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光の彼方の音  作者: magnolia
序章 -転がり落ちた先-
2/30

2 白い森

残酷な描写、流血シーンがございます。ご注意下さいませ。



目覚めた場所である、この白い木々の森はかなり広かった。

山ではなく、平地に広がっていたため移動がしやすかったのは不幸中の幸いか。


昨日は日が顔辺りを照らしたことで目を覚ました。

初めは叫んだりしてみたがもちろん返事は皆無。


さまざまな鳴き声はするにも関わらず、動物たちは警戒しているのか影すら近寄ってもこなかった。

ドデカイ昆虫や恐竜みたいな生き物に襲われるよりは数段マシではあるが。


日のある内はびくびくしつつなんとか水を求めて歩き、小さいが川を見つけることができた。

見つけた瞬間、躊躇ためらわず顔ごと突っ込んでしまった。



(うあぁ、水ってこんなに美味しいのね!)



と感動しつつがぶ飲みし、その後、マズったかな~などと思う。

本来野外の水は、害のある成分や虫が入っていないとは断言できない以上、火があれば煮沸して飲むべきだ。が、そんな事を言ってもたもたしていたらドライアップで昇天という事になりかねないくらい、喉はカラカラだった。だいたい体内水分の2割がなくなったら、生命の危機――ゆくゆくは多臓器不全でお陀仏って話もある。そんな死に方は御免被りたいので、浮かんだ懸念は速攻で脳内の隅においやることとした。



(人間って水なしだと3日もたないって言うもんねぇ…おぉよかったよぅっ!!)



ついでにべたついた顔と髪も洗い、髪はぎゅぎゅっと絞って頭を振って自然乾燥に任せる。

春に近いほの暖かい陽気のようで風邪は引かないだろう。







日が暮れれば、森はあっという間に闇に包まれ、灯を持たない身では星明りを頼りにじっとしているしかなかった。一寸先も見えぬ闇になってしまうかと思ったが、星明りというのも馬鹿にならない。それだけでも確かに影ができるほどの明かりができる。自分が20年生きた場所では実感しにくかったことだ。しかも自分の生存欲求には呆れることに気付いたら眠っていた。

図太さに感謝、だ。



明けて現在。

朝から歩き続けたかいがあったのか。どうやら森の端近くまで来られたようだ。

ちなみに森らしき中を一昼夜彷徨さまよったにもかかわらず、人、もしくは人らしき生き物に逢うことは叶わなかった。



(山番とか木こりさんの家とかあればせめて救われたのに…てか、人がいない未踏の地だったらどないしようかぁぁ!?)



焦りは募るのに、陽はゆるりと傾き、暮色に変わる。

ここは夜空に浮かぶ天体は二つらしい。揺らめくように彩りを変え、夜の帳は濃く、重い。



どこへいけばいいのか、どうすべきかも分からない。

ただ昨日は白い巨木の洞の中ならば、背後を気にせず休めることがわかった。

今日もその方法しかないのだろうか。



水はなんとか川のもので凌いだ。今も小川といっていいその横を辿りながら歩いている。

不安は大きかったが、水場からは離れるべきではないだろう。そのくらいの判断はできた。

食べ物は自生のもので実のついたものもあったが毒性の判断ができないため手をつけないでおいた。

幼少時のキャンプクラブの知識が思わぬ形で役に立っている。



何事も経験は無駄にならないものだとしみじみと痛感する。ちっさい頃からインドアだった自分をみかねて放り込んだ母親には感謝しておこう。

しかし所詮、文明の利器に頼った上での経験だ。素手から火を熾すこともできない。





あたりを見渡す。



――白い巨木に薄紫の葉をした潅木――



どこか幻想めいた森だ。昼と夜はあるが、この風景はどう考えても地球上のものではない。そもそも地球なら夜空に浮かぶのはお月様一つだけだ。二つもあったら乱視を疑うべきだろう。



美しい景色は目の保養にはなったが腹の足しにはならない。

異世界などというものは遠くから愛でるものであって実体験はノーサンキュー、だ。

しかし現実はこう。



乾いた笑いが口から漏れる。

夢なら自分の想像力に拍手喝采もの、その力を大絶賛といったところ。



泣く元気も取り乱す体力もない。

それにそんな無駄遣いは安全な場所と食い物を確保できたらだ。



今のところ、とりあえずは生きているのだろう。

腹は減るし、喉は渇くし、足は裸足でいくつか擦った場所が痛い。

今夜も誰にも会わなければ、一か八かで木の実の類を食べるしかなさそうだ。

どうかトリカブト並みの毒物を引き当てないことを祈るしかない。



(おっ腹と背中がくっつくぞ~♪とか 実際なってみるとやってられねぇ…)



空腹に不安、肉体的にも精神的にもギリギリの状態。

でもじっとしているのはもっと怖い。




そんな思いで歩いていたため、視界の先にほのかな明かりが見えたときは喜びが湧いた。

いくつかの影が炎にあおられて躍る。

鳴き声ではない音もする。


一応警戒して、足音を立てないよう、苔の上を歩きそっと近づく。

かなり離れてはいるが、見えてきたのが人の形をしていることにほっとした。



ある程度覚悟はしていたが、やはり日本の人々とは言いがたい風貌だった。

三人いて、髪の色は分かりにくいが、おそらく濃い朱色の髪。緑の髪。麦わら帽子のような薄い茶色。

彫りの深い顔立ちをしている。

服装も民族衣装のような印象を受ける。

太刀を佩き、濃い錆色をした帷子かたびらのような物の上に、すねまである羽織のような服を前合わせにし、腰部分で幅のある帯で留めてあるようだ。足は下穿きの上から脚甲きゃっこうをつけ靴を履いている。意匠はてんでばらばらだ。



音がもう少し聞き取れるようになる。

何やら3人で会話をしているらしい。

が、日本語ではない。ついでに英語でも中国語でもない。

それ以外の地球上の言語であったとしても、私自身が知らないので判断がつかないんだが。



時折、大声で笑い声が入る。

だが下卑た響きで正直、聞いて気持ちの良い笑い方ではない。

全体的に粗野な雰囲気が強い。

正直なところ、救いを求めていい相手とはいえそうにない。



仮に近づくにしろ、相手は武器を持っていて、こちらは無手だ。

敵意がないことを示そうにも言葉が通じないだろう。

空腹は辛いが近づかずにおくほうが賢明かと考えあぐねている時に彼らの傍に散らばるものが目に入った。



一見黒にも見える、ぬるりとした液体。それらがついた宝飾品らしきもの。彼らの衣服にも、また一人の肩に立てかけてある刃も乾いた、だが同じものが付いている。

このことを理解した瞬間。どっと汗が吹き出、引く感覚に囚われた。



(ち…血だよねぇ、あれ!? 強盗!?夜盗!? つうか、犯罪者かよぅ!!)



早くここから立ち去るべきだ気づかれない内に、と頭が叱咤するが、体は強張り動かない。

しかも、なんとか引いた左足が滑り、枯れ枝を踏んだのか、ぱきっと乾いた音が響いた。


『――――――!?』


男達から誰何すいかの声が上がる。

その声で金縛りがようやく解けたかのように体が動く。

少しでも遠ざかるべく全力で走りだす。しかし昨日から何も食べていない。

加えて運動音痴を自認する身ではあっさり追い縋られ、手を捻り上げられる。

遠慮会釈もなく加えられた、あまりの膂力りょりょくに苦痛の声が漏れる。


「痛いっ! 痛いってば! 離せっ」


叫んでみるも通じる気配はない。


『――――――――! ――――――――!?』


男達の方も何やら怒鳴っているが、なんと言っているかは知りようがない。

戸惑ううちに、乾いたあとシュシュで一つに括っていた髪を引かれ、無理やり顔を上げさせられる。

なんとか体を捻って拘束から逃れようともがこうとする。



と、ひやりと、金臭い冷たいものが首に触れた。



身体を動かせない。

今自分の首に触れているのが何なのか、意識で理解するより身体の理解の方がずっと速かった。

勝手に奥歯が鳴り、喉を震えさせる。

唾を嚥下する動作すら、恐ろしい。


そんな状態の中、手を後ろ手に縛られ、猿轡さるぐつわをされる。

他に人影もないのになぜなのか。

空転する頭の中でそんな事を思った。


視線を動かすこともできず男達をただ見る。

服装がおかしいからだろう。

何せ部屋着のズボンと大きめのカットソーと長袖パーカーだ。

はじめは警戒心も露わだったが、手を出してきた。

身体をまさぐられていることに鳥肌が立つ。

何か武器を持っていないか確認しているのか。自分を男と思ったようだ。

顔立ちに加え、肩幅があるのと、背が170を越すほどあるせいだろう。

この年になってもしばしば間違われていた。


這い回る手から逃れることもできずに硬直しながら、そんなどうでもいい事を思い出している。

すると男達は嬌声きょうせいと下卑た笑いを浮かべ、顔を近づけてきた。

態度が変わった。

女ということを知られた。

そのことに先ほどの嫌悪感を上回るものが襲う。



どうしようもない恐怖。



何をされるのか想像もしたくない。

そんな思いとはうらはらに、男達が自分をなぶろうとしている意思だけは分かってしまう。


先ほどの火をくべていた場所に引きずられ、背中を地べたに押し付けられる。

後ろ手に回った手首が痛い。


先ほどまで首元にあった刃は消えていたが、両手をむりやり拘束され、口も聞けない状況ではなんの意味があるのか。


服の下に入れられた手が腹部を撫で回す。

逃げようとする身体を嘲笑あざわらうようにさらにふれてくる。

別の男は首筋に舌をあて舐めあげる。

生臭い息と獣のような息遣いが聞こ総毛立つ。


「ん―! ふぐっ…!」



前の世界でも男みたいだと揶揄やゆされてはいた。



なのに、やはり力では男にかなわない。



女だという事実のもとで一方的になぶられている事に頬に熱いものが流れる。



上の服は男達の手であっさりと左右に切り裂かれた。

晒された肌に感じる夜気に思わず震えてしまう。

男達の動きが一瞬、止んだ。


それをいいことに少しでも肌を隠そうと身動みじろぎをしたら、首が横に大きく振れた。

後から襲う痺れるような痛みと響く耳鳴り。



男に力任せに殴られたのだ。

口に金臭い味が広がる。

血の味を感じたのは随分久しぶりな気がする。


そもそも異性からの面と向かっての暴力など受けたことがない。

衝撃に身体から虚脱したように力が抜けた。


その様子に男達は興に乗ったようだ。晒された胸をごつごつとした手で触り出す。


耳元で何か言われたが、なんなのかは分からない。

さらに複数の手が伸びる。



自分の身体が酷く遠い。



あぁ、現実逃避…精神的に許容しがたいことに繋がるから切り離そうとしているのか。

ぼんやりとそんな事を思った。



耳鳴りもひどく遠い。



それでも喉からは引き攣った声がでる。身体は組み敷かれたまま動かせない。

男達の手がズボンにかかる。必死に足を閉じればまた殴られた。無理やり脱がされる。

下着が脱げなかったのは幸いか。

男達から無遠慮に手が伸びる。

抵抗を許さないかのように足を開かれ固定される。

無骨な指が更にまさぐろうとしている。その事実にぞっとする。

凍りついたようになっている自分を見て男達は笑う。


「―――――」


涙で世界が滲む。

生理的嫌悪からか、自分への不甲斐なさからか。

分からない。

もはや悲鳴も出ない。


朱色の髪の男が残りの二人に何か言っている。

放心状態で顔をあげると朱色の髪の男が猿轡をしていた布を外していった。

もう不要と思ったのだろうか。それとも悲鳴を聞きたいのか?


だが口から新鮮な空気を吸い込んでしまったら、遠くになっていた感覚がまた鮮明によみがえる。

さらには残る二人も、にやけたまま改めて自分に近づいて来た時。


終わりじゃない。始まりだ。

そんな事は男の生理上、当然だ。



そこに思考が至ると同時に、もう服とは呼べない布を纏わりつかせたまま、ずり下がり白い巨木に背中を押し付けていた。



男達の目には暗い愉悦ゆえつの光が揺れている。

抵抗もできない女をなぶることなど何の拘泥こうでいもないのだろう。

恐怖や憎悪、嫌悪や焦燥、怯えに後悔。

いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって頭の中が熱い。



(嫌だ、嫌、嫌。あんな思いはもう嫌!! 近寄るな! 触るな! 目の前から消えて!)



振るわれる暴力に対する恐怖とその浅ましい欲望への憎悪が、今の今まで存在を忘れていた喉から音としてほとばしった。



「いやだぁぁあーっ!! 消えろぉ!!」



開いたままの眼に、現象は、ひどく、ゆっくりと、映った。




近くに寄ってきていた男二人は、巨大な網に遥か上から叩き付けられたかのように、身体を細切れにされた。少し離れた場所にいた男も目を見開いたまま見えない何かに喰われるかのように、骨も、肉も、諸共に千切れ、その夥しい鮮血を自分に浴びせながら地面に崩れていく。べちゃり、と熟れた果実が地に落ちるような音が遅れて耳に届いた。




そして。



もはや人の形を成してないモノは、



ゆっくりと粒子状に変わり、



風に洗われる様に舞って、



 ――消えた――




その場に残ったのは、鮮血で染め上げられた白い肢体と白い巨木。

血溜まりの中、董子の薄く開いた瞼からは、黒い双眸そうぼうではなく――金色の光を宿した瞳が覗いていた。




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