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光の彼方の音  作者: magnolia
2章 -邂逅-
25/30

25 兆候



その日の夜も楽しいものになった。

その席で、トゥイミとミリアに、アルが施した守護石の様子を話せば、興味津々で聞き入ってくれた。

(思ったとおり、トゥイミはそこにいられなかったことを心底悔しがってはいたが。)




部屋に戻った後、


「そういえば聞けた話というのは何だった?」


とアルから問いかけがあった。

そういえば伝えてなかったわ。

お互いの寝台に腰を落ち着け、今日知った話を伝えることにした。


「―――とまぁ、胡散臭い…ともいえる話なんですが。手掛かりが殆どないとアルヴィンさんも仰っていたので。手当たり次第に北を目指すよりはいいかと思ったんです。」


かくかくしかじかと内容を伝えれば、彼の表情が変わったのがわかった。


「なるほど。昔語りの内容は、変化はしているかもしれないが余人を立ち入らせないという手法は、調律者ならば考えうる方法だ。」


「じゃあ…」


「ああ、明日にでも準備を整えて向かってみよう。トウコもそれでいいか?」


セルマさん達と別れるのは辛いが、だらだら長居できる身の上でないのは嫌でも承知だ。


「はい、勿論です。」


頷いてアルを見る。


「トウコのおかげで助かったな。ありがとう。」


そんなお礼に若干の照れを感じながら、笑って誤魔化した。


おじいちゃん達から聞いた目的地には、若干いや、かなり不安はあるが、アルが一緒なら寝付けない程のものではなかったようだ。

窓からの月光つきあかりをうっすら感じながら、眠りに落ちた。





***




明けてすぐ、セルマさんに出立することをアルの口から伝えた。

行き先を聞いたセルマさんは、道中をかなり心配し、色んなものを渡してくれた。

トゥイミとミリアはまさかこんなに早く、珍しかった客人がいなくなるとは思っていなかったのだろう。数日の間のことに対して御礼を言えば、トゥイミはぐっと堪えて笑ってくれた。残念ながらミリアには泣かれてしまったけど。

泣いたことで高めの子供の体温がもっと高くなり、ふんわり抱きしめれば、温もりと一緒にまっすぐな気持ちを感じて何ともいえない気持ちにさせられた。



彼女達の「また来てね」というその一言が嬉しくもあり、曖昧な返事しか返せなかったことが辛くももあった。

真実を告げられず仕舞いだったが、割り切るしかない。

出来る限り笑って、少しでも伝わるようにと願いをこめ、感謝の言葉を紡いで、村を出た。




ある特定の能力を有した存在 ―調律者― が、こんな風に受け入れられるのは信頼の蓄積があってこそのものなんだろう。

積み上げた先人達の並々ならぬ努力の賜物かな。はっきりとアルは言わなかったが、調律者は迫害された歴史もあるようだし。


人は基本、異質に敏感に反応する。

生命体としての本能なのかもしれない。

異質なものは得てして変化の兆しでもあるから。






 ***







頼りない情報も、これからの指針にはなったわけだ。

ヴィーに揺られながら、そこを目指し北上中。

村を出てからはアルと一緒に乗ることにした。おかげで後ろに座るアルの気配を常に感じる。


こんなに近くに異世界の異性(ってヘンな言い回しだなぁ…)といるのに、緊張しなくなったのはいいことなのやら。

彼の側は安全だと、刷り込みインプリンティングされてしまったのかもしれない。



それとなく気遣いができる性格に、落ち着いた物腰でありながら自在に操れる体躯。

時々、馴らしで身体を動かしているのを見学したが、相応の鍛え方をしているようだ。

運動音痴の私からすれば、驚嘆する域ですよ。ちょっとうらやましい…。


だが、彼に対して、いまだ知らないことが多い。

こちらから彼本人へ突っ込んだ質問はしていないから当然っちゃ当然だ。それに怪しい素性の女(…自分のことだが切ないな)にぺらぺら話す性格ではないだろうし。


それでも感じたことが一つある。

彼にはどこか影が付き纏う。


世慣れた対応をとるのに、人に対してどこか一線を引いているからか。

面倒見はとてもよいのに、どこか世間に諦観したような気配を微かに感じるからか。


まあ、ガキの勘に過ぎないが。





***







本日も目当ての場所らしきところには辿り着いていない。

おそらくそろそろだとアルは話していたけど。

今日も野宿に決定だ。



アルは今日の塒まで日が暮れてしまう前に辿り着くつもりのようだ。

彼は驚く程、目も耳もいい。

聞くと力を使えば、ある程度強化をすることができるそうだ。

調律者に眼鏡や望遠鏡はいらないなぁ。



自分は、まだ守護石の時に聞かされた程度しか教えてもらってはいない。

力は知識を体系だてて理解した上で使わなければ諸刃の剣だからだと。

お説、ごもっとも。

アルがいるから無理に使う必要もないし。そもそも今まで持っていた能力じゃないのだ。なくて不便と感じることもない。

しかし、扱えるようになったら何ができるのだろうか。


大体、この世の調和を導けって言われても。

この世界は知らないし、自分はいていい存在じゃないはずだ。

この点は考えすぎるともやもやしたものが渦を巻く。


ふっと息をつき、凭れた背中越しの熱を感じて目を瞑る。

それ以上、埒もつかない考えはやめた。






    

    彼女が(ふた)をし、隠したものを。

    

    自覚する瞬間(とき)は、まもなく。














 ***






「この辺りがよさそうだ。」


そこは窪地になった、丘陵だった。

崖という程のものではなく、なかなかいい。


しかし、何だか頭が重い。

痛み、というほどはっきりしたものでもないが。

少しこめかみを擦る。


「トウコ、先に下りてくれるか。…どうした?」


いかん、ぼうっとしていた。


「あ、はい。ちょっと風景を見すぎたみたいです。もう平気ですよ。」



少し怪訝そうなアルの視線から逃れ、弾みをつけぽんと地面に降りる。

この程度でもたもたしてはいられない。

なにせ本日は自分が調理当番だからな。



簡単な調理方法も教えてもらったし、村で仕入れた食材があるから、暫くは豪華に食べられる予定だ。

まぁ、節約は必須だけど。

入手した砂糖と塩のおかげで、随分料理の幅が出る。

セルマさんには深く感謝しなければ。



シーギ・ルドナでは砂糖は割りと手軽に入手できるらしく、快く分けて貰えた。

まぁ、砂糖も塩も自分がそう呼んでいるだけで、砂糖の方は栽培したテビアの実を薄切りにし、乾燥させ石臼でついた箔状のもの。生のままでも使えるが日持ちさせるため加工するそうだ。そのまま舐めても美味しい。多分、太るけど。

しかし、塩は人工では作れない分、少し貴重とのこと。

こちらの塩は岩塩に近い。高山付近に結晶化したものを選び出し、採掘する。紅岩(こうがん)の名の通り、色はビックリ鮮紅色。岩塩はミネラルなどを含むと色がつくというからその類なのか。味見をするとやはり風味が強くて美味い。料理に使うには理想的な塩だった。



本日は私めのオリジナルメニュー。


こちら風野菜煮込み。

串で焼いたランディリオの塩漬け肉。

雑穀バーみたいなドゥースは主食。(初めに食べたときから食感と味が密かにお気に入りだ)

締めはお砂糖入りのスミン茶で。


うん、バランスもいいし、なかなかではないか。


ランディリオの肉は脂身の部分も臭みがなくて美味しい、豚みたいな風味。

どん!と塩漬け肉を分けてくれた気前のいい村の人々に感謝感謝だ。

野生種もいるらしい。

アルが今度狩ってみるか、と話していたな。



寝る場所が決まれば、アルを送り出し、火を熾して、調理開始だ。

野菜はなるべく小さく切って香草と塩と一緒に鍋にぶちこむ。

野外調理は、短時間で仕上げるのが鉄則だ。薪がもったいないしね。


音を立てる鍋からはいい香りが漂う。

匙を突っ込み、味見。



 (ぁれ?ー―薄い?いつもの量なのに…もちっと塩足すべ。)



紅岩を短剣の柄で叩き、少し砕いて放り込む。



串焼きはあちあち言いながら、火に向ける方を変えてまた炙る。

欲を言えば、ぴりっとした風味の胡椒とかあればいいのに。

この滴った脂と肉の旨みを、さぞ際立たせてくれるだろう。



香りに刺激されて鳴り出したお腹を、味見という名のつまみ食いでごまかしていたら、周囲の見回りに行っていたアルが戻ってきた。


「おかえりなさい、アルヴィンさん。」


手にはまたもや何かをぶら下げている。


「いい香りだな。今日は何だ?」


「野菜煮込みとランディリオの串焼きですよ。最後はお茶にしましょう、少し寒くなってきたし。で、アルヴィンさん、手に握っているのは果物ですか?随分小さいですけど…」


「あぁ、これか。味見するか?」



喜んで!

いつも美味しいものをくれるアルだ。今回は何かなー?。

枝から千切って一つ手に取る。ブルーべりーのような藍色の実。

少し表皮が硬そうだが、そのままいけそうだ。


気前良く口に放り、


「っあ!」


アルの声に驚いて、がりっと噛んだ。


ビリビリと舌に広がる刺激。

つーんと鼻に抜けるスパイシーな香り。

げっへげっへ、言いながらむせまくる。

我ながらナイスリアクションッ――ではなく!!


涙目になりながら、



  (これ、山椒と同じ味だー!!)



と心中で叫んだ。


「…まさか、丸のまま食べると思わなかった。」


呆気に取られたアルの声にも返事ができない。

ちくしょう、見た目と味が違うのには慣れたつもりだったのにぃ!

まだひりひりするが、口を開けた。


「う゛ぅぅ、ごほっ! アルヴィンさん、何ですか、これ…」


「ジンジャスルトだ。肉の風味付けによく使うものなんだが…。すまない、先に言えばよかったな…」


本当ですよ。

いや、味見せず口に放り込んだ自分が悪いだけどさ。


私を酷い目にあわせたこの実はゴリゴリ磨り潰し、串焼きにかけてやった。

ちょっとだけなら味が引き立つ素敵な木の実ではあるよなー。


出来上がった夕食を囲む。

が、さっきの木の実のせいで、舌がバカになったのかいまいち味が分からない…。


「アルヴィンさん、お味どうですか?」


「ん? 美味いぞ。塩がきいている。」


あら、後で足した塩多すぎたか?

まぁ美味しいならいいか。


今日はお腹いっぱいになるのが早かった。

アルに怪訝そうな顔をされてしまったが、まさかつまみ食いのせいとは言えない…。

適当にごまかして、スミンの花茶を2杯入れ、お互い身体を温めた。






「トウコ、今夜は冷え込みそうだ。温まったうちに寝るといい。ただし毛布にはきちんと包まって、な。」


「むっ、確かに私は寝相悪いですけど…。」


「自覚があるなら、改善すべく努力するのも悪くないだろう?」


むくれた自分をおかしそうに見ながら言う。


「アルヴィンさんってば、最近ちょっと遠慮がなくなってきましたよ…。」


「やっと気付いたか。これもトウコを思えばこそだぞ?」


台詞と表情があってないです。


「うー…まぁいいです。いつか仕返ししますから!では、おやすみなさい!」


開き直ってそう返すと、今度は声に出して笑っていた。



しかし。

正直助かった。

持病に近い自分の頭痛だが、今日の体調はその前兆のような気がする。



それでも早いうちに休んでしまえば酷くならずにすむ。

さっさと眠りにつこう。

短い時間とは言え、アルが寝る間は自分が火の番をするんだから。



ヴィーに近づいて、側に置いていた毛布を手に取り、崖になっているところに身を寄せて横になる。

脈打つようなこめかみの疼きをこらえるため、きつく目を閉じた。




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