっくり背中を擦られ、その手の動きに合わせるように落ち着いてくる。



「水は飲めそうか?」



上体を起こされ、あてがわれた椀の中身はぬるめの白湯だ。

ゆっくり舌で転がし、喉に流せば、甘さを伝えながら滑り落ちていった。



「ありがとうございます、アルヴィンさん。」



そう告げたら、目元が和らいだのが分かった。

心配していてくれたことが伝わり、不謹慎だが嬉しく思っている自分がいる。

そんな彼が、「ちょっと」と声をかけ、額に手を当てる。



(こんな事をされるの、久しぶりだ…)



懐かしさと面映さがない交ぜになって、視線を上げられないでされるがままだ。

長いようで短い、そんな触れ合い。

そっと離れていく温もりが寂しいと思ったのは何故だろう。



「熱は下がったようだが…何か違和感や具合の悪い箇所はないか?」



「少し、頭痛がしますけど…もう平気です。吐き気とかしませんし。」



「そうか。」



そう言って押し黙ってしまったアルヴィンを怪訝に思いながら、倒れてからのことを考える。確か、アルの声に応え切れず、毛布の中で気を失ったような…。そのまま寝込んだというのは想像に難くない。


あんなに酷い体調の崩し方をしたのは、小学校のインフルエンザ以来だ。

頭痛持ちだが、それ以外は健康優良児であったというのに。

こちらの世界に来てからは、気絶はするわ、熱は出すわで、散々だ。

アルヴィンさんという庇護者がいるから無意識にたるんでいるのかもしれない。反省することしきりだ。


そんな脳内反省会を開催していたら、アルから声をかけられた。



「倒れてからのことを憶えているか?」



???

疑問が頭の中を占めた。


ずっと看病してくれたのは、間違いなくアルだろう。

それなのに、今しがた目覚めた病人に聞くことなどあるのか。

正直、自分が思い出せる記憶は、苦しくて何度か吐いたことくらいしかない。

それすらも漠然としたものだ。「あぁ、しんどかった」といった感じ。


だって。

私は、夢も見ずに眠っていたんだ。



「――なにかあったんですか?」



尋ね返したのは、勘だったと思う。

アルヴィンは少し驚いた後、静かに表情を戻した。



「トウコが力を使ったんだ。いや使ったというのも変か。むしろ、使わされたといってもいい。」



「――えっ、わたしが、ですか!?」



思わず、自分の顔を指差す。



「憶えていないようだが、力を使って遠話えんわがあったんだ。」



(遠話、えんわ―――ってたしか、遠くの人と、意思のやり取りをすることだっけ…。テレパシーみたいな。ていうか寝ている相手にでもできるんだ?でもなぁ…わたし、何も憶えてないぞ。周りに誰もいなかったらどうすんだよ?話しかけても返事返ってこないし。間抜けじゃね?)



つっこみたいことは多々あったが、当面そこは置いておいて本題に入る。



「すみません、全く身に覚えがないんですが…一体相手は誰で何の用だったんです?」



「調律者には間違いない――力を使っている以上はな。俺も今の今まで気付かなかったんだが、どうやらここ、噂の場所らしくてな。」



肩をすくめたアルヴィンの仕草につられ、視線を周囲に向ければ、もやが一面にかかっていた。



おう、こりゃすごい。

もやとかきりとかってあまり見た経験がないけど、こんなに真っ白になるものなのか。

正直言って、数メートル先は皆目見えない。

遠くは白に溶け込むように輪郭を失っていて、幻想的と言えなくもないな。



「…あ~、そう言えば靄がかかった場所って話でしたねぇ。」



「夜はこれほどではなかったから気付くのが遅れた。トウコの体調もここにいたからかもしれん。」



なるほど。

具合を悪くする人もいるって事だったし。

自分は気付かず長居してたわけで、その分顕著に症状が出た――ってことでいいのかいな。



「向こうから接触を図ってくれたのは幸運と言えなくもないが、な。遠話は相互に意思のやり取りをするものだが…向こうが話したいだけ話したら一方的に止んでしまった。あそこだけ靄が晴れているだろう?その先の道を辿って来いと言い残して。」



確かにそこだけくっきりと木立が見える。

異世界ふしぎ発見!ってか?

―――いやいやいや。

都合よすぎて、怪しい香りがぷんぷんします。



「――そりゃまた何とも御親切ですねぇ…。」



込めた反語表現に同意するかのように、「まったくな。」とアルヴィンの相槌があった。



「まあでも、行かないって選択肢はナシでしょう?アルヴィンさん。」



虎穴にいらずんば虎児を得ず。

藪じゃないけど、突っついてみないことには何が出るか分からないし。

ニヤっとした笑いを浮かべれば、



「それも、まったくだな。―――はは、なんだ調子が戻ってきたみたいだな。」



くしゃりと頭を撫でられる。



「口は達者と、よく言われますんで。」



「ま、お誘いを受けたが、トウコは病み上がりなんだ。すぐはきついだろう?」



「そうですねぇ、いい女は相手を待たせてなんぼらしいですし。」



従姉妹のお姉ちゃんがそう言ってたぞ。

顎に手をあてて、うそぶく。

それを聞いたアルは、芝居めいた仕草で返してきた。



「――やれやれ。美しい女性は罪深いことだな?待たされる男としては苦言を呈したいことろだが。誘い方が強引だったんだ。少しはお待ちいただくとするか。」



それに笑えば、アルもつられたように笑った。




目覚めた時の、漂っていた違和感はなかったものにして、お互い笑った。









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