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光の彼方の音  作者: magnolia
2章 -邂逅-
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27 芽吹いた感情

アルヴィン視点です。


出会った当初から、トウコは不用意に男が近づくことや、触れられることに敏感だった。

彼女が味わった苦痛からすれば是非もない。

本人が気兼ねしている様子から、悟られないように、ある一定の距離を保ちながら接するようにしていた。





 ***





その点さえ除けば、彼女は実に自由闊達で、いい意味で女臭さを感じさせなかった。

不安で揺らぐ様子もあったが、人にそのまま甘えることをよしとしない、考えの持ち主のようだ。

外見に見合った、どこか中性的な雰囲気を持つ少女。



足手(まと)いにはならないようにすると明言したとおり、泣き言など口にも出さない。

できることを少しでも増やすため、積極的に動き、そして確実に吸収していった。


そんな大人びた所もあるのにも関わらず、初めて見る風景などに好奇心で目を輝かせている様は、逆に(いとけな)さを感じる程だった。自分にはありふれた風景も彼女を通して見れば、不思議と美しく見えたし、問われるまま答えを返す道中を密かに楽しく感じていた。


また、こちらとしては女性への当然の扱いも、彼女には面映いものらしく、その様子は普段と違い微笑ましかった。随分楽しい旅の連れができたものだとこの偶然に感謝したくらいだ。



この世界ではない所から来たと話していた。


俄かには信じ難いというのが正直なところだ。


しかし、彼女は嘘が下手で、事実なのかとも思う。


そしてそれがもし事実なのだとしても、不思議なことに正体が知れないと警戒する気持ちはわかなかったし、気味が悪いとは思わなかった。




新しい情報の飲み込みが早く、一を知れば十を知るかの様な頭の回転の速さ。


労働を課された階級のものとは思えない手。それでいて自ら動くことを嫌がらない。


礼儀を(わきま)え、他人の心情を(おもんばか)りながらも、立ち入った事はしない。






そんな彼女の姿にすっかり油断してしまったのだろうか。

こんな状態になるまで失念していた。

彼女の明るさの影には、記憶から消してしまう程の傷があり、塞がることなく血を滲ませたままであることを。




敢えて思い出させることもあるまいと触れずにいた。


しかし、今、そのことを悔やまずにはいられない。





***





原因不明の熱に浮かされ、(うな)される彼女はこの数日で見た闊達(かったつ)とした様子はなく、何の()り所もなく怯える小さな子供のようだった。



片鱗はあった。



体調が芳しくないようだとも思っていた。



こちらの問いに対して、虚勢を張っていたのだとなぜ気付いてやれなかったのか。



毛布を抱き込み小さくなって、掠れてしまった声で母の名を呼び、怖い、助けてと繰り返し呟く姿。

苦しいのだろうと分かる様子は、見ているこちらも辛いものがある。

手持ちの熱冷ましの薬を飲ませても、その場凌ぎ程度だ。

熱が引いた様子もない。

それにその薬すら飲み込ませるのが困難になってきてより焦りが増す。



「トウコ、辛いだろうが飲んでくれ。」



聞こえているとは思えないが声をかけ、上半身を抱き起こし、口元に当てるも、(むせ)て殆どを吐き出してしまう。


すでに彼女の胃の中は空っぽだ。

それに何度も吐く事で体力を消耗している。



食事も満足に取れず、近くには集落も医者もいない。


どうして自分には治癒の才能がなかったのか。



(また、肝心なときに何もできない―――)



自分の無力さに歯噛みする。

しかし、ないものを願っても仕様のない話だ。

四の五の言っている場合でもない。

おもむろに煎じた薬を口に含む。



腕の中にいる彼女を自分に引き寄せる。

苦しそうに繰り返す浅い呼吸で閉じられていない唇に合わせた。

舌を少し押さえながら、喉の奥に流し込む。

柔らかい唇と、熱くなった口内。



「っん、んん」



眉間を(ひそ)め、彼女の喉から声が漏れる。


無理やりことを強いているような背徳感。

汗で濡れた首元に絡まる髪が扇情的にすら見える。

自分の胸にある熱い身体。

中性的に見える顔立ちからは想像できない女性らしい肢体。



すっかり忘れていたそんな事が頭を過ぎる。



抱きしめた彼女の身体は、背の高さで誤魔化されていたがやはり薄く、それでいてひどく柔らかなものだった。



(何を考えている… 10も年の離れた娘に…)



そんな考えに至った自分に舌打ちしたい気持ちになりつつも、自分の胸の中に頭を預けたトウコをそっと見遣(みや)る。


何とか薬は飲ませた。

できることといえばこれくらいだ。

少しでも楽になればいいが。






 ***






その後も、彼女は深い眠りと浅い眠りを繰り返し、夢を見、魘され続ける。

口からは途切れ途切れのことばが漏れる。



「ぃや ぁ… どう、して …ごめ、ん さぃ…ごめん、なさい… 」 



閉じられた瞳の端から、音もなく伝う雫。

知らず声をかけていた。



「トウコ大丈夫だ。俺がいる。傍にいるから。」



何に怯え、何に悔いているのか。

忘れてしまっていた事実を思い出しているのか。

それは分からない。


ただ、記憶から消すほどのものだったソレ。

調律者としての力を知らず、本人もその自覚なく振るった末の惨劇。



だが、それは自身の身を守るため発現した力。

あんな目に遭いながらも、相手に死を願わなかったが故に。

持ち得た大きすぎる力が故に。

彼女の罪ではない。

そう言ってやるべきだった。



「泣かなくていい。大丈夫だ。俺がいる。」



なのに口から出るのは、ありふれたもの。

愚図(ぐす)幼子(こども)にするように、身体を(かか)え、それでいて緩く抱きしめながらあやすように背中をぽんぽんと叩く。言い聞かせるように同じ言葉を彼女に向け、呟く。

それくらいのことしかできなかった。




どれくらいそうしていただろうか。

頬を伝っていた雫が止まり、ゆっくりとした呼吸に変わる。

薬が効いてきたのか。




安心できたのならいい。


少しでも安らげたのなら。




その様子から、起こさぬよう身体を離そうとしたが、彼女の手が自分の服を掴んでいることに気付いた。苦しくて(すが)ってしまっただけだろうそれ。だが、なぜか無理に(ほど)こうとは思わなかった。



自分の胸にひたひたと(かさ)を増していくもの。


それが何なのか。


収まりが悪いが、酷く心地いい、あるもの。



漠然とした疑問を感じつつも、トウコが辛くないよう腕に抱えたまま、岩場に身体を凭れさせた。

落ちてしまった布を引き寄せて肩から掛ける。





眠りが深くなれば、離れよう。


人に触れられることすら(いと)うていた彼女だ。


目を醒まして自分の腕の中だと知ったら、奇声を上げられるかもしれない。


出会った当初、服を着替えさせた事を告げたときもそんな風だったな。


そんな事を思い出し、笑う。




さきほど女を感じさせた少女は、今はただ甘える幼子のように眠っていた―――。






 ***





抱き心地のよい彼女を腕に囲っていると、自分にも睡魔が襲ってきた。




(あらが)(がた)い誘惑。




ほんの少しだけ。




そう思い、目を閉じた。




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